初日の終わり
カグチは、音が聞こえた方をみる。
暗くて、よく見えないが、白い木がまた何か落としてくれたようだ。
カグチは、小川ではなく、何かが落ちた方に歩みを進める。
「……果物だ」
落ちていたのは、りんごのような果物だった。
「……色々あるな」
ほかにも、みかんのようなモノや、洋なしのようなモノ、トマトのようなモノまで、色々ある。
「……食べていいのか?」
カグチの問いに、白い木は点滅して答えてくれる。
「ありがとう」
カグチは、白い木に頭を下げて、落ちていた果物を拾いたき火の前に座る。
白い木が落とした果物たちは、どれもツヤツヤと輝き、ずっしりと重い。
毒があるかも。
そんな警戒が、一瞬だけカグチの頭をよぎったが、それよりも空腹が圧倒的にまさっていた。
我慢できず、カグチは、リンゴのような果物に、そのままかぶりつく。
「……うっまっ!」
一口、かじり、はじけるような果汁が口の中に広がった瞬間。
カグチは感想を言うしかなかった。
空腹は最高のスパイス。
それは、もちろんあるのだろうが、それをさしおいても、白い木が落としてくれた果物は、カグチが食べたどんな果物よりも、美味しかった。
しゃり、しゃりと、噛んでいることそのものが幸せであるような食感を楽しみつつ、カグチはあっと言う間にリンゴのような果物を食べ終えてしまった。
「……ごく」
カグチは我慢が出来ず、白い木が落としてくれた果物を、次々と胃袋に納めていく。
どれも甘く、酸っぱく、薫り高く、カグチはしっているどの果物よりも、美味しいモノだった。
「……ふぅ」
気がつけば、夢中で、食べてしまっていた。
空腹を満たしたカグチはそのまま倒れ込む。
食べている間に、濡れていた体はすっかり乾いていた。
失っていた体温も、元に戻っている。
むしろ、ちょっと暖かいくらいだ。
パチパチと木が音を鳴らしている。
「……すん」
なぜか、少しだけこぼれた涙を、カグチは鼻をすする音で、ごまかす。
目を閉じて、ごまかす。
誰も見ていないし、誰も聞いていないのだが、ごまかしたのは、たぶん自分に対してだろう。
あこがれの異世界。
その初日が、野宿。
始めての食事は、木から施された果物のみ。
体を拭くことも出来ず、たき火で乾かすだけ。
このまま、屋根もないところで眠ることになるのだろう。
こんな生活、想像していなかった。
(……なんでも、思い通りにはいかない。そんなこと、分かっているけど……分かっているけど……)
いくらなんでも、コレはないんじゃないのか。
もう少し、華やかではなくても、人間らしい生活から始めることが出来たのではないか。
(『火の力』じゃなければ……)
浮かんだ言葉を消すように、カグチは目を開ける。
(マイナスな事を、考えてはダメだ。どうしようもないんだから)
そう思ってはいるのだが、浮かんでくるのは、『火の力』に対する悪口ばかり。
怨嗟の声が、募るばかり。
実際、ほかの力を得ている者は、今頃村や町で宿を取り、休んでいるはずなのだ。
もしかしたら、宴会を繰り広げ、『地球』では飲めなかったお酒を飲んでいるかもしれない。
そして、酔いから、過ちが……
カグチの脳裏に、女子生徒を率いる形になった好青年の顔が浮かんでくる。
キツい目のポニーテール女子と、眠そうなタレ目フワフワカール女子は確実にあの好青年に好意を持っているだろう。
そんな女子達に囲まれ、笑顔を浮かべている、好青年。
「あー……逆だ。逆を考えよう。火の良いところを考えよう。そう、たとえば、さっき思ったじゃないか。『暖かい』って。これは火の良いところだ」
悪いところではなく、良いところを。
他人のではなく、自分のを。
己を鼓舞するように、カグチは、火の良いところ、マイナス面だけじゃなくて、プラスの面もあげていく。
「水で濡れても、乾かす事が出来るし、夜なら、灯りにもなる。あとは、たとえば、敵が、魔物が来たら……」
『戦える』と言おうとして、カグチは苦しみ、焼け死んだ魔物たちの姿を思い出す。
「……っぐぅ!?」
その瞬間、逆流しそうになった果物たちを、カグチは一生懸命に飲み込んだ。
「……はぁ、はぁ……あとは……」
そのことさえも、忘れるように、カグチは火の良いところを言おうとする。
でも、中々出てこない。
そんな時だ。
また、白い木から、ガサガサと何が落ちてきた。
カグチは、ゆっくりとそちらを向いた。
そして、白い木が落としてくれたモノを見て、白い木が何を言いたいのか察する。
白い木が落としてくれたのは、白い、トウモロコシのような果物。
焼いたら美味しそうな、トウモロコシのような果物。
「……そうだな、火は料理も出来る」
正解というように、白い木が点滅したのを見て、カグチは異世界に来てはじめて、本当の笑顔を見せた。
「……そろそろかな」
たき火の上でクルクルと、とうもろこしを回し、茶色い焦げ目がついたところでカグチは火からとうもろこしを離す。
とうもろこしから湯気が立ち、香ばしい薫りがただよう。
「……んぐっ」
その薫りに、少しだけ、焦げた魔物死体を感じ、慌ててカグチは頭を振る。
この調子だと、調理されたモノを食べることが出来なくなる。
それはダメだと、本能的に理解し、カグチは、白いとうもろこしにかじりつく。
果物ばかりだったから、暖かい食べ物は、また違ったおいしさだ。
温める。素晴らしい『火の力』だ。
カジカジと、とうもろこしを食べ終えるころには、白いとうもろこしから匂ってきた香ばしい香りも、美味しい匂いに変化し、平気になっていた。
残った芯の部分を、カグチは火の中に投げ入れる。
「ごちそうさま」
お腹が、完全にいっぱいになった。
そのまま、カグチは、横になることもなく、たき火を見つめる。
「……綺麗だよな」
ぽつりと、なんとなく、こぼれた。
燃えさかる炎は、確かに綺麗だ。
灯りが、ゆらゆらと揺れ、昇り、消えていく。
「……確か、たき火をしているだけの映像を流しているだけのテレビ番組が、高視聴率だったことがあるんだっけ? こうしてみると、それも何となく分かるよ」
パチパチはじける木の音が、心地良い。
「……綺麗だ」
そのまま、すっとカグチは自分の手を見つめてみた。
(たき火の炎は綺麗なのに、なんで、俺のは……)
火は、火だ。
変わらないはずなのに、なぜかカグチは、自分の火を『火の力』を拒否している。
汚いモノだと、思ってしまっている。
目の前のたき火は、『活火の打ち石』で起こしたものだ。
「……本当は、おまえも、綺麗だよな?」
カグチが指をふると、『火の粉』が舞い、たき火の炎を混ざっていった。
魔物に放ったときのような、爆発的な燃焼は起こらない。
カグチは、確かめるように、懺悔するように、たき火に『火の粉』を投げ入れる。
キラキラと、炎が揺らめき、命のように、空へと飛んでいく。
「……やっぱり、こうすれば、おまえも、俺も……綺麗なのに、な」
なのに、なぜ。
「……ん? なんで?」
『火の粉』が、パッと煌めく。
ちょっとした、自問自答。
その答えは、簡単に出るものではなく。
だからこそ、カグチはゆっくり沈むように、早く飛ぶように、疑問の答えを探していく。
「……ああ、そっか」
カグチは、拳を握った。
それを合図に、たき火の火が消える。
カグチが投げ入れた『火の粉』と共に。
「そっか……そうだよな」
カグチは、そのまま横になる。
「道は、一つじゃない」
カグチが広げた手のひらの先には、沢山の星が瞬いていた。




