何か落ちる音が聞こえた
「……ふぅうぅぅう」
唇を紫色に変え、歯をガチガチと鳴らしながら、カグチは、わき出ている、小川で一番綺麗な水に、『雲水の筒』を浸ける。
コポコポと空気が音を立てながら、水が筒の中に入っていく。
カグチの体は完全に冷え切っていたが、でも、熱は残っていた。
カグチは、筒が満タンになったことを確認して、筒を水から抜く。
栓をして、白い木に向かって、歩いていく。
素足に草原の葉っぱが気持ちよかった。
「……先に、服を着るか」
カグチは、木の根本に着くと、まずは服を着ることにした。
『瑞光の衣』
タオルがないのだ。それの代わりでもある。
イメージとしては、賢者や神官だろうか。
ゆったりとした、ワンピースのような白い布地に、腰に革紐をまく、それだけの服だ。
「……バスローブみたいだな、濡れた状態で着ると」
何で出来ているかわからないが、光沢があり、見た目のように、水分を吸収はしない。
でも、着ると、寒さは和らいだ。
「……けど、乾かさないと流石に気持ち悪い。が、どれも拭けるような材質じゃない、と」
外套も、体を拭けるような材質ではなかった。
説明にも、『弾く』と書かれていたので、当然といえば当然である。
「拭けないなら、暖める、か」
カグチは、ちらりと森を見る。
かなり距離がある。しかも暗い。
次に、カグチは上を見てみた。
枝が、葉っぱが、生い茂っている、白い木がある。
発光している、神秘的な木がある。
「……さすがに、コレを切るのはなぁ。てか、切りたくない。綺麗すぎるし」
カグチは、諦めて、『浄土の小刀』を手にすると、森の方へと向き直る。
「暗いけど、なんとかなるか」
『暁闇の靴』を履いてみる。
黒いサンダルみたいな靴だったが、履くと驚くほどに足になじんだ。
サイズの自動調整機能があるのだろう。
正直、今日履いていた運動靴よりも履き心地は良い。
確かめるように、その場で跳ねたカグチは、問題がないことを確認すると、一歩、森へと踏み出した。
すると、白い木が一度強く発光したかと思うと、揺れ始めた。
ガサガサと音がし、ボトボトと何か落ちてきた。
カグチは足を止める。
「……木の枝?」
落ちたモノを拾い上げて見ると、白い、若干枯れている枝だった。
「えっと……くれるのか?」
少しだけ、木が淡く点滅する。
おそらくだが、肯定の意味だろう。
「あ、ありがとう」
木に親切にされて、困惑しながらも、カグチは次に、この枝をどうするか考えた。
「『火の力』は……な」
今日、何度か『火力』の調整をしたときに分かったが、燃やそうと思わない限り、『火の力』の火は、それを燃やさない。
しかし、一度燃えるとどこまでも燃やし尽くすという、そんな代物だ。
間違えて、白い木に燃え移ったら、大惨事になる。
『火の力』の『火力』は、今日、イヤと言うほど思い知らされているのだ。
「……せっかくだし、使うか」
カグチは、『活火の打ち石』を手に取る。
この打ち石で起こした火は、自分の意志で消すことが出来るらしい。
その一点だけで、カグチは『火の力』よりも、この石を素晴らしいと思うのだ。
カグチは、白い木が落としてくれた枝の一本を手に取り、それに向かって打ち石で火をつける。
濡れ木にも火をつける、というのは本当のようだ。
数回、火花を浴びせただけで、白い木の枝から煙が出てきて、赤くなる。
「……本当に、火がついた」
しかし、問題はここからだ。
カグチはついている火に向かって、消えるように思ってみる。
するとカグチの意志を反映したのだろう。
水をかけられたように、木の枝についていた火が消え、煙と先が焦げた枝だけが残る。
「……いいね。これなら大丈夫か」
念のために、火の粉などが飛んでも大丈夫なように、白い木から少し離れた場所に、木の枝を組んで、『活火の打ち石』で火をつける。
そんなに沢山の枝があったわけではないが、火は勢いよく燃え、カグチの体を暖める。
「……はぁ」
冷え切った体には、火の熱が気持ち良かった。
「……良い匂いがするな、この木」
香木、なのだろうか。
燃える木の枝から、お香のような香りがする。
良い香りと、暖かさに、心が落ち着いていく。
しかし、カグチはお腹を押さえた。
「お腹空いたな」
今日は、何も食べていない。
むしろ、嘔吐を数回している。
胃の中は完全に空っぽだ。
カグチは、汲んできた小川の水を飲むことにした。
『雲水の筒』の栓をあけ、ごくり、ごくりと飲んでいく。
「…………終わりか」
あっという間に飲み干して、カグチは『雲水の筒』を揺すった。
「水浴びをしたときに小川の水は少し飲んでいたけど……味がまったく違うな。この水筒に入れていたからか。なんか……」
味を例えようとして、カグチは言葉を探す。
水道水が、ミネラルウォーターに変わった。
くらいは変化しているのだが、その表現がしっくりと来なくて、どことなく悔しい思いがした。
「ま、いいか」
早々に、味の表現をあきらめて、カグチは筒を置く。
水を飲み、渇きは完全に無くなったが、飢えは残っている。
もう数回、水を飲んで、とりあえず空腹をごまかすか。
そう考え、カグチが立ちあがろうとしたときだ。
ガサガサと、何か落ちる音が聞こえた。




