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ふりだしに戻る

「……こんなはずじゃなかったんだけどな」


乾いた、空虚な声が、カグチから漏れる。


カグチは、いつの間にか、『火球ファイヤーボール』の大きさを試していた野営の跡地まで戻っていた。


進んでいたはずの道を戻ったのは、ここが、少しでも滞在出来た場所だからだろうか。


カグチは野営の跡地で、しばらくぼーっとしていた。


「……『火の力』」


四元素の力の中でも、一番のハズレだと評していたが、ここまでハズレだとはカグチは思わなかった。


他の力なら、魔物の素材を得ることも、『討伐証明部位』を得ることも、ずっと簡単だったはずなのだ。


それに、なにより。


「……エグすぎるだろ、死に方が」


目を閉じれば、火に包まれ苦しむ大きなカラスの姿がよみがえってくる。


耳からは断末魔が、肌には炎の熱が、自身の胃液の味が、そして、焼け焦げていく肉の臭いが、まだカグチの脳内にはっきりとこびりついていた。


「はっ……あぁああああああああ」


大きな、大きな、ため息で、再びこみ上げてきた吐き気をごまかす。


「……そういえば、『異世界チートモノ』で人を殺してしまった主人公が後悔しているシーンを、『殺したくらいでなさけないやつ』とか、『偽善者っぽくて気持ち悪い』ってけなしている感想が、あったな。あれをけなしていた連中が、今の俺を見たらどう思うんだろうな」


正直、カグチも、そんな主人公たちをバカにしていた。


自分なら、もっとスマートに、クールに、殺してみせると。


悪人を殺したくらいで、罪悪感なんて持たないと。


「……人どころか、魔物でこれだからな。でも、気持ち悪いものは、悪いんだよ!」


『カウンター』で、魔物たちが、一瞬で燃え尽きるくらいなら、耐えられていたのだ。

しかし、『火の粉』で魔物たちが、悶え、苦しむ姿を見るのは、無理だった。

直視するには、あまりにも残酷すぎたのだ。


「こんなはずじゃ、なかったんだけどな」


野営の跡地に来てから、何度も同じ事をつぶやいていた。


こんなはずじゃなかったと。


もっと、チートな力で、楽に、上手に、大活躍していたはずだった、と。


「……どこで間違えたんだか」


また、ぼーっとカグチがしていると、ガラガラと、車輪が回る音が聞こえてきた。


「……馬車か?」


カグチは、今まで、馬車のために用意された道をずっと歩いていたのだが、これが、『アスト』で始めて遭遇する馬車である。



音が聞こえてきた方を見ると、金属の鎧を身にまとっている、馬のような生き物が2頭見えた。


(……これが『アスト』の馬車か。馬デケェ。頭に角が生えているし、『地球』の奴より、1.5倍くらいあるんじゃないか? 鎧を着ているのは、魔物に襲われた時のためか。馬車自体も、思っていたより大きいな。十五人くらいは余裕で乗れるんじゃないのか?)


地球のモノより、色々違う馬車に関心しつつ、カグチは馬車が通り過ぎるのを見守る。


「……あ」


そこで、目が合ってしまった。

馬車の窓から、顔を覗かせていた一人の少女。


キツい顔をした、ポニーテールの少女は、間違いなく、カグチと一緒の火のグループに所属させられていたが、爽やかな好青年や他の女子生徒たちと一緒に、去っていった女子生徒である。


「……馬車に乗れたのか」


馬車に乗るためには、村に入り、馬車の乗車料を支払う必要があるはずだ。

ここから、城下町までは、10000ロラくらいだろうか。

比較的近くの繁華街なら、5000ロラ。

それを、彼らは支払えたということなのだろう。


「……『準備』をもらえたからな、あいつら」


Sランクの奴でも、二つ。Fランクなら、5つ、『準備』と称した、チートっぽい武器やお金を彼らは貰っているのだ。


お金が、具体的にどれくらいもらえたのか、カグチはわからないが、背の高い男子生徒が見せたような武器がもらえたのなら、お金を選んだ場合も、相当な金額をもらえたはずだ。


「……いくか」


もらえなかったモノを気にしてもしょうがない。

しょうがない、が。

カグチは見てしまった。


他の窓から、楽しそうにしている、他の生徒を。


輝かしい鎧や武器を身にまとい、誇らしげに、期待を胸に、目を輝かせているのを。

それは、本当なら、カグチが見せているモノのはずだった。


希望に満ちていたのは、カグチのはずだった。

今のカグチに、希望はない。

絶望。

カグチは、もうじっとしていられなかった。


歩いて、歩いて、歩いて。


空が赤くなり始めた頃、カグチは、気がつけば、聖域の近くに来てしまっていた。


「……ふりだしに戻る、か。マスには、こう書かれていたのかな? 『与えられた『火の力』に絶望し、ふりだしに戻る』とか」


乾いた声も、ため息も出ない。


もう、暗くなる。


他に行くあてもないのだ。

とりあえず、カグチは聖域がある森へと向かう。


雑草が生えている草原を歩けば、もう暗くなるからか、魔物たちから今までで一番の襲撃を受けたが、カグチに触れることなく炭に変わっていく。

それをなるべく見ないように、意識しないようにしながら、カグチは歩いていった。


「……あ」


ふっと、体が軽くなる感覚があった。

聖域にたどり着いたのだと、カグチは理解する。

もう、日は落ち、植生の境目では、見分けるのは困難になっていたのだ。


「……はぁ~~」


そのまま、崩れ落ちそうになるのを、カグチはこらえた。


緊張し、警戒し、全ての神経を張りつめていたから、今まで気にならなかったが、どうやら相当疲労していたようだ。


「……あそこまで、いくか」


聖域の中心にある、白い木が、ぼんやりと光っているのが見えた。


どこで横になっても同じだろうが、せめて少しでも明るいところがいいとカグチは思ったのだ。


灯りに惹かれる虫のように、ふらふらと白い木まで、カグチは歩く。


「……なんだ、これ?」


白い木の根本までたどり着くと、そこに、宝箱のような箱が置いてあった。


全部で10個。


大きさは、手のひらに乗るくらいだろうか。


こんなモノ、カグチが聖域を発ったときには、なかったはずだ。

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