side B1)かなくそ川のふじさき橋
むかし、筑前国の藤崎宿には、不思議な言い伝えがありました。
村外れの金屎川にかかる橋から川を見て、水の中に「上向き虹」が見えたら富の在処がわかるというのです。
空に虹が出たときなどには、大急ぎで駆け付けた人びとで、橋が落ちるのではないかと心配になるほどギュウギュウづめになりますが、水面に上向き虹が映ることはありませんでした。
けれども「金屎川の上向き虹」は、筑前七不思議の一つとして評判でありましたから、旅の途中にわざわざ足をのばす旅人も多く、宿場町はいつも賑わっておりました。
また上向き虹が見えなくとも、水面に映った普通の逆さ虹を拝むだけでも運気が上がると噂も流れ、橋のたもとの茶屋は大繁盛で、名物の虹団子も飛ぶように売れていたということです。
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虹がかかったその時に
ふじさき橋から川を見て
上向き虹が見えたなら
黄金千両
漆万杯
これは唐津街道の藤崎宿周辺で古くから伝わる童歌である。
「黄金千両、漆万杯」というのは、埋蔵された富を示すキーワードとしてよく使われるフレーズであるから、実際にそこに眠っているのが千両箱一杯の金貨や樽一万杯分の漆だというわけではなく、単に『巨万の富』と同義であると考えて差し支えない。
また、今では『かなくず川』と名前が替わってしまっているが、かなくず川の『かなくず』というのは、『金屎』のことで、古い金属精錬跡でみられる遺物である。主に鉄を製造する時に出るスラグや、鉄を鍛える時に出る鉄屑を指す。
だからこの童歌は『古い時代――たぶん青銅器全盛時代――に先進的な鉄器の製造を始めた事で富強な勢力に成長したのを誇る歌』と解釈されている。
事実、川の上流域には青銅器時代から鉄器時代に移行する時期の古墳群や住居跡が多数点在しており、当時の栄華を偲ばせる。
けれども江戸時代中期には、古墳時代の栄光が忘れ去られていたために、単に埋蔵金の在処を示す暗号と認識されていたようで、発見を試みる山師が盛んに流域各所を掘り返していたという記録が残っている。
「(前略)さても浅ましき者どもらが、祟りを恐れず古き塚など発きて、各所を荒らしたる(後略)」 庄右ェ門日記 巻五