sideA9)ドングリ池の決戦
「お前の後ろには、俺とクマとがガッチリ防備を固めているからな。頭を空っぽにして雑念を払い、『ヘビの食欲を、元に戻して下さい。』と、ただそれだけを念じるんだぞ。」
ドングリ池の畔にやって来たアナグマたちは、コマドリが偵察に飛び立ってから、もう一度手順を確認します。
「リスくん、絶対に大丈夫だよ。冷静になって考えてみれば、ヘビさんは僕より細いんだ。長さが同じくらいでも、僕を飲み込むことは不可能さ。」
クマも元気が出てからは、少しは自信を取り戻したようです。
「分かってる。……けれども頭を空っぽにするのって、なかなか難しいものだね。常に何かしらの考えが浮かんできてしまう。」
リスの顔からは、何時ものニヤニヤ笑いが消えて自信無さげです。
「お前は大丈夫だよ。なぜなら一度は成功してるじゃないか。」
アナグマが、コツンと軽くリスの頭を叩きました。「それに失敗したとしても、あの坊さんが別の策を考えだしてくれるさ。何せ……」
「「「知恵一番の南行坊なんだから!」」」
三匹は声をそろえて笑いました。
知恵者が味方に居るというのは、なんと心強いことなのでしょうか。
その時、コマドリが大慌てて戻って来ました。
「来る! すぐそこだ!」
「コマドリ、坊さんの所へ飛んで、様子を知らせてこい!」
アナグマが指示を出します。
「俺たちは、ここで決戦だ。逃げないぞ!」
「「おう!」」
とクマとリスが覚悟を示した時でした。
ずささっ、ずささっ。
下草を掻き分けながら、大きなモノが近づいて来る気配がします。
「来たぞ。ぬかるな!」
アナグマは大きく叫ぶと、頭を低くして尻尾を上げた油断の無い構えを取ります。
クマは立ち上がってから、前足を天に伸ばして身体を大きく見せて、近付いて来る物を威嚇します。
リスは池の中に腰まで浸かって精神集中です。
ついに草むらを押しへしぐと「それ」が姿を現しました。
全身が真っ白で、目だけが火のように紅い、巨大なアオダイショウです。長さは2mを越えています。胴の太さはアナグマほどもありましょうか。
普通のアオダイショウは、青緑色の体色で黒い目をしているものですが、突然変異でアルビノ(白子)として生まれた個体なのです。
アオダイショウは最大で2mほどにまで育ちますから、長さは不思議ではありませんが、胴の太さは異常です。まるで噂に聞く『バチヘビ』や『ツチノコ』という怪獣のようです。
「くそっ! また大きくなっていやがる!」
アナグマは舌打ちすると、正面をクマに任せて素早く後ろに回り込みました。
仁王立ちになっているクマを、アオダイショウが警戒している隙をついて、前後から挟み撃ちにする計略なのです。
アナグマの考えを読んだクマは、一つ頷いてから吠え声を上げると、立ち上がったまま前へ進み出ました。
長さはアオダイショウの方が上でも、全体重ではクマが勝っています。
大食いヘビが少し怯んだようにも見えました。
――よし。このままヘビを脅かして追い払うことが出来るかも知れない!
クマがそう考えた時でした。アナグマがヘビに飛び掛かったのは。
アナグマにも、アオダイショウがクマを警戒しているのは分かっていましたが、アナグマは――この大食いは脅かしただけで引き下がるようなヤツじゃない!――という事を知っていました。
長年ケンカに明け暮れてきた「乱暴者の勘」です。
今、手加減をしたら、白子のアオダイショウは隙を見付けて池まで突進し、リスをひと呑みにしてしまうかも知れません。
――アイツは、いけ好かないヤツだが、必ず守ると約束したからな!
それに今のアナグマには、あのイタズラ者に対して仲間意識が芽生えていたのです。
とりゃあ!
前傾姿勢から、万全の態勢でヘビに飛び掛かったアナグマでしたが、白子のアオダイショウはまるで図ってでもいたかのように、ビュンと尻尾を振りました。
バシィン!
ヘビの会心の一撃で、宙から叩き落とされたアナグマは、湿った地面にグシャッとめり込みます。
しかも素早く身をひるがえした大蛇から、グルグルと長い胴体で巻きつかれてしまいました。
――チクショウ、すごい力だ! ……気が遠く……なる……。
アナグマの体中の骨が、ミキミキと悲鳴を上げて今にも折れてしまいそうです。
このまま失神してしまったら、アオダイショウはアナグマを丸呑みにしてしまうでしょう。
「アナグマくん、がんばれ! 今、ほどいてあげるから!」
クマは四足になって駆け寄ると、両手でアナグマの身体からアオダイショウを引きはがそうとしました。
けれども大蛇は、胴体でアナグマを締め上げたまま、大きな口を開けて「お前も飲み込んでやる!」とでも言わんばかりにクマの鼻先に噛み付きました。
いつもの臆病グマのままであったなら、ヘビの攻撃に恐れをなして逃げ出してしまっていたでしょうが、今は違います。
何としても仲間を守らなければならないのです。
クマは噛み付かれたまま、痛みを無視して必死で腕に力を入れました。
「馬鹿野郎! 噛みつけ。」
意識を取り戻したアナグマがクマに向かって叫びます。「お前の牙は、森一番の破壊力なんだぞ!」
アナグマはクマを怒鳴りつけながらも、この元臆病者が頼りになるのが嬉しくてたまらず、死んでしまいそうなピンチであるのにも関わらずに、笑いが込み上げてきてしまいました。
「くそおお! いざとなったら、どいつもこいつも立派な戦力に成りやがる! 俺たちは最高だ!」