sideA7)元にもどす
「何を言いやがる、クソ坊主。俺たちはヘビ野郎の食欲に困っているというのに!」
怒ったアナグマが仁王立ちになります。今にも南行坊を殴りそうです。
「ふん。それが畜生の浅ましさと言うヤツよ。」
南行坊はアナグマを鼻で嗤います。「欲というものの本質が見えておらんのじゃな。」
「どういう事なのでしょうか?」
キツネは南行坊の顔を立てて、下手に出ます。頭の良い人と話をする上では、必要なテクニックです。
「私たち頭の悪い者にでも、理解出来るように解説していただけませんでしょうか。お願いでございます。」
南行坊は機嫌を直して「キツネさんや。アンタは良く『出来た』方じゃのぅ。……宜しい、教えて進ぜよう。」と、元学僧らしく話を始めました。
これを見たアナグマは――やっぱりキツネは怖いヤツなんだな――と確信しました。
「良いか? 欲というものは、足りないと感じるから生まれるもので、満たされたと感じたら消えて無くなる。そういうモノじゃろう?」
南行坊の、この説明は森の動物たちにも分かり易いものでした。
皆がウンウン頷きます。
「だから満腹になってしまえば、食欲が満たされて無くなってしまうんじゃ。じゃがな、本来空腹であるべき時に、空腹を感じないようになってしまえばどうなる?」
南行坊の問い掛けに、コマドリが答えます。
「お腹が空いて死にそうな時に、お腹が空いたって感じなければ、そのまま死んじゃう?」
「その通り。空腹を感じるのは、生きて行く上で必要不可欠な事なんじゃな。」
南行坊の論理は明快です。
「リス殿がドングリ池で行った『お願い』というのは、『大食いヘビを飢え死にさせてくれ』というお願いと一緒なんじゃ。……これは『願い』というより『呪い』じゃな。」
「ドングリ池は、願いなら叶えるが、呪いは受け付けないって事なのでしょうか?」
南行坊の解説を聞いて、キツネには疑問が湧きました。「池は、願い事の内容を良し悪しで分けるのですか?」
「さあ、そこまでは拙僧――いや、もう坊主からは足を抜けておるから拙僧は違うな――ワシにも分からん。」
南行坊は、一つ大きく息をはくと
「ただし、『人を呪わば穴二つ掘れ』と云うように、相手を呪い殺すには自分も地獄に落ちる覚悟が必要なんじゃ。外道の法というヤツじゃよ。」
と続けました。
「リス殿は、ヘビを呪い殺すのと引き換えに、自分も死ぬ覚悟が有りましたかな?」
「とんでもない。」とリスは首を横に振ります。「自分が生き延びたかったから、の勝手なお願いだったんだ。」
「そうじゃろう、そうじゃろう。」と南行坊は納得します。
「リス殿には、自分の身を捨てる覚悟が無かった。じゃからドングリ池は『これは呪いではなく、純粋にお願いなんだな』と考えたんじゃな。池に住まわれておる主が、いかなる神仏かは存じ上げぬが、なかなかに理屈の通った御方とみえる。」
「それで分かりました。」キツネも『ドングリ池の法則』を悟ったようです。
「池はリスさんの願いを叶えて、ヘビの食欲を無くしたわけですね。だからヘビは、願い通りに空腹も満腹も感じられなくなってしまった。――けれども『ヘビが死ぬように願ったわけではない』から、ヘビは空腹も満腹も無いままに、食べ続けるしかなくなってしまった。今のヘビはそんな状態なのですね?」
「おおかた、そんな塩梅じゃろうて。」
南行坊がキツネの考えに太鼓判を押します。
「やっぱり、お前が悪いんじゃねえか!」
アナグマがリスをぶん殴ります。
かなり強烈なフックパンチでしたが、リスは黙ってそれを受けました。
「こりゃ! そのへんにしておかんかぁ!」
南行坊の一喝で、アナグマは動きを止めました。
今は仲違いをしている場合ではありませんし、それにアナグマはリスがパンチを回避する動作を採らなかったことから、リスの反省を感じ取ったのです。
「じゃあ一刻も早く、もう一度ドングリ池にお願いに行かなきゃ。」
臆病クマが、のびてしまったリスを頭に乗せると皆に向かって言いました。
けれども南行坊は「それは……そうなんじゃが……ヘビの胃の腑は既に大きく広がってしまっておるであろうし、身体も大きく育っていよう。」と思案顔です。
「食欲を元に戻せば、今のように無闇に食べ続けるのは収まろうが、それでも多くの食べ物を欲しよう。……ここはもう一つ、何か別の仕掛けが必要じゃな。」




