sideA6)ちえをかりる
ドングリ池にやってきた一行は、うかつな事に池に投げ入れるドングリを持って来なかったことに気が付きました。
慌てて周囲を探しますが、落ちているドングリはありません。
「おい、リス! お前リスのくせに、なんでドングリを持っていないんだよ!」
アナグマがムチャを言います。
「バカなヤツだなぁ。保存がきく食べ物は、保存庫にしまっておくんだよ。お前だって、今は好物のミミズを持ってはいないじゃないか!」
リスが余裕で言い返して、二匹はケンカになりそうになりました。
「ちょっと待って。椿の実なら持ってるから。」
クマが恐る恐る二匹を仲裁します。「後で食べようと思っていたんだけど……。」
「「臆病者のグズ! ここはドングリ池だ!」」
アナグマとリスが、同時にクマを怒鳴りつけます。
「「必要なのは、ドングリなんだぞ! 椿の実なんかじゃなく!!」」
「ま、まあまあ落ち着いて。」
キツネが二匹をなだめます。
「出直すのもなんですから、椿で試してみましょうよ。ドングリでは上手くいかなかったけれど、案外こちらの方が成功しないとも限らない。――それでは皆さん、声をそろえて『知恵を貸して下さい!』で行きましょう。」
キツネは親切で穏やかな性格ですが、ひとたび怒るととても怖いとウワサされているせいで、リスもアナグマも渋々同意しました。
誰もキツネが怒ったところを見た事が無いというのに、不思議なものです。
コマドリとアナグマとリスとキツネとクマは、声をそろえて
『知恵を貸して下さい!』
と大声で叫びました。同時にクマが椿の実を投げ込みます。
ぽちゃり。
ドングリ池に小さな波紋が広がります。
けれど……
――やっぱり、なにも起きないか……。
と皆がガッカリした時でした。
「ありがたやぁぁぁぁ!」
という大声とともに、オンボロ橋の方で
どぼぉぉん!
と大きな水音がしました。
「なにかが落ちて来た! オンボロ橋の淵の方だ!」
コマドリが急いで淵まで飛ぶと、お坊さんがアップアップともがいていました。
「人間だあ! 落ちてきたのは人間だあ! 早く助けないと溺れちゃうよぉ!」
皆がオンボロ橋までたどり着いた時には、人間は淵に沈んでしまっていました。
いつもは臆病なクマですが、慌ててドブゥンと川に飛び込むと、着物を咥えて川岸まで引き上げました。さすがに力持ちです。
キツネが水を吐かせると、お坊さんは息をふきかえしました。
けれどもお坊さんは、目の前のクマを見て「ひゃあ!」と叫ぶと死んだふりをしてしまいます。
「リスさん、今度は成功したようですよ。」
キツネがニッコリ笑います。「知恵を貸して下さるのは、このお坊さまでしょう。人間は困った事が有ると、お坊さまに相談に行くと聞いた事がありますから。」
「坊主といっても、ピンからキリまでいるだろう。」
アナグマが死んだふりをしているお坊さんを突くと言いました。
「身に着けているのは、あんまり上等の衣じゃないぞ。知恵を持っているかどうか、分かったもんじゃない。天から落ちて来たのにはビックリしたが、ハズレを引いたんじゃないのか?」
それを聞いたお坊さんは、ガバっと身体を起こすと
「これこれ、身なりで人を判断するものではない。わしは『知恵一番の南行坊』と呼ばれた事もある男だ。」
と自慢しました。
「けれども癇癪を起こして学僧を辞め、それからは阿保陀羅教を唱えて銭をせびる願人坊主に成り下がってしまったがな。それでも知恵が鈍ったわけではないぞ。」
森の動物たちは――なんだか怪しいな――と顔を見合わせましたが、キツネが皆を代表して「大食いヘビに困っている経緯」を説明しました。
南行坊は、ふむふむと頷きながらキツネの説明を聴いていましたが
「良く分かった。先ずはヘビの食欲を『元に戻す』ことから始めなければ、話は先に進まんようじゃ。」
と結論しました。