プロローグ
「いかが致しましょう、祭酒様? 放置しておくのには、少々危険かとも思いますが。」
祭酒と呼ばれた老人は、初老の男が表示したモニター画像に目をやった。
そこには『冬の童話祭 2019――逆さ虹の森』という文字と、童話祭への参加規程や設定などが表示されていた。
祭酒は内容を読んで微笑むと
「只の偶然であるとは思えませんな。確かに見守人の中に、この小説サイトに秘密の一端を漏らした者がいるのでしょう。」
と頷いた。
けれども、と祭酒は初老の男の瞳を覗き込むと
「アナグマが日本にはいなかったアライグマに置き換えられているし、これだけでは縁無き者には、何の謎かけだか理解する事は出来ないでしょう。誰だかは知らないが、秘密を漏らした不届き者が、慎重に事を進めるつもりでいるのは間違い無い。」
と穏やかに続けた。
コマドリの分布が中国・日本・樺太と極東地域であるのに対し、アライグマの自然分布地域は北米大陸である。
小説サイト側が用意した設定には、さりげなくではあるが、大きな矛盾が含まれているというわけだ。
隠された秘密に気が付くためには、まず『アライグマ』というピースを、在来種の『アナグマ』に読み替える作業から取り掛からなければならない。
その上で、更に『アナグマ』と『ヘビ』との共通点を見付け出さなければならないのだ。
「それに『ふじさき橋』の童歌を知らなければ、初めの取っ掛かりに辿り着くのも困難でしょう。あの唄は全国的に知名度があるわけでもないし、ほぼ忘れ去られた童歌です。……我々がこの企画を、それほど心配する必要が無いのはそのためでもあります。――いや、むしろ辿り着いた者がいたら、我々の仲間に加わってもらっても良い。新しい血を、縁ある者として迎え入れるに吝かでは居られませんからね。」
祭酒は初老の男にウインクすると
「縁ある者は、『ふくおか県民質問掲示板』で探すつもりなのかと思っていましたから、全国的な小説投稿サイトにまで網の目を広げるとは考えてもいませんでした。」
と初老の男に向かって右手を差し出した。
そして祭酒は、初老の男と握手を交わすと
「館長、不届き者の仕掛け人は――いや、このテストの試験官は――実は貴方なのでしょう?」
と付け加えた。
「……『蛇の印』でしたか。マイナーなホームページでも、ネット上で公開された文章は直ぐに削除されたとしても、どこかしらに痕跡が残るものです。誰かがコピーしているかも知れないし、完全に消し切ることは不可能だと言っても言い過ぎではありません。」
「お見通しでしたか。無名の雑文書きに依頼を出したのですが、見込み違いであまり上手い人物だったとは言えず……。しかもあの童話では、内容が直接的に過ぎて簡単に秘密に辿り着けます。テストとしては成立しなさそうだと、直ぐに削除させましたので、お目に留まる事はないだろうとタカを括っていたのですけれど。」
館長と呼ばれた初老の男は、苦笑すると祭酒からの質問に肯定の意を示した。
「県民掲示板の、創作小説やエッセイコーナーだけでは、閲覧者が限られますし、若年者の幅広い層に興味を喚起するというわけには行きませんからね。……ま、窮余の策と言ったところです。」
「別に咎めだてする心算は有りません。後を引き継いでもらいたいような優秀な人材を、我々は喉から手が出るほど欲しているのですから。」
祭酒は柔和な表情で頷いた。
「有望な若者がいたら、上手く導いてあげて下さいよ。見かけたら、私も及ばずながら『介入』させていただきますからね。」