一話。解雇通知
皆と最初に四人パーティーを組んだ頃はギスギスしておらず、むしろ良好な人間関係を築けていた。その中で最弱の俺は何度も皆の足を引っ張っていたが、逆に支えられた事で強くなろうと努力を決意した。結果、結成当初よりも随分と成長する事ができた。
俺たちはパーティーリーダーの勇者に率いられ、魔王討伐のために旅をしている。日数を重ねる度に道行く先の魔物はどんどん強力になっても、むしろ皆は俺を咎める事なく協力による解決を目指してきた。実際、それで幾度となく障害を突破できた。
しかし、その皆に変化が起きたのはあまりにも突然すぎた。何の前触れもなく、俺を責めてきたのだ。
「あなた、なんでこのパーティーにいるの? わからないわ、存在理由が。足を引っ張るぐらいなら消えてくれた方がマシね」
「言っとくけど、この先でアンタはもう力不足よ。あぁ、イライラする! ここまで弱いとホントに目障り! もう新しい人と代えましょうよ!」
そう言うのは魔法使いのサンドラと剣士のニルダ。二人とも美人な女性で、ニルダはともかくサンドラに至っては前衛をこなせるほど近接戦闘が強い。どちらも勇者パーティーにふさわしい実力を持っている。
俺もわからなかった。いまさら、どうしてこんなにも貶されるのか。俺が何か失敗する度に、怒りながらも結局は笑って許してくれたのに。努力して強くなる俺を、曲がりなりにも認めてくれたのに。
「はぁ~、つっかえ。はぁ~、つっかえ」
「さーて、埋め合わせはどうしよっかな……」
サンドラは未だに毒を吐き続け、ニルダは早くも俺から関心が消え失せる。考えている事は、もう未来の事だった。
「アズマくん……」
ふと俺の名前を呼んだのは、勇者であるオズワルド。勇者の肩書きに恥じない好青年だ。俺に足りない物が全て揃っていると言っても過言ではない。
おそるおそる目線を合わせる。物憂げだった彼の表情も、遂には真剣なものになる。
「すまないが、パーティーを抜けてくれないかい?」
「オズワルド……何でお前も……」
「わからないかな? 自分がどれだけ足手纏いなのか」
オズワルドは笑いもしない。嫌そうな顔もしない。常に一点に見つめているのは俺の目だ。こちらが顔を背けようにも、しづらい空気になっている。
冷や汗も止まらず、そんな状態で俺が声を出すのはなかなか叶わなかった。それでも必死に、僅かだが絞り出す。
「……急すぎる。だったら、今まで一緒だったのは?」
これにサンドラとニルダは急に押し黙り、対してオズワルドは一拍置いてから悠々と答えた。
「上位互換。君以上の代わりを見つけたんだ。これで旅の苦労は減る。何度も言うけどもう力不足だ、君は」
その決定的な戦力外通告に、俺の中で今まで積み重ねてきた何かが一気に崩れ落ちた。色々な意欲が消えて、頭の中が真っ白になる。
それからしばらく茫然自失になっていた俺は、自分の荷物を持って彼らの元を静かに去った。別れの挨拶をするにも気が乗らず、むしろして堪るかと謎の意地が沸き上がる。ただ、無性に悲しかった。
努力の否定、存在意義の否定。それらを突きつけられた時の衝撃は計り知れない。本当に今さらだった。どうして今になって……いや、そもそも俺をパーティーに入れてくれたのは?
その謎は本人たちに聞いてみないとわからないが、もはや引っ提げるべき面はない。あの三人に実力行使が通じるはずもなく、門前払いが関の山。
故郷から遠く離れている見知らぬ街を、俺は彷徨する。行く当てはない。目標の魔王討伐が頓挫し、明日を生きる指針を見失う。前の生活に戻るのが手っ取り早くとも、周りはそれをどう思うのか。きっと腰抜けとか、勇者の顔に泥を塗ったとかで下手すれば一生陰口を叩かれる。
ほぼ破綻したな、俺の人生。汚名返上は絶望的だ、叶わない。このレッテルは致命的すぎるし、俺は単独での戦闘力は大した事ない術師だ。パーティーでなければ魔王討伐は無理だし、勇者がいないのに俺と組んでくれる酔狂な奴なんていないだろう。
よし、世捨て人になろう。社会から離れる。それが楽だ、多分。街近郊の丘の上に佇んで、俺は取り敢えずそう思った。目の前の景色はどこまでも綺麗な草原や森、川が広がっている。この辺りにはそれほど強い魔物はいないので、比較的安全だ。
「こんにちは。ご機嫌いかが?」
すると、隣から知らない女の子に話し掛けられた。視線だけ動かしてみれば、ふんわりとしたブロンドの髪が目に写る。
身長は俺より低く、ニコニコとしていた。顔立ちはリスみたいに可愛らしく、格好はローブを羽織った魔法使いだ。杖は見受けられない。
「気分は最悪」
俺は素っ気なく答えて、視線を戻した。
普通なら、こんな返しをされたら多くの人は構うのをやめるだろう。しかし、彼女は予想に反して俺の前に立ち、言葉を続ける。よほどの物好きかよ。
「はじめまして。私、カーラ。あなたは?」
唐突の自己紹介な上に話を振られる。だが、そんな気には微塵たりともなれなかった俺は、無視を決めてこの場を離れようとする。
ただし、それよりも早く彼女が俺の手を掴んだ。思いの外、力はある。途端に腕が引っ張られ、渋々と彼女の方に振り返る。
「悩み事があるなら相談に乗ってあげる。 せっかくだからウチでのんびりしながら。お菓子出すよ?」
「必要ない。手ぇ放せ」
「でも、今にも自殺しそうな顔してる」
その指摘に俺は不意を打たれ、ついつい顔を背ける。こんな男に話し掛けるこの子も大概だが、それぐらい気持ちが顔に出てるなんて。心臓が跳ね上がったぞ。
「ハァ……」
おまけに溜め息も出た。次にカーラと改めて向き合うと、自然に手が放される。
相談か。それも一つの手だ。気持ちを切り替えるには良いかもしれない。もしも打ち明けた内容で嘲笑されたとしても、仕方ない事だ。素直に受け入れて、その時は黙って帰ろう。惨めになればなるだけ、世捨ての決心がつく。
だから敢えて、俺は自分で自分を追い詰める。その選択肢を取る。周知で一生ものの不名誉は、その人をドン底に落とす。這い上がる事は許されず、腫れ物のような扱いを受ける。
それだけ、勇者のパーティーメンバーというブランドは輝いているのだ。魔王討伐という皆の期待を裏切れば、どうなるかなど自明の理。結局、ほとんどの大衆には他人事にしか思われていないのだろう。手のひら返しをするのなら。
「……俺はアズマ。話を聞けば、きっとお前はバカにする」
「自殺志願者相手にそれできたら多分、人でなしだよ。大丈夫、安心して」
「誰が自殺志願者だ」
「へ? 間違ってた? ごめんなさい」
俺がすかさず訂正を入れると彼女が胸を張っていたのが一転し、シュンとなる。
そんなこんなで、俺は街の一角にある家に招かれた。ひっそりと建っている様はどこか儚げだった。
丸椅子に腰を下ろし、程なくして飲み物もテーブルの上に出される。洒落ている白いカップに注がれているのは、香ばしい匂い漂う黒い液体だった。
「……これ、なんだっけ?」
「タンポポのコーヒー」
俺の疑問にパッと答えたカーラは、もう一つ用意していたコーヒーを口にする。そうか、コーヒーか。不思議な響きだ。
俺もそっとコーヒーを少し飲んでみる。舌は痺れない。独特の苦さだが、何故か妙に美味しい。
そうして、俺はゆっくり今日の出来事を話し始めた。カーラは真摯に耳を傾け、時々相槌を打ったりなどしてくれた。話を進める度に、胸の内のモヤモヤがだんだんと晴れていくような気がした。
話が一通り終わり、俺は残ったコーヒーを飲み干す。ここまで、彼女が余計な水を差す事はなかった。一息ついてからカーラに尋ねる。
「俺をこき下ろさないのか?」
「ん、しないよ。そんな事」
朗らかに言うカーラ。どこからともなく焼き菓子を一つ摘まんでは、パクッと一口で食べる。おまけにそっと俺の分も皿に入れて差し出された。お菓子にも余裕があるのか、この家は。
「でも変な話だよねー。今まで四人で上手くやれてたのに、急に精鋭? 主義になっちゃって。ねぇ、もう一回アレ見せてもらえる? あなたのゴーレム」
次に、カーラの美しく澄んだ瞳が覗き込んできた。それに俺は僅かな戸惑いを覚えつつ、今日の嫌な出来事を頭の中から振り払うように例のアレを出す。
懐からクルミサイズの小さな琥珀がこぼれる。やがて琥珀は形を変えて、一匹のハチとなった。ガラス細工を彷彿させる透明度だが、強度は並のガラスでは比べようがない。
「コハクバチ。生物のゴーレム化。相当なレアケースに該当してるし、ゴーレムの操作って一体だけでも難しいのに。本当にどこが弱いの?」
俺の代わりに、カーラがテーブルの上に佇むハチの名称を語る。
コハクバチは自然界に生まれた魔法生命体。宝石の肉体を持ち、習性はミツパチとほとんど同じ。群れで生き、肉食系のハチと真っ向から戦える。また、尻尾に針はあっても毒はない。
もちろん、俺が使役できるコハクバチは一匹だけではない。他にも服の中に琥珀の状態で待機させている。
「言っただろ。ゴーレム操作以外の魔法は下手くそだって。剣の腕も最悪で、もっぱら偵察とか哨戒とか。あと、本格的に攻撃力の低さが露呈してきた」
カーラに向かってぶっきらぼうにそう言い、出したコハクバチを服の中へと帰還させる。
コハクバチを使う利点はあくまでも数の優位性だ。コハクバチを通して遠距離間で連絡を取り合えたり、現地の映像を術者の俺にダイレクトに伝えたりできても、単独での攻撃力はお察しだ。氷柱を発射する攻撃魔法は得意だが、それだけ。とうとう今の勇者パーティーに望まれるスペックではなくなった。
「……そう言えば、調子乗ってたんだよな。まぐれ当たりなのにコハクバチの群れを使役したスゴい術者だって勘違いされて、勝手に期待されて、持ち上げられて。だけどそれが心地よくて、自惚れて……」
昔の自分を殴ってやりたい気分だ。考えなしにも程がある。どうして魔王討伐に参加しようと思ったのだろうか。オズワルドたちに付いていっても頭打ちになるのは目に見えているのに。
所詮、自分の首を絞めるだけの無謀な夢見だった。無能なヤツほど、不可能をやろうとする。
「……俺はいらないって否定された。勇者たちの太鼓判だ。それが影響して、もう前の生活には戻れない。いずれ、国中の皆が俺を寄って集って色々こき下ろすだろうな」
そして、俺は静かに席を立つ。この瞬間を以て、世捨ての決心は完璧に着いた。後悔はしない。
すると--
「そんなの納得できるの? 満足できるの? 嫌じゃないの?」
小首を傾げながらカーラが痛いところを突いてきた。家を出ようとした俺の足は図らずも止まる。
それでも彼女には背を向けて、込み上がってくる何かを堪えながら喋る。
「無理やり納得するしかねぇ。何でもできる訳じゃないんだ。自業自得だこんなの。這い上がるための崖すらないなら、仕方ないだろ?」
そこまで告げたら、俺は再び玄関へと歩き始める。
だが、扉に手を掛ける直前にさよならを言おうとしたところで、背後から彼女を抱き止められた。腰に腕を固く回される。
「ダメだよ、そんな後ろ向きな生き方。生きてればチャンスはいくらでもあるのに、自分から捨てちゃったら……」
やがて彼女から発せられたのは、優しく宥めるような声だった。途中で言い淀んだようで、俺はすかさず反応する。
「だったら何だ……! 他人のクセにやたら親身すぎないか?」
少し言葉に怒気を含ませ、払うように彼女を退けさせる。
その矢先、視界の端で彼女のどこか潤んだ目が垣間見えた。表情には陰が落ちている。
わからなかった。何故、そんな慈母みたいに悲しそうな顔をしているのか。他人のために怒れたり、涙を流したりできる人は知っているが、彼女のはどうもオズワルドとは違っている気がする。何だか、奇妙な感じだ。
まさかの展開に一瞬だけ我を忘れる。しばらくすると、カーラは力なくフルフルと首を横に振った。
「違う……他人じゃない。だって私とあなたは……」
直後、辺りが突如として目映い光に包まれる。強力な光を遮ろうと咄嗟に腕を前に出す最中、俺の意識は徐々に遠退いていく。