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「え? ああ、ちょと観察をね」
「観察? 馬鹿にしているのか?」
「いや、そんなことは……」
しどろもどろになるノックス。彼にとっては初めて接する生身の人間である。適切な受け答えがよくわからないというのと、間近で見る人間に気を取られてしまい呆けてしまった。
「……どうやら舐めているということでいいんだな? 奥来いやテメエ」
「え? あ、ちょっと……」
あれよあれよと店の奥に引きずり込まれてしまうノックス。よくわからないが、さすがに友好的な態度でないのはわかる。厄介ごとの公算が高い。
「あのー、怪しい者ではないですよ?」
「何言ってやがる。お前みたいな恰好の客がいるか。どこの回しモンだ?」
「そんなに変ですか」
白いスーツと銀色のストール、金細工のバッジと胸の羽根ペンがそんなにおかしいのだろうか。天界においてはカジュアルな仕事着なのだが。
「……舐めやがって。おら、入れ!」
すっとぼけていると取った男は悪態をついてノックスを薄暗い部屋に叩き込んだ。中には強面のひげ男が座っていた。
「店長。店の前で変なのがうろついてましたので捕まえてきました。この妙な格好は“改装魔女”と何か関係あるかもしれないので」
「おう。……確かにこの妙な格好や雰囲気はあのクソ女に近いかもしれんな」
「スパイかもしれません」
「今はとにかく怪しいやつは一人も見逃すな。こいつは店の中で見張っていな。おい、お前」
ひげ男がノックスにずいと顔を近づける。
「な、なんでしょう」
天界ではあまり見ないタイプ、ありていに言えば粗暴な顔である。思わず身を引き締める。
「悪いがしばらくおとなしくしてもらう。今夜はしくじれない大事な大事な機会だからな。済んだら解放してやる」
「は、はあ……」
ノックスは首を傾げた。繁華街は小競り合いが絶えない場所であるが、たいては突発的なものである。だが、ひげ男の言葉からは何者かと高い頻度で争いを起こしているような印象を受ける。しかし、そのような場所に心当たりはなかった。普通は要注意な場所として監視対象になるはずなのだが。よっぽど上手く喧嘩しているとでもいうのか。
「どこに置いておきます?」
「そうだな、とりあえず……」
その時、外から透き通るような鐘の音が聞こえた。
「……! もう来やがった! こいつはここに閉じ込めてろ! 全員外へ出せ!」
ひげ男は気勢を上げて表へと飛び出していった。後に続いてどやどやと足音が続く。一人残されたノックスは頭をポリポリとかいた。
「むう……展開が早すぎて何がどうなってるかさっぱりわからんな。まあ、今のうちに逃げるか」
幸い、鍵は開いていた。何とも拍子抜けだが、慌てていたのだろう。“改装魔女”なる者に感謝しながら裏口から悠々と外へ出た。