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闇夜を切り裂き、ノックスは丸太の山の上に背中から「降臨」した。
「ぐあ……」
鈍い痛みが背中に走る。人間であれば即死間違いなしの落下であったが、幸いというべきかノックスは神の身である。どうやら骨折は免れたようだ。
「ふざけやがって……」
背をさすりながら悪態をつく。まさか自らが地上送りにされるなど夢にも思わなかった。確かに出来はよくなかったかもしれないが、懸命に事務処理に励み、上司の無理難題や愚痴にも耐えてきたのだ。あんまりな仕打ちではないか。
ふと、ぐちゃぐちゃになった丸太の海の中に混じる数本の羽根ペンを見つけた。手に取ってみれば天界でノックスが仕事に使っていたものだった。
「……はっ、最後の情けってやつか?」
過去に天界から地上送りになったものは財産はおろか身に着けるものさえ与えられなかったというが、ノックスは身ぐるみは剥がされず羽根ペンも与えられている。ただ、これは「最終的に間違いの無い処分はもう下されてしまった」という意味でもある。
つまり、もう二度と天界に戻ることはできないということだ。
無言で天を仰ぐ。楽しいばかりではない数百年であったが、未来に希望を持っていた。それが一瞬でこのザマか。
全てを失ったノックスには立ち上がる気力さえ無かった。これからいったいどうすればいいのだろう。地上送りになってしまった者のマニュアルなど存在しないのだ。誰も何も神さえも、導いてくれるものはない。
しばらく途方に暮れていたノックスだが、いつまでもこの場所に留まるわけにもいかない。ここはどうやら工事現場の一角らしく、夜が明ければ人間が現れる可能性がある。堕ちて早々厄介ごとは御免だ。この時間に人気のない場所に堕ちたのは不幸中の幸いであったが、それもまた情けの一つなのだとすれば腹立だしい。
羽根ペンをかき集め、ノックスは立ち上がる。神の力の詰まった奇跡の羽根ペン。人間界においては生きる上で使える場面が出てくるだろう。本数は現象を司るペンが8本、事物を司るペンが10本、計18本である。
さて。最初にすべきことは何だろうか?