ブルツ・アリス学園(2)
◆
――恋がしたい。
そういう想いを抱く少年少女もたくさんいるだろう。何せここは学園なのだ。
我々学生がやることといえば、恋と戦争と部活。この三つに他ならない。
あいつらいつ勉強してるんだってレベルで部活で大会したり、あいつら本当に学生かよってレベルで世界を救ったり、あいつら常にすれ違ってばっかりだなって感じに男女関係愛憎交々したり。
いやまあ普通に勉強は授業とか見えないルーチンの中でやってるけどね。だからみんながやってることってそれはただの土台だし、一人の個性として何か好きなことをやってみてもいいじゃない? そう思わない?
それが青春だ。そう。青春の真っ最中なのだ。
誰も彼もがそう思い、そうして叶ったり叶わなかったり色々あったりで、何だかんだで時が過ぎて、あの頃はああだったね、と、あんな事があったねーとか、似たような思い出を抱える仲間内で退色の記憶を美しく脚色するのが人の一生というのではないだろうか。なんてね。
例えばあのコ。
彼女は背が高い。まあ、獣化種族のアタシほどでもないが。ちょこんとのった顔は種族的にみて美形だと聞くし、頭からつま先までの均整は誰かが持ってきていたファッション誌に写っているモデルと確かに遜色ないだろう。
一見、華奢に見えるけどとんでもない。実用的な筋肉を隠すきめ細やかなで柔らかな肉体美、つまり出るとこと引っ込んでほしいところが見事にメリハリついて、いい匂いもすればそりゃまあ男どもからは目を引くよね、ってところ。
性格は悪くない。いや付き合いは少し悪いか。あまり目立つのが嫌なのか、必要以上に自己主張はしないけれど、その容姿だけでもとても目立つのに、変に外れた所にいるせいで逆に話しかけるな近付くなオーラとなって、結果浮いた話は聞かないね、これが。
この子は本当に、とてもいい子なのに彼氏が出来たりとかは、まだまだないんだろうな。本人も特にそういう事を気にしてるようには見えないし。
なになに、気にするな。私がもらってやることは、まあ、できないけど、ずっと一緒にいてあげるから。変に変わらなくったって、あなたはそのままでいて。今の貴女が私は好きだから。強くて可憐な。そのままで。
……まあそんな、多少上から目線で、思っていた時期が私にもありましたよ。やれやれ。
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「エトリ、今日暇? 放課後ルーマンサルシェ行こーよ。限定パンケーキ今日なら間に合うはず」
「今日? ちょっと無理。放課後はデートだから」
未だ喧騒の冷めない教室の中。
ブライカの友人であるエトリがそう答えたのは授業の合間の休み時間のことだった。
「……は?」
何気なく発せられた一言であった。
ブライカと、その近くで会話を聞いていた友人が凍り付いた。精神的に。
それを溶かすかのように、眉を寄せながらエトリは指を弾いた。
「……ああ。そうそう。先月からカレシができてたから――」
それは何かの聞き違いかと。今日は甘いものではなく辛いものが食べたい気分だわ、的な話かと思ったぐらいであった。
――あ、コイツ裏切りやがった――ッ。
「……エー、イツノマニ汚レテタノ……」
落ち着け友人その一。展開の早いレディコミ愛好家なのは知ってるが焦るんじゃあない。
かれし。カレシ。枯れ死? 枯れているのか。何が?
センゲツカラ、カレシガ、デキテタカラ――出来てたからってなんだ。そういうものは普通出来たとか、そうなった、というような結果で報せるものじゃあないのか。まるでそういうものが存在することに気付いたかのような言い方は何だ。
何か発言の意図を取りこぼしているだろうか。
ど、ど、どういうことやねん?
……我々は敗北を飲むわけにはいかないのである。
その言葉は特に親愛な関係を育む異性の存在という、彼氏いない娘たちには耐えがたき勝利宣言に他ならぬのだ。苦い。
今日ってもう月の半分過ぎてるのに。
「……はあ?」
ありえない、と思いたい気持ちで、完全に意味が通じても疑念混じりの声がでた。
一方その間に鞄を肩にしていたエトリは、すでに教室から出ようとしていた。
「ちょ、ちょっちょちょ――っと待って、なんで?」
この、なんで、には時とか場所とか理由とか、私とその人どちらが大切なの、とか色々と筆舌に尽くし難い意味が込められていたのだが、それをエトリは一言で答えた。
「普通に色々とあって。じゃあ、私次行くから」
その普通と色々はおそらく同時に使っていい言葉ではない。
「誰! せ、め、て、名前! 教えて――!」
エトリは時計を見ながら(多分小さく舌打ちした)、〈賢盤〉を取り出し、そのまま教室からやや急ぎ足で出て行った。
間もなくブライカの〈賢盤〉にその回答を記したと思われる短い文面が届いた。
「そんな生徒いたっけ?」
エトリが去っていくと同時にミニ会議が開催、もとい延長された。ブライカにはその名前に聞き覚えはなかった。他の友人たちも同じく疑問符を頭上に浮かべていた。
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〈黒騎士〉という噂があった。
夜の街を暗躍する怪人――もとい、ヒーロー?
曰く付くは。通りすがりにあのデヴォ・ギルトを倒しているとかいないとか。
悪の魔術師集団に天誅を加えているとか。
暴れる酔っぱらいを酔拳で叩きのめしたとか、家出少女に両親が汗水たらして働いている所を見せつけて社会の世知辛さを学ばせるとか。なんだそれ。
まあ明らか関係のない噂も混じっているんだろうけど。流石エトリ、そんな〈黒騎士〉を上回るネタをぶち込んでくるとはね。
これは気になる。確かめなければ。よし――。
「それでは我々、エトリ交際相手見極め隊は行動を開始する」
「あ、ゴメン。あたしらこれから次の授業があるからパス」
結局。この日はもう授業のないブライカが学生庶務課でその名を調べてみることにした。
仕事の斡旋から補習者の呼び出しまで。この広大な学園機関に属する人員検索はここの担当者に聞くのが早い。無論意味もなく在校生のプライバシーを教えてくれるはずもないが。
それでもブライカは担当者にその人物の名を告げた。見知った相手だったので、例えばよくある雑談に紛れ込ませるような気安さで。
「そういえばさっき来てたわよ。バルガ教師に連れてかれちゃった。今は修練場でしごかれてるんじゃない? あんザンネン。すこし喋ってみたかったのに」
何の資料も検索することなく、担当者はそう言った。意外にも容易く答えを引き出してしまった。ブライカは少し驚いたが、表情には出さなかった。
仮にこのやり方で情報を得ることができないのであれば、彼女はエトリの名前を出そうと思っていた。
――ねえ、私の友人が仕事のために、ちょっと人手が欲しいってんだけど、対象の情報と技能を知っておきたいんだ。何か参考になりそうな実績とかない?
こんな風に。
人生には人脈が必要であることをブライカは良く知っていた。
この場合重要なのは彼女本人ではなく、あのエトリと何度か共同で実践結果を出した相方としての実績なのである。そして顔なじみであれば成功率も上がる。虚偽の内容に友人の名前を使うことについては今回は舌を出しておく。
「へえ、そうなんだ。何かあんの?」
ブライカはさして気にはしていない風に、少し突っ込んだ探りを入れた。
「さあね。仲介業務なんてこんなものよ。色々なご事情はあると存じますが、双方がより良き協力者として今後のご活躍をお祈り申し上げますってね」
適当な相槌を打ち、少し世間話を交わしてブライカはその場を後にした。
「口が軽いなあ。まあいいか。居場所はわかった。戦技か……何か本当に特種技能でももっているのかな」
戦技とは魔術の実技課程のひとつ。スポーツのような健康促進の為の運動ではなく、魔術というものを身をもって学ぶための実技教科。
その授業の担当教師がわざわざ外部から人を呼んだ。つまり授業で特別に人手を欲したのだろう。そういう人物であるのならばエトリの御眼鏡にかなうということなのだろうか。
ブライカが次に向かうのは当然、戦闘修練場。
暇つぶしと好奇心と。ブライカは問題の〝彼〟を一目見ようと、さらなる偵察へと向かった。
「あれ、そういえば今のエトリの授業って……」
2020/11/01【修正】前章の分割した後半部分です。誤字修正。原稿用紙設定変更。内容は変わっていませんが、少し表現を変更しました。
2017/06/19【投稿】当時は投稿ログを残していなかったのでログ追加。