デイ・バイ・デイ
◆
あなたのことを好きになった理由。
誰かの瞳に私は写る。そうすることで私は私を見つける。
けれどあなたには私が写ってはいない。私の瞳を通してあなたが写っているだけ。
そんなあなたに私は、あなた自身を写してみたいと思った。
囁いた好意は何かを変えたのだろうか。
届かず、響かず、自分自身を騙す戯言でも構いはしない。
鏡に語り掛けることで自分自身を愛することが出来るのならば。
やがては今を赦すことが出来るのかもしれない。
その為の道具であってほしい。
あなたが人であればいつか私を裏切るかもしれないから。
あなたが人であればいつかは別れを告げなけばならないから。
まだ恋と呼べる感情は知らないけれど、それでも何かの意味を持っている。
それがあなたのことを好きだった理由。
いつものように学園に。合間の休憩時間に〈賢盤〉を使いニュースに目を通していた。
昨夜の一件は魔力変動の波紋として事態は観測されているはずだった。
道端の喧嘩、盗み、犯罪。これらに魔術が使用されることは日常茶飯事である。痕跡を逆に辿り、術者を辿ることは安易ではないが不可能ではない。
〈S.S〉であるエトリの権限でなら、人的被害の認められない廃棄区画での魔術の暴発として抑えることは容易いが、なるべく無駄な失点は回避したかった。
遅い時間の出来事だがニュースとなるのは早かった。
一般的な発表では、よくある魔術を使用しての暴力行為だとあった。そして犯人はどうやら捕まったらしい。
被害者、犯人どちらも存在しない人間があてはめられたカバーストーリーだ。表面上はこれ以上取り沙汰される事の無い、終わった過去となる。
「ふーん……」
まあ、それはいい。
介入したものは誰か。都市であるブルツ・アリスに対し隠蔽工作を行うほどの影響を持つもの。候補にはいくつか覚えがあるが、正体はおそらく〈晄騎〉たちだろう。
「エトリ、何読んでんの? 昨夜のニュース? ライブ会場をエンチャントファイヤーしたアイドルのこと出てる? いやーバカよねー」
「……」
「エトリ、目が赤い」
「気のせいよ」
エトリは瞳を覗き込めないようにメガネを正した。
「……別れた?」
「なにを」
「そうかそうか~いいのよ私の胸でお泣き」
「変なところに押し付けるな」
「おーよしよし、よーしよし」
「やめて」
五度目。今日は視線をよく感じる。
学園へと続く坂道で。授業中に。ある時は体育の授業後の着替え中に。
この卑怯者は近くにはいない。離れた場所からレンズ越しに、無機質な焦点を向けているのだ。
「……」
さらに次の休み時間。エトリは思い切ってその場所へと向かった。
叩きつけるようなノックから間を置かず扉を開いた。
「やあ、どうした――」
言い切らせるよりも早く、詰め寄ったエトリは掴んだネクタイをグイっと絞めて視線を寄せた。
「ふふふ。まさかよもや生きているとは思わなかっただろう?」
「朝から知ってたわよ。職員朝礼が見えたから。出勤札もちゃんと裏返ってたし」
「そうか」
感情の薄い、いつもの表情で教師はそう言った。もしかしたら心配されていなかったことに傷付いていたのかもしれないが無視した。
「なんで生きてるのよ?」
「まさか、本当に殺す気だったのか?」
数秒、沈黙が流れた。
『えっ』
二人で顔を見合わせる。そしてすぐに視線を外した。
「……ったく意味ありげにこっちを見ないで……!」
エトリはその教師の眼球に瞳を合わせ、覗き込むようにして目を見つめた。
少女の瞳に姿を映したその瞳を、教師はエトリの肩をつかみ、逆に覗き込むようにして顔を使づけた。
「どうした、目が赤いじゃあないか。あと、そう。それ――効いてないから」
その瞳を逆に覗き込むように教師はそう告げた。
「……なにがよ?」
「ごまかすなよ。――それとも自分でも気付いていなかったのか。ああ、それを含めての鏡面暗示か」
その時、予鈴が鳴った。
「何を、言っているの」
そういってエトリは出て行ってしまった。
「まあ、いいか」
夜空を光る星。それは手の届かないほどの高さではなく、常に高いビルの屋上へと連なるように暗がりの路地を見渡すように、人々を守護する
エトリは一人夜空を駆けていた。
〈晄騎〉たちとの夜の哨戒は二人で行われていたが暫く彼らとは会ってはいなかった。
「――そうか」
ロウがおそらく死んだことを告げると、リーダーのバレードはそう短く答えた。
エトリを叱責することも、あからさまに報告を疑うこともしなかった。
戦った〈黒鉄〉のことは告げていたが、その正体がよく知る相手であることは伏せていた。
そしてエトリが手にした新しい力のことも。
「対策をたてねばならん」
「どういうこと……?」
「こちらからの連絡を待て」
その言葉を最後にエトリは〈晄騎〉との繋がりが途絶えていた。
「なんであたしの周りの男どもは陰気に口を閉ざすやつばかりなんだろ」
エトリは彼らに協力はしていたが、事前に口頭で約束を告げられるだけで、普段彼らがどこにいるのかをエトリは報せてはいなかった。
結局、彼らが普段アジトとしている場所の位置をエトリは未だ知らされていなかった。
「信用される前にこれじゃあ、ねえ。計画は変更するべきかな」
そう言って、ため息を付きながら街を眺めていると夜が震えた。
「お……」
〈罪悪の獣〉デヴォ・ギルト。
月を背に。見下ろし目を光らせる。
羊の群れを見るオオカミのように。地を這うことを憐れむ猛禽のように。
彼らは狙う。相応しきカルマを持つものを。
そうして呼び込む。彼らが根城としている、もう一つの白き夜の中へ。
「今日のは大きそう。まだ餌を見つけてはいないか」
白き世界に潜む魔獣に干渉する手立ては存在しない。
こちら側からの獲物という魔力の痕跡によって辿り着くしかない。
その狩りの寸前を見つけることは本来あの夜にも行っていたことだ。
「ま、いっちょカマしてくるか」
夜空へと躍り出る。まだ多くの人々が行き交う地ではなく建物の外壁を走る。
――〈獣〉がエトリに気付いた。
影を伸ばした。伸ばした影は幻成される。影というただの反射情報が質量を持ち、それが触手となって鎌首もたげる蛇となる。
蛇は矢に。狙い放たれたそれは、影という接続から解き放たれエトリへと襲い掛かる。
エトリはやすやすとかわし斬り飛ばしていく。
蛇は折れ、曲がり、拡散し、一本が無数の牙となり全方位からエトリへと襲い掛かる。
エトリはすべての攻撃を、町への被害となることを抑えていた。
こちらはまだ裏の世界ではない。そして昨日と違い、まだ繁華街に近い。徐々に人のいないほうへと誘導してはいるが、なかなか思い通りには動いてはくれない
「ちょっと……〈晄騎〉はまだ来ないのか。もう気付いているはずなのに」
顎を広げ、死神を追い悪魔は飛翔する。
手繰る網のように、エトリに目掛け一点に収束されていく。
その防御を掻い潜り、背後へとまわりこんだ影が、さらに無数の影へと分裂しエトリ目掛け――
空を飛来した何かによって破裂した。
「なんだ――」
今になって聞こえた銃声があの夜を想起させた。
次々と伸ばされる触手がまるで空気の壁に防がれるようにのけぞり倒れていく。
「あら。手伝ってくれんの。礼は言わないけど」
ゆっくりとした動作でいつものルーティンをこなす。
鏡に映る月は割れ、少女は騎士になる。
「その辺でいいわよ」
纏った鎧から呟くように言った。
およそ聞こえるはずのない距離への囁きだがそれで〝援護射撃〟は止まった。
それを狙い蛇の口は再び迫って来ていた。
「はっ――」
色々な思惑。見えない意図。
「たっ――っ!」
全てを崩壊させるエトリの剣が叩きつけた魔力が、〈罪悪の獣〉を無に帰していた。
2020/06/21【投稿】さてさて、またノートパソコンのキーボードに乗せた手が熱くなる季節がやってきました。




