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第四章

第四章


「はい、僕はリック・アヴェストと言います。今は亡き勇者リヴァストと、同じ流れをくむ末裔です」


 そう言って王城に入り、王に挨拶したまでは良かった。

 しかしそれからが大変である。

 たくさんの料理を出されたが、遠慮して断ると。


「料理人をクビにしろ!」


「この酒宴を設けたのは伯爵か! 雪原送りにしろー!」


 と大騒ぎ、慌てて止めたが、今度は個室に案内され。


「どうぞ、いらっしゃいませ、ゆ・う・しゃ・さ・ま♪」


 と、たくさんのあられもない姿の女性のいる部屋に連れて来られて。戦略的てった……扉が閉められてるし! 

 こうなったら……『奥義、斬山剣!』壁をぶった切って外へ出る!


「勇者様が逃げ出したぞ!」


「誰が企画したんだこんなこと!」


「侯爵だ! 首を切れー!」


「そ、それはそれで困る!!」



 などと大騒ぎすること暫し、たぶんどこかの部屋の中。どたどたと、城内を駆けまわる兵士の音をやり過ごして、僕は腰を下ろした。


「はぁ~」


 なんか疲れた、体力としてはこれっぽっちも疲れてないはずなのに、疲れた。


「とりあえず、ここで少し時間が過ぎるのを待とう」


 白い荷物袋の紐を解き。中に入っている水袋に口をつける。

 香り高い芳醇な味に、甘みに、少しの酸味が身体に染みる。


「ぷぅっ……さて、と」


 もう一つの大きな包みを見て、僕は思わず笑顔を綻ばせた。食事を断った理由は、これがあるからだ。豪華な食事も嬉しいが、僕にはこっちの方が良い。

 何より、満腹で帰っては、帰ってきた時のお祝いのごちそうを用意しているウィートさんに失礼になる。


「それはなぁに?」


「サンドウィッチだよ。ウィートさんが、僕だけのために、わざわざ作ってくれたんだ」


 中の包を解くと、トマト、チーズに分厚い煮込みハムが挟んであった。汁気がパンに染み出さないように、段を挟むようにレタスが敷いてある。

 包みも汚れていない所を見ると、レタスは予防策で、とても丁寧に作られているのが分かる。


「いただきます。ありがとうウィートさん」


 きちんと、一礼をしてから、サンドウィッチに齧り付く。うん、美味しい。時間が経ってるのにカリフワのパンに、噛んでから初めて溢れだすトマトの果汁。

 みずみずしい口の中でチーズが溶け、更に口の中に残ったハムがしっかりとした歯ごたえと、味を残す。


「美味しい?」


 僕は、声に頷き。


「うん、凄く美味しい」


 ふたくち目を、ハグハグして、よく噛んで、水袋の中身で胃袋に流しこむ。


「ふーっ、一息ついた」


「その飲み物は?」


「ウィートさんのブドウジュースだよ。僕はワインを飲めないから、特別に作ってもらってるんだ。まぁ、ウィートさん自身もジュースのほうが好きだったりするんだけど」


「一口、貰って良い?」


 僕は、その声に振り向かずに、水袋とサンドウィッチを渡しながら。


「どうぞ……って、あれ?」


 いや、ちょっと待とう、なんかおかしい。


「うん、たしかに美味しい。なんていうか、今まで食べてきたものよりも、味が『強い』感じがする」


 僕は、そこで、改めて振り向いた。


 そこにいるのは、女の子。


「はい、返すわね、たしかに大事そうにしていた理由が分かったから」


 細い腕を伸ばし、細い指先にサンドウィッチと、水袋を挟んでいる少女だ。僕と年の頃は変わるまい。綺麗な銀髪を長く伸ばし、金色の瞳をした、印象としては透き通ったような女の子である。


「うわあっ!?」


 そこで、改めて僕は驚いた。


「きゃっ!?」


 女の子が手の物を落としそうになるのを、慌てて僕はキャッチする。


 床面ギリギリセーフ。これも勇者の腕のなせる技である。


「じゃなくて、驚いた。なんで女の子がこんな所に」


 女の子は、そのイメージに合う白い生地に、金糸の彩りを混ぜたドレスを着ている。

 その胸の所を抑えながら、口を尖らす。


「驚いたのは、私の方。なんで男の子がこの部屋に入ってきたの? 鍵はかかっていたはずなのに」


 僕は、思わず自分の手を見る。もう片手にはサンドウィッチと水袋。


「そうか、咄嗟に重そうな扉があったから『解錠』の魔法を使ったんだ」


 そのまま、顔を覆う。

 女の子の部屋に突然入ってくるなんて、それは、良くない人のすることだ。


「せっかく貰った勇者のお仕事なのに、やっぱり僕、向いてないのかなぁ」


 そこで女の子は、首を傾げて。その仕草がまたよく似合う。


「勇者の、お仕事?」


 と、聞いてきた。それに対して僕は得意げに返す。


「ああ、僕らは、勇者としていろんな世界へ行って、お仕事をするんだ。魔王を退治したり、悪の教団と戦ったり、お姫様を救い出したり、ね」


 ブドウジュースで、喉を一旦湿らせて、続ける。


「――僕にとっては、この仕事は、初仕事だったんだけど、なんだか見事にドロドロになっちゃったみたいで、他の勇者さんならこんな仕事簡単にこなすんだろうなぁ」


 出てきたのは、愚痴だった。本当に、情けない。


「へぇ、勇者様って、いっぱいいるんだね。初めて知った」


 女の子は、顔を輝かせながら言う。


「で、君も勇者様の一人だね、確か――リック……様」


 おずおずと言ってきた女の子に、笑顔を浮かべて。


「くん、で良いよ。みんなそう呼ぶし――」


 そこまで喋って、初めて気がついた。


「あ――」


「うん、じゃあ、勇者様はリックくんね。お父様の前じゃ堅苦しかったけど、意外に楽しそうな人で、良かった」


 明らかに、喋りすぎた。僕はなんでこういう所がドジなんだろう。


「しまったっ! ゴメン、今言ってたことは忘れて――とは言えないけど、せめて誰にも言わないでっ! ――あ、えと」


 そう言えば、この子は誰なんだろう。見たところ、良いところのお嬢様のようだけど。


「私はヒルフェ・D・モルドフェウス。この国のお姫様よ」


「えええええええぇぇっ!?」


 驚く僕の口を、唐突に彼女は塞ぐ。


「姫様! 今声が聞こえましたが、何かありましたでしょうか」


 扉の向こうから聞こえる声は……メイドさんだろうか?


「いえ、侍女長、ちょっと取り乱してしまっただけよ。気にしないで」


 暫し、間があって、再び声が聞こえる。


「分かりました。現在勇者様がお隠れ遊ばせているので、そちらの方に手を回しております、少しの間、不自由をかけますが……」


 それに対して、彼女――ヒルフェはさも楽しそうに声を弾ませて。


「それに関しては気にしないで。私も、勇者様の事が気にかかっていますし。何より、しばらく退屈はしなさそうだわ」


「分かりました、では、少しの間だけ、お待ちください」


 そう言うと、遠くへ行く足音が聞こえた。


「……少し、待ってくれるって」


「と言うより。今のやり取り、心臓が壊れそうなくらいドキドキしたんだけど」


 この子、思ったよりお転婆なのではないだろうか。


「気にしないでいいわ、リックくん。あ、二人きりの時だけそう呼ぶわね――私は勇者様のこととか結構気になってるんだけど」


 僕は、困りながら首を振って。


「いや、これ以上は話せないよ。僕らの沽券に関わってしまう」


 それに対して、にっこりと微笑みを浮かべた彼女は……ってか、ちょっと近い。僕が、少し赤面していると。


「なら、リックくんについて色々お話を聞きたいわ、これは交換条件よ」


 ぐ……、この子は案外したたかなのではなかろうか。


「まぁ、それくらいなら、ええと、何から話そうか……その、姫様」


「私もヒルフェでいいわ」


「ヒルフェ……まぁ、話すことといっても、そんなに無いのだけど」


 僕は、喋りにくさから、改めてサンドウィッチに齧り付こうとして、気がついた。


「あのさ、ひょっとして……三口食べた?」


 ヒルフェは、悪気は無さそうに手を合わせて。


「美味しかったから、つい」



 サンドウィッチを片付けて、ブドウジュースを飲み干した頃には、なんとか落ち着きも取り戻してきた。


「――まぁ、という訳で、僕とリヴァストさんは、あんまり関係がないんだ。太陽神様はお爺さんみたいなものだから、ディテイス様とは確かに縁があるし、何度かお話したこともあるんだけど」


 その話を、しきりにコクコク頷きながら聞いていた彼女は。


「要するに、ニセモノなのね?」


 と、ぶっちゃけてきた。


「仰る通りでございます」


 それに関しては、何の釈明の余地もない。でもまぁ、何百年も前の勇者様やその家族を引っ張り出してくるのも、酷な話だし。


「でも、リックくんは勇者様なのね」


 僕はそれに頷いて。


「それに関しては、本当に本当。太陽神様に加護を授けられた正当な勇者だよ。……実力の方は、どうだかなんだけど」


 自分でも、そのあたりはよく分からない。相手にしていたのは、太陽神様や、ウィートさんだし。サラには勝ってたけど、三百七号さんや四百二十四号さんなんかを見ると、まだ全然な気がするし。


「凄いんじゃないの? メイドから聞いた話だと、壁も剣も切っちゃったって聞いているわよ、それともその剣が凄いの?」


 僕は、腰の剣を改めて意識する。


「うん、それは本当。剣が凄いのも本当だけど、アレくらいはナマクラを使ってたってやって見せるよ」


 僕は、しゃきーんと、剣を引きぬいて、くるくると回して鞘に戻す。


「んでさ、さっきから気になってたけど『ウィートさん』って誰?」





 ざしゅっ!


「て、手を切……ってない、凄いな、太陽の鎧」


 だけど、凄い不意打ちだった。今のはちょっと、いや、かなり、びっくりした。


「あー、危なかった、あんまり調子に乗るもんじゃないね」


 ヒルフェはじとりと半眼になり、なんか、こういうところ、サラに似てる気がする。


「つまりは、誤魔化すような人ってわけね? ――恋人?」


 僕は、慌てて両手を振って抗議する。


「いやいやいや、まさかまさか、全然全然、そんなのじゃないって」


「――確かにそんな感じじゃなさそう。――じゃあ、片思い?」


 ぐさり。


「――ッ!」


 今度は反論もできない、痛いところを本当に突かれた。


「――、……お姉さんみたいな人だよ。実際面倒見てくれたし。太陽神様のお孫さんで、平和と豊穣の神様だし、僕なんか、とてもとても」


 そう、思う気持ちはあるのだ。

 ただ、いくらなんでもただの勇者と女神様では釣り合わない。半神半人の例は確かにあるけど、僕は、考えもできない。


「まぁ、そこを突っつくのは、止めてあげようかな。――でも、リックくんって、自分の世界もないのよね?」


 そこをそれ以上ほじくり返されないのは、心底ありがたい。

 これ以上は僕のほうが持たないからだ。


「ああ、うん、そうなるね。僕が子供の頃、僕の世界は破壊神に壊されたんだ。で、幼馴染のサラと一緒に、今度は世界を救う人になろうって、勇者を目指したんだ」


「じゃあさ、この世界に住まない? 多分みんな大歓迎してくれると思うし、リックくんなら、大丈夫だよ」


 まるで、それが本当に正しいことのように、さらりとそれを言ってのけた。


「い、いや、僕はたくさんの世界を守る義務が……」


 彼女は、僕の手にそっと手を添えて――手甲で感触はわからないが、きっと柔らかいのだろう――言ってくる。


「この世界の、勇者になっちゃえば良いじゃない。何なら、王様をやってもいいよ、私は大歓迎」


 それは大胆な、しかも唐突の、プロポーズだった。

 それが分からないほど、僕だって鈍くはない。


「――ん、なんて言っていいのか、分からないけど。気持ちは嬉しい。でも、それは、駄目だと思うんだ」


 彼女は「そっか」とだけ呟いて、手を離してくれる。


「でも、覚えておいてね。今日しかこの世界には居られないだろうけど、この世界にあなたを待ってる人がいることを」


 彼女は、僕から離れて、くるくる回りながら。


「あーあ、なんか世界がピンチにでもなれば、勇者様とずっと一緒にいられるのに」


「それは、いくらなんでも不謹慎だよ」


 と二人で笑った。





 式典の直前に、こっそり姫の部屋を抜け出し。みんなの前に姿を現す。

 お詫びに死のうとする人間が何人か出てきたが、それは慌てて止めた。


「ほわぁ、これは、凄い人だねー」


 城のバルコニーから、見下ろすは眼下に広がる町の大半を埋め尽くさんばかりの人。


「ええ、この街の住人だけではなく、他国からも一目勇者様を見ようと、集まっておりますからな」



 シャルル王はそう答える。その横には王妃様と思われるヒルフェに似たおばさまとその後ろにはヒルフェが微笑んで付いている。

 大神官と呼ばれている人が、前に出て声を張り上げる。


「静まりたまえ!」


 この一言で、あれだけたくさんいた人々が、水を打ったように、静まり返る。


「これより勇者様をみなに披露する! なお、勇者様は光の神ディテイス様より遣わされ勇者リヴァスト様の血を引いた、真の勇者である! 臣民の皆には、失礼のなきようお願いする!」


 大神官さんは、僕に道を譲る。僕は一歩前に進み、バルコニーの縁まで姿が見えるように、歩いて行った。


『おおおおおおおおおおおっ!!!』

『勇者様! 勇者様!!』

『万歳! 万歳!!』


 本当に割れんばかりの拍手とともに、たくさんの声が、沸いて上がった。


「静まりたまえ! 静まりたまえ!」


 大神官さんのよく通る声――拡声魔法の類でも使っているのだろうか――が響くと、街中は、また静まり返った。


「この通り、黄金の鎧を纏いし少年は、神託により告げられた正真正銘の勇者。かつて我が世界を混沌に陥れた魔王を打ち倒した、勇者の血族である!」


 大神官さんは、僕に向き直って。


「さぁ、どうぞ」


 と、促した。


「え? 何を」


 僕は、ポカーンとして、辺りを見渡す。


「勇者様の力を、なにかお見せください。お言葉でも、なんでも構いません」


 そうは言っても、そんなの、思いつきもしない。第一、そんなの練習してきていない。


「うっ」


 なんか、みんなの視線が、集まっている。派手な魔法は……使えないことはないけど、あれは大量破壊魔法だからなぁ、こんなところで使えば……。


「あ、そうだ、この鎧の力を使って……!」


 ざわつきだした群衆の皆さんに視線を落とし。(なんとなく)剣を抜き放って、天に翳した。


「太陽の鎧よ! その力を解放し給え!」


 すると、突然、太陽が今でも明るいのに、眩しくて目を開けてられないほどに。輝きはじめる。太陽の輝きを強くする。それはこの鎧の力の一つだ。


『おおお、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』


 すると、群衆の皆さんから地響きのような歓声が響き渡る。


「良し、決まった!」


 と、言った刹那。


『人間どもよ』


 脳に直接響く『声』とともに、世界が黒く塗りつぶされた。


「なっ!?」


 同時に、空の更にその上に異様なほどの威圧感を感じる、この感覚は……神だ。空にある太陽も、輝きはしない、天にはただ黒があるだけだ。


『我は破壊神ディルブランダー。これより、この世界の破壊を行う神である』


 言うやいなや、地平の彼方にあった大きな山が一つ。ブレるような挙動をし、忽然と消える。


「これは……!」


 遅れて、衝撃波が襲いかかってきた。遠いため、一陣の風のようだが踏ん張ってられない人も出るくらい強い。僕は、咄嗟に光の壁を張った。


「無属性の破壊魔法……! しかも神域級!」


 確かに、これは明らかに破壊神の仕業だ。

 しかもよくある暗黒属性ではなく無属性の神ともなると、そう数もいない。更にこの世界で『今』生まれたにしては、あまりにも力が大きすぎた。


「……ヴァマーズから送られた破壊神か……!? だけど、この世界はまだ破壊命令は下ってないはず、なのになんで!」


 そんな世界なら、役所から僕にこの世界へ行くように命じられてはいない。これは明らかに、予定外のトラブルだ。


「……霊峰ラ・ルヴィエーラが……何故、突然……神よ」


 大神官さんは、膝を折って、祈る。


『この世界の神々は、すでに力を失っている。どれだけ祈ろうとも、奇跡は起きぬ』


 確かにこれだけのことが起きて、この世界の他の神が黙っているなんてことはない。

 実際、通信状態リンクしていた光の神ディテイス様との連絡は、途絶えていた。


「ま、まさか、光の神の声が聞こえないなんて……そんな」


 大神官さんは、呆然としていた。確かに、拠り所としている神の声が聞こえなければ、仕方がないだろう。


 しかし、それどころではない。僕は、神の声に切り替えて、天空に向かって叫ぶ。この言葉は、他の人間には、聞こえないはずだ。


『何のつもりだディルブランダーとやら! ウィートさんの許可はおりてないぞ!』


 天から、声が降りてくる。今度はどうやら聞こえるのは、僕だけらしい。


『勇者か……女神の意志など無用。我はこの世界を破壊するため、ここにやってきた。ただそれだけだ』


 冷たく言い放つと、そのまま異様な威圧感は、ぷつりと消えた。何処かへ移動したのだろうか。


「強い……破壊神だ。ひょっとすると太陽神様と並ぶかも」


 呟くと、辺りを見回す。皆は怯えきっている。ただ一人、ヒルフェだけは、気丈に空を睨んでいた。


「これは、まずいな、何とかしないと……パニックになる」


 僕は握り拳を作って、強く祈る。


 祈るのは、豊穣と平和の女神ウィートさん。勿論、助けを求めるわけじゃない。


(僕に少しの、勇気を……!)


 空はまだ黒に包まれている。僕は、その空に向かい剣を掲げて。


「光の剣!」


 剣に魔法を重ね、ありったけの力で輝かせる。それは、優しく皆を照らした。


「安心して下さい、皆さん! まだ、ここに光があります! 勇者が、神より遣わされた勇者が、ここにいます! 敵がどんなに強くあろうとも僕がそれを倒してみせる!」


 まずは安堵の声が聞こえる。それは、大きな波になって、大歓声へと変わっていった。


『おおお! 勇者様だ! そうだ! 勇者様がいる!』


 シャルル王が、ふと気がつくと横に来て、僕の肩を掴む。


「そうとも! 我々には神より遣わされた勇者がおる! 我が王国軍の威信に賭けて、全軍を持ってその破壊神とやらを滅ぼそうぞ!」


『王よ! 王国軍に万歳!!』


 ちょっと、それはまずい。


「すいません、話の腰を折るようですが。軍を率いるのはあまり得策ではありません。敵は強い破壊神、正直たくさん人がいたところで、徒に犠牲を増やすだけです」


「そうだね、聖剣を探しに行くのは、私と二人で行こう」


「聖……剣?」


 そう言って、飛んできたのは、緑の髪を短くしたやや幼い少女だった。とんがり帽子に、黒のローブ姿と、『いかにも』な格好をしている。


「大賢者ウィルナート様ではありませんか!」


 シャルル王は、慌てて礼を取る。彼女は、宝玉の嵌った杖をビシっと僕に突きつけて。


「君が強いのはわかるけど、リヴァストに比べると、やや力不足。それに加えて、各地で異界の悪魔が発生し始めた」


 僕は、顔を険しくしながら言う。


「悪魔……!」


 異界の悪魔ということは、多分手勢をヴァマーズから連れてきているのであろう。それに対して、彼女はひとつ頷いて。


「リヴァストがこの世界に残した聖剣が最果ての地にある。それを使えば、もしくはあの破壊神を倒すことも、可能」


 彼女の言葉に、僕は顔を顰めて。


「なんで、君はそこまで分かるんだ……ウィルナートさんと言ったけど、君は……?」


 それに対して、シャルル王が、口を挟む。


「彼女は、かつてリヴァストとともに旅をしたと言われる、大賢者だ。見た目は幼く見えるが、不老不死と聞く」


 ウィルナートさんは、その言葉に首を振り。


「不老不死は言い過ぎ、精々、見た目を維持しているに過ぎない。ただ、老い先短いこの生命、今使うべきだと判断した。勇者リック、一緒に行こう」


 ウィルナートさんは手を差し出す。確かに聞いた通りなら、これ以上無い戦力だけど。


「私も行くわ!」


 そう、大きく声を張り上げたのは、ヒルフェだった。だが、それに対し大神官さんが声を上げる。


「無茶です! 姫様がいかに光の神ディテイスの神託を受けた巫女だとしても、その神の力無き今、ただの女子に過ぎません!」


 彼女は、ぐっと胸の前で、拳を握り。


「だとしても! 勇者のために何かが出来るはずです! 私が行かなくて誰が行くというのですか!」


「ですが……!」


 大神官は、止めるが、彼女は怯まない。


「大丈夫だ、姫様『祈り』は出来るんだよね?」


 彼女の意志は固い。多分、僕が止めても付いてくるはずだ。


「なら、僕が、太陽神様の魔法を教える。同じ系列のより強い神だから、その恩恵を受けられるはずだ」


 祈りとはいわゆる魔法の法式の一つ。一つでもそれが使えるとすれば、きっと同じ祈りを持つ神の魔法も使えるはず。


「軍隊は、悪魔と戦うのに使ってください、王様。一体一体が強力なので、できるだけ気をつけて。後、お姫様をお借りします」


 そして、僕は、光の剣を天空に翳して、声高らかに宣言する。


「僕らは、これから破壊神と戦う! 皆は、祈って下さい、この僕の勝利を! 僕をこの地に送り出した神へと!」


 破壊神なんかに負けたりしない、僕の意志は固かった。





 私はその様子をダイジェストで見て、愕然とした。


「これは……」


 これは、冗談ごとではない。邪神と戦うなどという行為は、勇者には難しい。


 尚且つ、古豪の勇者ならともかく、リックくんは新米だ。


「ねぇ! 何とかならないの! 信仰心は集まってきてるんでしょう!? なんだったら私が行くから!」


 サラは慌てている。止めなければ、本当に飛び出して行ってしまうだろう。


「サラ『静心』(おちついて)これは、人間や世界の問題じゃない。神々の問題よ」


 そうだ、一つの世界を壊すのに、元から管理している神々を殺すなんて言う、殺神事件はあってはならない。

 なにより、あの世界はまだ若い。破壊命令が下りていないのに、独断で破壊するのは、厳罰に処するべきだ。


「まずは、役所に行って抗議してくるわ、対策はそれからよ。いざとなったら、お父様かお祖父様の力を借りないといけないかもしれないわね」


 私の言葉に、一部始終を見ていたトリーは頷き。


「判断は間違ってないと思います。私も付いて行きましょう。邪神の仕業だったら、ひょっとしたら単独犯ではない可能性もあります」


 私は連れてきてた七面鳥や、荷物をサラに渡しながら。


「サラは、様子を見ててちょうだい。あと荷物をよろしく。私は行ってくるから」


 サラは、神妙な様子で、それに頷いた。


「信用してるわよ。お願い」





 店を一歩出ると、目の前には、戦勝神ファルユーバーが立っていた。今回はマショメーンも一緒である、なにやら、ハンカチで汗をやたら拭っていた。


「あら、ごきげんよう。何か慌てたご様子ね」


 それをガン無視して、私は歩を早める。


「悪いけど、あんたと嫌味を言い合ってるほど暇じゃないの。通してちょうだい」


 それに対して、ファルユーバーは悪魔のような笑みを浮かべて。


「あら、どうしたの? もしかして、勇者を送った世界に邪神でも現れた?」


 ――硬直、その後ファルユーバーを睨む。


「――あんた、まさかッ!!」


 ファルユーバーは、いやらしい笑みを浮かべたまま。


「――何を? 私は可能性の話をしたまでよ。勇者が現れた世界が突然破壊神に襲われるなんて、よくある英雄譚じゃない」


 こいつっ!! 私は思わず、拳で殴るが。それを見切ってたかのように躱すファルユーバー。


「すいません、ワタクシが知らない間に話が進んでいたようで、まこと申し訳ありません」


 ペコペコ謝るマショメーンさん。どうやら今回の件に関しては、彼は無関係のようだ。


「突然グーで殴ってくるなんて、平和の女神のやることかしら?」


 余裕の表情を浮かべているファルユーバーに、私は激情を露わにし。


「あんたっ! 冗談で済むことと済まないことの差ぐらい分かるでしょうがっ!! 世界が一つ滅ぶのよっ! それがどれだけの事か分からないアナタじゃないでしょう!!」


 はっと、鼻で笑い、肩を竦めるファルユーバー。


「それがどうかしたの? 私は、あくまで何もしていないわよ? ただ、アンタがここで役所に駆け込まなければ。世界の破壊を見過ごした女神としてちょっと評判が悪くなるんじゃないかな? と思って邪魔しようと思ってるだけ」

 ファルユーバーは剣を抜き放つ。マショメーンさんは「すいません、すいません」と繰り返していた。


「……あんた。舐めてんじゃないわよっ!! 要するにコレ、あんたが計画したんでしょうが! 従兄の何とかとか言う、破壊神を焚きつけて!」


「あら、破壊神が世界を破壊して何が悪いの? そりゃ法と審判の神でも調べない限り何も出ないわよね、ただ『破壊神が破壊を行った』だけなんだから。アナタだって、牛や豚を食べるでしょう? それをわざわざ了承をとってる訳では……」


 私は胸を張る。


「取ってるわよ! うちの家畜さんは皆、志願して美味しく食べてもらってるのよ! その為には会話も惜しまないわ!」


 彼女は顔をひきつらせつつ。


「それがしゃべるだけの知性を持ってるなら別だけど、植物や魚なんかは……」


「私は植物語知ってるし! トリーは魚語を喋れるわよ!」


 トリーは、私の後ろで、頷く。伊達にいつも豊漁なわけではないのだ。


「鳥の卵なんかは、今から生まれる命は……」


「うちはいつも無精卵を産んでもらってるわ!」


 ファルユーバーはついに言い淀んだようで。


「ああ、もうこれだから豊穣と平和の神は! 良いわよ! 単純にアンタの評判を落としたいから世界を壊すのよ! 分かって!?」


「それが本音か! それなら私にだって考えがあるわよ!!」


 私は、拳を構える、こうなったら、徹底抗戦の構えだ。


「ジャマをするならぶん殴る! 覚悟しときなさいよ!」


 ファルユーバーは、余裕の笑みを保ったまま、剣をブラブラと玩ぶ。


「前は、場所が悪かったのと邪魔が入ったから、勝負は預けさせてもらったけど。今回は勝負前から『戦勝神の息吹』は使ってんのよ。この意味が、わからないアンタじゃないでしょう?」


 彼女が得意とする戦勝神の息吹の効果は単純だ。勝負を行うのなら、『負けなくなる』これは絶対では無いものの、かなり強い効果がある。


「私とあなたの実力は元々互角程度だわね。確かに、これじゃ私は勝てないでしょうけど……サラッ!」


 私が声をかけると、サラが店から飛び出して、得物を投げてくる。


「ウィート! これっ」


 私が受けたのは、箒だった。

 ザシャァッ。

 目の前をまずはひと掃き。拳法家よろしく、私は箒を棍のように構える。


「はっ、何が出てくるかと思えば……アンタ、気でも違ってるんじゃないの?」


 トリーが、私の横に立って言う。


「一対一ならともかく、一対二なら、どうかしら。戦勝神の息吹も、絶対ではないでしょう?」


 マショメーンさんは、戦闘モードに入った瞬間、さくっと逃げてしまっている。まぁ、あの人は数には入らないだろう。サラも、覚悟の表情で拳を構え。


「私も及ばずながら手伝うわ。最悪、ウィートは逃げて役所に駆け込んでもいいから」


 ファルユーバーは、目端を辺りに向けて。


「あれ? いつもだったら『僕も』って言ってくる、あのわんこはどうしたの?」


 私は、怪訝そうにしているファルユーバーを見て、更に怪訝そうに。


「今邪神と戦ってるのが、そのリックくんよ」


 言うと、一瞬緊張の糸が切れた。


「……マジ?」


「この場で嘘をいう意味が、どこにあるのよ」


 ぶっきらぼうに言う私に、ファルは口元に手を当てながら。


「やっば、……どうしよ、殺してもいいって言っちゃった。マジ、どうしよ」


 などと狼狽している。私は呆れて。


「ねぇ、やる気が無いなら、行っても良い?」


 ファルは剣を構え直して……明らかに、動揺している。


「も、も、もちろんやるわよ。アンタいつも可愛いのを連れて歩いてて、いつも気に食わなかったんだから」


 ……ああ、それが、動機だったのか。要するに。


 勇者派遣業を対抗して始めたのも、何かにつけて私に嫌味を言うのも。自分も可愛いオプションを付けて歩きたいっていう、そういうつまらない動機だったんだ。


「それやるんなら、勇者派遣業はむしろマイナスよ。勇者さんって意外にいかつい人、多いから。天使でも連れて歩けばいいのに」


「人間だからいいんでしょうが! 神生まれのアンタにゃ分かんないだろうけど!」


 なんと、低レベルな争いを、高次元の事件にしちゃったのか。あんたの嫉妬で世界が一つピンチである。


「……と言うことは、あんた昨日起こした淫魔事件もその絡みだったりする? だとしたら、本末転倒だったんじゃない? リックくんが欲しいのに淫魔に誘惑させるとか」


 それに対して、ファルは自信満々に。


「そんなの、書類だの契約だのをホイホイ済ませてから淫魔を殺せばいいじゃない。要は最後に勝てばいいのよ、勝てば」


 さすがにその発言には、私もゲンナリである。


「まぁ、ともかく今は時間がないわ。すぐにけちょんけちょんにしてあげるから、覚悟しなさいな」


 私が構え直すと同時に、サラとトリーも構える。

 その様子を見て、ファルは嗤った。


「ふっふっふ、防御型が何人増えようが、数のうちに入らないわよ。みんな纏めてぶっ倒してやるわ」


 まだ半分と言ったところか、彼女の様子を窺いながら、私は一人と一神に言う。


「手伝わないで結構。これは、私とファルの戦いよ」


 トリーは、勝手知ったるなんたるや、もしくは持つべきものは親友か、頷いて、分かってくれている。ただしサラは慌てて私に問い詰めてくる。


「正気!? 相手は戦勝神だし本気で殺る気よ! 神様だって命は一個しか無いんだからね!」


 まぁ、その辺は、複数ある神もいたり、そもそも不死だったりする神もいるんだけど。


「それもそうよ、アンタ私舐めてんじゃない? あんまりふざけてると瞬でミンチにしてやるわよ」


 七割――それを見て私は、ファルを鼻で笑い。


「はっ、人間世界なんて言うぬるま湯に浸かりきったたかだか人間出身の雑種がよく吠えたわね。――そっちこそ、自分の倒される瞬間くらい、目を開けて見てなさいよ」


 それを聞いたファルユーバーはこめかみからビギッなどという音を立てながら。


「上等、――望んでんならその通り、切り刻んでやるから覚悟なさいっ!!」


 十割、ついにキレたか。相手の冷静さを奪い、優勢、相手がいきなり本気で来るので、劣勢。ともかく私はサラに笑いかけ。


「大丈夫、私を信じなさいな」


 合図もなくお互い、一足で飛び込んだ。






 お互い近接、手を出せば当たる間合いで私がやったことは一つだ。

 掌を突き出し、ファルユーバーの眼前に突き出す。


太陽神おじいさま直伝! 閃光!」


 直視できないほどまばゆい光が、辺りを包む。特に直視したファルユーバーは、たまったものではないだろう。


「この期に及んで、目潰しっ!? 舐めるな! 目を瞑ってたって剣ぐらい振れる!」


 しかし、彼女の剣は空を切った。


「嘘っ! 気配がない!?」


 私が全力で逃走したからだ。


「逃げるのか! この!?」


 激高した彼女は私を追いかけようとする。しかし、それが命取り。

 がごっ!

 全力で走ろうとした彼女は、全力で躓き、転び、顔から落下する。


「こっ『転ばせ』の魔法、いつの間に仕掛けた!」


 私がしたのは、子供のイタズラレベルの魔法だ。単に相手を転倒させるトラップ魔法。ただ、当然神様が使ってるんだから神様レベルのイタズラである。


「へーい、悔しかったら追いついてみなさーい!」


 私は、広間をぐるぐる回る。まさかの戦勝神でも、急いでる側が時間稼ぎをしてくるとは、思いもしなかっただろう。


「この、走るばかりが移動だとは思うなよ!」


 彼女は、低空を高速で飛び始めた。なお、私は魔法で飛ぶことは出来ない。


大地母神おかあさま直伝! 大地の壁!」


 という訳で、その正面に壁を作ってあげる。


「あぶなっ!……そんな見え見えの手に引っ掛かってやる訳には……」


「二枚♪」


 どがっ!!


「おぶっ!」


 一枚目はなんとか躱したようだが、ちょっとずらした二枚目は躱せなかったようだ。面白いように激突して醜態を晒すファルユーバー。


「焦って高速移動なんてするから、そうなる」


 その間、私は余裕で広場を箒で掃いたりしている。


「舐めんなっ! 魔法勝負なら……飛斬ッ!」


 斬撃を飛ばす戦勝神の十八番。斬撃は見えないので回避しにくく、物体をすり抜けるので、防御しにくいたしかに嫌な魔法である。


「ところがどっこい! 法と審判のおとうさま直伝! 剣砕きっ!」


 途中で、斬撃が消滅する。


 相手を傷つけずに捕らえるため、相手の武器を破壊する技をお父様は得意とするのだ。由緒ある戦勝神の剣そのものならともかく、斬撃程度ならこれである。


「くそう、魔法じゃ勝てない! だが――舐めるな!」


 確かにちょこまか逃げるのも、限界である。なにしろ、移動は戦闘の基本。根本として私とファルユーバーでは、実力が違う。


「くっ、ほっ、よっ」


 ギィン! ギャン! カギィン!

 剣と箒が火花を散らしてぶつかり合う。だが受けに回れば、こんなもんだ。

 何しろ百七十年物の樫の木に私が魔法をかけてある。ある意味、鉄より余程硬い。


「このっ! 箒のくせに!」


「箒舐めてんじゃないわよ! 大地母神おかあさまが育てた特別製、百七十年物の樫の木よ! こういう時、毎日使うものにお金出しといて良かったって思えるのよね!」


 だが、受けに回ってるだけでは負けてしまう。

 ペースはこっちが掴んでるものの、勝機はあちらにあるからだ。


「ここでっ!」


 一瞬箒を上に投げ、袖を取りに行く。しかしそれはあっさりと躱されてしまった。


「何度も同じ手を食うと思ってるのかっ!」


 こちらがバランスを崩したのを見て、おもいっきり振りかぶる。

 ファルユーバーは必殺の一撃をかけて来る!


「何度も同じ『手』を使うと思ってるのっ!?」


 だが、そこがトラップ。バランスを崩したと『見せた』のも計算ずく。

 私は、その必殺の一撃の軸足をめがけて、足をかけた。


「なっ――!?」


 ドゴォっ!

 再び地面に叩きつけられるファルユーバー。背中を地面に惑星を叩きつけた並の威力で叩きつけられる。

 流石、大広場の石畳は、石の神様が手をかけてるだけあって、ヒビ一つない。再び、箒を取って一回転。地面に箒が当たってホコリが舞う。


「掴むのがお父様の技なら、転ばせるのはお母様の技よ。法と審判の神に伝わる投極術と大地母神の大地拳、合わせて使う私は、さしずめ極地拳――と言ったところかしら」


 再び、距離を取りつつ言う。


「ぐぐ……一度ならず二度までも」


 言いながら立ち上がる、ファルユーバーに向かって私も一言。


「しっかし、タフいわよね、あんたも。さすがにいくらなんでも、二日連続でそれ喰らって無事ってのは、信じられないわ」


 それを聞いたファルユーバーは、激高しながら。


「鎧がなかったら死んでるわよ! どういう教育受けた、平和の女神!!」


 さすがは戦勝神の鎧と言っておこう。伊達に加護は受けちゃいない。


「さて、怖気づいちゃったかしら? それともそろそろギヴアップ?」


 それを聞いたファルユーバーは、カチンと来たのか。頭から湯気を出しながら突進してきた。


「ふざっけんじゃねぇえええええええええ!!!!!」


 しかし、このタイミングこそ、待っていたタイミング。ファルユーバーは怒りに任せて剣を振りかぶって突っ込んでくる。勿論、全力も全力だ。


 しかし、それこそが私が引き出したかった、『勝機』。


「ふぅっ――」


 石の神様が手をかけた石畳を、踏み割りながら大地に『楔』をかける。

 この威力を持って、未だ『構え』ただ、大地と一体化したに過ぎない極地拳の奥義。


「――なっ!?」


 流石、戦勝神。こちらの狙いには気がついたのだろう。だが、その光速にも迫る速度の中、止まるのは不可能だ。


「覇ァッ――!!」


 その光速に対して、光速で突き出されるのは中段からカウンターの掌底。

 地面に踏み込んだ勢いとその地面そのものを威力と化す、まさに必殺の一撃である。


「――此れを以って極地拳、翔王破山と成す」


 決めゼリフと言って、遥か前方に吹き飛んだ――壊れた噴水に突っ込んでる――ファルユーバーを見下ろす。これで立って来なければ、私の勝ちだ。――だが。


「ああ――確かに豊穣と平和の女神だと思って、手加減してたのは謝るわ。うん、頭も冷えたし、正直舐めてたとしか言いようが無い」


 相手は『戦勝神の息吹』を受けた戦勝神そのもの、そう簡単に戦闘で勝たせてもらえるとは、限らないのである。




「舐めてたツケとして、こいつを出すわ」


 と言って彼女が出したのは、巨大な大剣。

 神々しさよりも、一種凶々しさすら感じるのは、この武器が修羅に位置するものであるからだろう。

 カラァン。

 乾いた音を立てて、いつも身に着けていた『飾りの』剣を投げ捨てる。


「今までのが、儀礼用だってんだから。どうかしてるわね、あんたも大概」


 彼女は、自分の胸甲に入ったヒビとヘコみを指さして。


「私相手にこれだけのことが出来るって時点で、アンタのことは認めてあげる。ってか、アンタ戦神のが向いてるんじゃない?」


 私はその言葉に首を振り。


「まさか、私は親族から譲り受けた技が優れてるだけよ。――腕一本で、神まで上り詰めたあんたと、肩を並べようとは思っていない」


 人間育ちは、これだから怖い。根性が半端ではないのだ。


「こんどこそ正真正銘の本気の本気、殺す気で行くから覚悟なさい」


 静かに彼女が揺らめいたと思ったら、次の瞬間消えていた。


「金剛石の腕!」


 光速を超えた、神速の踏み込みから、全力で叩きつける一撃。先程までの荒っぽさはない分、芯に響く嫌な一撃だ。

 それを私は、ダイヤモンドの――実際にダイヤモンドだったら、砕かれていただろう。だが、私のダイヤモンドは砕けない――腕で受け止める。


「づぅ――ッ!」


 それでも、鮮血が舞う。腕の金剛石化を解いた瞬間に、斬られた部分から血が吹き出したのだ。それが石畳を汚すが、私は片手の箒でそれを消す。


「芸術神様の傑作を切り裂いて汚して、あんた後であの人に何されても知らないわよ。怒らすと怖いんだから」


 ファルユーバーは一瞬、顔が引きつる。こいつもやっぱあの神は苦手か。


「やかましい! お前はおとなしく真っ二つになってればいいんだ!」


 そう簡単にやられてたまるもんですか、自己修復で、手傷程度は一瞬で治る。

 続いて連撃で出された大剣を、硬化した樫の箒で受け、流し、躱していく。


「そろそろ、頃合いかしらね――」


 準備は整った。あとは仕上げをするだけだ。だが――。


「ギヴアップの? それとも怖気づいたかしら」


 剣戟の中嗤うファルユーバーに、笑い返し。


「したら、許してもらえるのかしら?」


 と答えた。彼女は更に笑い返し。


「そんなわけ無いでしょう! こうなったら細切れになるまで続けてあげるわ!」


 剣戟は、熾烈を極める。正直、その『仕上げ』をする隙がない。今は何度もかすり傷を受ける程度で済んでるが、ここは、一つ勝負を仕掛ける必要がありそうだ。


「いい加減、くたばりなさい!」


 振り下ろす大剣に見据えて、腰だめに構える。


「喰らえ――ッ!」


 相打ち覚悟の、一撃勝負。箒に回転をかけ一点、胸甲のくぼみを穿つように突き刺す。


 ギィン!


 カッ、カラァン……。


 落ちたのは箒だった。半分に斬られ、柄の部分が地面に落ちる。


「ひゃ、百七十年物の樫の箒がー!」


「安物使ってるからよ! これで、勝負あったわね」


 しかし、そこに油断がある。


「喰らえ―ッ!」


 後ろから、何かが投げ込まれる。黒いプチプチュの実だ。それを見た瞬間、私は慌てて後ろに飛び退る。


 ドカァンッ!


「なっ――!?」


 すると突然の大爆発。そう、プチプチュの実が珍しいと言われている理由の一つが、これだ。

 プチプチュの木は時々、黒い実をつける。そして、その実が地面に落ちた瞬間。大爆発を起こすのだ。あまりにも謎な自爆行為に、この実は不思議がられている。

 美味しいのに栽培されていない理由も、それである。

 なにが悲しくて菜園を自爆させなきゃならんのだ。


「けほっ――まぁ、効いてはいないでしょうけど」


 投げたのは、サラか。そう言えば、荷物と一緒に渡していたんだっけ。しかし残った箒の柄を手に取る暇はあった。

 そしてふと見ると、特攻してるサラの姿が――って。


「ちょっと、それは無謀よっ――!」


 人間と神では、勝負にならない。しかも、戦勝神の息吹をかけたファルユーバーと、彼女では、実力差は明らかである。


「小娘ェッ! 神を、舐めるなっ!」


 煙幕から繰り出された、大剣は確かにサラを捉えた。だが――。


「え? 七面鳥?」


 ファルユーバーが串刺しにしていたのは、そう、七面鳥だったのだ。

 七面鳥、君の勇姿は忘れない。必ず後で美味しく焼いてあげるから。


「月の女神様直伝、月光の幻! 人間、舐めるなぁっ!」


 いつの間にやら習っていたのか、それは月の女神おばあさまの魔法だった。地味な魔法の割に、この極限状態での効果は絶大。

 その時には、彼女はファルユーバーの懐の中。彼女が一番得意とする超接近戦である。


「石の拳っ!」


 叫ぶと同時に放たれるのは、必殺のワンインチアッパー。向かうは胸甲の傷である。


「がァッ――!」


 これにて、完全に彼女の鎧は砕かれた、生身に。石の拳がめり込む。

 ――ん? なにか飛んできたものを、キャッチ。素早く懐にしまいこんだ。


「ウィート! 早く!」


「オーケー!」


 私は、急いで残りを書き終えると。地面に、箒の柄を突き刺す。


「これで、完成したわよ! 勝負はあったわね!」


 私は、自信満々に微笑む。


「ま、まさか、それは――『バカの一つ覚え』!?」


 そう、私や彼女が同期で学生だった頃から、私が唯一使える儀式大魔法。

 私は出自上の都合でこの魔法だけを、バカみたいに学んできたのだ。


「バカの一つ覚えで結構! これで勝負は、無かったことになる!」


 箒で描き続けた、大広場一杯の大きな魔法陣。


 その中央に箒の柄を突き立て、私の使える、唯一の奇跡は完成した。





「皆さん!! 宴会ですよ――――――――!!!!!!」





 このヴァマーズ中に声を響かせる。



 酒の神は、酒樽担いでその巨体でカウンターを飛び越える。


「酒呑んでる場合じゃねぇ!!」


 慌てて扉を突き破り、酒瓶酒樽持てるだけ持って、走りだす。


「野郎ども! 行くぞ! ウィートちゃんがお呼びだ!!」


 野郎どもも、声を揃えて酒を手に走りだす。





「本日の裁判は――これにて! 閉廷!!」


 法と審判の神は、裁判を放棄する。


「これから被告神も原告も――宴会に参加すること!! 審議はその後で行う!!」


 裁判所の扉を開けて、大地母神が姿を見せる。


「あなた! ウィートが呼んでるわ! 一張羅を卸さなくっちゃ!」


「そうだな。傍聴神達! 行くぞ!! 宴会の音頭は私が取る!!」


 法と審判の神は仕切り屋で。




 酒をかっ食らって眠っていた海洋神は、声に飛び起き。


「こいつァいけねぇ! ウィートちゃんの宴会に手ぶらじゃ笑われる! 野郎ども! 今日の宴会のためにマグロ……いや! クジラを捕るぞ!!」


 外の漁師小屋で、待機していた手下の小神共を、焚きつける。


「船を出すぞー! 遅れるなー! 急げー!」




 雑貨屋にいた商売の神は、商品陳列の手をはたと止め。


「あらまぁ、これは急がなくっちゃ。どうせめでたい席なんだし、あの剣神も連れていかなくっちゃね」


 などと不吉なことを画策し。




 竜神は、飼っていた竜達に号令を出して。一斉に飛び立つ。


「今宵は宴会じゃ! 他の神に遅れは取るな! 財宝も持ちだして、他の神とは格が違うところを見せるのじゃ!」


 竜神は、意外に見栄っ張りで。




「皆さんいらっしゃい。 あの神もこの神も着飾りたい気持ちは一緒だねぇ」


 芸術の神様の店は、ごった返すような大盛況で。


「ただ、ぼかぁ、今日の主賓の盛装を作るのが先なのさ! 十把一絡げの女神たちはそのへんの吊るし売りでも着ておいてくれ!」


 更に、ウィートに悪寒が走るようなことを言いつつ。



「あらら、お父さん。ウィートちゃんの宴会だそうよ」


 泉の女神はまったりと。


「それはいけませんね。何の準備も無しでは良くないでしょう」


 川の神は冷静に。


「どうせお酒は皆が持ち寄るでしょうから。私たちは美味しいお水と」


「湖や川の魚でも持って行くといたしましょう」



「はいはいはい! 今日は一旦これで店じまいにするわよ!」


 料理の神の店は、今日はこれにて店じまい。


「んで、今日は皆で宴会料理だ!! 腕によりをかけていくらでも作るから期待して腹を減らしておいで!」


 自慢の腕を鳴らしつつ。




「おじいさん、ウィートちゃんが呼んでるわよ」


 月の女神様は、お歳に見合わぬほどお綺麗で。


「そうさのう、久しぶりに、可愛い孫どもの顔でも見に行くか」


 太陽神は、その名に恥じない威厳を秘めて。





 ヴァマーズ中、もう大騒ぎ。


 早い奴になるともう集まって騒ぎ始めている。


 音楽を鳴らす神、曲芸を始める神、それを囃し立てる神。


 女神たちはこぞって着飾り。料理が得意なものは腕を奮い。酒を持ってる奴は酒蔵ごと持ってくる。


 神だけじゃない、天使も、勇者も、英傑も。


 誰も彼もがこの時ばかりは大騒ぎ。


 そりゃそうだ、だってこのヴァマーズ、宴会が嫌いな奴なんて一人もいない。


 誰しも、この大騒ぎする機会を虎視眈々と狙っていたのだ。


 そして、その開始の合図こそ。


 ヴァマーズでウィートだけが許された大奇跡。


 たった一つの宴会魔法。


 太陽神はじめと月の女神おわりを源流に持ち。法と審判の神に仕切りを習い。大地母神の恵みに感謝する。


 豊穣と平和の神だからこそ、皆に愛されてる彼女だからこその、彼女の魔法。





「って! こんなことされたら勝負どころじゃないじゃない!!」


 ファルはそんなことを言ってるが、私はもう聞かん振りである。


「別に、勝負するって言ってないし。第一手合わせはしても殺し合いなんて平和の神たる私にはとてもとても。私はただ単に、平和解決のために宴会開こうと魔法陣をせっせと描いてただけよ?」


 ファルは怒り任せに、大剣を石畳に突き立てる。――良い事思いついた。さっき壊した分の石畳や、噴水もこいつのせいにして請求書送りつけよう。――


「箒をちゃっちゃか動かしてると思ったら、そのためか――! で、どうするのよこの空気!!」


 早い神になると――もっとも速すぎる神様になると、もうヴァマーズを三周くらいしてるが、速すぎである――もう集まり始めて私たちを取り囲んでいる。

 近くにいた人達――まぁ、当然うちの勇者さんやあっちの勇者さんたちも含む――なんかも、ぞろぞろと出てきた。


「アンタら、何があっても出てくるなって言ってただろ!」


 ファルの一喝に勇者たちはそれぞれに。


「いやぁ、そう言われましても」


「何しろ、ウィートさんの宴会ですし」


「滅多にあることじゃないしなぁ」


「俺は、サプライズかと思ってたよ」


 などと言っていた。


「ああっ! もう! お前はいったい何がしたいんだよ! こんなことしたって誰が助かるわけでも……あ!」


 そう、宴会魔法自体は、別なのだ。実はこの勝負、もう決着が付いている。


「あの水の女神は、どこ行った! そういえばずっと姿を見てない!」


 私は、あっけらかんとした感じで言う。


「そりゃ、もう。最初から役所に行ってもらったわよ。多分今頃、緊急破壊神対策本部が立ってるころ」


 マショメーンさんと、目配せする。彼は気がついていたが、スルーしてくれたのだ。つまるところ、私と彼女が勝負を始めた時点で、話は終わっていたのだ。


「まぁ、それもこれも宴会魔法で呼んだから。それごとこっち来るんじゃないかな? そのうち。あ、法と審判のおとうさまも呼んどいたから」


 私の宴会魔法は、だいたいヴァマーズ全土に届く。そして、よほど暇じゃない神様以外は、何らかの形で関わろうとするのだ。


「ちなみに、今回の宴会の費用は皆の持ち寄りね」


 私は、右手を、ファルに差し出す。


「私に参加しろって言うの? 馬鹿じゃない!?」


 私はにかぁっと笑いながら、彼女の肩を無理やり抱き寄せ。


「そりゃあ、もう。だって、それ以外の方法でこの状況どうすんの? 宴会前の私とファルの仲良しの余興よねー余興」


 そう耳元に囁いてやった。そう、逃げようがないのだ。これから、この大広場に集まるであろう、何百という神と、それを越える天使や人間からは。


「ぐぅっ……うっ!」


 これにはファルも、ぐうの音も出ない。


「主殿、ここは、流れに従ったほうが……無難かと。いくらなんでも、主殿に不利な状況です。なにより、やはりやり方に問題があったかと……」


 マショメーンさんも、すかさずフォローに入った。

 その辺りが分かるところ、さすが、参謀である。私はかなりこの人の人となりが気に入っている。いいじゃないの、マショメーンさん。私の彼への心象は、だいぶ良くなったというものだ。

 そうこうしてるうちに、酒樽を持ってきた酒神様や、今回の宴会を取り仕切るであろううちの法と審判の神様おとうさま大地母神おかあさまが集まってくる。


「やぁ、娘よ! 今日は急な宴会だが、何の宴会だい!?」


 さすがお父様、こんな状況でもピシっとしている。


「ええ、今日はお祖父様の弟子である勇者七百七十七号くんの初仕事の日なの。大変なことにそこに破壊神が現れちゃってね、そこで破壊神討伐の前祝いをぱーっと! やっちゃおうかと思って!」


 そこで私はがばっと、ファルの腕を組んで。


「そこで私の同期で友達の戦勝神様が、勝ち祝いをしてくれようって話なのよ! ねぇ、そうでしょう? ファルユーバー?」


 私は、心からにこやかな微笑みで彼女を包んであげる。心から平和、平和である。


「これだからアンタってやつわぁーーー!!!」


 心の底からの絶叫が、大広場に広がるのだった、ケシシ、いい気味。





 壊れた噴水は、急遽石の神様によってお立ち台に変わり。そこに杯を掲げたうちの法と審判のおとうさまが立ち、辺りを見渡す。


「という訳で、各々杯は持ったか!? では、これより百葉亭勇者七百七十七号こと、リックの勝利祈願の宴を開始したいと思う!」


 そして高らかに宣言、歓声とお互い、杯を打ち鳴らす音が聞こえる。


「そして、今回は主賓として。我が愛娘豊穣と平和の神ウィートと、その友人、戦勝神ファルユーバー殿が、祈りの言葉をかけてくれることになった!」


 大歓声の中、お立ち台に立つ私達。なお、芸術の神によってドレスアップ済みである。


 この辺、あの神様は抜かり無い。そして、私が苦手としている露出度の高い服を持ってくる辺りも、本当に抜かりがなくて嫌だ。


「くっ……! こういう着飾るのは、本当は嫌なのよ……昔から」


 その辺は、ファルも苦手なようで――もっとも、その赤を基調としたロングドレスは飾りも多くて私としては羨ましくもあったりするのだが――芸術神様を睨んでいる。

 ……しかし、さっきからやたら辺りを気にしてるな、あいつ。


「では、まずは私から……我が勇者リックは太陽神様のもとで修行をし、苦楽を共にした弟のような存在であります。その彼に、今、魔の手が忍び寄ろうとしています。しかし! これだけの数の神が祈り! それを祝福することで彼はかならず勝つことでしょう! そして、この宴席に今度は正しく勇者として訪れる事を、私は祈っています」


 私の声に、拍手と、歓声が響く。そして、私は促すようにファルを押し出した。


「そして、これから、我が友であり、百戦錬磨の戦勝神ファルユーバーさんが、応援してくれるそうです! 私と彼女は同じ勇者派遣業を営んでおり、お互いに学ぶことも多いです、そしてこれは、お互いの手を取る、第一歩となるでしょう」


 私の――本人にとっては、外堀も内堀も埋め尽くされた脅しにしか聞こえない――演説が終わったあと、彼女は、一つ唸ってから剣を抜き放つ。


「こうなりゃヤケだ! 私は勇者リックの勝利を全力で祈る!! 破壊神など、我々の祈りの前には敵いはしない! いざとなったら、いっそ乗り込んでやっつけてやる!! 以上だ!」


 その、あまりに男らしい(ヤケッパチな)セリフに、大歓声が沸き起こる。

 そして、各所でリックくんの勝利を祈り、宴が始まるのだった。




「しかし、ウィートさんとファルユーバーの宴会か」


「ウィートさん脱ぎ癖があるからなぁ、今から楽しみだ。もっとも、下着までしか脱がないのが残念だけど」


「お前、法と審判の神様に消されるぞ。それだけ拝めるってことを、むしろありがたく思うんだな」


「実は、ファルユーバーはキス癖があるんだよな」


「嘘! マジか、それは知らなかったぜ」


「ああ、今回の宴は荒れるぜ! なにしろあの二神の呑みっぷりを見ろ!」


「ああ、なんか、二神とも、ヤケッパチのように見えるな……」


「俺、この宴会でウィートさんにお近づきになるんだ……」


「剣神、お前みたいなタイプ、嫌われてるらしいぜ」


「ええっ!」





 あれから、幾許の時が過ぎた。

 片手に持つは太陽神様の名剣。片手に握るはヒルフェの手。


「いよいよ聖剣もあと僅かだ、敵も猛攻をかけて来るだろう」


「はい……大丈夫です。太陽神様の祈りは、通じます」


 ヒルフェの太陽神様への祈りの上達は目覚ましいものだった。僕を上回るかも。


「問題は……せいぜい私達と悪魔で互角という所。聖剣が手に入ったとしても、果たして破壊神を上回るかどうか」


 ウィルナート様は、心強い仲間だ。ヒルフェとともに幾度となく戦いを、一緒に歩んできた。……だからこそ、一人も欠けることなく戦いぬきたい。


「だが、それもここまでよ」


「なっ……!」


 こいつ、どこから現れた!? 何より、心を読んで!


「その通り俺様は相手の心を読むのだ。よって不敗神話を築いてきた、悪魔ヴァンレスター。しかも、数々の悪魔を配下につけている。この戦い決して負けることはないぞ」


「なら、その不敗神話もここまでだな」


 それと共に、雷光が、それも何百という凄まじい雷光が輝く。

 唐突に現れたのは、その悪魔の更に、背後からだった。


「小僧!!」


 その言葉とともに鞘に収められた剣が投げつけられる。僕は、その剣を抜き放ち、素早く翻す。


「奥義! 斬山剣!!」


 電撃を浴びて怯んだ所を一閃! 僕の剣は、そのヴァンレスターとか言う悪魔を切り裂いた。


「ば、バカな、この力は……!」


 悪魔は、斬られた部分から分解され、塵になって消えていった。


「勇者三百七号さん!!」


「剣じゃぁ、お前の方が上手いのな。俺ァ、外界ここじゃあヒューバートって立派な名前があるのよ。そう呼んでくれ、小僧」


 ヒューバートさんは、眼帯を戻しながら、葉巻にオイルライターで火をつける。


「……僕はリックです。はい、ヒューバートさん、来てくれてありがとうございます!」


 そういう僕に、ヒューバートさんは頬を掻きながら。


「なぁに、宴もたけなわだったが。さすがにあのおっぱい様に頼まれちゃあ、しょうがねぇよ」


 後ろも戦いは片付いたようだった。僕の治療に駆け寄ったヒルフェが、呟く。


「勇者様が、二人……?」


 それに対してチッチッチと舌打ちをしながら、指を振る。


「お嬢ちゃん、悪ぃが、これが二人じゃないんだな」


 すっと、崖の上に現れる、着物を着て二本の刀を差したあの人は――。


「勇者四百二十四号さん!」


 勇者四百二十四号さんは静かに、一言。


「柳生信綱じゃ」


 とだけ名乗った。更に、次々と勇者が現れていく。


「皆……! サラまで!」


 サラは、明らかに不機嫌な様子で。


「までって何よまでって。あと、女の子はべらせちゃって、やらしーの」


 サラはなんだかわからないが、すごい怒っている。なんかあとが怖そうだ。


「確かに、ハーレムパーティたぁ。ボウヤにはちょいと早すぎらぁ」


 ヒューバートさんが、茶々を入れる。


「ところで、これは……」


 と、先程投げつけられた剣を見せる。明らかに、強力な光を湛えている。


「それは、お前らが探していた聖剣だ。ちょっくら先に取ってきてやったぜ……どうやら心清らかなものにしか抜けないらしくってな、俺には抜けなかったんだ」


 ヒューバートさんは葉巻の灰を落としながら、呟く、それは勇者としてどうなのか。


「これは……一人一人がリヴァストに相当するレベルだな」


「リックの話だと、たしかに勇者の集う場所があるとは聞いてたけど、これは」


 各々驚く二人に、ヒューバートさんは、一つ頷いて。


「ああ……百葉亭の勇者百余名、全員集結だ!」


 ヒューバートさんが言うと同時に闇が晴れ、青い空から光が溢れだす。


「どうやら宴の『加護』も届き始めたようだな、随分と強くなった気がするだろ」


 僕は流れこむ力を、拳を握りしめながら確認する。


「……はい、感じます。しかし、これはウィートさんの力だけじゃないですよね、他に色々と……?」


 ヒューバートさんはその光を浴びながら、答える。


「ああ、『上』じゃ、もう天地をひっくり返したようなお祭り騒ぎよ。その神さんたちの力が全部、俺達に流れ込んできてるのさ。めったにない奇跡だぜ、これは」


 ヒルフェはあまりの出来事に、膝をついて祈る。


「ああ、神よ……」


「おっと、違うぜお嬢ちゃん」


 それをヒューバートは、制し。


「祈る神様は、百葉亭の主、豊穣と平和の神、ウィート様だ」


 僕も、その言葉に頷くと信綱さんが。


「さぁ行くぞ小僧、今回はお前が主役じゃ。一つ気の聞いた言葉をかけてみい」


 そう言ってきたので、もうひとつ頷く。僕は、一息に聖剣を抜き放ち、その輝きを掲げながら。


「行きましょう! 敵は破壊神とはいえ、こちらはヴァマーズの加護を一身に受けた百葉亭の勇者たち! 百の勇者が揃うことがあれば、打ち砕けない悪など無い! 全ては豊穣と平和の女神様のために!」



『おお!!!』



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