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第一章

第一章

 勇者の店、百葉亭。

 文字通り勇者ばかりを集めた店で、勇者さんの派遣、斡旋から更には帰ってきた勇者の宿泊、食事までを受け持つお店だ。

 お店の名前は私の生まれからつけたものらしい。


『百の葉が茂ることがあれば、十の花が咲き、一つの実が生ることもあるだろう。そして、一つの実が生れば百の葉が茂ることもあるだろう』ということだ。

 

どういうことかは、私もよくは知らない。

 元々このお店は世界を無くした太陽神であるお祖父様と、その妻である月の女神であるお祖母様が作ったものだ。

二神は引退しその店を受け継いだのだけど、私がこの店をやっているのにはちょっとした理由がある。


「終わったのですよ!」

「お掃除、終わったよー」


 カウンターの上でアピールしている小さい二人はお手伝い妖精さんのピッケとポッケ。

 ハキハキしてピンクのリボンをしている女の子がピッケで、間延びしていて大きなポケットをお腹につけている男の子がポッケだ。

 二人はお爺さんの代から変わらずこのお店の掃除や、配膳などをしてくれる。この店にとっては欠かせない存在だ。


「ありがとう、えらいえらい。ご褒美のビスケットとミルクはもう用意してあるわよ」

『わーい♪』


 二人は揃ってそちらへ向かう、見ていて微笑ましいものだ。

 しかしお手伝い妖精さんはほんとうに素晴らしい。何しろ私が眠っている間に、この店をピカピカに磨き上げてくれるのだ。

 まさに一家に一人と言ったところです。

 おかげさまで私は掃除いらずで朝の仕込みに入れるわけで。


「さてと、私は朝食に取り掛かりますか」


 これはまた大きな寸胴を抱えて、かまどへ持っていく。

 太陽神の孫なくせに火の魔法は使えないというていたらくですが、『サラマン君』というマジックアイテムのおかげで、火をおこすのは割りと楽である。

 ありがとう現代社会。ありがとう発明文化。


「火はついたっと、マキも乾いてるし、火力は十分ね」

 

 寸胴には、予め水が張ってある。ただの水という事なかれ、先程言ったが仲良しである水の女神協力のもと、うちの井戸水は常にフルパワーで美味しいのだ。

 なおかつこれは昨日の夜のうちに仕込んでおいた、野菜と骨を煮込んだスープである。当然、数分もしないうちに厨房はおろか客席までもいい匂いに包まれる。


「おいしくなーれ、おいしくなーれ♪」


 ズンチャとリズムを(適当)鳴らしながら、寸胴をかき混ぜアクを取っていく。するとホワンと匂いが漂ってきて、この匂いで勇者さんたちはチラホラと起き始めるのだ。


「ちわー今日も美人だね、ウィートさんは」


「勇者六百十六号さん、そんなこと言っても何もでませんよ。よいしょ、と」


 勇者さんの一人が気さくに話しかける。私と彼らは、もう家族のようなものなのだ。

 だが役所の都合により、勇者さんは番号制だ。

 正しくは『百葉亭所属勇者六百十六号さん』となる。本当は名前で呼んであげたいのだが、そこまで人間と神が親しくするのは体面上悪いのである。ただ、例外は何事にもあるのだけど。


 ずず……。

「良し、うまく出来てる。我ながら中々」


 小皿にスープを取り、少しすする。獣の骨は、取り出しやすいように予め網の中に入れてある。

 野菜はじっくり一晩たっぷり煮こんで、とろとろの所を食べてもらおうという寸法だ。ただ、それだけでは歯ごたえがないので、じゃがいもなどの煮溶けやすい物は、今切っては放り込んでいく。

 あとはたっぷりのホワイトソースで味をつけて。百葉亭朝の名物、具沢山シチューの出来上がりだ。


「良し、準備万端! パンも焼けたし、お皿を並べてくわよお手伝い妖精さん!」


 そうしていると、老齢の勇者が一人勝手口から入って来る。


「今日も剣の稽古ですか? 毎朝精が出ますね」


 その言葉にたっぷりと蓄えた白髭を動かしつつ、老人は答える。


「刀じゃ、ワシの使ってる武器は、カ・タ・ナ」


 勇者四百二十四号さんは、この店でも古豪の一人で、お爺さんの代からこの店に通っている。

 恐らく、剣の腕にかけてはこの店でも一番ではないだろうか。大抵のお客さんが、若いうちに勇者を引退する昨今、彼のような存在はとてもありがたい。

 勇者四百二十四号さんがテーブルにつくのを確認すると同時に、私はお手伝い妖精さんに指令を出した。


「テーブル、三番さんにこれをお願い!」

「あいあいさー!」


 ポッケがお盆を抱えて(よく考えると凄い力だ)テーブルまでそれを運んでいく、なお途中段差があるが、基本お手伝い妖精さんは空も飛べるので問題なしだ。


「ふむ、朝から味噌汁にご飯とはありがたいのぉ。好物の梅干しも付いとるし」

 四百二十四号さんは味噌汁の香りを嗅いで、一口、啜る。

「おお、カツオダシにとろろ昆布をかぶせてきおったか。中の具は……キャベツとじゃがいもに……半熟卵とは、また変わったものを出してくるのう。ウィートちゃんも若いだけに発想が新鮮で素晴らしい」


 四百二十四号さんの反応に、私は内心ガッツポーズを取る。

 和食は、四百二十四号さん専用みたいなものなので……と言うより、この文化を持ち込んできたのが、彼なのだ。私も最初見たときは面食らったものだ。


「ええ、カツオダシはお魚系のダシなので、更にとろろ昆布で旨味をプラス。更に朝食でもしっかり食べれるように具材はしっかりと、これくらいなら片手間でもできますとも」


 私は、胸を張って答える。この百葉亭で何が誇れるかって、それはご飯の美味しさだからだ。これだけは、胸を張って言える。


「いや、パンしか出なかった先代から比べると随分な進歩、有り難い。味噌も詳しく伝えたわけでもないのに、よく出来たもんじゃな。」


 イエス、そのへんはよく調べましたとも。ちなみに、うちの梅干しはよそにも卸しているがその味はストロング! らしい。

 私自身は食べては見たが酸っぱいばかりで味はいまいちわからないので、ほぼここでの和食は、四百二十四号さんの受け売り&専用みたいなものなのである。


「いえ、私も四百二十四号さんには色々と教えてもらってますから、そのお返しみたいなものです」

「ほっほっほ、そりゃ長生きし甲斐もあるわい」


 こういうお客様がいるから、この商売はやめられない。


「さてそろそろみんな降りてくるころだし、忙しくなるよ!」


 私は号令を出すと、お手伝い妖精さんたちもてきぱきと動き始めた。


 さぁ百葉亭の一日が始まりだ。




 朝食、後片付けが済んだら今度は洗濯だ。

 何しろ男所帯、百人近くいるのだからとんでもない。洗濯カゴはいくつにもなり、技術神が作った最新式の洗濯機が唸りを上げる。

 井戸にはポンプを付けてあるが、汲み上げて洗濯機に水を入れるだけでもひと仕事だ。頼みに頼んで大型のものを作ってもらって本当に良かったと思っている。

 もっともできる人になれば、自分で洗濯はしてくれるものなのだが。


「あ、おはようございます。ウィートさん」


 小柄で黒髪の小動物を連想させる少年は、勇者七百七十七号くん。今この店で二番目に新しい勇者だ。彼は洗濯板から上げたパンツの水気をパンっと振り払う。


「七百七十七号くんもせっかくあるんだから、一緒に洗濯機で洗えばいいのに。私が干しておくよ」


 その言葉に、顔を赤くしつつ、彼はぶんぶんと首を横に振り。


「いえいえいえいえ! そんなことをウィートさんに頼めません!」


 などと言ってくる。彼は私に随分懐いていたのだが、最近はちょっと疎遠になってきた感じがある。理由はちょっとわからない。


「遠慮しないでね、リックくん」


 彼の名前はリック・アヴェスト。


 元いた世界が滅んだ後、ヴァマーズに召された生き残りだ。百葉亭を訪ねてきて。

 どうしても勇者になりたいんです! と、頼み込まれた。その勢いに私もお祖父様も反論できずに、お祖父様直々に勇者に育て上げた。

 そういうわけで、私と彼は半ば姉弟のような関係になっている。


「あー! リックとウィートまた一緒にいるー!」


 そこに指を突きつけた、金髪碧眼の女の子は勇者七百七十八号ことサラちゃんだ。うちでは一番新しい勇者になる。リボンで結んだツインテールがチャームポイント♪

 彼女もまた、勇者七百七十七号ことリックくんと同じ世界の出身で、初めのうちは気弱そうな女の子だった。


 ちなみに彼女は私が自ら鍛え上げている。だから、師匠と弟子みたいな関係だが、私にとっては可愛い妹みたいなものだ。

 しかし何がどうしてこんな性格になってしまったのか、何かにつけては私に突っかかるようになってしまった。そんな子に育てた覚えはないのに……とは思うが、思い当たるフシはある。


「たまたま一緒に洗濯していただけよ、サラも一緒にどう? 結構気持ちいいものよ」


 汚れたものを真っ白に洗い上げるというのは素晴らしい。それが、自分のものなら喜びもひとしおというものだ。


「……お断りしておくわ、リックは、すぐ終わるんでしょ?」


 ちらちらと、リックくんの様子を見ながら話しかけるサラ。……ふふん、なるほど。それを聞いたリックくんは、一つ悩んで。


「出来ればウィートさんの手伝いをしたいかな、と、僕は勇者としては全く役に立ってないんだし、せめてそれくらいは……」


 それを聞いたサラは顔を真っ赤にしながら、大声で叫ぶ。


「それは駄目っ! 絶対に駄目!」


 言いながらリックくんを引きずっていってしまった。残った洗濯物は私が片付けるとしましょう。そして私は、洗濯カゴに視線を下ろす、そこにはカラフルな一枚の布。


「まぁサラも自分の下着を見られるというのは、恥ずかしいわよね」


 私は思わず笑みを浮かべる。恋する乙女、実に微笑ましいものである。



 洗濯物は快晴のうち午前中に片付いた。さすがは洗濯機様、シルクは洗っちゃいけないとか色々制限があるものの、伊達に技術神の加護を受けていない。

 そんな訳で軽くお掃除。

 店の中はピッケとポッケが完璧に掃除してくれるものの、店の前はそういう訳にはいかないのだ。私はお気に入りの百七十年物の樫で作った箒を取り出して、店の前の大広間を掃き始める。

 シャッシャッシャと機嫌よく掃いていると。ふと私の後ろに影が差した。


「ん?」


 振り向くと同時に、私は平和の神にあるまじき嫌そうな顔をした。それもそのはず、今一番見たくない顔ナンバーワンをほしいままにしている面である。


「戦勝神ファルユーバー」


 彼女は勝ち誇った顔でこちらを見下ろしてきている、背丈ではそう変わらないのだけども、見下ろしてくるのは彼女の特技の一つであると思う。


「ごきげんよう豊穣と平和の女神ウィートさん、随分とご挨拶な顔ね」


 彼女はあくまで厭味ったらしく、私を見下してそう言ってくる。その態度も白々しい余所行き声もはっきり言って虫が好かない。


「おはようございます、女神様。どうもいつもお世話になっております」


 おまけに後ろには巌のような筋肉の鎧を纏ったマッチョでメガネの神父服を着た参謀、マショメーンもいる。戦勝神の大神官で、一応人間だ。

 ファルユーバーはかなり高確率でこいつを連れているのだが、個人的にはあれも苦手だ。

 私はファルユーバーにツーンと顔を背けながら反撃とばかりに声を高くして。


「顔は生まれつきですので。そちらこそ顔の一つも変えないと女神じゃなくて男性神になってしまうんじゃありませんこと」


 彼女は短く揃えた鮮血のような赤毛をぴくっと動かした。どうやら私の反撃はそこそこ頭にきたようだ。


「いえいえ、ウィートさんにはかないませんわ。その野暮ったさときたら、どこに出してもおかしくない立派な中年神おばさまですもの」


 乙女に対してそれは立派な攻撃である。今すぐ殴り返されても文句は言えないところだが、ここは平和の女神として口でやられたら口で返さなければならないだろう。

 本当の平和の神なら言い返さないだろうって? それは相手によるのである。


「そちらこそ随分と、物々しい格好で。天下のヴァマーズ大広場で甲冑着てるなんて恥知らず、戦はともかく、嫁の貰い手がなくなるんじゃありませんの?」


 ファルユーバーことファルは赤毛の短髪で黒地に金飾りの甲冑を身に纏い、見事な拵えの剣を腰に下げた、まさしく『戦勝神』した格好である。

 この格好ならいかにも男に間違えられても仕方ないであろう。まぁ美人ではあるけど、私が男だったらこんなに性格の悪いのは貰わない。


「むぐぐ……」


 あちらは、返す言葉も無くしたようだ。ルビーのような瞳で、こちらを睨んでいる。これで立ち去ってもくれようものなら掃除もはかどるというわけだが。


「いえ、主殿への婚姻の申し込みは、毎日引っ切り無しに来ております。ですが何が気に入らないのか主殿はそれを引き破るばかりで……」


 腰を九十度曲げ、すかさずフォローを入れるマショメーン。溢れる汗を、ひたすらハンカチで拭いている。ええい、いるだけで三度は暑苦しい。どうやら当分立ち去ってはくれないようだ。


「……というか、なんで『自分の世界』も持ってるあなたがわざわざヴァマーズで勇者の店をやってるわけよ。しかも大広場の景観ぶち壊しでビルまで建てちゃって」


 そうなのだ、私がここ最近悩んでいる頭痛の種は目下この女が建てた真正面のあのビルにある。


「『勇者コンサルティング』ってなんなのよ一体。本気で一体全体何をしようってわけ、事と次第によっては訴えるわよ。法と審判のおとうさまの力を借りて」


 立ち直った彼女は、胸甲に覆われた胸を張って私の言葉に答える。


「勿論! わたくしが信仰心を稼ぐために決まっているじゃない。あなたのような零細勇者の店が繁盛して売上があるのなら、戦勝神であるわたくしが乗り出せば百戦百勝間違いなし! 店も繁盛して、信仰心もガッポガッポというわけよ」

「一応、ワタクシの方でも、参謀としてフォロー入れさせていただいております。現在は事業に投資したばかりで赤字ですが、そのうち必ず黒字転換に入るかと」


 ファルは五月蝿いし、マショメーンは鬱陶しい。私は呆れて掃除の手を止め、頭に手を当てながらため息をつく。


「いつから商売の神の転向したし、あなた。稼ぐばっかが神生じゃないでしょうに」


 私のその言葉にファルは、ビシッと指を指し。


「あなたのそういう考えが、この業界を衰退させているのよ! 私のやり方なら必ずどの世界に湧いたどんな魔王でも打ち倒し、偉業を残し、この戦勝神ファルユーバーの名のもとに信仰心を集めることでしょう!」


 まぁ、私らのやってることはそんなことだ。

 ぶっちゃけ、魔王とか悪の帝国とかそういったものは世界を放置してると必ず湧いて出る。管理が完璧なつもりでも、必ず湧いて出る。一匹見たら三十匹というやつだ。

 そこで、その世界の戦力ではどうしようもない敵に対して、神の加護を受け完全武装の『勇者』を送り出すのが、勇者派遣業。はっきり言ってしまえば場末の商売である。


 場末の商売であるが故に、スキマ産業なのでうちみたいな零細企業でも食べていけるわけだが、大資本がそれを潰しにかかってくると話が違う。

 うちは太陽神だったお爺さんの代に自分の世界を失っているので、それなりにヴァマーズでの収入が重要になってくるわけなのだけど……。


「そういう遊び感覚で、うちの仕事にちょっかいかけてくれると困るのよねー。はっきり言うとあなたのところ採算合わないでしょ?」


 私は懐から取り出した手動式計算機、と書いてそろばんと読むをしゃかしゃか言わせながら言う。


「う……ぐ、合うわよ、必ず。わたくしのほうが派手な勇者送り出してるもの!」


 そりゃ派手でしょう。あれだけのビル建てて、数百人の勇者囲ってれば。


「市場にはまだ若干の隙があります。これを利用すればうちの独占と合わせ、黒字転換も可能でしょう」


 独占されてたまるかってーの。私はマショメーンを尻目で無視しつつ。


「そりゃ勇者にセットで戦士、僧侶、魔法使いまで送りつけてれば勝てもするわよ。でもさ、それって経験値にならないんじゃない? やっぱり現地での出会いっていうのも大事だし、その仲間は生き証人になって信仰収入を増やしてくれるし。一緒になって戦った経験は、新たな勇者を現地に生み出す要因になってくれるわ。お祖父様の代でこのやり方が確立されてるのよ。第一あなたはやり過ぎでしょう。魔王相手に軍隊送りつけるってどういうことよ」


 そう、経験値にならない。勇者さんは、様々な人生経験を送り危機に陥ることで、強くなる。これは、私がお祖父様に教わったことである。


「魔王『軍』に勇者一人を送り出すあなたのほうが、私はどうかしてると思うんだけど」


 それはもっともな話だ、だが、それは違うのである。


「『軍』なんて言うのは現地の人がつけてくれればいいのよ。自分たちで対処できる問題は、自分たちで対処させてあげないと、免疫がつかないわ。それに現地の神様たちの立場もないし」

 そもそも、その軍隊を維持するのはどうしろというのだ。おかげで私の前のビルディングは高くそびえ立っている。数百の勇者に数万の『付き人』が控えているのだ。


「わたくしのところで送り出す軍隊を、並の軍と一緒にしてもらっては困るわね。一人一人がヴァマーズにやって来るような英雄英傑たちよ」


「そりゃ『軍』は最強よね、その維持費は自腹で払ってるんでしょう? それじゃ本末転倒よ、あんたの考えは業界全体を腐らす考えだわ。何より、今よりもっと大きな危機が訪れた時、勇者さんが強くなってないと対処はできないでしょうし。万が一邪神との戦いになったら、人間が強いかどうかで勝負が決まることも少なくはないのよ。そりゃまぁ、現地の神が全部死ぬほどの強大な邪神が生まれるとか、神が亡き世界に突然破壊神が現れるとか、そんな例外はあるこそよ?」


 私のように、元の『資本』を持たない神は死ねと言ってるようなものである。こういうのは、地元の神や人と協力しあっていくらの業界なのである。


「免疫なんてつけなくていいじゃない。そっちのほうが二度も三度も魔王が来て私たちは儲かるわけだし。別世界の人間や神が何人死のうが最後には私が出ればなんとかなるじゃない」


 その言葉に、私はカチンと来た。

「そういう真似をやめろって言ってるのよっ! 死ぬのは何の罪もない一般の人なのよっ! 勇者とか世界とかそういうのを食い物にする『勝てば良かろう』主義があなたの一番嫌いなところなのよっ! あんたは人間としては優秀だったかもしれないけど、導かなければ神じゃないのよっ!」


 私の勢いに、少したじろいだのか、彼女は一歩退き。

「ふん、見てなさいよ! アンタの店なんかあっさり潰してやるんだから!」


 と、本音なのか見栄なのか分からないことを言いながら彼女はこの場を立ち去った。


「では、失礼させて頂きます。ワタクシも主殿の為、全力を尽くさせて頂きますゆえ」


 後を追い、マッチョでオールバックの神父服が追いかけていく。

 いやぁ、まったく、もう。



「はぁ、まったくもう……なんかどっと疲れたわね……でもご飯に手は抜けないわ」


 それから暫く、という訳でお昼の前に買い物タイムである。流石にみんなお魚も食べたいだろうし、うちの店ではどうしてもお魚は自給自足できないため、海洋神の魚屋に買いに行くことになるのだ。

 それに、色々と香辛料も買い足したいし、やるべき事はたくさんある。ああ、そういえば酒の神様の酒屋に顔を出しとかなきゃいけないんだったっけ。

 などとカウンターで考えていても仕方がない。買い物かごを取り出すと、装備して出動である。


「――――」


 そこで、カウンターの隙間からキラキラと覗きこんでくるリックくんを発見。


「サラに連れてかれたんじゃないの?」

「いえ、逃げました。何かありますか? お使いですか?」


 リックくんの十八番は、勇者らしく『お使い』だ。何故か勇者を極めて来ると、お使いスキルが高くなるらしい。

 そうは言ってもリックくんは遊びたい盛り、できれば、しみったれたお使いなんかで酷使したくはない。


「いいよ、私で買ってくるし、リックくんも遊びたいでしょう?」

「いえ! 僕なんでも買ってきますよ! そこで戦勝神様にお小遣いを貰ったんです」


 なにをしてるのだ、あいつ。


「それって、ワイロじゃないわよね。なにか悪いことに加担させられてないわよね、リックくん」


 リックくんは首を傾げながら、ハテナマークを浮かべる。ついでに言うと尻尾がついてたら千切れんばかりに振ってそうだ。


「じゃあ、香辛料をお願いしようかしら。お金は月末払いだから、受け取ってくるだけでいいわ、香辛料の神様によろしく言っておいて」

「はい! 分かりました!」


 パタパタと走り去っていくリックくん。うん、微笑ましいものだ。



 という訳で私がくり出したのは、中央市場。

 それにしても午前も後半になると大通りには色々な神や天使や勇者英傑などが歩いていて、大きな賑わいとなっている。


「あら、ウィートちゃんじゃないかい。この間の宴会以来ねぇ、買い出しかい?」


 近所の商店の中年女神おばちゃんが、声をかけてくれる。商売の神様だが自分の世界では隠居なされたそうで、こうして小さな個人商店などを営んでいる。


「はい、収穫祭以来ですね。ええ、どうしても海のものは海洋抻様の所が良くて」


 私は、はにかみながらそれに答える。


「そうねー。あ、そうだ今度また良かったらウィートちゃんの農作物置かせてよ。あれ、すごい人気あるのよ」


 おばちゃんは、ニコニコ笑い手招きしながら言う。


「……はぁ、かまいませんけど、うちはしょせん自給自足レベルですので、大した量は出せませんよ。多分」

「いいのよー、ウィートちゃんの作物だってだけでお客が倍増するんだから。そうそう、うちの知り合いの剣神がね、ウィートちゃんに会いたいって……」


 やばい、これは話が長くなる。と思った矢先。


「あ、ウィートさんさっきぶりです。香辛料お使い出来ましたよ」

「なんでこんな所にウィートが湧くのよー」


 カップル勇者の再登場だ。さっきから殆ど間が開いていないため、正直懐かしい感は全くない。私は、ウィートくんから香辛料の袋を受け取る。というか、逃げ出したのにサラに捕まったのか、リックくん。


「魔王じゃないんだから湧くとは失礼な。私はお魚の買い出し、お二人は?」

「デートよ! デート!」


 ふんすと鼻を鳴らしながら、言い放つサラ。


「いやあ、それはちょっと違うような、さっきからサラに振り回されっぱなしで……」


 弁解をするように、少し目を逸らしながら言うリックくん。

 多分お互いの意見を二で割った所が、正しいところなのだろうと解釈する。


「お魚を買いに行くのなら手伝いますよ。あの人数分となると、大変でしょう」


 なるほど、その申し出はありがたい。実際、どうしようもないので帰りは背負子を用意しようかと考えていたくらいだ。

 しかし、とサラの方をちらりと見やると、リックくんをすっかり取られたサラはふくれっ面で。


「ニジマス……」


 と、呟いていた。


「ニジマスのバター焼き、あれ凄く美味しいから、作ってくれると嬉しい……それなら、リック貸してあげる」


 そんなふうに言われてしまうと、思わず顔が綻んでしまう。思わず腕も奮ってしまうというものだ。


「しかしそうなると海洋抻様とこの他に、川の神様の魚屋にも行かないとね。そういうわけで、今回はこれで失礼します。お店があるので」

「あれ……僕、貸し? え?」


 という訳で混乱してるリックくんを二人で引きずって、そそくさと退散。こういうお話は後を引きずるので、出来ればばっさりカットしてしまいたい。





 まずは川の神様のほうが近いので、商店街をそちらに向けて歩いて行く。川の神様の魚屋は当然繁盛しており、その中に見知った顔を見た。

 トレーネスタ、川の神様の娘で水の女神様だ。ファルと同じく同期でもあり、私の数少ない親友の一人でもある。


「あら、トリーお久しぶり。……やっぱり、収穫祭以来?」


 収穫祭を始めとした、各種宴の魔法は、私が使わない限り使えない。これは、豊穣と平和の神代表として、私に許された特権なのだ。宴とは平和の象徴であり、宴とは豊穣の象徴でもある。

 水色の髪に真青の瞳を持つ彼女は、ニッコリと微笑みかけてくる。いつもどおり、柔和な印象だ。


「そうですね、ウィートさんもお久しぶりです。水の調子はどうですか?」

「ええ引いてもらった井戸は今日も快調、冷たくておいしい水が出るわ。お客さんにも好評よ。もっとも水をいくら飲まれたところで、一銭の得にもならないのだけど……でも、料理が美味しく出来ると、料理の神でもないのに嬉しくなっちゃうわね」


 私はニカッと笑ってみせると、彼女も楽しそうに。


「この間ウィートさんに頂いた苗は順調に育っていますよ、水草じゃないし、水の中では育たない物だとばかり思っていましたけど、そうじゃないのですね」


「ええ発育に大地の必要ない植物もいくつかあるのよ。まぁ最低限の栄養は必要になるのだけどね」


 二人が何か嫌な予感がしたことに、私達は全く気が付かないのだった。

「それでね、この間パン屋の……」

「ああ、それなら鍛冶の神様が……」

 私たちの話は、花が咲きまくりだった。


「ねーねー、もうお昼になっちゃうよ」

 待ちかねたサラが私の袖を引っ張る。

「え……もうそんな時間かしら」

 そう思って、顔を上げてみると昼の鐘がちょうど鳴る所だった。ありゃこれはやばい、うちの店で腹ペコたちがまだかまだかと待っているはずだ。


「そういう時間みたいですね」

「あちゃー、これは他のお店寄ってる暇ないわ。ごめんトリーいい所見繕って頂戴、百人分は作らないとだからたくさんね」


 するとトリーは川魚が入った木箱をいくつも積み上げていく。


「分かりました。でも、どうやって持って帰ります?」

「お代はいつも通り、週末払いでいいわよね。持ち帰りか……そうねー」


 と、言ったところで、リックくんが張り切って言葉を挟んだ。


「あっそれなら僕が持って帰りますよ。こんな事もあろうかと思って、以前収納ブレスレット買っておいたんです。太陽神様のところでお手伝いしたお駄賃を貯めて、買ったんですよ」

「うわ、そんなお金よく貯めたね、リック」

「サラが無駄遣いし過ぎなんだよ」


 おお、それは準備がいい。収納ブレスレットは発明の神の発明したマジックアイテムで物を入れて、取り出すことが出来る。しかも中の物は腐らないというオマケ付きだ。

 本来は武器の持ち込めない場所に武器なんかを持ち込むために使うものなのだけど、こういうかさばる物には都合がいいのである。


「それじゃあ、箱のままでいいですね」


 大きな箱に入った魚はリックくんが合言葉を呟いて、腕輪をかざすとみるみる吸い込まれていった。


「たしかに便利、私も仕入れに買おうかしら」


 でも結構するんだよなぁ、このアイテム。リックくんも良くがんばって貯めたもんだ。



「あ、プチプチュの実だ」


 商店街から帰る途中、リックくんはひとつの露店商を見つけた。ちなみにこの露店商は神様ではない。たまーにだけど、勇者や戦士なんかの戦える人以外にもヴァマーズに招き入れられる人がいるのだ。


「ホントだ、珍しいね」


 プチプチュの実は、そう出回っているものではない。私の『農園』にも存在しない、探せば山の方に野生のものが見つかるかどうかだ。


「お客さん、いいところ目をつけましたね、中々手に入りませんよ、これは」


 赤くて丸いその果実は、いかにもツヤツヤしていて、新しそうだ。大きさは、握りこぶしより大きいくらいだろうか、そう大ぶりとは言えない。


「二人共プチプチュの実は好き?」


 その言葉に、二人共強く頷いた。実のところ私も大好物である。


「じゃあ、三つくださいな」

「はいな、六フェイスね」

「んじゃあ……」


 と私が財布に手を伸ばすと、リックくんが。


「あ、僕が出しますよ。さっきお小遣い貰ったばかりですし」

「良いわよ、大事にとっておきなさい。出来れば突き返してきなさいって言いたいところだけど、お金は大事だものね」


 あの女、本当に何の意図があってリックくんに付きまとってるんだろう。

 私は財布から硬貨を二枚取り出した。片方が一フェイス銅貨でもう片方が五フェイス銀貨だ。

 本当に貨幣の神様は素晴らしい、信仰心という形にしにくい収入を、貨幣の形にしてしまって取り仕切っているのだから。

 そのお陰で、私のようなヴァマーズ現住の神も、現金収入という形で信仰心を得ることもできる。

 

 しかしプチプチュの実が一つ二フェイスとは、珍しい実の割には意外にお得な値段であった。

 二人にプチプチュの実を配ると、私も手に持った実を服の腹で磨き、一口かじる。一口目は、酸味が強く、リンゴより少し固めと言った印象の食感だろうか。ただ、香りは実に涼やかで心地よい。

 そして一口かじったその中にはザクロのような感じのだけども赤ではなく青いつぶつぶが入ってる、これが本番だ。

 そう、この実は中身の青いつぶつぶを食べる実でありながら、外側も食べることが出来るのだ。ザクロやアケビではこうはいかない。

 

 もっともアケビは料理次第ではお野菜に出来るんだけども。


 続いて二口目、かぶりつくとつぶつぶが口の中に入って来て口の中でバラバラにほどける。しかし、このつぶつぶ、存外に弾力があり、中々噛み切れない。

 コツは、奥歯に溜めてモゴモゴしながら、噛み潰すことだ。その際の舌触りなんかも、案外気持ちいい。

 その作業が延々と続くものだから、誰が名付けたか『無言の実』いいネーミングセンスだと思う。実際に、三人は口をモゴモゴさせながら無言である。

 噛み潰すと、口の中には、幸せが待っている。爽やかな香りと、少しだけ渋みのある甘みが、口の中いっぱいに広がるのだ。

 つぶつぶのつるんとした舌触りといい、つぶを噛む時の歯ごたえといいい、私はこの果物が大好きだ。


「んーーーーーっ」


 口の中に広がる甘みに、思わず、身体が震える。

 もう昼の鐘は鳴ってしまっているのだが、これくらいの寄り道は、許されるだろう。

 ふと見ると、リックくんが苦虫をかみつぶしたような顔をしている。いや、これは渋虫なのかもしれない。


「ひょっとして、それ、渋い?」


 リックくんは、口の中にあったものを飲み込むと、こくこくと首を縦に振った。

 極希にあるのだ、渋いプチプチュの実。だが私は臆面もなく、私の食べかけなプチプチュの実を差し出しながら。


「なら、交換しよっか。私渋いのも全然好きだし」


 渋いプチプチュの実はそれはそれで楽しみようがある。案外、その渋みを楽しめるのも大人の女というものだ。勇者四百二十四号さん風に言うと『ワビサビ』である。

 という訳で、おずおずと差し出されたプチプチュの実はトレードという形になった。私は、リックくんからプチプチュの実を受け取る。


「あ、あ、そ、それ」


 途中、サラが何か言おうとあたふたしている。


「ひょっとして、サラも渋いの好き?」

「い、いや、そんなんじゃ、ないんだけど」


 言い淀んでいるサラを尻目に、私は受け取った青い果肉にかぶりついて、しばしもごもご。この食感は、相変わらず面白い。

「…………」


 これは、渋い。渋い顔になるのも頷ける、と言うか私がすでになっている。普通の渋いプチプチュの実はもうちょっと、渋みの中に味わいがあるのだが、これはちょっとばかり半端じゃない。

 ごっくんと一気に飲み干して一言。つぶを飲み込むと、その喉ごしもまた面白いのだ。


「これは渋いね」

「はい、だから言ったんですけど……」


 ちなみに、サラも渋い顔をしながら。


「あたしのもちなみにビミョー……」

「当たり外れが大きいってわけか、安いのも頷けるわ」


 露店商はしたり顔で「美味いだなんて一言も言った覚えはありませんな」などと嘯いている。まぁ、彼も商売だ、ここは穏便に済ませておこう、平和の女神として。


「まぁ、使い道がないってわけじゃないしね」


 私は、とびっきり渋いのを買い物カゴに入れる。


「プチプチュの実は甘いのを植えても、あんまり美味しい実をつける木にはならないのだけど、渋い実を植えると突然甘くなるって噂があるのよ。うちの農園に植えてみましょ。ひょっとしたら美味しいのが収穫できるかも」


 サラがそれを聞いて話しかけてくる。


「じゃあ、ビミョーなのを植えたら?」


 私はそれに簡潔に答えた。

「永遠にビミョーって噂」




 さて、これ以上の遅刻は出来ない。

 でなければ、宿にいる百人近い勇者が空腹と言う名の敵に倒れてしまうかもしれないからだ。それは流石に店として不名誉である。

 しかし、そんな中、路地裏をじっと睨みつけるサラ。


「サラ、もう寄り道してる暇はないわよ、早く帰ってお昼ごはん作らないと」


 しかしサラは動かない、一点を、じっと凝視してるようだ。


「どうかしたの? ……ん?」


 リックくんが身を乗り出して、その奥を見つめる。


「二人ともどうしたっていうのよ……あら、時空の裂け目」


 そこにあるのは、本来あるはずのない時空の裂け目だった。暗い路地で目立たないが、路地の奥に黒い空間断裂が見える。


「なにかここ、工事でもあったかしら」


 次元工事か何かで裂け目ができることは、珍しいとはいえ、無いことではない。これもそういった類の物だろうかと思う。

 それに対しては、サラが直ぐに答えた。


「いえ、ここは中央大広場に近いし、回覧板もそんな日程はなかったはずよ」


「そうなると、不思議よね、誰かが無断で次元回廊でも作ったのかしら」


 次元回廊はあると便利なものだけど、素人が早々に作れるものではない。作るとしても役所の許可が必要なはずだ。


「誰かが作って、その綻びだけが残っている?」


 リックくんの言葉に、私は頷く。


「まぁ、そのへんが妥当でしょうね、後で役所に届けて埋めてもらいましょう」


「え? 入らないの?」


 そう言ってきたのは、サラだ。


「誰が作ったか気にならない? 仮にも次元回廊よ? この中でひょっとして邪神が秘密の計画を練っているのかも」


 それに、手を振って私は笑う。


「いくら邪神でもそんなヘマしないって。まぁ、邪神って言ったって、ガラが悪いだけでやってることは普通の神と変わらないんだし」


 誤解があるようなので言っておくと、邪神というのは、別に悪いわけではない。ただ、神が良い所を司っている分、邪神は悪いものを司っているだけなのだ。

 その結果、普通の神とは結構喧嘩になったり、本当に刃傷沙汰になっちゃったりするのが玉に瑕だが。決して不要なものではなかったりする。

 まぁ、私は生理的に受け付けなかったりはするが。


「うーん、でも、私の勇者としての勘がビシバシ言ってるのよね、これは悪いものじゃないかって、ひょっとして、街に悪魔が湧いたとか」


「うげ、気持ち悪いこと言わないでよね。悪魔なんてうちの店に出たら営業できなくなっちゃうわ。あれを駆除するのに、どれだけ苦労したことか」


 それでも魔王と悪魔は湧く、邪神さんとは違って、アレと神は永遠の敵なのだ。私も最近は煙で燻し殺すタイプの薬を買った。


「一旦入ってみればいいじゃない。何もなければ、帰ってくればいいんだし、ねぇリックもそう思わない?」


 リックくんは、考えを巡らせる『振り』をすると。


「僕は……判断はウィートさんに任せます」


 と言ってきた。ここ一番で判断力がないのは、彼の欠点だ。サラも私に話を振っちゃわれたので、むくれている。ここは一つ、サラの顔を立てますか。


「確かに案ずるより産むが易し、ね。ここは行ってみましょう。ちょっとお昼が遅くなっちゃうけど」




「中は……うわ、真っ暗」


 入ってみると、なるほど中は真っ暗だった。感覚からすると相当広い空間のようだ。


「リックくん、ライトをお願い」


「わかりました」


 言われるがまま、リックくんは掌から明るい球体を浮かび上がらせた。リックくんは太陽神であるお爺ちゃんに教えを受けているため、光と炎の魔法が得意だ。

 光に照らされた空間は、それでも広く、ただただ黒い空間が続いている。


「あんまり意味、無かったかな」


 リックくんはその黒髪をポリポリと掻く。


「ううん、そうでもないわ、足元が見えるだけ随分マシね。どうやら石畳が続いているようだけど……」


 リックくんの明かりを頼りに、三人寄り添って歩く。


「あそこ、何かあるわね……裂け目? いえ、出入り口ね、きっと」


 遥か先の方に、明かりが漏れている隙間が見える。どうやら、次元回廊を秘密通路として使っているようだ。これは完全にきな臭くなってきた。


「これは、一旦出て、別の神様の要請を……」


 言いかけた時、私の耳に何かが聞こえた。


「皮膜の翼が出す音……! 竜種か悪魔!?」


 勇者二人は私が向いた方向に、素早く向きを変える。リックくんの光球が照らしだしたものは……。


「悪魔だ!」


 それは嘴のようなものを持ち、禿頭でコウモリの翼を生やした悪魔だった。



 悪魔はこのヴァマーズでは徹底して嫌われる。ただ、一部の邪神や良くないことをするものは使うため、これも邪神と神様の喧嘩の元になっている。

 私としては、なるたけ触りたくないのが本心だ。


「光よ、剣に!」


 リックくんの十八番、光の剣を作り出す。本来ヴァマーズでの武器の所有は、戦勝神がそうだったように、その神のシンボルでも無い限り携帯は認められない。

 だが、この光の剣は武器ではないので合法だ。

 リックくんは、向かってきた悪魔の鉤爪を、紙一重で躱し、すれ違いざまに胴体を一閃。


「……まだ動くか!」


 しかし真っ二つにされた悪魔は、そのまま鉤爪を一直線に私に向かって突き出す。


「岩の拳!」


 しかしその横っ面に石で固めた拳を叩きつけるサラ。サラは私が教えたので、主に大地の魔法や回復、支援魔法といったものが得意だ。あと何の因果か、拳法も。

 ちなみに、この岩の拳も合法だ。

 横っ面を叩きつけられた悪魔は、そのまま地面を三回バウンドして、動きを止めた。


「いやー、流石流石。素晴らしいわね」


「というか、ウィート! 何もする気がなかったでしょう!」


 いやぁ、だって、ねぇ。


「だって、ばっちぃもの。サラ、えんがちょ」


 近寄らないで、と両手で拒否する。


「石で固めた拳だから平気よ!」


 拳の魔法を解きながら言う、サラ。


「まぁまぁ、騒がない騒がない、『向こう側の人』に気づかれちゃう。今のは、番犬代わりだったようね」


 私が指をさすと、二人は揃ってそちらを見る。


「リックくん、明かりは消して。隙間から明かりが漏れちゃう」


「はい、分かりました」


 リックくんは、掌の上の光球を握りつぶし、私の後を追う。

 こっそり近づいてみると、そこは嫌な所だった。



「うげ」

 私は吐き出すように、呟いた。


 場所は赤い絨毯を引いた執務室のような場所だった。ひょっとしたら勇者コンサルティングの社長室かもしれない。


「もっと人数は集められないの?」


 そう言って目の前にいる執事服の男と、メイド服の女を叱咤しているのは、ビジネスウーマン風を気取っているのだろうか、スーツ姿の戦勝神ファルユーバーだ。

後ろにはいつもの神父服のマッチョ、マショメーンが控えている。


 片手にはワイングラスを揺らしているが……私の目は欺けない。あれはただのブドウジュースだ、しかもうちの。

 あの女は飲めないのに、こういう時だけ形から入る癖がある。


「は、そうは言われましても、勇者を誘惑できるようなサキュバスやインキュバスは限られておりまして。特にサキュバスの数は多いのですが、高等なものになると、本当に一握りなもので……」


 マショメーンは、汗を拭きながらそう言って言い訳をする。前に控えている執事服の男は、人間風に変身してはいるだろうが、明らかに悪魔だ。

 それもおそらくは高位のインキュバス。横にいるメイド服の女はサキュバスといったところだろうか。

 ちなみに両方共淫魔、要するにえっちぃことに長けて、人間を誘惑する悪魔である。


「御託はいいのよ! とにかく百葉亭の勇者を全部引っこ抜くの! そうすればあの女もおしまいだわ!」


 床にワイングラスを叩きつけながら、――っつーか勿体無い。――喚き散らしている内容は……明らかな営業妨害宣言だった。

 要するにハニートラップでうちの勇者を引き抜いてしまおうということである。うちの勇者は男の人が多いので、サキュバスが数多く必要だということなのだろう。


「これは……見過ごせないわね」


 私が呟くと、勇者二人はウンウンと頷いた。

 私は裂け目から一歩踏み出して、声を張り上げる。


「こら、ファルユーバー! 何をやってるかと思えば……なんて言う事をしてるのよ!」


 続いて、勇者二人が出てくる。その様子を見たファルは、狼狽えた様子で私を指さし。


「なんでアンタがこんな所にいるのよ! っていうか盗み聞きとは女神として感心しないわね!」


 私は対抗して、胸を張り。


「あんなずさんな穴開けてりゃ誰だって気がつくってゆーの! と言うか、悪魔使って勇者の引き抜きなんて、そっちのほうが女神としてどうかと思うわよ! いっそ邪神に転向したら!?」


 こっちの啖呵に気圧されたか、彼女は一歩退き。


「それがどうしたっていうのよ、要するに勝てばいいのよ勝てば!」


 言い切った。それに合わせてマショメーンは頭を下げ。


「は、申し訳ありません。主殿の大神官兼参謀といたしましても、悪魔を使っての作戦はいかがなものかと申し上げたのですが。取り合うこともなく……」


 なんだかんだでマショメーン、存外に苦労人である。


「ああ、もうこれだから戦勝神って! 第一、そっちはただでさえ勇者が浮いてるのに、更に勇者を増やしてどうしようっていうのよ!」


 彼女は口元に手を当てて、おほほと笑い。


「そうですね、勇者ばかりが増えても仕方ありませんわね。そちらの勇者さんたちは、骨抜きにした挙句に下働きとして使ってあげるから安心なさいな」


 それには、こちらもカチンと来た。


「……ぁんですって! ふざけんのも大概にしなさいよあんた! そのせいで苦しむのは勇者さんや罪のない人々なんですからね! そっちがそのつもりならこっちにも考えがあるわ!」


 はっと鼻で笑ってファルが言う。


「その考えってものを言ってもらおうかしら?」


 私は床が砕けんばかりに一歩踏みしめ、言う。


「この場で、ケチョンケチョンにしてくれるわ!」


 我ながら、それは平和の女神としてどうなのか。



 自然に対立は私とファルユーバー。淫魔二体と勇者二人という構図になった。淫魔は異性を魅了したいだろうし、逆に勇者は同性と戦いたいだろうから、そのへんはごっちゃになってしまっている。

 あとはいかにも戦えそうなマショメーンだが。


「すいませんが、ワタクシは戦闘力では子犬にも劣る程度でして、一歩下がらせて頂きます」


 とのことだ。しかし、サキュバスたちはやる気満々で。


「ふふふ、かわいい勇者さん。是非とも堕ちる所が見たいわぁ」


 等と言ってるし。それに対して意外に冷静なのがサラだ。


「リック、支援魔法をまずかけるわよ。『平和の名において清心を与えたまえ……』」


 平和神の精神魔法はまず完璧だ。サラの腕前なら、淫魔程度の魅了はまず通用しないだろう。あとは実力勝負といったところか。


「あの二人なら大丈夫ね、問題は……」


「はっ、豊穣と平和の女神が戦勝神にケンカをふっかけるなんて鼻で笑っちゃうにも程があるってものだわ、武器も無しによくぞ戦うなんていったものね!」


 目の前で、自信満々に剣を抜くビジネスウーマンだ。こちらを舐めきっているのか、甲冑を呼び寄せたりもしない。


「舐めてもらっちゃ困るわね。こちとら法と審判の神を父に持ち、大地母神を母に持つ、超血統の女神よ。ぽっと出の人間出身女神なんか相手じゃないわ」


 ファルユーバーは人間の戦士出身。世界を守ろうと指揮を取り、戦に戦を続けた結果、その世界の主神から力を得るに至った。

 うちの系統は創造神と太陽神の家系を持つ、血統書付きのサラブレッドである。

 ……正直なところ、勝負に何か影響するかと言われれば、しない。単に啖呵を切っただけである。


「舐めてるかどうかは、わたくしのこの剣を受けてから言いなさい!」


 一閃、剣を閃かせながら突進してくるファル。


「――祖父直伝、光の盾よ!」


 左手をかざし、その剣を空に取り出した光の盾で受け止める。白刃と光の盾が、唸りを上げてせめぎ合う。


「石の礫!」


 右手もかざし盾の隙間から、石礫を大量に打ち出す。


「ちぃっ!」


 ファルは一度剣を引き、飛んできた石礫を全て叩き斬った。


「――はっ! 平和の神だけあって防御はともかく攻撃はヌルいわね! 次は――三倍で行くわよ!」


 そう言い地面を蹴ろうとするファル。なるほど、次の剣閃は今回の威力も速度も三倍に達するのだろう。

 しかし、それを見て私も地面を蹴った。


「三倍だろうが――」


「なっ……!?」


 私の突然の前進に、面を喰らうファル。


「――出せなければ、意味が無い!」


 彼女の袖を掴んで、襟を掴んで身体を宙に浮かせ、背中から地面に向けて叩きつける!


「がハァっ――!」


 床は無残にも砕け、クレーターを残す。その中央に私と彼女。


「惑星を叩きつけたくらいの威力はあったでしょう? お父様直伝の捕縛術に、お母様直伝の大地の魔法。組み合わせればこういうことも出来るっ」


 私の武器は、主に家族の魔法や技だ。私本人の術は防御や回復などに使うことが多いため、戦うときは主にそういったものを使う。


「く、このっ……」


 それでも、何とか立ち上がるファル。流石にその勝負への執念深さは、恐れ入る。


「私の武器は大地、地面があれば私は戦える。私の最強武器は地面よ!」


「舐めるなっ――! 五倍!」


 もはや目にも止まらない速度で振るわれる剣に対して、私は回避手段を持たない。


「――大地母神おかあさま直伝、大地の壁!」


 しかし、防御手段ならある。剣を以って地面でできた壁を切り裂くのは、困難を極めるはずだ。


「舐めるなぁっ! 飛斬ッ!」


 だが、『すり抜けて』来た。壁の向こうで何をやったかはわからないが、私は幾重もの剣圧に打ちのめされ、壁に叩きつけられる。


「くっ……ぁ!」


 壁が消え、その向こう側で構えているファルユーバーは黒い甲冑を身に纏い、自身の手首に、息を吹きかけていた。


「『戦勝神の息吹』……この意味は、分かるわよね?」


 戦勝神の息吹、即ち戦勝神の加護を意味する。その加護を受けたものは、勝負に対して絶対的な運気が得られるという。それを自分にかけたということは……。


「さっすが、負けず嫌い。使える手は全部使おうってわけね……小賢しいわ」


 この勝負、勝てないということを意味する。




 私とファルの打ち合いは終始、私の防戦に徹底した。手が触れるほどの近距離に持っていけば、私に投げられる可能性があるし。

 かと言って切っ先程度の距離ならば、私にも防ぐ手がないわけではない。金剛石の腕に変えた私の腕は、戦勝神の剣を受け止め続けた。


「ガンバレー、主殿ー」


「……アンタの応援は気が抜けるからやめなさい!! この平和の女神め、しつっこい!」


 攻め手に欠けるファルは、ジリジリと焦っている。

 何しろここは自分の会社なのだ、流石に悪魔と一緒にいる場面を他の勇者に見られる訳にはいかない。場合によっては糾弾される恐れもあるだろう。


「……そっちこそ、いい加減諦めたらどう!」


 金剛石の腕すら切り落としかねない斬撃に、顔を顰める。正直な話、相手には戦勝神の息吹がある。勝ちに行くことは不可能なのだ。出来れば、この場は逃げに徹したい。

 ――と、なると逃げ道はちょうど真後ろにあるカーテン。カーテンの後ろはきっと窓だろう。

 そこから飛び降りればこのビルの高さである。きっと追っては来れないだろう。ただひとつ問題があるとすれば……私は、飛べないのだ。


 女神のくせに飛べないとは何だと言いたいだろうが、飛べないものは飛べないのだ。うちの家系で飛べないのは私だけだが、私の弟子であるサラも飛べない。

 リックくんは、飛べるには飛べるのだが、一人と一神を抱えて飛んで逃げるとなると、無理があるだろう。

 ……反面ファルは高速飛行戦闘も得意にしていたはずだ。


「……しまった!?」


 これは手詰まりか、と思った瞬間。不意に不運か――もしくは相手の幸運か――足を取られて尻餅をつく私。


「喰らいなさい! 必殺剛雷剣!!」


 裂帛の気合とともに放たれる、必殺剣。

 そこに横合いから、気合の抜けた言葉が放たれた。


「えいっさかなっ」


「ぎえええええええっっっ!?」


 乙女にあるまじき叫び声を上げながら、リックくんが腕輪から放った大量のさかなを浴びるファル。べとべとの、ぬるぬるである。おまけに生臭い。


「き、汚い……なんでさかななのよ! 私さかな嫌いなのに! ……勝負は一時保留よ! お、覚えておきなさいよ!」


 ビシっと指を突きつけながら頭に一匹さかなを乗せ、言い放つファル。どうやら勝負は一時お預けになったらしい。その場から立ち去っていく。

 あとを、マショメーンが追っていく。あくまで彼女としては『戦略的撤退』なのだろうと思う。


 しかし好き嫌いは良くない。今度矯正してあげよう、恵みはなんであれ残さず頂くものである、豊穣の女神として。


「そっちは、勝ったようですね」


 地面についたおしりをパンパンとはたきながら、二人の方を見た。淫魔はどちらもこてんぱんに叩きのめされている。


「はい! 大丈夫です」

「ま、あたしのおかげよね」


 各勇者は、それぞれ笑顔を浮かべる。

「……それで、お魚使っちゃったんですけど」


 申し訳なさそうに、リックくんは肩を落とす。


「ありがとう、正直、危なかったわ」


 その魚を拾いながら、私は言う。


「……ねぇ、その魚ってひょっとして」


 サラは、嫌な予感がする。という感じの顔をしているが当然その通りだ。


「もちろん、拾って食べるわよ。川からの恵み無駄にすることは出来ないもの」


 豊穣の女神として、恵みはなんであれ残さず頂くものである。



「ねー! バター焼きはー!?」


 ふくれっ面で、台所に居座り、サラは不満をまき散らしていた。


「ゴメン! 無理! と言うか手が空いてるんだったら手伝って! そこのお魚輪切りにするだけでいいから!」


 とにかく、急いで料理をしなければならない。それも、大量に。その下準備のため、私は魚の内臓と骨を取る作業で手一杯だった。


「えー、あたしそれが楽しみで頑張ったのにぃ」


 本当に申し訳ない、申し訳ないが。


「お昼が三時のおやつになってもいいのならそうするわよ! でもそれじゃ、ご夕飯食べれないでしょ!?」


 そうなると、一人前ずつ作る焼き物とかはとうてい無理である。ならば残された手は……煮物、それも大量に作れる寸胴料理である。朝食の後、寸胴を洗っておいたのは本当に良かった。


「分かったわよー、モー」


 渋々手伝ってくれるサラだが、もうこの際ありがたい。とにかくこの窮地を脱するためにはしょうがないのだ。


「あ、あの、僕も……」


「残念ながらリックくんは駄目! そこでどーんと構えてて!」


 太陽神様おじいさまの頃からの家訓である。『男子厨房に入るべからず。』この決まりは守っておかないと、さすがにお祖父様からのお叱りが怖い。


 リーン! リーン!


「うそっ、こんな時に伝話!?」


 けたたましく鳴り響くカウンターに置いた黒伝話、しかしこれは仕事である。無視するわけにもいかない。


 カウンターまでダッシュすると、息も整えずにすぐさま応対する。


「はいっ! 百葉亭です! ……あ、はい……! 魔王の……赤の千三百四十三番世界ですね……かしこまりました、今すぐ勇者を派遣いたします」


 三千世界とはよく言ったもので世界は本当に千を三回掛けた数くらいある。

 その分何処かの世界は必ずいつかどこかでトラブルになっているのだけど。まぁ、大抵は、その世界にいる人だけでなんとかなる。

 

 しかしどうにもならない時、その時こそ私たち勇者派遣業の出番なのである。


「勇者三百七号さん! いますぐ出れます!? 赤の千三百四十三番世界で魔王が発生した模様です。出てもらっても構いませんか?」


 無精髭で葉巻を咥え眼帯をした壮年男性の勇者が一人、席を立ち上がる。彼は勇者三百七号さん。うちにいる勇者さんの中でも、一番ベテランの勇者さんである。

 だから、一番信頼が置ける。

「良いけど。ウィートちゃん、俺昼飯どころか朝飯も食ってねぇぜ、こんな腹ぺこじゃ負けちまう」


 眼帯を掻きながら、答える勇者三百七号さん。


「それは三百七号さんが遅くまで呑んでて、朝起きれないのが原因です! パンとチーズに……仕方がないからワインも一本お弁当につけるのでお願いします!」


 眼帯の勇者は葉巻を口から取るとぺろりと、舌なめずりをして。


「それは……とっときかい?」


 私は首を縦に振った。本当は出したくないが出さざるをえない。私の農園で採れた一番良いブドウを酒の神様にお願いして醸造してもらったとっときの代物である。


「そいつぁ、行かざるをえんなぁ」


 と言って灰皿に葉巻を押し付け、剣を腰に差し、鎧を担ぎニッカリ笑う三百七号さん。本当に現金なことである。しかし無理な話だったので、仕方がない。


「あ、あの、僕もお手伝いに……」


 リックくんが言うが、三百七号さんは笑みを浮かべながらリックくんの頭を掴んで椅子に押しこめ。


「小僧は引っ込んでな、これは俺が受けた仕事だ。なにより二人で出て行ったら、報酬のワインが半分になっちまう」


 とニヒルに笑った。リックくんは悔しそうに。


「僕も、出来れば、勇者として働きたいのだけど……」


 と言っている。しかし、私判断でもちょっとまだ彼に魔王退治は荷が重い。私は三百七号さんの方に振り向くと。


「お願いしますね……行ってらっしゃいませ! 御武運を!」


 お弁当を押し付けながら、せめて、出かけるときは精一杯の笑顔で送り出す。何しろこれは勇者のお仕事、万が一、ということがあるのだ。


「輪切り終わったけどどうするのー!?」


 厨房からかかる声に私を振り向いて。


「はっ、いけない! すぐ行くわー!」




 無残にも輪切りにされたお魚たちは鍋の中へ、オリーブオイルを引きにんにくをあらかじめ炒めていたため、そのまま炒めものにされていく。

 そこに朝取っておいたスープを少々、これは予め朝ホワイトソースを入れる前に冷蔵庫


――氷の精が住み着いた箱。上部が凍る程冷たく、下部はひんやりする程度である。ちなみにうちのは特別製で何匹もの氷の精が住んでいる大型のものだ。技術神様に頼んで、拵えて貰った。――


 に取り分けて入れておいたのだ。


 そして本命登場はうちの農園朝一番とれとれのトマト。あらかじめ湯剥きして皮を取ったこれを、これでもかというほどどっさりと投入していく。


「そしてここで! 君の出番だ! 『圧力鍋』ッッ!!」


 寸胴に蓋をして圧力をかけて煮込んでいく、なんでか分からないけど技術神が作ったこの鍋は、すごいスピードで煮こんでくれるのだ。ちなみに、油でも使えるらしいので、今度試してみたいと思う。

 煮込んでいる間にパンを切ったり、皿を並べたりする。お水はセルフサービスだが、その途中にもお酒の注文があったり、ジュースを出したり。


「お手伝い妖精さんっ! 次、十五番カウンターにお願い!」


「はーい!」


 ピッケとポッケもフル稼働である。


「ああ~こんな時、アルバイト欲しいなぁ。でもうち、そんなに信仰心おきゅうきん払う余裕ないし」


 嘆いていても仕方がない、圧力鍋が甲高い音を立てる。


「よしっ! これにバジルを散らして、完成っ! 次々出すからピッケとポッケもよろしくねっ!」


 お皿に盛りつけて、バジルを散らしパンと一緒に出す。本日はメニューに幅を出す余裕はない。これで一気にみんなの胃袋にカタをつける!

 リーン! リーン!


「って、また伝話!?」




「ひ、一息ついた」


 とりあえず、自分の昼食(だいぶ遅くなってしまったが)に、トマトサンドを用意し、パンにかぶりつくとトマトの果汁とフレッシュチーズが、半ば溢れるように口の中に溢れだす。

 ほんでもってそれをブドウジュースで流し込む。


「ふはーっ」


 うちのブドウジュースは、疲れた体にとても染みる。

 んくんくとのどを鳴らして甘みを酸味とともに押し込んで。生き返ったと、椅子に仰け反りながら一息つくと、ちょこんと椅子に座っているサラと目が合った。


「……なんか、おばさんっぽい」


 ぴきっ。と、頭に何か切れる音。


「そぉんなこという、く、ち、はどこですかぁーーー?」


 サラの口を、裂けんばかりに引き伸ばす。


「いふぁい、いふぁい、いふぁい」


 涙目になりながら、訴えるサラを見ながら。ピッケが一言。


「そう言うとこだと思うかな!」


 ぐはっ、私に大ダメージ!


「……うぐ、良いから二人はクッキーとブドウジュースをどうぞ」


 わーい、と。お盆にたかる二妖精。


「レーズンクッキーで、ぶどうとぶどうがかぶったー」

「だけど、そこがいいっ!」


 けだるい午後、大体の勇者さんは街に遊びに行くか、修行したり、神様に祈りに行ったり、はたまた仕事をしている勇者さんも幾分か。

 さっきの伝話は『大魔王があらわれた』そうで、とりあえず勇者さんを二人派遣しておいた。

 六百十六号さんと六百三十二号さんは仲も良いので、なんとか解決してくれるだろう。ところで毎度思うのだけど、魔王と大魔王の違いってなんだろう。


 そんなことを考えながら、無邪気なお手伝い妖精さんを眺めている。


「平和ねぇー」


 しんみり。


「ほひはへふ、この指外しなさいっ!」


 あ、自力で外した。


「そんなによだれを垂らして、あなたもレーズンクッキー食べる?」


 なお、お手伝い妖精さんの報酬は奪ってはいけない。末期の代まで恨まれる。


「あんたがやったんでしょうがっ。ともかく今日の昼食には不満があったわ。夕食での挽回を希望するわよ」


「美味しくはなかった?」


 流石に自分で不味い物を作ったという記憶はない。


「そりゃそれなりに美味しかったけど、なんというかフラストレーションが溜まるのよ! 今日の夕食はお肉! それも血も滴るようなステーキを要求するわ! バターを乗せてよ!」


 なるほど、確かにそれもそうか。確かに、気分としてはステーキ、それも血の滴って、なおかつ切るのに苦心しそうなほど、分厚いやつだ、悪くない。


「メートルドテルバターなら、うち自慢の配合のやつがあるわ。それをたっぷり乗せてあげましょう……ただ、太るわよ?」


 少女は、握り拳を作って、答えた。


「……ぶん殴るわよ?」


 その拳に、そっと手を添えながら優しい声で答える。


「冗談よ。確かに、胸のあたりもっと太っておかないと魅力がいまいちだものね。あなたの場合」


「ぶんっ! 殴る!」


 いよいよ拳を振り上げた、恋する乙女に笑顔を浮かべて。


「ははは、冗談よ。今晩は脂も乗った最高の牛を一頭出しましょう。うん、ちょっと、昼間のアレはお粗末すぎたわ」


 と話していると、カランコロンとドアベルが鳴る。


「いらっしゃいませー、百葉亭へようこそ」


 私は、満面の笑みでお客様を迎える。お客様は……身長で私の二倍か三倍はあろうかという大きな竜神さま――立派なお髭を蓄えてらっしゃる。――が身を屈めて入ってくる。

 と、黒い服を身に纏った、青年神であった。


「こんにちは、竜神様お久しぶりです。……あと、その方は」


 竜神様は、相好を崩し――あんまり表情は分かりにくいのだが――言う。


「いやな、ワシの弟子の神が最近ちょっとなっとらんので、呑みながら説教でも……と思うてのう」


 私は、竜神様の好きなお酒――酒神様から取り寄せた竜殺しである――を置きながら、もう一神の方に向き直る。


「お客様は何になさいますか?」


「ああ――我は……いや、ごふんげふん、私は……お勧めはありますか」


 見た感じ、なんとなく好青年風ではあるが、にじみ出てる『俺って偉いんだぞ』風がある。師匠の前だから猫を被ってるという感じだが、竜神様の弟子なので、戦神か何かだろうか。


「うちはワインとビールがお勧めですよ。特にワインは、酒神様に醸造してもらった、一級品です」


「ほほう、なら、それを貰おうかな」


 私は、ワインの瓶と、ワイングラスを取り出す。まだ若いワインなので、デキャンターなどは不要だ。


「おつまみには、チーズを盛り合わせで出しますね」


 と言って、色んな種類のチーズをカットする。私の貯蔵庫は、チーズの種類が豊富だ。


 二人の間にチーズを持ち合わせたお皿を置く。そうこうしてる間に、話が始まっているらしい。


「だから、若いからといってそういう仕事をやるから、いかんと言ってるのじゃろう。まぁ、不要だとは言わぬが」


「……まぁ、しかしですね。実際やりがいのある仕事ですし、何よりこの爽快感は他では味わえません」


 竜神様は、酒をチビリとやると、顎髭を撫でさすり。


「のう、ウィートの嬢ちゃんや、この店は人手が足らんようじゃ。どうじゃ、ここは一つこいつを婿に入れて、更生させてみるというのは……こやつは力ばっかりは強いが、それを鼻にかけているところがあっ

ての。その鼻、へし折ってやってくれ」


 ……この神は、なんという話を!


「いえいえ、そういうの間に合ってますから。何よりこの方、何の神なのです?」


 竜神様は、あっけらかんと。


「うむ、破壊神じゃ」


「ふざけんなよ爺さん!」


 さすがの私でもそれはキレる。言って良い事と悪い事がある。


 私は、破壊神を否定したいわけではない。アレはアレで必要な神なのは、認める。

 どうしようもなく『行き過ぎた』世界や、完全に無茶苦茶になって、始末に負えなくなった世界。管理する神様がいなくなってしまった世界は、破壊しなければならない。

 現にお役所から破壊すべき世界のリストは渡されているのだ。

 ただ、私には致命性なレベルで『合わない』ウマが合わないってレベルじゃなく。生命本能レベルで苦手なのだ。

 ネズミに猫、猫に犬、犬に猿みたいなものである。どっちが強いとか弱いとか言う問題ではなく。


「いやお嬢さん、確かに我は破壊神だが……、最近は仕事がなくてね。まぁ、適当な世界でも破壊しようと思っていたところなんだよ」


 ワイングラスを揺らしながら、とんでもないことを言う。


「そっちはそっちでふざけんなっ! っていうか、そういう話なら外でしろっ! うちの店でするなっ!」


 二神を蹴りだす私、勿論料理は包んだし、お酒も持たせたが。ついでに料金も迷惑料込みでふんだくってやったが。

 いやはやお客様とはいえ、いくらなんでも神を考えてほしいものだ。……と言うか、あの破壊神は、役所に通報したほうが良かったのではないか。


「まったく……さて、行きますかね」


 まぁ考えるだけ仕方がないだろう、私は私で夕飯の準備という職務がある。私は割と重くなった腰を上げ、白い帽子を片手に、庭へと向かう。

 と、庭で洗濯物を取り込んでいる――頼んでもいないのによくやってくれている――リックくんと目が合う。


「どうしたんですか? 『農園』にお出かけですか?」


 リックくんは、私の周りを回りつつ。うん、わんこだ、これ。


「ええ、そうよ、リックくんも一緒に来る?」


 私の言葉に、リックくんは嬉しそうに頷いた。



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