ラッキーアイテム
「今日の運勢、一位はしし座のあなた! 恋愛運が絶好調! 告白するなら今日より他にはありませんっ! そんなあなたのラッキーアイテムは『たい』です! たいならなんでもおっけーです!」
午前六時五十七分。最近人気急上昇中のアナウンサーが司会を勤める、人気の占いコーナーだ。的中率がなかなかのものだと話題になっている。
「えっらい抽象的だねぇ」
かぶりつくようにテレビを見ていたあかりは、ちょっと気の抜けたようにつぶやいた。
三月十七日。あかりの通う高校では、今日、卒業式が行われる。あかりは二年生なので、三年生を送り出す側だ。
お世話になった先輩たちとのお別れの日ということで、大事な日なのだが、あかりにとっては何にもまして重要なことがあった。
今日卒業する三年生の中には、あかりが片思いをしている憧れの先輩がいるのだ。
その先輩の名前は、かいとという。サッカー部に所属し、長身イケメン、成績も優秀、爽やかな笑顔が似合う好青年だ。競争率は高い。
あかりは、彼に憧れてマネージャーとして入部した。運とラックと涙ぐましい努力の末、数多いたライバルを押しのけ、見事彼のいる一軍マネージャーとしての地位を獲得した。
しかしあかりの快進撃もそれまで。彼を前にするともにょもにょとするばかりで想いを伝えることはできず、あれよあれよという間に時は過ぎ去ってしまった。
だが、あかりはあきらめない。最後のチャンス、卒業式に向けて、着々と準備を進めてきた。
かいとに彼女あるいは好きな人がいないことはつきとめてあるし、かいとの好きなタイプであるという黒髪ロング、清楚でおしとやか、文武両道な女子になろうと努力してきた。そんな倍満みたいな女子いないだろとは心の中で思いながらも。
短かった髪を伸ばして丹念に手入れをし、居眠りしがちだった授業も真面目に受けた。常に穏やかに笑うことを心がけ、頬の筋肉痛と戦った。運動はもともと得意だったが、より熱心に取り組むように。ありとあらゆることをした。
副産物としてクラスの男子からもてるようになったが、かいと一筋だからと歯牙にもかけず。ひたすらに己を磨き続けた。
そして今日、運命の日。今までの努力の成果を存分に発揮し、かいとを射止めるのだ。
あとは運頼み、ということで冒頭につながる。
「たいかぁ……。たいってなに。ぱっとおもいつくだけでも何個かあるけど……」
繭を顰めて唸りながら、告白という場面に有効そうな候補を挙げていく。
「たい、たい……。鯛。鯛咥えていくか? お魚咥えたドラ猫ならぬ、鯛咥えた泥棒猫ってか。……。いや、意味わっかんねぇよ。誰がどうやってやってもドン引きだよ。しかもかいと先輩、彼女いないんだから、泥棒も何もないし」
ぶつぶつといいながら部屋の中を歩き回る。外ではお嬢様然としている反動か、家では平気で汚い言葉を使ったりする。
「たい、たい……。タイ、……タイ? タイってなにするの。タイ語で話しかければいいの。……ディチャン、ラック、クン、カー? うわ、ぜんっぜん伝わる気がしない。あってるかどうかも分からないし。あ、でも。かいと君が将来タイで働きたいって思ってて、今から勉強してたら……ないわ。まずないわ」
良い案が思い浮かばず、だんだんと歩く早さが早くなる。
「そもそも、いますぐに手に入れられるものじゃないとダメなのよね……。
たい、たい……。あの、ネクタイとめるあれってタイとか言わなかったかしら。……んー、タイピンか。でもたいって入ってるし、いいかな? ほんとは使わないけど、ポケットにでもいれておけば。おかーさーん!」
父親のネクタイピンを借りて、ポケットのなかにしまう。ちょっと女子高生には無骨なデザインだが、大事なのは見た目ではなく存在だ。
「んー、とりあえずこれでいいか……。でも、万全を期すためにはもう一押し欲しいところね。
たい、たい……。辞書使うか。たい、帯、袋。このへんかな? んー、ちょっとぱっとしないわね。たい、ねぇ。たいってはいってるのだと、なんだろ。たい焼きとか? たい焼き咥えて? 鯛と発想が一緒じゃねーか。たい。体操。かいと君の目の前で体操? 絶対引かれるわ」
煮詰まってきて頭がこんがらがってきたほのか。おもむろにラジオ体操しながらさらに考慮を重ねる。
「いやー結構思いつかないものねぇ。たい、たい……」
そのとき、ふと目を向けたテレビで、ある特集をしていた。
「これよっ!」
無事卒業式も終わり、午後。かいとは体育館の裏に呼び出されていた。登校した際、下駄箱の中に、あかりからの呼び出しの手紙が入っていたからだ。最近少し気になっていた後輩から、卒業式に、体育館浦に呼び出し。どれだけ鈍かろうと、こうまで揃っていれば察しがつく。かいとは胸を高鳴らせながら、あかりのことを待っていた。
「ごめんなさい、お待たせしました!」
耳に心地よい涼やかな声がかいとの耳に届いた。ようやく来たかと思い、振り向く。
「な、なにをしているんだい?」
そこにいたのは、鯛のお面をかぶったあかりだった。
「あ、あの先輩!」
「う、うん、なんだい?」
「えっと、その、す、すす、すき、スズキは好きですか!?」
「え、うーん、まぁ嫌いじゃないけど……。というか、そのお面は? 鯛?」
「あ、これはその、ラッキーアイテムです! テレビで、幸運のシンボルってやってたんで!」
「そ、それはまた変わってるね……。それに、今日はずいぶんとキャラが違うね……」
「え、いや、その……おほほほほ」
いまさら思い出したように笑うあかり。
「えと、あの、そうじゃなくて!」
「う、うん」
「先輩! す、すすす、すきでしゅ!」
大事なところで痛恨のミス。二人の間に冷たい風が吹き抜ける。
「もう一回……。いまのナシでお願いします……」
かわいらしく縮こまる様子と、鯛のお面というミスマッチさに、かいとは笑いをこらえきれず噴き出した。
「ふふふ、いつもの感じもいいなぁとは思ってたけど、今の飾らないのもかわいらしいね」
「うう……」
ますます恥ずかしそうに縮こまるあかり。それを見て、いたずらっぽく笑うかいとが提案する。
「とりあえずお面外そうか。これじゃあ顔が見れないし」
「ダ、ダメです……。今顔真っ赤なんで見せられないです」
恥ずかしそうに言うほのかに、ますますかいとは笑みを深める。
「ふふっ。まぁいいや。それで、返事だけど、こちらこそ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるかいと。それを見て、感極まったようにあかりはかいとに抱きつく。かいとは、苦笑しながらほのかをだきとめた。
~十五年後~
「ママー。なんでずっとたいのお面おいてるのー?」
「あぁ、それはね。我が家に幸運を運びますようにっていうラッキーアイテムなのよ」
「ふーん、へんなのー」