八話
結局あの後は同じ競技場で鍛錬に励んでいた他の魔族の方に助け起こされるまで、あのままの状態で放置されることとなった。
くそう、あの魔女っこめ。今度あったらまた髪の毛引っ張ってやる。
「すまないね。オークさん」
俺は俺のことを背負ってくれているオークに感謝の言葉を述べた。
「いえいえ、祝福持ち様を運べるなんて栄誉はもうないかもしれませんからね、こちらこそ感謝したいくらいですよ」
祝福持ち様か……何なんだろうね、本当に。
俺にとってはあの駄女神からの厄災なんだが、カルーアも祝福持ちがー、とかいってたし。
一つ聞いてみるか。
「オークさんやい」
「はい、なんでしょうか。食堂はまだ先ですよ」
飯じゃないよ、全く。
「飯じゃなくて、祝福のことなんだけどさ」
「はい、それが何か?」
「みんな俺が祝福持ちだってことで持ち上げてくれるじゃない。あれって何でなんだろうなぁと思ってさ」
「ああ、そのことが疑問なんですね?」
「そうなんだよ。訳、知ってる?」
「ええ、知ってますよ」
末端でも知ってることなんか。
何なんだろう。
「女神様はですね、遍く生命をお造りになられたお方なんですよ」
俺が黙っていると、オークさんが何やら語りだした。
「人間も魔族も等価値にお造りになられた尊きお方なんですが、なぜか我々は相争う宿命にあるんですよ」
「何でだい?」
「基本的に合わないんでしょうね、人間と。人間は自分達が一番が良いと考えてるし、我々魔族もそうです。そのために言葉も通じる間柄なのに争ってるんです」
業が深いね、お互いに。
「それで、女神様からの祝福なんですが、初代魔王様以外我々魔族側に出現したことがないんですよ」
……おいおい女神様よ。そりゃえこひいきが過ぎるってもんだぜ。
「そんな目にあっておきながら、女神を怨もうとは思わなかったのか?」
「そんなとんでもない! 女神様は我等の神でもあるのです。怨む輩などおりませんよ」
「ッへ、人間達にも伝えてやりたいね、お前さんの言葉を」
そうすりゃあ、こんな馬鹿げた争いなんぞしなくてもいいだろうに。
「できたオークだね、あんたは」
「祝福持ち様にそういってもらえるなど、光栄の極みです」
嘘を言ってるようには感じられないんだよなあ。
後でもう一回カルーアに確認してみるか。
「祝福持ち様、食堂に着きましたよ」
おっと、もうそんなに歩いたか。
確認は飯を食い終わってからだな。
「ありがとうよ、流石にもう歩けそうだ」
「いえ、ご無理をなさらないでください」
「おお、あんたもな」
そういってオークと別れた俺は、指定の場所まで歩いていくのだった。
「ていや」
「あいたー!」
俺はグルタナの髪の毛を引っ張ると席に着いた。
今日の夕食は全員が食堂で食べるらしく、寝るといっていたグルタナまでいる始末だ。
まぁ、さっきの会話の裏を取るには全員がいたほうが都合がいいんだけどさ。
「ちょっとあんた! 私の髪の毛引っ張るのやめなさいよ!」
「だが断る」
第一動けない俺を放っていったのはどこのどいつだ。
当然の報いだ。
「今日は全員いるんだな、珍しいだろ?」
「うむ、グルタナからタツヤの成長振りを聞いておったのよ」
「さよけ」
カルーアが嬉しそうに話すのを聞きながら飯を食う。
「そうだ皆、今日は聞きたいことがあるから飯の後に残ってくれや」
俺の言葉に皆が皆頷いてくれた。
「あ~、煙草を吸ってるときが生きてる実感が湧くね」
さて、時間は進み食後である。
皆も食べ終わり、俺は食後の一服を楽しんでいた。
「――タツヤ、話は?」
サツキに促されて、俺は煙草をもみ消した。
「あ~、話ってのは他でもない、俺の祝福に関してなんだ」
「タツヤの祝福? それが一体どうしたってのよ?」
「グルタナ、話しは最後まで聞きなさい。それで?」
「サンキューなフェイ。俺が祝福持ちだってのは全員が知ってる話だろ?」
五人が頷く。
「そこで、何で俺が祝福持ちだからってこんなに待遇がいいのか、さっき聞いたんだよ、親切なオークさんに」
「タツヤそれは――」
「カルーア、何で黙ってたんだ? 俺が魔族側で初代魔王以来二人目の祝福持ちだって」
カルーアは何度か何かを言いかけてやめるという動作を繰り返した。
「魔王様、言い難いようでしたら私が」
グルタナがそんな事を申し出る。
お、グルタナの奴も事情を知ってるのか。
こうなると、四天王は事情を知ってると見てもいいかもしれないな。
「よいのじゃ、グルタナ。我が説明する」
「――はい」
「のおタツヤ、お主は女神様をどう思っておる?」
あの駄女神を?
「そりゃお前、駄女神は駄女神だろうよ」
「お主はそういうが、我等はそうは思っておらん。女神様は慈悲深いお方じゃ」
慈悲深かったら何で争いなんて起きてるんだよ。
「矛盾しておると思っておるじゃろ。ならば何故争いが生まれるのかと」
「……ああ、そう思ってる」
「人間側に伝わっておるかは分からんが、魔族側に今も伝わっておる伝承が幾つか有る。その中の一つに、初代様が治めておった頃、魔族と人間は共に手を携えていたというものがあるのじゃ。素晴らしいことだとは思わんか。相争うのではなく、良き隣人として付き合っていた頃が確かにあったのじゃよ」
「それがどう繋がるんだよ?」
「伝承の中には、初代様ととき同じくして人間側にも祝福持ちがおったというものもある。分からんかタツヤ。今が好機なのじゃ。人間側にも魔族側にも祝福持ちがおる現状が最大の好機なのじゃ。このどちらが最初に始めたのかすら忘れられた戦争を終わらせる」
途方もない話になってきたな、おい。
するってーと俺は救世主か何かか。
「じゃからタツヤには、ゆくゆくは魔王になってもらいたいのじゃ。この無益な争いを止めさせるために」
…………俺が魔王ねえ。
しかも戦争を終わらせるためときたもんだ。
「慈悲深いじゃろう? 戦争を終わらすために平凡な一生という祝福を持った魔族を、人間側の祝福持ちと面通しをさせたうえでここにおるのじゃから。女神様は我等にこう伝えておるんじゃ。争いを止めよ、再び手を取り合えとな」
全部お前の妄想だ。
って言えればどんなに楽か。
確かに符合しちまうんだよなぁ。
何故魔族の俺が人間側の町の前に転生させられたのか。
何故俺と故郷を同じくする祝福持ちが俺と出会えたのか。
何故東西南の魔王が滅ぼされ、勢力が拮抗した今なのか。
――こんな大役、ストレス耐性のない俺に務まると思ってるのかね、あの駄女神様はよー。
「じゃからタツヤ――」
「もういいぜカルーア」
尚も言葉を紡ごうとするカルーアを俺は遮った。
「最終確認だ」
俺は五人の顔を見る。
「俺が魔王になっても、お前達は異存がないんだな?」
その言葉に、緊張に強張っていた皆の表情が和らぐ。
「どこまで出来るか自信なんてねえし、盛大な勘違いだったなんて落ちがつくかも知れねえ」
それでも、こいつらとなら。
こいつらだからこそ。俺はそんな夢が見たくなった。
何時の間にやら食堂にいる連中も黙り込んでやがる。
しわぶき一つ聞こえねえ。
「なってやるよ、唯一無二の魔王様にな」
大歓声が食堂を包み込む。
あ~あ、やっちまったな俺は。
もう後には引けねえぞ。
でも。
泣き笑いみたいな表情をしてるこいつらを見てると。
まあ、いいか。
って思っちまうんだよなぁ。