三話
さて、ここはどこだろう。
俺は辺りをきょろきょろと見渡した。
どうやら石造りの一室に俺は居るらしい。
しかも寝転がっているのは天蓋つきのベッドだ。ふかふかする。ブルジョワジー万歳。
などとやっている場合ではない。
俺の記憶が確かならば、最後の瞬間は黒の中から絶世の白髪美女に腕を掴まれた瞬間に意識が途切れたことになる。
誘拐だ。誘拐事件だ。警察はどこだ? 110番をしなければならない。
待て、落ち着け、警察なんてこの世界には居ないだろう。勿論電話もない。
というか、かなりやばい状況なのではないだろうか。
しかし、待遇は悪いわけではない気がする。
何せ天蓋つきベッドだ。VIP待遇といってもいいかもしれない。
しかしおかしい。どこが平凡な一生なのだろうか。非凡な一生の間違いではないのだろうか。
あの駄女神め。もう一度会ったら文句を言ってやる。
そこでふと俺は誰かに見られているような気がした。
再び辺りを見渡してみる。
すると、部屋から出る扉がうっすらとだが開いていることに気がついた。
貴様、見ているな!
「おい、状況を説明してくれ」
……反応がない。なのに視線は依然感じたままだ。
「おいこら、人を誘拐しておいて放置プレイとは随分と上級者じゃないか」
……反応はまだない。
「てやんでぇのこんこんちきが! 見てるのは分かってるんだ、出てきやがれ!」
俺はベッドから降りると扉を開けた。
するとそこには、三つ目の美女が佇んでいた。
三つ目である。容姿端麗でボンキュボンな恵体をしているが、三つ目である。
「申し訳ございません。我が主より接触は禁じられておりまして」
三つ目が頭を下げる。
……人間じゃねぇ。魔族って奴か?
「あ~、つかぬ事を聞くがいいか?」
「はい、何なりとお申し付け下さい」
「ここはどこだ? あんたは誰だ? そしてあの白髪の姉ちゃんは何者だ?」
「ここは北の魔王様の居城イスドレンでございます。私はこの城でメイドをやっているリリーと申します。あのお方は我等が主カルーア様でございます」
オーファッキンジーザスクライスト。敵の本丸じゃねえか。しかもあの姉ちゃんが大将と来たもんだ。
俺は何とはなしに小太りのおっちゃんから貰ったカードを見た。
所属勢力は魔王軍、人種は魔族になっていた。
人間じゃねぇのは俺もだった。
「もう少しで我が主が参ります。それまで部屋でお寛ぎ下さい」
リリーはそういって頭を下げる。
じたばたしてもしょうがない。
俺は言われたとおり部屋でくつろぐことにした。
よっこらせ、とベッドに腰掛ける。
「リリーさんやい」
「リリーと呼び捨てて下さいませ」
「ならリリー、ちょいと無知な俺に色々と教えてくれはしないかね」
俺は皮を被るのをやめた。一人称も俺にする。
やっと窮屈な感じから抜け出せた。サラリーマンの皮を被るのも窮屈に感じていたところだ。
こっちでは地で行こう。
「魔王ってのは何人いるんだ?」
「今現在は我が主お一人です。かつては真大陸東西南北にお一人ずつ居られたのですが、全て勇者カゴと大賢者イトウの手により葬り去られました」
やるねぇ、駕籠君。流石は魔剣もち。伊藤さんも流石だ。
「魔族ってのは皆君みたいなのか?」
「私みたい、と申しますと?」
「姿形が人間に似ていて、言葉が通じるってことさ」
「一部肯定です。姿形が人とは異なるものもおりますが、言葉は皆通じます」
ふーん、ってことは熊みたいな形しておきながら共通言語を操る奴も居るってわけか。
ファンタジーだねえ。
「魔大陸ってのは何なんだ?」
「私たちの生地であります。真大陸が人間や亜人種たちの生地であるように、我々魔族は魔大陸で生を受けます。その魔大陸と真大陸を結ぶ回廊を守護なさっておられるのが我等の主カルーア様です」
そうかそうか、ここをやられると魔族は人間達の侵攻を注意しなくちゃならない、逆を言えばここが魔王軍の管理下にある限り人間側は絶えず侵攻の恐怖に晒されるってわけだ。
そんな風に話をしていていると、強烈な圧力が俺に圧し掛かってきた。
あの時と同じだ。
「おお、我が同胞よ、目を覚ましたか」
何時の間にかリリーの姿はなく、俺の目の前にはあの総白髪の美女が立っていた。
何なんでしょうね、この圧力は。潰されちまいそうだよ。
「おお、我が同胞よって言ってくれるなら、この圧力を何とかしちゃくれないかね?」
俺の言葉に目を丸くしたカルーアは、次いで呵呵と笑った。
同時に俺に掛かっていた圧力も引いていく。
出来るなら最初からやってくれよ。
「すまなんだ、同胞よ。魔王などというものをやっていると、こういうモノを身に纏わんとやってられんのだ。誰もが羨む地位を得ている代償というわけだな」
左様け。それで覇気なんぞ出しっぱなしなんか。下っ端にゃ辛いもんだぜ。
「しかし、流石だな、私の覇気を受けて平然としているなど。他の魔王共も苦手にしておったのに」
……いらねえチートが来ましたよ。俺の平凡な一生ってのは何につく枕詞なのかね。
まさかと思うが、英雄とか魔王とか、そういう奴らの平凡な一生って意味じゃないだろうな。
「俺だって平気なわけじゃないよ。潰されちまうかと思うほどだ」
「うん、すまんな」
俺は改めて立ち上がった。
うじうじしていても締まらない。カードが正しいなら俺は魔族ってことになる。
それなら、魔族側で平凡な一生を送らせてもらうしかない。
「俺の名前は高橋達哉だ。宜しくな」
「おお、我の名前はカルーアという。以後よしなに頼む」
……しかし、別嬪さんだな。出るところは出て引っ込む所は引っ込んでる。
背はそれほど高くない。リリーの方が高いぐらいだから、一五〇センチ強って所かな。
俺の背丈が一七五センチだから見下ろす格好になっちまう。
……谷間、ご馳走様です。
俺が悪いわけじゃないよ? 露出の多いボンテージみたいな服着てるこの魔王様がいけないんだよ?。
「そうだ、タツヤよ、これから飯なのだが一緒に食わぬか?」
「おう、いいぞ。しかし、えらくフレンドリーな魔王様だな」
「ふれんどりぃが何をさす言葉かは分からぬが、なに同じ魔族ではないか。それにそなたは魔族となったばかりの赤子のようなもの。色々と分からぬことも多かろう。暫くの間我についておれ」
赤子ね。そりゃそうだ。さっき伊藤さんが魔力探知に引っかからないって言ってたほどだからよっぽど弱いのかね。
うん? でもカルーアの覇気には耐えられるよな、俺。
何がどうなってるんだか。
「おい、置いていくぞ」
頭を捻っている俺に対して、カルーアは既に扉まで移動していた。
こういう展開多いな、俺。
「はいはい、今いきますよ」
俺はそういってベッドから立ち上がった。
「食堂は近いのか?」
「暫く歩かねばならんが、何城の中身を覚える次いでだと思えばよい」
……一回でなんて覚えきれる自信なんてないね。
まあいいさ、忘れたらリリーにでも教えてもらおう。
「しかし、暢気に飯なんか食ってていいのか? こういっちゃ何だが、駕籠君何かとのファーストコンタクトは最悪だったと思うぜ?」
「ふぁーすとこんたくととやらは良く分からんが、語感で意味は通じるぞ。何、大丈夫じゃ。この地は極寒の北の大地に高レベルの魔族や魔物たちを放ってある。如何に勇者といえどそう易々とは突破できんよ」
俺が言いたいのはそういう意味じゃないんだけどねぇ。
まあいいか。駕籠君が来たら事情でも説明して匿って貰うか魔大陸に逃げよう。
「お主こそ勇者パーティに面が割れておろう。そなたの方が心配じゃ」
「ああ、俺はどうにでもなるから大丈夫だよ」
そんなこんなを話しているとえらく広い一室に到達した
わいわいがやがやと煩いその一室には沢山の異形たちが思い思いに飯を食っていた。
食堂ってまんま食堂かよ。
無駄に長い机と一人きりでぽつねんと飯を食ってるのかと、俺の想像していたモノと違うんですけど。
途端に隣を歩いていたカルーアから覇気が発せられる。
喧騒は一瞬のうちに静まり返った。
「皆のもの、紹介しよう。こやつが新たな我らが同胞タカハシタツヤじゃ。宜しく面倒を見てやってくれ」
一斉に頭を垂れる異形たち。
こういうのを見ると、やっぱり魔王何だなと再確認させられる。
俺はおっかなびっくりカルーアの後をついていく。
場所は食堂でも一番奥、上座に位置する場所まで来てしまった。
そこでは四人の異形たちがご飯を美味しそうに食べている。
……四天王とか呼ばれる人種じゃなかろうか。
一人はやたらとでかい一つ目の美女だ。
一人は腕が八本あるこれまた美女。
一人は魔法使いのようなローブと帽子を被っているこれまたまた美女。
最後の一人は腰に一振りの剣を下げたこれまたまたまた美女。
……ハーレムですやん。
「皆のもの、こやつが新しく幹部となるタカハシタツヤじゃ。よしなに面倒を見てやってくれ」
――幹部とか初耳なんですけど?
そういう重要な情報は事前に渡せよこの野郎!
俺の憤りはスルーされてカルーアが上座に座る。
座る場所もないので仕方なしにカルーアの隣に座る俺。
そんな俺を見る七つの視線。
……止めてくれよ、そんな目で見られると自殺したくなっちまう。
そう思うほど無感情な視線ばかりだった。