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序章

「馬鹿野郎! 会社の看板に泥塗ったんだぞ!?」

「……はい、真に申し訳ありません」

 怒鳴っているのは会社の上司、詰まりは取締役。怒鳴られているのは俺。珍しい光景と言えば光景だった。

 普段の俺は目立たず事を荒立てずが信条の気の小さな男で、こういう風に怒鳴られることなど無く生活していたのだが、何の気まぐれか社用車で煙草のポイ捨てを行ったのがいけなかった。

 普段の俺なら絶対にしない行動だが、その時俺は酷く苛立っていた。

 それと言うのも親族の借金がまた増えたとの連絡を受け取った為だ。

 我が家は裕福ではなかった。それと言うのも父親が事あるごとに借金をしてはギャンブルに使い込むと言う生活をしていたからだ。

 そんな訳で俺の人生には借金と言う名のつくものが常に着いて回っていた。大学に行くのも奨学金を満額借りて、加えて夜間部での入学だった。

 その奨学金も全額学業と生活のためだけではなく、実家の借金返済の当てとなっていたから心労も溜まる。バイトを幾つか掛け持ちしながら学業に打ち込んだものだった。

 そんな生活を何とか切り抜けて社会に出たのは三年前のことになるが、就職に失敗、一年間のフリーター生活を経て何とか今の会社に入社することができた。

 思えば焦っていたのだろう。碌に企業情報も精査せずにとにかく働かせてくれる企業をと、就職失敗のトラウマから手当たり次第に面接を受けての入社だった為、案の定中身はブラック企業。拘束時間は長く、残業代は出ない。無理なノルマは当たり前といった社風だった。

 何の憂いも無ければ俺も即座に止めていただろうが、奨学金の返済と、実家への仕送りと言う二つが足枷となり辞めるに辞める事ができなかった。

 奨学金は返済しなければならないし、実家は未だに借金苦で俺の収入を当てにしていた。 そんな折の借金の増額と言う実家からの知らせだった。

 社用車で通勤していた俺はむしゃくしゃして、普段ならば絶対にしないような煙草のポイ捨てを行い、それが何の因果か会社に連絡してくれた一般市民の心温かいお節介のせいで現状に至るというわけだ。

「申し訳ありませんじゃねえよこの給料泥棒! 罰だ罰! 一年間社用車の置いてある駐車場はお前が掃除しろ!」

「――はい、分かりました」

 上司も上司、取締役からの直々のお達しだった。言い訳を並べることなどできるわけもない。思えばこの辺りからおかしかったのだ。

 取締役室から出てきた俺は顔面蒼白で幽鬼のような表情だった。従業員五〇人程度の小さな会社だ、俺が何をしたかなんてとっくに社員の噂になっていた。

 俺は自分の机に向かうと一番上の筆記用具をしまってある引き出しを開けた。

 そこにあったカッターナイフを取り出し、自らの首へとあてがう。

 思い切り腕を引き抜く、周囲から上がる悲鳴。カッターナイフを二度三度と引き抜く動作を繰り返すうちに増える出血量。

 変に責任感が強いのもいけなかったのだろう。怒られた直後の俺は世界の全てが俺のことを嫌っているように錯覚していた。

 それがこの行動の一端を担っているように感じられた。何とストレス耐性のない事か。

 さて。何故俺がこの様に冷静に当時の状況を振り返れるかと言えば、実は助かりましたテヘへ、と言うわけではない。

「分かっていますか高橋さん。この様に命を粗末に扱うものへは厳罰が下されるんですよ?」

 俺の最後の状況をモニターに写しながら俺のことを叱っている自称女神様、彼女のお陰だった。

「はい、仰るとおりです」

 俺が今居るのはモニターを乗せた机と、俺と自称女神様が腰掛けている椅子以外何もない真っ白な事務室のようなところだった。

 そこで延々と俺の最後の状況をモニターで流しながら説教をしてくるのが自称女神様。

 現世の俺はその口ぶりから本懐を遂げたようだった。合掌。

「誠意が籠もっていませんね?」

 俺の内心を見透かしてかジト目でこちらを見てくる自称女神様。良いじゃないか、現世の俺は借金からも同僚の冷たい視線からも何もかもから逃れられたんだ。素晴らしきかな現世の俺。

「とんでもございません、反省仕切りでございます自称女神様」

「誰が自称ですか! 誰が!」

 しかし、死んでからも説教を食らうとは思っても見なかった。

 俺は目の前の自称女神様を見遣る。

「な、なんですか!? 怖い顔してもお話はまだ続くんですからね!」

 西洋系の顔立ちで絶世の美人だ。しかも後光のようなものがちらちらして目に煩い。これはひょっとしたらひょっとするのか?

「あのすみません、もしかして本当に女神様でいらっしゃる?」

「ムキー! 言ったじゃないですか、最初に高橋様担当の女神ですって! 一緒に死んだ状況を交えてのお話もしてたじゃないですか! 何で今更その質問なんですか!?」

「いえ、そうは言われても、普通は信じられませんよこんな状況」

 ねえ、と話を振っても女神様はツンとそっぽを向いたままだ。

「そういうのはこの部屋に来た当初にやって欲しかったリアクションです!」

 そういえばこの部屋に唐突に自分が現れたときはまだ亡羊としていて所在がなかった。女神様の話にも空返事で亡としていたように思う。

 当然だ。自分が死んだら女神様に説教を食らうなんて死ぬ前の俺は予想だにしていなかったのだから。

「あの、煙草吸ってもいいですか?」

 いたたまれなくなった俺は、いつもの癖でスーツの内ポケットに手を突っ込んだ。当然そこには煙草など入っているわけではない。

 しかし、俺の言葉と共に机の上には好きだった銘柄のゴールデンバットと灰皿が出現した。何これ凄い。

「ええと、それじゃあ遠慮なく」

 俺は封を切って煙草に火を点ける。事務室に広がる紫煙。灰皿やらなにやら準備してくれたのに煙たそうな顔をする女神様。ますます居辛くなって尻がむずむずする。

「エー、それでですね、何のお話でしたか?」

「ですから、命を粗末にするものには何の恩恵も得られませんよというお話ですよ」

「恩恵と言いますと?」

「転生先に決まってるじゃないですか!」

 はて、転生とはなんじゃらほい。輪廻転生というが、その転生だろうか。

 俺が首を捻っていると、女神様は語りだした。

「それでですね、命を粗末にした事で減点にはなりましたが、人に尽くしたその一生を神様が哀れんで幾つかの転生候補があるんですよ」

 ほー、ゲームの特典みたいなもんか。

「一つは現在の知識を持ったまま同じ地球に転生することです。前世持ちと言われる人たちですね。今生の記憶がそのまま受け継がれるので色々な面で優位に立てますよー」

 ストレス耐性のないままに転生したってどうなるか目に見えてるような気がするな。それにまたあんな家に生まれたら堪ったもんじゃない。却下だな

「もう一つはですね、異世界に行って貰います。私の管理してる世界なんですが、最近魔王の勢力伸張が著しくてですね。定期的に人を送ってるんですよ」

 異世界か、何かファンタジーだな。魔王とか言っちゃってるし。

「つかぬ事を伺いますが、着の身着のまま送られるんですか、その異世界とやらに」

 重要なことだ。魔王とか言っちゃってる時点で生死が掛かってる気がする。そこに二十五歳の自殺野郎が行っても何もできない可能性が高い。つーか何もできん。俺は煙草をもみ消すと初めて身を入れて話を聴いた。

「そこの所は安心して下さい。私の管理する世界ですからね。ちゃちゃっと祝福でもして他人より有利にして送れますよ。例えば魔剣持ちの剣士ですとか、多重詠唱のできる賢者とかですね。格好もその世界に合った物にして送りますから怪しまれることもありません  」

 なるほど、所謂チートだな。チート持ちとしてその世界とやらに送られるのか。いいな、借金に追われる事も理不尽な上司にどやされることもない、素晴らしき異世界ライフがまっている訳だ。

「それで」

「え?」

「それでお願いします」

「え? いいんですか? 魔王ですよ? モンスターとか出てきちゃいますよ? いいんですか?」

「ええ、構いません。それで、そうなると俺の祝福がどうなるのかって話になるんですが」

「高橋さんのポイントは三〇〇ポイントなので、何に使うかですねー。これくらいだと、ご自分で決めて頂いたほうが良いかと」

 延々と俺の最後を写し続けていたモニターの表示が変わる。

 転生ポイントの使用表? 何じゃこれは。

 何々、魔剣持ち一〇〇〇ポイント……うげ、軒並み高いポイントしかないじゃないか。どうしろっていうんだ。

 お、平凡な一生が二七〇ポイントで取れるぞ。平凡か、いいな、憧れる言葉だ。

 これにしよう。

「すみません、これでお願いします」

「はい、了解しましたー。平凡な一生ですか、レアものですね」

 レアなのか。と言うことはここに来る奴らにはないものなのかな。分からん。

「それではこれで終了いたします。がんばってきて下さい」

 最後まで軽い調子で言われた俺の目の前がだんだんと白くなっていく。

 オー、これが転生の瞬間か、感無量だな。

 そんなことを考えていると、途中でぶつりと俺の意識は途切れた。

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