ミチコ
ミチコはブスだ。
ミチコは自分のブスな顔が、嫌で嫌で仕方がなかった。
どうしてこんな顔で生まれてきたのか。
ミチコは不満だった。
周りの女の子はみんな美人だった。
ミチコは彼女達が嫌いだった。
自分達の美貌をふりかざして、傲慢に振る舞うならまだしも、
「ミチコちゃんのほうがキレイ」
だなんて、思ってもいないことを言うからだ。
そうまでして男の子達から好感を得ようとする、あさましい彼女達の言動を、ミチコは許せなかった。
ミチコにも好きな男の子がいた。
サトシという男の子だった。
サトシはいつも教室の隅の席に座っていて、いつも外を眺めていた。
その姿を見るたびに、人一倍の乙女心を持つミチコは溜息をついてしまうだった。
それなのに、他の女の子達はサトシに見向きもしないでブサイクな男子とばかり付き合おうとしていた。
いくら美人でも、男を見る目が無いと宝の持ち腐れ。
ミチコはそう思っていた。
ミチコは男子からよく呼び出された。そして、よく告白された。
告白というと聞こえはいいが、告白するふりをして、ミチコをからかっているのだった。
ミチコはそんなことはお見通しだった。そもそも、自分のようなブスに真剣に告白するはずなんてないと、ミチコは思っていた。
決まって告白にくる男子は、みんなブサイクで、中にはマシな者も数人いたが、ミチコは純粋にサトシだけを想っていた。
そんなミチコはあえて高飛車な態度で、いつもこう答えていた。
「あなたと私が、釣り合うはずないわ」
そうやって、ミチコは学生時代を過ごした。
ミチコは、結局サトシに自分の想いを伝えられなかった。自分のようなブスがサトシに告白したとしても、到底受けいれられるとは思えなかったのだ。
数年後、ミチコに同窓会への招待状が届いた。
ミチコはこの時を待ち望んでいたのだった。学生の頃のブスなミチコではなく、完璧な美しさを手に入れたミチコとして、サトシの目の前に現れる。
あの頃、言いたくても言えなかった思いを、サトシに伝える。そして、ミチコを内心で嘲笑っていたクラスメイト達の目の前で、サトシと結ばれる。
いよいよ願いが成就するのだと、ミチコはこの上ない幸福のひと時を過ごしていた。
しかし、この後の事の顛末のことを思えば、この時がミチコの人生最良の時であった。
同窓会当日。
ミチコはとびきりのオシャレをして、同窓会の会場となったホテルに向かった。
ホテルに到着したミチコは、受付に見覚えのある顔を見つけた。高校時代、ミチコのことを美人だといってなじっていた、いけすかない元クラスメイトのアユミだった。
「久しぶり」
そう話しかけられたアユミは、振り返って話しかけたミチコの顔を見た瞬間、驚愕とも衝撃ともつかぬ表情に固まった。
ミチコはイイ気分だった。いままで自分のことを見下していた相手が、自分よりも美しい顔を見て、唖然としている。それは、ミチコにとってはとても甘美な心地であった。
「あぁ、御免なさい。ちょっと名前が思い出せなくて。失礼ですけど、お名前は?」
「ミチコよ。」
「え、嘘」
自分の目の前の人物がミチコであると知った時、アユミは驚きを隠せないでいた。その様子を見て、ミチコは思わず笑みがこぼれた。
「えぇ、そうよ。変わったでしょ、私。もうあの頃とは違うの、あの頃みたいな惨めな私じゃないの。あなた達の誰よりも美しくなったの。スゴイでしょ?それじゃ、受付御苦労様」
ミチコは違和感を感じていた。
同窓会の会場に足を踏み入れた瞬間、会場内の全視線はミチコに注がれた。驚愕と衝撃の表情を、会場内の誰もが浮かべていた。
それらの視線を、ミチコは自分の美しさゆえのものだと思っていた。しかし、しばらくするとミチコはそれらの視線が異様なものであることを感じていた。
受付でもそうだったが、皆一様に驚きはするものの、誰一人羨望の眼差しを向けるものがいなかったのだ。むしろ、真逆のものを感じていた。
何故?
ミチコは考えた。今のミチコは、過去のミチコよりも美しくなっているはずだった。今日は皆から羨望の眼差しを一身に受けるはずだった。
何故?何故?何故!?
そんなミチコの耳に、低く囁く声が聞こえてきた。
「本当にあれミチコちゃんかよ」
「どうして、ああなっちゃったのよ」
「昔は美人だったのに」
「俺、何度も告白したのに」
「なんで」
「どうして」
「あんなに」
「醜くなったの」
ミチコは悲鳴をあげていた。
「私が醜い、何でそんなことが言えるの?私がこの美しい顔を手に入れるのに、どれほど苦労したと思っているの!?」
いままで他人に対して心を面に出さなかったミチコが、この時ばかりは人が違ったように叫んでいた。
「本当にあなた達ってクズよねぇ。昔っからよ、あなた達は常にあたしを見下してた。侮蔑してた。表面上は良い子ちゃんぶってさ、心のそこでは嘲笑っていたくせに、過去の醜くかった私を!」
しんと静まり帰った空間には、ミチコの荒い息遣いと罵声だけしかなかった。
「そしたら今度は何?美しくなった私を醜いというわけ?どこまで性根が腐ってるのあなた達。本当に醜いのはあなた達のほうよ!」
そう叫ぶと、ミチコはその場に崩れ落ちた。そして肩で息をしながらも、何故かミチコは笑っていた。ミチコは可笑しかったのだ。自分をこうまで嘲ろうとする周りの人間の愚かさに。
「サトシ君…」
ミチコはふと気付いた。自分を取り囲む愚衆の中に、ミチコが唯一愛した男がいないことに。
「サトシ君は…。何処にいるの?今日は来るはずよ。来なくちゃいけないの。何で…」
ミチコの視界はぼやける。
「いないの?」
ミチコの傍らにそっと歩み寄ったのは、アユミだった。
「サトシ君って、いつも教室の隅っこにいた、あのサトシ君?」
弛緩した顔で見上げると、ミチコはかくんと頷いた。
「私も、最近まで知らなかったんだけど…」
聞きたくない。ミチコは直感的にそう思った。
「亡くなった、そうよ」
「な…んで。何で…よ」
アユミは少し言いにくそうだったが、
「自殺だったって」
言いようのない衝撃。その一言が、ミチコの感情の堰を切った。
「大学に行ったんだけど、そこでイジメにあったそうよ。それで耐えきれなくなって、自分の家で首を吊ったらしいの。遺書が発見されて、こう書いてあったらしいの」
『もう嫌だ。どうしてこんな顔に生まれたのか。醜いまま生きるなら、死んだ方がマシだ』
しんと静まり帰った空間には、ミチコの嗚咽のみがあった。
美的感覚が他人とは真逆の女。
それゆえの悲劇であった。
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