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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第七話 怯え

 椿の部屋には、小学生の頃から香奈達は来ていた。

 もともと、この五人は小学校の時から同じクラス。

 二クラスしかない学校だったから、同じクラスになるかどうかは二分の一の確率で、見事にその確率に当たったというわけだ。

 部屋に招き入れられた香奈達は、床に敷かれたカーペットを踏み締め、緊張した面持ちで中に入る。

 六畳一間の洋間の部屋。

 白い壁に囲まれた部屋には、入ってすぐの左側に木のフレームで囲われた大きな姿見がある。

 入り口向かいの壁には、現在カーテンで締め切られているが大きな窓があり、右側には椿が小学校入学時から使用している学習机があった。

 左側には、壁に密着するようにして、パイプベッドがある。

 部屋の中央には、小さな机があり、クッションが転がっていた。

 カーテンが閉まっているせいだろうか。

 重苦しい雰囲気が漂っている。

 まるで、粘着質の高い液体の中を漂うような――重たい圧迫感が漂う。

 換気していないせいなのか?

 それとも、電気がついてないせいなのか?

 香奈は、無意識に入り口横の電気スイッチに手を伸ばす。

「駄目!!」

「っ」

 それに気付いた椿の鋭い制止に、香奈の指に反射的に力が入る。

 パチンとスイッチが入る音が響き、天井の照明に明かりが灯る。

 その途端、響く絶叫が部屋を揺るがす。

「いやあぁぁぁぁぁぁ!!」

「椿?!」

「消して!! 消して消して消してえぇぇぇ!!」

 被るシーツをかき抱き、布団の中に飛び込み絶叫する椿。

 その声が聞こえたのか、椿の母が飛び込んで来た。

「椿!!」

「いやあぁぁぁぁ!!」

「椿、どうしたの?!」

 何時もの嫋やかで楚々とした佇まいは消え、椿の母は暴れる娘に縋り付く。

 娘の手が母の髪を乱し、拳が頬を掠めても母親は娘から離れない。

「椿、何があったの?」

「っ! で、電気っ」

 美鈴が香奈を押しのけ、電気のスイッチを切り替える。

 再び暗闇に支配された部屋に、ようやく悲鳴が収まった。

 だが、椿がガタガタと震えるのが布団の上からでも分かり、香奈達は言葉を失う。

「椿、椿」

「うぁ……あぁぁぁ……」

「椿……」

 椿の母が布団の上から娘を抱き締める。

「あ、……ごめんなさい、私が電気を点けたから」

 香奈が謝ると、椿の母がううんと首を横に振る。

「いえ、私も言わなかったから……。今日はずっとこの調子なのよ」

「え?」

「昨日、私の職場のお得意先の懇親会があって……椿も連れて行ったの。実は泊まりで……本当なら、今日は休ませるつもりだったのよ」

 椿の母は着物の先生。

 その世界では知る人達にとっては有名で、あちこちで出張授業を請われるほどだ。

 人付き合いも多く、こうして何処かのパーティーやら懇親会に参加する事も多かった。

 だが、大抵は椿が居るため、参加してもその日のうちに帰ってくるが、夜遅くまで行われたり、遠くで行われるものに参加する場合は椿も一緒につれていく。

 断れれば良いのだが、そう毎回は無理なのだろう。

 その点でいえば、梓の両親や有名な科学者である理佳の両親も同様である。

 反対に、美鈴と香奈の両親には関係ないが。

 美鈴の両親は郊外で農業を営む農家。

 香奈の父は地方公務員でも下っ端で、母は専業主婦。

 新年会や忘年会、職場での飲み会が関の山である。

 まあ――仮に泊まりがけがあったところで、香奈達の場合は父か母かどちらかが必ず子供の側に居るだろう。

 しかし椿の家は、母一人子一人の母子家庭だ。

 幼い頃から母が子供一人を置いて泊まりがけに行く事は出来ず、かといって気軽に預ける家もない。

 香奈達の家に泊る事も何度かあったが、椿の母からすれば毎回ともなればどうしたって遠慮の気持ちが出てくる。

 それに、椿の母は非常に愛情深い人で、できる限り娘と一緒に居てやりたいという人だ。

 だからこそ、どうしても無理な場合は、椿の母は娘を連れて一緒にパーティーの類に参加しているのだ。

 ただ、椿の母は所謂日本古来の和風美人。

 嫋やかな美しさと漂う妖艶な色香に惚れ込み、何とか近付きたい、結婚したいという者達は跡を絶たない。

 そんな男達だから、娘である椿に対する態度は二つに分かれた。

 娘の存在を邪魔だと思う男達と、母親をものにする為に娘に取入ろうとする男達。

 椿からすれば、母についてパーティーに参加する度に、そういう男達の視線に晒される事となり、元は活発だった性格は、今ではすっかり大人しく人目を気にする性格になってしまった。

 母もそれに気付いているのだろうが、このご時世だ。

 母子家庭の生活は厳しく、椿の家も母が必死に働き何とか維持している。

 公務員とは違い、ある意味自営業でもある為、周囲の機嫌を損ねる事は廃業に繋がりかねない。

「けど、椿は風邪だって」

 香奈の言葉に、椿の母が頷く。

「実は、風邪は本当なの。昨日の夜遅くに椿が体調を崩してしまって……。本当は都心近辺のホテルに宿泊する筈だったのだけど、家の方が落ち着くって戻って来たのよ。確か……深夜二時頃だったかしら……ホテルを出たのは」

「深夜二時?」

 その時刻に、反応したのは香奈だけではなかった。

 しかも今日は火曜日。

 つまり、火曜日の深夜二時頃に椿と椿の母は此処に戻ってきたのだろう。

「ただ、中々タクシーが来なくて……で、ようやく来た時には、今度は椿の姿がなくて……ああ、でもすぐに戻って来たのよ。ただ、それからなの。こんな風にガタガタ震えていたのは」

「な、何かあったんでしょうか?」

「分からないの。ただ、タクシーを待っている間に、近くのコンビニに一人で薬を買いに行ったのよ。私が着いていけば良かったんだけど……そういう所、この子にはあるから」

人に頼らず、自分の事は自分でする。

それが椿の長所でもあり、短所でもある。

「コンビニはどのくらい離れていたんですか?」

「えっと……ホテルから五十メートルもなかったと思うわ。それに、ホテルと同じ大通りに面していたから、街灯の灯りもあったし。ただ……時間帯が時間帯だから、人通りはあまり無かったと思うわ」

「姿が見えなかったのはどのくらいです?」

 香奈の質問に、椿の母が答える。

「そうね……気付いてから戻ってくるまで十分ぐらいだったけど……でも、体調が悪かったし、風邪薬を選んで買うのにも時間がかかったと思うから、長くても三十分ぐらいは私の傍から離れていたと思うのだけど」

「椿、それでいい?」

 香奈が聞けば、布団が微かに揺れた。

「三十分……その間に、何かあったって事ね」

「不良に絡まれたとか」

 美鈴の予想に、理佳がヒッと叫ぶ。

 どうやら、自分が苛められていた時の事を思い出させたらしい。

「後は、酔っ払いとかね」

 梓の予想に、美鈴が頷いた。

「怪我とかはしてなかったんですよね?」

「ええ」

 香奈の質問に、椿の母が頷いた。

「でも……よっぽど恐い思いをしたみたいで……ああ、私のせいね。私が椿から目を離したから」

「椿、何か恐い目にあったなら、話してよ」

 梓が椿のベッド横に腰を下ろすと、その布団を軽く叩く。

「話したら、恐くなくなると思うわ」

 それは夢の話だ。

 話せば、夢は夢のままで終わる。

 しかし、もう一つの説もある。

 恐い夢を見た時、誰かに話したらそれが真実になると。

 どちらが正しいのかは分からない。

 だが、今の場合はこのままでは何も進まない気がする。

 梓に追従するというよりは、椿を心配し、理佳と美鈴も声をかける。

 すると……どれだけ時間が経った頃か。

 布団の中から声が聞こえてきた。

「お母さんは……」

「え?」

「お母さんは……出てって」

「椿……」

 娘の拒絶に、哀しげに声を震わせる椿の母。

「椿……」

 美鈴が嗜める様に名を呼べば、布団が大きく震える。

「ごめんなさい……でも、今は……」

「椿、私は」

「じゃあ、私達には話してくれるの?」

「香奈?!」

 驚く美鈴達を余所に、香奈は話を続ける。

「お母さんは――って言ったよね? じゃあ、私達には話してくれるの?」

「……」

「なら、お母さんには出て行ってもらう」

「香奈!! 何を勝手な」

「今は、椿に話を聞く方が大事だから。でも、だからって椿のお母さんに何も言わないままにはしないよ。私達に話す事で、椿も少し落ち着くかもしれない。そうしたら、話そう」

「や、確かにそれは一利あるけど……」

 しかし、幾ら友達といっても所詮は他人の自分達が勝手に事を進めていいものなのか。

 だが、真っ先にそれに応じたのは椿の母だった。

「分かりました」

「椿のお母さん?!」

 梓が声を上げて見れば、優しい笑みが浮かんでいた。

「香奈さん達に頼みます」

「でも……」

「私では無理でした。ですから、どうかお願いします」

 娘のことが心配で、仕事も休み側についていた。

 しかし自分ではどうする事も出来なかった。

 こんな時、どれほど夫が居ればとも思ったが、それは不可能だった。

 そこに来てくれた娘の友人達。

 彼女達は、いつも椿を心配してくれた。

 だから、娘が山の上の中学に行きたいと言った時、彼女達が行くならと受け入れたのだ。

「宜しくお願いしますね」

 普通なら、親を差し置いてと憤る者もいるだろう。

 しかし、椿の母は娘をその友人達に任せることにした。

「では、何かありましたらその時はすぐに呼んで下さい」

 一度下に居り、お盆に人数分のお茶とお菓子を持ってきた椿の母はそう告げると、部屋の外に出た。

 静かに扉が閉まるのを確認し、足音が階段に向かい降りていく音が聞こえた頃。

 布団の中に居た椿が、やはりシーツを被ったまま頭を出した。

 その様子がまるで亀の様だと思ったが、口にすれば梓に睨まれるので香奈は我慢した。

 そして、ポツポツと語られる話に、香奈達は驚く事となる。

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