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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第六十話 ハジクモノ

 大根と人間双方の融和を図る愛の伝道師。

 ――違う。

 大根と人間の絆を作る愛の伝道師。

 ――違うんだ。


 香奈につんつんと突かれながら、玲珠は突っ伏したまま心の中で叫ぶ。


 果竪様は伝道師ではない。

 果竪様は。

 果竪様は――!!


(この方は偉大なる王妃、いや、その前に女神の一神でぇえっ!)


 女神、もとい、神。

 それは強大な神力と不老を持つ者達の総称。

 その多くが十三の世界からなる天界十三世界と呼ばれる神々の世界に住む存在。


 果竪はその神の一神。

 玲珠と同じ存在。

 いや、同じだなんておこがましい。

 確かに種族は同じだが、この方は--!!


 玲珠は熱のこもった眼差しで自分の崇拝する果竪を見つめる。

 彼女こそ、凪国と呼ばれる、炎水界に存在する玲珠の第二の故郷たる国の王妃。

 本来であれば、こうして人間界に気軽に降りられる存在ではなかった。


(そう、そうなんだ! 本来は王宮の奥深くにて)


 玲珠の上司や、あの完全無欠とされる美麗な凪国上層部に守られ大切にされている筈。

 というか、以前に比べれば断然マシになったが、あの上層部が王妃の人間界への降臨をよく許し――。


 いや、そんな筈はない。

 一神で降臨などあり得ない。

 きっとどこかに隠れているだけで、きちんと居る筈。


「玲珠、キョロキョロとしてどうしたの?」

「いえ、うちの上司はどこかな~と」

「私一神だよ」


 玲珠は凍り付いた。


 ――いやいや、待て俺。そんな事がある筈がないではないか。


 玲珠はふっと黄昏れの笑みを浮かべると、決意した。

 ガバリと果竪に抱きつく。


 ――あ、これ確実に死んだな、俺


 あの王妃を溺愛する方達の事だ。

 知らない女性が近づく事すら嫌がる彼らが、たとえ知っているとはいえ自分達以外の男が王妃に抱きつく事に耐えられる筈がない。

 即行で排除、いや、抹殺される。


 もちろん玲珠もその対象になるだろう。

 それが分かってはいたが、それでもあり得ない事実の消去を選ぶ。


 なぜなら、玲珠が大切にする王妃が一神で出歩くなんていう恐ろしい事実がある筈がないのだから。


 しかし――。


 どれだけ待っても、上司の怒鳴り声も、ましてや体を襲う痛みもこなかった。


「あ、あれ?」

「玲珠さんが奥さん居るのに別の女の子に抱きついてる」

「ち、ちが――」


 香奈の言葉に慌てて玲珠は否定しかかるが、冷静に考えてみればどう見ても香奈の言うとおり。

 しかも、成神男性が(男の娘なんて認めない)幼い少女に抱きついているなど、どう考えてもロリコンにしか見えないだろう。

 現に、香奈がひいている。

 確実にドン引いている。


「俺は――」


 ロリコンでもなければ妻が居るのに別の女性に手を出す不倫夫でもないんだ――。

 まあ、仕事で他の男に抱かれる事は多々あるけど!!


 必死に言い繕うとした玲珠は香奈に近づく。

 一歩下がる香奈。

 更に近づく玲珠。

 更に下がる香奈。

 その香奈の足が、開いたままの襖に達した時だった。


 カタカタカタ――。


「っ?!」


 まるで首振り人形のようにカタカタと首を振りながら、それが現れた。

 折れ曲がった首。開ききった瞳孔。

 長い長い髪をした女性は、血まみれの両腕を香奈へと伸ばしていた。


(こ、れは――っ! まさか呪いに呼び寄せられた――)


 『穢呪』となった咲から発せられた呪いは聖域を歪め、悪しき者達を呼び寄せる場へと変化していた。

 それこそ、下手な心霊スポットよりもよほど凄まじい悪霊の巣窟となった神有家。

 それでもこの程度で済んでいたのは、ここが神有家だから。


 最初に大挙して押し寄せた悪しき者達はすぐさま能力者達によって仕留められた。

 しかし、招き寄せている存在――すなわち咲をどうにかしない限り、きりが無かった。

 簡単な方法は、咲を殺すこと。

 けれどそんな事が出来る筈がない。


 だが、呪いで呼び寄せられた悪しき者達が増え、この地を穢せば穢すほど呪いの場として力はみなぎり、咲の『穢呪』としての価値は高まる。


 限りない悪循環。

 それでも、神有家は咲の命を奪うよりもこの場を浄化する事を選び、敷地内を駆け回っている。

 また、戦えない者達は1箇所に集められ守られていた。


 清奈も、連理も、柚緋も――。

 戦える者達は、神有家を走り回った。

 今、この時も。


 そんな中で、この場所にだけは悪しき者達は近づけなかった。

 清奈と連理が飛び出していく前に、玲珠と協力して張り巡らせた結界。

 その結界の維持と咲の生命を維持する為の術の疲労で玲珠は疲れ果てていた。

 本来の神としての力が封じられていなければこの程度――けれど、今や人間界に存在出来るギリギリの力まで落とした玲珠にとって、高位の術を幾つも維持するのは至難の業だった。


 どれも調整を少しでも誤れば暴走する。


 そして今も、玲珠にはこれ以上の余分な力はない。

 そしてそれは、結界が清浄に作動している事を意味する。


 この場所に、悪しき者は近づけない。

 なのに、何故?


 ああ、そうか。

 近づけないのは、この部屋の中。

 一歩外を出れば、そこは悪しき者達の徘徊する場。


 証拠に、あの首振り人形は部屋の外に居る。

 襖に手をかけながら、獲物が近づいてくるのを待っている。

 獲物はもちろん香奈だ。


 片手で襖をひっかきながら、もう片方の手を伸ばす。

 決して入れない場所から出てくる、哀れな子羊を捕らえるために。


 見れば、あの首振りは怪我をしている。

 その怪我を治す為には、喰らわなければならない。


 香奈が、喰われる――!!


「か――」


 行くな!

 まるで吸い寄せられるように、香奈の足が廊下へと出て行く。

 女の手が、香奈の肩を掴む――。


「大丈夫だよ」


 そっと手を握ってきた果竪の笑顔に、玲珠はハッと敬愛する王妃を見た。

 その視界に、音と共に弾かれていく何かが映り込んだ。


「っ?!」


 すぐに顔をそちらに向ければ、あの女が香奈から弾き飛ばされていくのが見えた。


「え?」

「弾害者」

「ダン、ガイ、シャ?」

「やっぱり、蒼麗ちゃんの言うとおりだね」


 その言葉を玲珠は香奈から目を離さないまま聞いた。

 悲鳴を上げながら飛ばされた女。

 その女は、それでも香奈へとその魔手を伸ばそうと再度襲いかかった。

 けれどその度に香奈から弾かれる。

 そして香奈は、それを全く気づかない。


「香奈ちゃん、大丈夫だよ、玲珠は危なくないから」

「……」

「それに、玲珠は奥さん以外には興味ないから」

「だよね」


 スタスタと歩いて戻ってきた香奈に玲珠はずっこけた。

 分かってたならなんでドン引くんだっ!!


「気分」

「気分で人の心を抉るなあぁぁぁっ」


 凪国の女王様に大人の木馬への強制乗馬を強いられた時と同じぐらい玲珠の心は抉られたというのに。


 やはり、清奈の娘という事か――。


「……どうした?」

「いえ、なんでも……」


 廊下をキョロキョロと見る香奈に玲珠は自分も廊下を見た。

 が、そこにうろつく大量の悪しき者達に覗き込んだ事を激しく後悔した。


「うげ……」

「やっぱり、何も居ない」

「は?」

「さっきはなんか色々と居た気がするんだけど」


 え?


 玲珠が香奈を見る。


 もしかして、香奈も見えた?

 いや、これほど瘴気が充満していれば見えない人でも簡単に見えてしまうだろう。

 香奈は元々全く見えない人だと言われていたが、これでは仕方が無い。


 いや、待て――。

 ダンガイシャ?


 玲珠はある事を思い出した。

 ああ、どうして忘れて居たのだろう。

 昔、一度だけ聞いた事がある。


 誰に?

 いや、今は誰だって構わない。


 ダンガイシャ

 弾害者


 その相手にとって、あらゆる害を弾く力を持つと言われる存在。

 その力の反動なのか、どんなに見えない人でも見える様な禍々しい場所であっても幽霊の類いは一つとして見えない。

 いや、幽霊どころか化け物も妖怪も何も見えないし、向こうからの影響も全く受けない。 

 なぜなら、全て弾かれるから。

 その相手にとって害をなすものは全て。


 でも、そうすると何故香奈は見えた?

 悪しき者達の、姿を――。


「香奈ちゃん、今は何か見える?」

「え?」

「さっき居たのとか」

「ううん、何も見えないです」

「そう……なら、大丈夫」


 カジュの笑みに、香奈はキョトンと首を傾げる。

 そんな幼い様に、果竪は微笑みながらふっと視線をずらせば、弾かれ続けて息も絶え絶えな血まみれの女が居た。

 女は後ずさりながら、少しずつ香奈から距離をとっていく。


「じゃあ、香奈ちゃん」

「はい?」

「咲ちゃんの為に着替えと食事、あと清奈ちゃんを呼んでくれるかな?」

「え?」

「お風呂も入れてあげたいしね。汗もべとべとだし」


 その言葉に香奈は咲を見る。

 今も意識を失ったままだが、長い髪はべっとりと肌にくっついていた。

 確かにあれでは気持ち悪いだろう。


「分かりました」

「じゃあ、よろしくね」


 手を振るカジュに香奈はぺこりと頭を下げて走り出す。

 だが、廊下の角を曲がったところでふと足を止めた。


「そういえば……あのカジュって人、誰だろう?」


 神有一族の誰か?

 

 とりあえず、玲珠達の知り合いらしいけど――。


「ま、後で聞けばいいか」


 そもそもこの神有家に入れるのはそれなりに素性の確かな者しか居ないし。

 それに――悪い相手でない事は確かだ。


 そうして、香奈は再び走り出した。



 一方、部屋に残された果竪は静かに襖を閉める。

 その背後からかかる声は。


「王妃様」

「ん?」


 くるりと振り返れば、それまでとは打って変わって厳しい表情を浮かべる玲珠が立っていた。

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