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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第四話 給食

「神無 香奈さん」

「はい」

 自分の名前が呼ばれ、教室の一番後ろの席から返事をする。

「次ぎ、野宮 理佳さん」

「は、はははいっ」

 相変わらずの理佳の返事に、あちこちで苦笑する声が聞こえる。

 気が酷く弱い理佳。

 幼稚園時代はそうでもなかったが、一度大勢の前で大失敗をしてから、性格は一変したらしい。

 とにかくオドオドとして、小学校ではいつも苛められていた。

 そればかりか、天敵と呼ぶ相手も居た。

 だからこそ、理佳はこの学校に来たといってもいい。

 理佳の学力からすれば、あの超名門エスカレーター式学校にも余裕で入学出来るレベルだったが、そこに理佳の天敵が入学した結果、理佳はその学校に行くのを止めた。

 香奈が卒業した小学校からその学校に入れたのは、桜子と理佳の天敵、そしてやはり同級生だった少年の三人だけだった。

 その他のいじめっ子達に関しては、マンモス校の中学に入学した事から、理佳にとっては余計に行きたくなかっただろう。

 その点でいえば、理佳もこの学校への入学は、一目惚れ以外の理由を持っていると言える。

 しかし梓とは違い、理佳はこの学校に毎日元気に通っており、その点からすれば寧ろここで良かったのでは――と周囲の者達は考えて居る。

 と、三列前の席に座っていた理佳が香奈を見る。

 何処か申し訳なさそうな顔に、香奈は気にしていないと手を横に振る。

 すると、ホッとした様に理佳の顔が和らいだ。

 梓と理佳は、幼稚園の頃からの幼馴染みで、いつも理佳は梓に振り回されていた。

 しかし、理佳は梓を慕っている。

 なぜなら、梓は理佳が苛められているとすぐに助けに来ていたからだ。

 気が強く、我が儘。

 でも、自分の友人が苛められていたら、相手と戦ってでも助けようとする正義感を持っている子なのだ。

 そんな事、普通は中々出来ない。

 下手に助けたら、自分が苛められると躊躇する。

 それは理佳だって分かっている。

 だからこそ、理佳は梓を慕い、どれだけ癇癪を起こしても離れて行かないのだ。

 だから、香奈は思う。

 梓には良いところが沢山ある。

 香奈も苛められていた理佳を助けた事は何度かあるが、梓は例え相手が大人数でもかみついていった。

 そんな梓の事を、好きな子が居たことも、香奈は知っている。

 でも、梓は気付かない。

 桜子への嫉妬に苛まれて、他の全てが見えにくくなっている。

『梓よりも桜子の方が優しくて綺麗だよ。梓なんていつも怒ってばっかりで嫌いだ』

 ふと、あの元同級生の言葉が蘇る。

 桜子と理佳の天敵の他に、あの超名門校に行った最後の一人――。

 梓の幼馴染みだった少年。

「理佳、何してるの?」

「え?」

 梓の不機嫌な声が聞こえてくる。

「や、な、何でも無い」

「そう? 何かするなら堂々とやりなさいよ」

「あ、梓ちゃん……」

 ふいっと顔を逸らす梓に理佳の哀しげな声が聞こえてくる。

 自分も頑固だと香奈は思うが、梓も負けてはいないだろう。

 そこに担任の声が聞こえてくる。

「鷲崎 椿さん? 椿さんは居ないの?」

 担任の言葉に、生徒達が一斉に椿の席を見るが、そこに椿の姿はなかった。

「遅刻かしら?」

「連絡来てないの? 先生」

 男子生徒の言葉に、担任が出席簿から顔を上げる。

「ええ。何にも」

 しかし遅刻となれば厄介だ。

 通学バスは本数が決まっており、この時間には走っていない。

 だから遅刻となれば、山道を二時間半かけて歩いてくるか、家族の車で送って貰うしかない。

 だが、安全面から前者は極力避けられており、遅刻した場合は家族に送って貰うように生徒達は日々言い聞かせられている。

 だから、自家用車のない香奈の場合は、遅刻すれば死活問題となる。

「風邪で休みとか」

「そうかな~」

 男子生徒の言葉に、担任が不安げに首を傾げる。

 だが、二時限目開始直後に、担任自ら椿が風邪で休みだと教えられ、生徒達は一様にホッとした。

 担任が不安そうにするから、何かあったのかと心配してしまったではないか。

 それから数時間後。

 午前中最後の授業がチャイムの鐘と共に終わる。

 一斉に生徒達が騒ぎ出す。

 何といっても、この後は昼ご飯。

 しかも、今日は午前授業だから、お昼ご飯を食べた後はそのまま帰る事が出来る。

 教師も含めて全員で机をくっつけて、給食の準備をする。

「今日は何かな~」

 給食当番の一人である大島 美鈴が、メニュー表に駆け寄る。

 が、その前に立つ香奈に気付き唖然とした。

「香奈、はやっ!」

「今日のメニューはコッペパンとポークシチュー、野菜サラダにヨーグルトと牛乳……」

 最後に、ズジュルルルと零れ落ちそうになった唾を啜り飲み、香奈はメニュー表をガン見する。

「か、香奈」

「ん? ああ、美鈴みすずか」

 自分を含めて五名の女子が居るこのクラス。

 自分、梓、理佳、椿、そして美鈴だ。

 左右二本に縛ったふわふわの背中までの黒髪に、くりっとした二重の黒目。

 このクラスでは男女合わせて二番目に身長が小さい美鈴だが、それがよりその愛らしい容姿を可憐なものにしている。

 因みに、一番女子で身長が高いのは梓と椿で、理佳と香奈はそれよりも少し低い。

「香奈は相変わらず食いしん坊だね」

「食べるのは人間の三大欲望の一つ」

「……中学生らしからぬ知識だよね、相変わらず」

 呆れる美鈴を無視し、香奈は教室から飛び出す。

「あ!! 香奈、何処行くのっ」

「ポークシチュー~」

「凄い食欲……」

 美鈴の言葉に、他の生徒達が頷いた。

 その後、給食当番でもない香奈の頑張りもあって、いつもより早く準備された昼食が始まった。

「先生、コッペパンが一つ余ったんですけど」

「あと牛乳も」

 給食当番の言葉に、担任が口を開く。

「確か、椿さんのね。どうしよう? コッペパンと牛乳だけでも届け」

「食べましょう」

「香奈!!」

 美鈴と理佳が慌てて止めにかかる。

「衛生基準法により、食中毒の恐れがあるので、今すぐ食べましょう」

 流石は食欲魔神だ。

 今も、食事が始まって十分しか経ってないのに、もう八割を食い尽くしている。

 特に香奈はパン好きで、大きなコッペパンの八割がなくなっていた。

「椿に持っていってあげようよ」

「でも、具合が悪いなら食べられないし」

「それでも!!」

 香奈の目が光る。

 既に、コッペパンに向けてロックオン済み。

 担任が守るようにコッペパンを胸に抱く。

「先生……」

「み、美鈴さんの言うとおり、持って行ってあげて欲しいな~って」

 既に教師の威厳は何処かに飛んでいったらしく、香奈の食欲が発する気迫に怯えている。

「香奈、諦めなよ」

「む~~」

 仕方ない。

 家に帰ったら、母が隠しているパンを食べるか。

 と、斜め向かいに座る梓と目が合った。

「ふんっ! そのうち、ブクブクに肥え太るんじゃないの?」

 嫌味ったらしく馬鹿にする梓の様子に、まだ今朝の事が尾を引いているのが分かった。

 だが、その程度の嫌味など香奈には通じない。

 小学校時代には、いつも給食の残りをかけて戦ってきたのだから。

 例え、醜く肥った豚と言われたって構わない。

 成長期の大切な食料は自分で確保する――その思いを胸に、香奈は残った給食をガツガツと食べた。

 そんな香奈を見て、周囲は改めて不思議に思う。

 香奈の食欲の凄まじさを小学生の時から見てきたが、香奈の体型は標準よりもやや痩せている。

 あれだけ食べているのに、一体何処にその栄養が貯蓄されているのか。

 もしかしたら、お腹に寄生虫でも飼っているのではないか。

「じゃあ、椿さんに届けて下さいね」

 担任が一番無難と思われる美鈴にパンと牛乳を手渡す。

「は~い。香奈、盗み食いしないでね」

「その言い方だと、私も同行決定らしいね」

「当たり前じゃん」

 何故か椿の家に行く事が決まっていた。

「ちょっと、その子も行くの?」

「梓」

 梓が腹立たしげに香奈に指を突きつけて美鈴に迫る。

「行くも何も、香奈の家から椿の家は近いもの」

 その次ぐらいが、美鈴の家だ。

 だから、別に担任は無難さだけで選んだのではない。

「梓達も行くの?」

「当たり前じゃ無い。私達が行かなくてどうするのよ」

「私達?」

「私と理佳よ」

「え、わわわ私も?」

「椿の分のノート取ってあるんでしょう?」

「う、うん」

 流石は理佳。

 香奈は最後のシチューを口の中に流し込みながら、心の中で褒め称える。

「け、けど、大勢で行くのは」

「なら、香奈が行かなきゃいいじゃない」

「ちょっと! 梓、その言い方はないよ!」

 美鈴が怒りを露わにすれば、梓の顔が激しく歪む。

 あ~あ、悪鬼だよ、それ。

 香奈は牛乳パックを折りたたみながら、梓の表情に溜息をついた。

「とにかく! 香奈は行かなくていいのよ!!」

「どうしてそれを梓が決めるのよ!!」

「ふ、二人とも、おおお落ち着いて」

 理佳が二人を止めながら、担任を見るも既に凍り付いていて使えず、ならば男子と視線で助けを求めるが、皆一様に視線を机の上に向けて完全無視を決め込んでいた。

「梓はどうしていつもそうなのよ!!」

「煩いわね!! 美鈴のくせに生意気よ!!」

「うぅ……か、かか香奈ちゃん」

「あ~」

 助けを求められ、香奈は梓達に視線を向ける。

「で、私はどうしたらいいの」

「一緒に行くのよ!!」

「香奈は来なくていいっ」

「だそうです」

 すると、理佳が涙を浮かべて縋り付いてくる。

「そ、そそ、そんな事言わないで」

「仕方ないな……なら、勝負で決めよう」

 火花を散らしていた梓と美鈴が「え?」とこっちを向く。

「勝負?」

「何のよ」

「じゃんけん一本勝負。はい、じゃんけんほい!!」

「え?」

「あ?」

 香奈の勢いに飲まれるようにして、二人がじゃんけんさせられる。

 そして――。

 美鈴がパーで、梓がグー。

「はい、美鈴の勝ち。一緒について行くね」

「ちょっ! こんな勝負無効よ!!」

 梓が騒ぎだし、それに美鈴がカチンとくる。

「何よ! 負けたのに煩い女ね」

「あんた、何よその言い草!」

 と、その時だった。

「うっさい!! いい加減にしてよ!!」

 流石に香奈も怒りのメーターが吹っ切れた。

 その怒声に、梓と美鈴が「ひっ」と悲鳴をあげ、他の生徒達も怯えて縮こまる。

「女子四人で行く!! これで決定!! それ以上グダグダ言うなら私も怒るわよ!!」

 香奈の怒りに、梓と美鈴がぶんぶんと首を縦に振る。

 その様は、遙か昔に居た名奉行も驚きの光景だったと、後に担任は語った。


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