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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第四十九話 秘密


 咲は夫にも秘密な事がある。

 それは、一本の電話から始まった。


 その夜、夫はたまたま炎水界にある凪国に戻っていて、親友の真穂と二人で居た。

 真穂の夫も、玲珠と共に祖国に帰っていたからだ。

 真穂とは前世からの付合いであり、咲と同じように前世で夫だった玲珠の親友の妻となり穏やかな日々を過ごしていた。


 普段はそれぞれ夫がべったりしているが、その日は久しぶりに学生時代に戻ったように黒くつろいでいたところに、電話がなったのだ。


 電話の相手は神有 柚緋。

 凪国上層部とは知らぬ仲でなくも、むしろ縁も深いかの神有家の次期当主の子息である彼は、咲達にとってもある意味特別な相手だった。

 いわば、親友の甥っ子。

 そう――旧姓神有 清奈、現在は神無 清奈となっている高校時代の同級生であり親友の少女を通して知り合って以来、顔を合わせる機会は何度かあった。


「お久しぶりですね、柚緋さん」


 ただ、こうして直接電話をかけて来るという事は珍しく、少し緊張しながら咲が電話口で話し出す。


 柚緋は丁寧に挨拶の言葉を述べたが、その後は直球だった。


『咲さんに頼みがあります』


 その頼みという言葉に、咲は『夢見』に関わることかと瞬時に察知した。

 咲は『夢見』という力を持つ。

 夢で、過去、現在、未来を知る事が出来るのだ。

 それは咲の生まれた夢見家特有の能力であり、今では数名しか能力者が存在しない希少な力。

 中でも、咲の力は格段に強く、それ故に『ISPM』にも協力を依頼される事が多い。

 しかし、今回起きている一件では全く役に立たなかった。

 そしてそれは、咲の力をねたんでいる者達にとって格好の材料となって咲の攻撃は増した。

 先日、少々体調不良も加わり体調を酷く崩してしまった際、原因となった者達への夫の怒りを収めるのは大変だった。


 全ては自分の力不足が招いた事。

 しかし、咲を溺愛する夫――玲珠はそれを受け入れられなかった。

 側で、咲の努力を見続けてきたからこそ、玲珠は妻に向けられた不等なまでの罵詈雑言に腹を立てた。


 それでも、どうにか説得して納得してもらい一段落した頃に再び『夢見』の件に関わる事があったとなれば、夫はどうなるか。


 けれど、柚緋の話は咲にとって予想外のものだった。


『現在起きている連続無差別殺人事件の犯人の過去を、香奈が見ています』


 それは、咲にとって驚きだった。

 自分でさえ出来なかった事が出来た。

 力のある能力者であればプライドすら揺るがされる事態だが、過去を見る事 が出来たという事だけを言えば咲は慶事だと思った。

 それは負け惜しみでなく、純粋に。

 自分のプライドよりも、この悲しい事件が一刻も早く終わることを誰よりも祈っていた咲にとって、誰がが重要でなく、出来たかどうかが重要な事だった。


 しかし、それを行ったのが香奈という事実に言葉を失う。


 神無 香奈は無能力者。

 それが、世間一般――いや、能力者世界での一般常識だった。

 香奈には何の力も無い。

 それは、誰しもが知っていた。

 冥界の神を夫にしながら、力なき子を産んだ女として清奈が徹底的に非難されたほどだ。


 その香奈が、過去を見た。

 つまり、『夢見』かそれに準ずる力を持っているという事。


「それは、『夢見』ですか? それともサイコメトリー……いえ、私に電話をかけてくるという事は『夢見』ですね」


 柚緋の肯定する答えが続くはずだった。

 しかし、耳から聞こえる言葉はなかった。


「柚緋さん?」


『咲さんに頼みがある』


 しばしの沈黙の後、柚緋はそう切り出した。


『これから話すことは、出来れば咲さん一人の胸にしまっておいて欲しい』


 そして語られた真相。

 香奈の、本当の能力。

 自分の『夢見』と似て非なる力は、『死に関係した』からこそ相手の過去を見る事が出来た。


 彼女は『死に関係する』事ならばどんな事だって見て、聞いて、理解出来る。

 そして『死を与え』、『死を回避』する。


 彼女の、能力は。


 その日、咲は夫にも言えない秘密を持った。

 まだ何も話さないまま他言無用と頼み込む柚緋の話を聞くと決めたのは咲自身で、話を受けると言ったのも咲自身だ。

 その代償は黙秘。

 柚緋から語られた香奈にまつわる事を心の中に黙秘する。

 両親である清奈達ですら知らない真実を。


『香奈の両親に言わないのは、まだ時期ではないからです』


 その時期がいつ来るかも分からない。

 一生来ないかもしれないし、明日かもしれない。

 しかし、香奈が愛する両親すら滅ぼしかねない真実を軽々しく口にする事は出来ず、出来れば一生知らないままで居た方が良い。


 咲だって本当は知りたくなかった。

 知られれば、香奈が殺される可能性が出てくるなんて。


 『死』を、忌避する者達に。

 そして香奈を守ろうとする者達がそれに巻き込まれる。


 柚緋は香奈の事を伝える前に言った。


『本当なら咲さんにも話す気はありませんでした。しかし、既に力が発現し、それが今回の事件で必要なものとなればその力の使い方を学ぶしかありません。ですが、全てを隠したまま咲さんに師事させても、その中できっと咲さんは気づいてしまう』


 それが、『夢見』とは似て非なるものだと言うことを。

 そして、その力の、真実を。


 だからこそ、柚緋は最初に咲に教えたのだ。

 ただし、咲には断わる権利を与えた上で、咲は自分の意思でそれを受け入れた。


 しかし知ったからといって断わる事はしない。

 柚緋から聞かされた真実。

 と同時に、今回の事件を解決に導けるかもしれない唯一の存在。

 双方の被害を少なくしたまま、相手を消滅させずにすむかもしれない。

 たとえ地獄に落とされるとしても、少しでもその期間を短くして……。


 が、それ以上に咲は聞き捨てならない事を聞いた。

 それは、今回の黒幕らしき相手に香奈がちょっかいをかけられた事だ。

 力を満足に制御できない、いや、自分にそんな力がある事さえ知らない香奈を強引に引きずり込み、その恐ろしい夢を見させた。

 そして取り込ませようとした。


 それだけでなく、その地に潜む悪霊達を活性化させ、香奈の親友すらも巻き込もうとした――黒幕。


 向こうは遊んでいるだけだと柚緋はその時に感じた事を告げた。

 それが、咲にとっては許しがたかった。

 相手は成仏出来ず苦しむ悪霊達すらも玩具にしたのだ。


 咲は万能者ではない。

 出来ることには限りがある。

 しかし、その出来る事でならば咲は全力を尽くす。


 香奈を守りたい。

 咲の子でなくても親友の子。

 大切な、友人の子供。


 そして、力の根本は違っても、その力を制御する事で香奈が少しでも未来を切り開いていけるならば。

 咲は自分の昔を思い出す。

 初めて自分の力を知った時、咲も不安にかられたものだ。

 ただ自分の時は玲珠が側に居たし――。


 その時、咲はふっと後ろに新たな気配を感じた。


――ああ、取り込み中だった~?


 笑いを含んだ声。

 にこにことした笑顔が浮かぶようだった。

 とっくの昔に死んでいる筈なのに、今もこうして浮遊霊のように現世を漂っている。


 過去に咲の指導霊だった――


『誰か来たみたいですが』

「ええ、ちょっと伯父様が来てまして」


 『夜見病院』。

 咲が初めて心霊怪奇現象を経験し、また真穂が行方不明となったかの地。

 咲が初めて力を発源させて解決し、また清奈達と関わる原因となった場所。


 そこに過去に入院していた咲の叔父――夢見 司。


 生来の強すぎる力のせいで、中学生ほどで人生が強制終了してしまったお人。

 そして、『夜見病院』で過去に起きた事件に纏わる心霊現象で咲を手助けしてくれた。


 しかも出会いはなんとその病院。

 とっくの昔に廃病院になっていたのに、そこでふらふらと漂っていた叔父がなぜ冥府の官吏に強制的に連行されなかったのかと言えば、それはそれで色々あったらしい。


 その後、咲の指導霊をやめてもまだふらふらとしている叔父は、もはや神にも似た存在になってしまっていると本物の神である夫に告げられた。


『もうあそこまでになったら、むしろそのまま神になった方が良いと思う』


 そして、今では幾つかの土地神とも親交を深めているという始末だった。

 そんな色々とふざけた叔父。

 しかし、それは数年前に更にふざけたものになったのは記憶に新しい。


――あ、真穂、あのね、今日もあの子、とっても可愛かったんだ~


「あ~、はいはい。見るだけにしておいてくださいね、犯罪で捕まりますから」


――僕は真剣な恋だよ


「真剣を冗談に変えて頂くと嬉しいです。っていうか、親友の身内がロリコンって指さされるのは嫌です」


 呆れる真穂の声に、咲は持っていた受話器に込める力が強まった。


 そう――叔父は恋をしている。


 三歳児に。


 出会った当初は一歳児。


 歴史に出てくる某なんとかの宮宜しくせっせと自分好みに仕立て上げるべく、その家に通っている。

 またその家が最悪なことに、神社の家で三歳児は強い霊力を持った将来の巫女。

 絶対に食われること確定ではないか。


『香奈の事、受け入れてくれて感謝します。何かお礼を』


 この万年ふらつき叔父を除霊してくれ、いや、冥府に叩き込んでくれ。

 そう言おうかとも思ったが、聞こえてきた声に咲は口を閉じた。


――冥府に行くなら、この前あった冥府のハローワークでの官吏募集に応募しようかな~


「柚緋さん、お礼はいらないわ」


 咲は涙をのみながら、その後幾つかのやりとりをした後、泣く泣く電話を切った。

 そして叔父を怒鳴りつけたのだった。

 その後、戻ってきた玲珠は咲の叔父の来訪に苦笑した。


 玲珠には香奈が『夢見』の力を持っていて、それが今回の事件解決の鍵となるものの、力の使い方が分からないから先生として教えに行くとだけ伝えた。

 また、香奈が黒幕からちょっかいをかけられた事があるので、もしもの時には玲珠にも側に居て手助けして欲しいと。


 香奈の本当の力の事は伏せたまま、話せる事だけを話しきった。

 それを静かに聞き、受け入れた玲珠。

 もしかしたら玲珠も何かに気づいていたのかもしれない。

 しかしそんなそぶりを見せず、ただ笑顔で頷いてくれた。


『安心しろ、咲。俺はお前の味方だ。お前の思うとおりにしてくれれば良いし、俺はそれを受け入れる』


 誰にも伝えていない。

 一番の親友である真穂にも。


 ふと、王妃様の顔が浮かんだ。

 凪国の王妃様――。


 けれど、既に凪国に行く暇もなく、咲達はすぐさま用意をして神有家へと向かったのだった。


 そしてそこで出会った清奈の娘。

 大きくなった香奈の姿に感動し、思わず涙ぐんだ。

 と同時に、とても優しい娘に育ったこの少女を守りたいと思った。

 自分の持つ知識の全てを教え、少しでもその力に振り回されないように生きる為の糧となってくれればいい。


 しかし同時に、咲の心は暗雲に覆われていた。

 『夢見』という力はいろいろな物を見る事が出来るが、感受性や精神感応力が強ければ相手の感情に飲み込まれてしまう危険も孕んでいる。

 眠ったまま、夢に囚われて起きなくなってしまう恐れもある。

 最悪な場合は、夢からはじき出されて次元の狭間を彷徨う羽目になった者も過去にいたと聞く。


 今回の事件を解決するには是非とも『夢見』が必要だ。

 しかし、まだ自分の力に気づいたばかりの香奈にそれを行わせるとすれば、『夢見』の力が同時に併せ持つリスクの可能性がより高くなると言うこと。


 しかも、黒幕にちょっかいをかけられているというのも問題だった。

 もちろん香奈の『夢見』の際には咲も同行するつもりではあった。

 即座に実践という、修行も何もかもない状態のままの幼い少女を一人で放り出すほど咲は鬼畜ではない。

 だが、今回の件では咲を始めとして犯人の過去を見る事が出来た物は居なかった。

 まるで分厚い緞帳で覆われているように何も見えず、阻まれる。

 それは明らかにこちらに過去を見せたくないと思う者の仕業だと思われた。

 それが黒幕に寄るものだと考えるのはわけはない。

 だからこそ、咲は不安を感じていた。

 香奈が過去を見れたと言うのは、何かが波長にあい、その拒絶の隙間をふってくぐり抜ける事が出来たという事。

 しかし、黒幕がちょっかいを出しているという時点で、それは黒幕の意思に反した事態だ。

 黒幕は拒絶し、でも香奈は入り込んでいる。

 だから香奈であればまた入り込める可能性がある。

 けれど咲はどうなるか分からない。

 香奈にぴったりと寄り添えばそのまま入り込める可能性はある。

 『夢見』の力を持つ者同士が共に同じ夢を見る事だってあるのだから。

 ただ、こうして拒絶の力が強い場合、いくら咲が香奈の側に寄り添っても一人引きはがされるかもしれない。


 そうなれば、香奈だけがその場に取り残される。

 その時、黒幕がどう出るか……。


 咲は香奈の手を強く握りしめた。

 絶対に手放せない。

 もし一人引きはがされそうになった場合は、最悪でも『夢見』を中止してでも香奈を連れて帰る。


 プロとしては『夢見』の続行を選択しなければならないが、未熟な香奈一人を残したところできちんと戻ってこれるか分からない。

 真実を見ても、伝えられなければどうしようも無い。

 

 時間がない。

 けれど、強行して香奈の命が失われれば次はない。


 だから咲は、香奈と共に『夢見』を行った時、慎重に事を進めた。

 来るだろう拒絶を覚悟し、それでも一縷の望みをかけて共に同じ夢に飛べるように願った。



 しかし――。



 あれだけ失敗し続けた『夢見』は滞りなく進み、咲は香奈と引離される事もなくその場所に立っていた。


 咲の目の前に、見たかったその光景が流れていく。


「……ようやく、来れたのね」


 壁に掛かっている時計の秒針が時を刻む。

 ポンっと音を立ててトースターからパンが飛び出す。


 居間のテレビに映り込むアナウンサーの軽やかな声が響いた。



『おはようございます。7月×日の火曜日のニュースをお知らせします』



 香奈が、壁にかかっている日めくりカレンダーを見る。

 19××年の7月×日の火曜日――今から三十年前、最後となる第五の事件当日。


 部屋に流れる穏やかな空気は、何処にでもある日常的な朝の光景。

 居間で新聞を広げる父親と料理を運んでくる母親の姿は、香奈の家でもよく見られる光景だった。


 あまりにありふれすぎていて、あまりに普通過ぎて。

 自分の家と同じ。


 そんな印象さえ抱くほどに、普通の朝。


 そして――。


「おはよう! お父さん、お母さん!」


 中学の制服を着た秋月 響子が、慌ただしく居間へと駆け込んできた。

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