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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第四十六話 説明

 オボエテイテ


 オボエテイテ


 ネガイハ


 ソレダケナノニ


 タダソレダケダッタノニ


 闇の中、蠢く幾つもの『想い』。

 闇の中に墜ちながら、それでも『カレラ』が願うただ一つの想い。

 自分達が一体何だったのかそれさえも思い出せず、いつしか想いすら歪んでいく。

 深い汚泥の中、ぼんやりと見える光に手を伸ばそうとも届かない。

 最初はそこに居た筈だった気もするが、それすらもはっきりとしなくなる。


 オボエテイテ

 ナニヲ

 ワスレナイデ

 ナニヲ


 個は失われ全となる。

 そしてその全は闇の中へと飲み込まれていく。

 違う、生きる場所は最初からここ――。

 その時だった。


 ――――ヨ


 その声に、『カレラ』は笑う。

 ああ、もうすぐなのだ。


 それにほら――。


 ワタシタチハココニイルヨ。


 その証を、示すのだ。



「ユメミ?」


 首をかしげる香奈に、正面に正座して座る咲が柔らかく微笑む。


「ええ、夢見。それが私の能力」


 能力や能力者について知っているとなれば話は早い――そういって、香奈が何処まで知っているかをまず確認した後、咲は自分もまた能力者である事を明かした。

 その能力こそが「夢見」。

 しかし、香奈は夢見という言葉を初めて聞いた事もあり、聞き慣れない言葉にひたすら首をかしげるのだった。


「夢見は夢を見ると書くの。そして字の通り、夢を見る事で色々な事を知る事が出来るの」

「色々な事?」

「ええ。未来なら予知夢、現在なら今起きている事をリアルタイムで、そして過去ならば過去視というように」

「見るだけなんですか?」


 香奈の疑問に咲は頷く。


「ええ、見るだけ。でも、見ることで沢山の情報を得られる。特にそれが過去ならば、直接見る事でその時に何が起きていたのかという真実を知る事が出来るの。そしてそれは、とも重要な事。自分達に都合の良いように過去を偽り未来に残しても、真実の過去を見る事でその真相を知ることが出来る」


 そこで咲は一息置いて香奈を見つめた。


「たとえそれがどんなに過酷で辛い過去でも、悲劇で救いようのないものでも」

「……」

「そうね……過去を見るのが一番辛いわね。未来であれば今の在りようで変えられる可能性があるし、現在でも今動く事で変えられる可能性は高い。でも、過去ではそうも行かないわ。過去は既に起こってしまった事を見るの。たとえそこで恐ろしい悲劇が起きていたとしても、どんなにそこに居る人達を救いたいと願っても、それは出来ないの」

「……咲さんは」

「ん?」

「咲さんも助けたいって願った事はあるんですか?」


 香奈の質問に咲は軽く目を見開くが、間もなくゆっくりと頷いた。


「ええ、あるわ。でも、助けられなかった。見ているだけしか出来なかった。今すぐそれを引き起こした相手を殴り倒したくても……何も出来ないの。既に起きた映像を見ているだけの私には」


 その時を生きていた者だけが、その時を変えられる。

 寂しそうに呟く咲を香奈はじっと見つめ――そして口を開く。


「あの、さっき咲さんは私にに教えなければならない事を伝授する為に来たと言いましたけど……」

「ええ……その通りよ。私はあなたに教えなければならない事があるの」


 強い眼差しに息をのむも、香奈は自分の意見をしっかりと口にする。


「その、それって今でないと駄目なんでしょうか?」

「え?」

「あの、実はちょっとやる事があって」


 問題となる日までもう残り少ない。

 狙われている椿を逃がすための場所として、この神有家を使用する事を祖父に直談判しなければならない。


 それを、会議が終了後に香奈は祖父に頼み込まなければならないのだ。

 失敗は許されない。

 椿の生存率を上げるためにも、何が何でも祖父には納得してもらわなければならないのだ。

 ただ問題は、椿をかくまうとなれば、当然連続無差別殺人事件を引き起こしている犯人が神有家に迫る危険性があり、神有家当主としては当然ながら拒否する可能性が高い。

 それを何とかして納得してもらう。

 それはかなり厳しい話し合いになるだろう。


 香奈はあまり祖父と話をした事はないが、多くの分家達をまとめ上げ、会議でも厳かに厳粛な雰囲気と厳格さを漂わせている様を見れば、どう考えてもすんなりと納得などしてくれない。


 そちらだけでも頭が痛い今、悠長に別のことに意識を向けている暇がないというのが香奈の本音だった。


「やる事ってなんだ」

「御祖父様にお願い事が」


 当然の如く、柚緋に突っ込まれたが、別に隠す事はないとして素直に答えようとした。

 どちらにしろ、祖父に話せば次期当主の息子である孫の柚緋にも伝わるのだから。

 しかし、香奈の答えは途中で遮られた。


「お前、それ人として捨ててはいけない何かと引き替えだぞ」

「は?」

「だから、鬱陶しすぎるウザ人種との共存を果たさなきゃならないって言ってんだよ」


 当然祖父は「孫のお願い」と引き替えに香奈との時間を強請るだろう。

そう――「祖父と孫の団らん」とか「祖父と孫の食事」とか「祖父と孫の買い物」とか「祖父と孫の――」。

 別にいかがわしい事はしないが、あの存在自体が変態な祖父との時間は一秒だとて苦痛でしかない。

 それに香奈が耐えきれるだろうか――いや、耐えきれるかもしれないがそれはしゃくなので全力で邪魔してやろう。


「柚緋、何かよからぬ事を考えてるみたいだな」

 

 玲珠の指摘にも妖しげな笑みを浮かべ、柚緋は変態祖父への対応を考える。

 いつもの厳格さは何処にいくのか。

 基本的に孫に大甘だが、香奈に対する甘さは特に飛び抜けている。

 今も誕生日やクリスマス、正月などにプレゼントと称して大量の贈り物を贈っては清奈に送り返されている。

 これは、連理の父である冥界大帝の方も同様で、鬼畜と名高い息子に叩き返されてはいつもシクシクと泣いていた。

 というか、これほど祖父の愛情が届かない孫は香奈ぐらいではないだろうか。

 しかも、それを阻止しているのが実の両親とは……。


「とにかく、祖父に半径十メートル近づくな」

「なっ! 酷い! 確かに私は出来損ないの孫だし、お母さんは駆け落ち結婚してるけど」

「馬鹿。お前の精神汚染を心配してるんだよ」

 

 あんなのが祖父だなんて実態を知ったら自殺しかねない。

 いや、柚緋ならする。


「でも、椿の」

「その事なら既に把握済みだ」

「へ?」

「悪いようにはしない。だから、お前は今やるべき事をやれ」

「いや、だからやるべき事は御祖父様への説得」

「んなもんいつでも出来るわっ」


 いつでも出来るわけがない。

 そもそも柚緋と違い、香奈は祖父と一緒に住んでいないのだから。

 それにいつでもは駄目で、本来ならいますぐにでも説得したい。


「分かった。なら、お前が咲さんとこれから行う修行を行えば無条件でお前の要望を受け入れる。これならどうだ」

「は? ってか、これから行う修行って何? ってか修行って絶対に時間かかるじゃない。それに私は落ちこぼれなんだから更に時間がかかるって。でも椿の件はもう時間がないの」

「そんなことはわかっている。それに、椿の件を解決する為にお前には力の使い方を学んで貰う必要があるんだ」

「え?」


 キョトンとする香奈の目を柚緋はしっかりと見つめる。


「今回の件はお前にかかっているといってもいい。そう、犠牲者を少なくする為に、犯人の過去を見れるならば、黒幕の存在、そして、何故今回このような事件を引き起こしたかを知るのは何よりも大切だ。それにより対応も変わってくるからな」

「過去を……って、それは夢見で? でもそれなら咲さんが」


 そう告げる香奈に柚緋はクッと心の中で笑う。

 つい先日までは能力者の存在も知らなかったくせに、もうこれほど順応している。

 普通なら能力なんてとまだまだ疑っていてもおかしくないというのに。

 だが、香奈の順応性が高い事は柚緋も昔から知っていた。


 元々オカルトを信じなかったのも、香奈のある体質のせいでそういう被害にあってこなかったからこそ「ない」と思っていた。

 だから、それが「ある」と理解したならば、それ以上グチグチ言うような性格ではない。


「第二の夢見 咲を目指せ」

「馬鹿を言うな。咲はこの世でただ一人しかいない」


 こいつ何馬鹿なこと言ってんの?

 そんな視線を柚緋に向けた香奈だが、それ以上に妻馬鹿発言をした玲珠にギョッとした視線を向ける。


 しっかりと咲を抱き込む妖艶な美女――。

 いや、男だが見た目はどう見ても美女、女性、女。


「百合カップル」

「――っ!」


 めまいを起こした玲珠を後ろから支える柚緋。


「みたいに見えるほど玲珠さんって綺麗ですよね」

「お前、それ全くフォローになってないし。しかも何爆弾発言して人様に迷惑かけてんだよこの馬鹿娘っ!」

「あ、いいのよ、柚緋さん。いつもの事だから」


 そう言ってきっぱりと切り捨てられた玲珠がシクシクと泣いている姿に、香奈はやっぱり美女、いやお姫様だと感じた。


「百合……百合……いや、百合でもいい、百合がなんだ、むしろ俺は咲が相手なら百合だって構わない。そう、百合万歳だ」

「やばっ……トチ狂った」

「玲珠ってば……」


 困ったように微笑む咲とは反対に、柚緋が慌て出す。

 ぶつぶつと呟く玲珠が更に強く咲を抱き込む。


「今はそういう時じゃないわ」


 玲珠がぺいっと咲によって引きはがされて部屋の隅に転がされるのを香奈は目の当たりにしてしまった。

 漫画、いやコメディ映画か。


「咲! 待ってくれ、俺を捨てるな!」

「それで先ほどの過去視を私が行えないかについてですが」


 咲は夫に放置プレイを強いることにした。


「残念ですが、私では無理です」

「え?」

「私では、今回の元凶の過去を見る事は出来ません」

「どうしてですか?」


 香奈の疑問に咲は丁寧に答えていく。


「そもそも今回の件では、『IPSM』側でも事件の解決の為に『夢見』が必要との判断がなされました。その際、私にも依頼がありましたが、残念ながら見る事が出来なかった」

「見れなかったんですか?」

「ええ。私を含め、過去を見る事の出来る者達が必死に見ようとしても全て邪魔されて」


 何か、強いものが分厚い幕となって覆い隠しているのだという。


「過去を見る事は、特定の日に犯行を犯す犯人の居場所を突き止める事も出来る重要な能力でした」

「居場所ですか?」

「ええ。今の時点では、犯人は特定の日にだけ現れるとなっていますが、当然それ以外の日にはどこかに潜伏している筈。しかしそれを見つける事はいまだ出来ず、ならば過去をたどることでその潜伏先を見つけようにも過去自体が見れず行き詰まってしまった」


 だから、犯行当日にどこかに現れる犯人を捜すという方法しかないのだと咲は悲しげに笑った。


「けれど、探し出す前に犯行が行われればおしまい。特に、今回は椿ちゃんという香奈ちゃんのお友達が狙われている。殺されてからでは遅いわ。そして逃がせばまた事件は続いてしまう。今度は誰が狙われるか分からない状況で、見つける前に次々と標的が殺されてしまうかもしれない」

「……」

「だからこそ、今回の椿ちゃんの件で止めたいと思っているの。椿ちゃんを助け、この事件を終わらせる。その為にも、過去を見る事は大切なの。いえ、たとえ居場所が分からなくても、椿ちゃんの元に現れた犯人を止めるには」

「止めるには……?」

「そう。今回の事件にはきっかけがある。何事にも始まりがあるように、この事件が始まったきっかけが存在する。それを知る事で、相手と対話し説得して止めるの。でなければ力尽くで倒すしかない。でもそれは双方に多大な被害をもたらしてしまうわ。悪ければこちら側だけに死傷者が出るかもしれない――先の一件のように」


 重樹の友人の死を指す言葉に香奈は何も言えなかった。


「だから、絶対に過去視は必要なの。でも、私達には出来なかった。どんなにしたくても――」


 それを覆い隠す『モノ』が居るから。

 自分の無力さに咲はどれだけ嘆いたことか。


「けれど、ようやく見つけたわ」

「見つけた?」

「ええ、あなたを。過去視が出来たあなたを」

「過去視が、出来た?」


 わたし――?


「ええ。今まで夢を見なかった?」

「……」

「怖い夢、恐ろしい夢、悲しい夢。それは、あなたが今回の件の犯人の過去を視たから」

「……私」

「教えて、見た夢を。その後で私はあなたに教えなければならないの。あなたの力を引き出し、制御し、今回の事件を解決する為に」


 咲がそっと香奈の手を取る。


「あなたの視た夢を」


 教えて――。


 香奈は誘うような咲の囁きに無意識に頷き、話し出した。


 祖父を亡くした小さな女の子。

 いつしかその死を忘れた女の子。

 炎に包まれた恐ろしい夢。

 何かが自分を見て笑った時の恐怖。


 そして――ワスレナイデという言葉。


 オボエテイテ。

 オボエテイテ。


 そう、覚えていて。


 咲は全てを話し終えた香奈の頭を優しくなでた。


「そう……やっぱりあなたも『夢見』なのね」


 正確には違う。

 彼女が見たのは『死にまつわる夢』。


 でも、咲達でさえ見れなかった過去を覆い隠す分厚い幕をかき分けてそれを見た香奈の力は、紛れもなくこの行き詰まった事態に一条の光をもたらすだろう。


「力を貸して、香奈ちゃん」

「咲さん」


「あなたの力が必要なの」


 これ以上の犠牲を出さない為にも。


 そして――相手の魂の消滅という最悪な事態を回避するためにも。


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