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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第四十三話 神有家

 神有家本邸。

 それは、伝統的な純和風の日本家屋の佇まいをしていた。

 門を通り抜け敷地内に進む車の中で、香奈は憂鬱な思いで景色を眺めていた。

 約五千坪の敷地を持つ日本家屋の敷地内には、瓦葺き屋根の木造三階建てかつ地下二階まである屋敷面積約二千坪の本邸を始め、離れが五つと蔵が数個ほど存在する。

 広い中庭は池泉回遊式庭園の見事な日本庭園で、池中に設けられた小島や橋、林を始め、茶亭、東屋などの休憩所や、奥には薬草園も存在する。

 また、昔ながらの日本の趣に満ちた歴史的建造物としての価値も高い。

 しかし、ガス、水道、電気は昔ながらではなく、現在の一般家庭と同じものが使用されていた。

 家屋の中は六畳から三十畳の部屋が三十室ほどあり、それぞれに趣が異なった内装が施されている。

 床や柱の素晴らしいケヤキ塗り、漆喰の壁、神代杉の天井、うぐいす張りの磨き抜かれた廊下はもはや芸術品だった。

 そして襖一つとっても有名な芸術家による手の物だという。

 何でも、数代前の当主が芸術家の卵達を養った縁から、彼らが有名になった後に作品を送ってくれたのを飾っているらしく、襖や書、壺、花瓶、更には食器の御猪口一つでも数百万の価値があるという。

 本邸前の広場に辿り着くと、先に降りた運転手が香奈の座る後部座席のドアを開けた。

 こうなればもう外に出るしかない。

 椿の為にもここに来る必要がある。

 そう思ってはいるが、やはり気分は重かった。

 長い歴史を経て培われた厳格な雰囲気もそれに一役買っている。

 ただ、それ以上に、ここは自分の居場所ではないとの思いが香奈の心を重くさせる。

 敷地に足を踏み入れた瞬間変わる研ぎ澄まされた空気。

 敷地の外と同じ筈なのに、空気が、風が、全てが変わる。

 恐ろしいまでに清廉で神聖な――場所。

 有名なパワースポットともこういう感じなのだろうか。

 心霊スポットでさえ感じない、何かを、香奈はここに来ると感じる。

 それが、香奈に場違いな場所に来てしまったと思わせる。

 自分は此処に居てはならない。

 此処から消えなければならない。

 自分の存在は此処では異質。

 それは年々強まり、香奈の中に渦巻いていく。

 けれど、来ないという選択肢はない。

 神有家の分家である限り、本家から絶縁でもされない限り、香奈はここに来なければならない。

 というか、母が家出しているのにどうして神有家は神無家と縁を切らないのだろうか。

 それが本当に不思議でならない。

 普通家出なんてものは家の恥であるというのに、今もこうして付合いをしている。

 本当に不思議だ。

 まあ、それでも母の事を思えば絶縁されなくて良かったのかもしれないが。

 いくら家出したとしても、母にとってはここは実家。

 そして本家の者達は母の家族である。

 そう、母の為にも絶縁なんて駄目だ。

 そうして何とか自分を奮い立たせるが、一歩進んだ瞬間体を貫くような凜と研ぎ澄まされた清廉なる空気に香奈は目眩を覚えた。

 たぶん、ニンニクの湖にツッコンだ吸血鬼とは、こういう気分なのだろう。

 自分だけが、部外者だと言われている様な空気に、どん底まで気分が下がる。

 やっぱりこの空気は好きになれない。

 自分が家出した姫の子供だから、ここに来るなとでも言われているのだろうか。

 だが、そこに更に追い打ちをかけてくる運転手が居た。

「どうぞ、控えの間に。そちらに従姉妹様達が既にお待ちです」

 従姉妹――。

 それを聞いた瞬間、香奈の気分はもはやどん底を突き抜けた。

 会議に参加出来ない子供は控えの間で待つのが鉄則。

 それは別に良いのだ、が。

「い、従姉妹」

 それは、香奈にとっての鬼門の一つであり、やはり此処に来たくない原因の一つでもあった。

 出来るなら、いや、出来る限り、ううん、絶対に会いたくない。

 分家筋はまだいい。

 そう――問題は本家筋だ。

 柚緋とか、綾乃とか。

 いやいや、まだいる。

 由宇とか、蘇芳とか、黎とか、理子とか。

 特に問題なのは柚緋と綾乃の二人だが、他の四人も最悪だ。

 柚緋と綾乃は兵器で言えば最終兵器。

 他の四人は最終兵器をサポートする―核融合補助装置。

 とにかく、関わりたくない。

 気があわないなんて可愛いレベルではない。

 見付かったが最後、香奈は確実に餌食になる。

 ふざけんなと何度叫んだだろうか。

 自分はお前らの玩具じゃない。

 物心ついた時から追いかけ回され、危険な場所に置き去りにされ、助けて欲しかったら言う事を聞けだのとほざいてくれた。

 そればかりか、他家から来た他の子供と遊んでいたら、毎回音もなく現れては笑み一つで遊んでいた子達を連れて行ってしまった。

 そんな事を毎回毎回されていて、「柚緋達の事大好き」なんて香奈には言えない。

 従姉妹同士仲良くして下さい?

 無理無理。

 香奈は心の中でぶんぶんと両手を振る。

 それでも今はまだマシだった。

 昔と違い、今では親族会議で月一回の頻度だから。

 けれど、その月一に来れば、彼らは香奈を追いかけ回す。

 だからいつも途中で逃げ出すのだ。

 そして壮大なカクレンボ、見付かったら鬼ごっことなる。

 因みに助け鬼にはならない。

 だって味方が居ないから。

 はっきりいって命をかけた戦いである。

 会議が終わるまで逃げ切れたら勝ち、捕まったら負け。

 他の遠方の親族とは違い、会議が終われば自宅に帰るから、夜まで逃げれば何とかなる。

 戦績は、百二十戦中五十勝七十敗ぐらいか。

 大切なのは、とりあえず奴等の居る控えの間に入り、その後隙を見て飛び出す。

 これが大事である。

 よし、今回もこのパターンで行くか。

 そうして、当主たる祖父への頼み事より自分の身の安全を模索する香奈は、何時の間にか運転手を追い越していた事にも気付かない。

 そして、玄関まで後一歩という所で。

「あ」

 ガクンと体が沈む。

 足を置いた地面が、そのまま香奈ごと下に。

 見えていた玄関が消え、土色一色に染まる。

 ボスンと何かにぶつかり、不思議な浮遊感が終わった。

 落ちたと気付いたのは、それから暫くして。

 悲鳴が上から聞こえてくる。

 とりあえず香奈は状況を判断した。

 香奈は重ねられたクッションの上に居た。

 大小様々なふかふかの可愛らしいクッション。

 けれど、横は土の壁で、上を見上げれば数メートルほど上にぽっかりと丸く開いた穴から空が見える。

 運転手やら家人やらが騒いでいる声が聞こえた。

「香奈様!」

「だ、誰か梯子を!」

「いや、レスキュー隊だ!」

「それより影を!」

「ってか誰が此処に落とし穴を掘ったんだあぁぁぁっ」

 そうか、落とし穴に落ちたのか。

 しかし落下した際に怪我しないようにクッションを置いてくれるとは中々に優しい――。

「んなわけあるか」

 香奈は冷静にツッコンだ。

 人を落とし穴に落すのにクッションだけは敷くって、ただ落とし穴に落すより悪質ではないか。

 人に嫌がらせをしたいのか、それとも――いや、何がしたいんだ。

 香奈は昏々と落とし穴の下で考える。

 そして一つの結論を出した。

 とりあえず、殺さない程度での嫌がらせだろう。

 数メートルに及ぶ落とし穴。

 クッションが敷かれてなかったら、骨折か、それか首の骨を折って死ぬ可能性だってあった。

 つまり、ここでまず死なない程度の嫌がらせ又は脅迫と考えられる。

 更に玄関前に掘られていたという事は、『お前にはこの神有本家の敷居を踏むだけの価値もねぇんだよ!!』と言われているのかもしれない。

 しかし嫌味や嘲笑はまだしも、落とし穴は初めてだ。

 手を変えたのか。

 それとも相手が変わったのか。

 例えば、孫に本当に敷居を踏むだけの価値があるのかと、当主が直々に判断し始めたとか。

 目の前に梯子が降ろされた。

「香奈様! どうかそれを登って下さい!」

 降ろされた梯子を登る事数分。

 ようやく地上に出た。

 泣きじゃくる運転手や傷がないかと集まってくる家人達に香奈はポツリと呟いた。

「歓迎されてないんだね、私」

 その途端、なんだか崩れ落ちる運転手達が見えた。

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