第三十九話 父の思い
すいません!!三カ所ほど修正をかけさせて頂きました!!
修正箇所は、夢見 咲についての部分で
*下から五段目
高校生の娘が、そうだ。→まるごと削除
*下から七段目
そして一年ほど前→そして十年以上前に修正
力を→強い力をに修正
修正理由は、単純なこちらのミスによるものです。
というのも、夢見 咲と清奈は同級生なので、清奈の娘が中学生にもなっているこの時点で咲が高校生なら大変おかしな事となります。
本当に申し訳ありませんでした!!
2011/08/02 23:37
「落ち着け!」
「あ――」
腕を引かれ、そのまま後方から強く抱き締められた。
全身を包み込むかの様な温かい気配に、香奈は目を見開く。
少しずつ頭が冷えていく。
恐怖はまだあったが、一人ではないという思いが安心感を呼び起こし、冷静さを取り戻させる。
「落ち着いたか」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。
この声は……。
けれど、それを問う前に香奈の視界が揺れる。
「眠れ」
耳元に寄せられた唇が囁く。
「魂に負担をかけすぎた。これ以上此処に留まれば、連れていかれる」
連れて行かれる?
何処に?
問おうにも、口がぱくぱくと動くだけで音にならない。
意識が、薄れていく。
――ネ。
何?
シ、ネ。
おぞましい声に足下に視線を向けた香奈は、自分の足首を掴むものに息を呑んだ。
相手の死を願う声が響く。
相手の苦痛を望む声が広がる。
幾つもの手が、闇の中から突き出てくる。
死ね。
シンデ。
ドウシテ。
シ。
死。
イッショニキテヨォ!!
「――っ」
少女の笑い声が聞こえた。
ケラケラと狂った様な笑い声が、香奈の意識を蝕んでいく。
アンタタチガワルイノヨ
笑い声の中に入り交じる声は憎悪か悲痛か。
ワタシタチヲ
ただ、言いようのない苦しみに襲われながら、香奈はその先の言葉を待った。
だが、その先を知る事は出来なかった。
「散れ」
自分を抱き締める相手の短い言葉と共に、幾つもの絶叫が響き渡る。
それは長く間延びし、闇の中へと溶け込んでいった。
それと共に、一気に体の力が抜ける。
「早く戻れ」
戻る?
「限界だ。強制的に戻す」
限界?
戻す?
幾つもの分らない単語の羅列を理解する間もなく、香奈の意識は沈んでいった。
光の粒子となって有るべき場所に戻った存在に、柚緋はふっと小さく微笑む。
「今回の事は、前回と違って殆ど憶えていないだろう」
負担をかけすぎた魂を守る為に、記憶は自ら深く深く沈んでいく。
ただ、それは消えたわけではない。
記憶は消える事はない。
忘れるという事は、一度は記憶したという事の証。
遠く、深く、何処までも手の届かない場所に誘われるだけである。
「人間は忘れる生き物」
哀しい記憶すらも、長い時をかけて風化させていく。
そうしなければ、生きていけないから。
受け入れるにしろ、拒むにしろ、忘却こそが生きていく為の術。
ワスレナイデ
眼前の地面がボコンと泡立つ。
「ふん……見苦しい」
吐き捨てる様に告げ、柚緋は闇へと溶けた。
香奈が目を覚ました時、そこは自分の部屋だった。
両親のホッとした笑顔に安堵と疑問を憶える。
なんだかとても悪い夢を見ていた気がするが、それよりも何時のまに家に戻ってきたのだろう。
確か椿の家から、美鈴と重樹の三人で帰る為に夜道を歩いていた。
そこで何かがあって……走って、走りつづけて。
何があったのだろう?
突然真っ暗になった。
美鈴が泣いていた気がする。
重樹が慌てて、何かを渡されて走り出した。
走って、走って、走って。
追い抜かれたら駄目で、ひたすら出口に向かって走った。
どうして?
走らなければならないから。
なんで?
閉じ込められてしまうから。
分らない。
頭が痛い。
茂みの揺れる音が聞こえる。
「少し休みなさい」
頭痛を憶えた香奈に父が柔らかく告げる。
「……美鈴と重樹」
「その二人なら大丈夫だよ。きちんと家まで送ったからね」
「……そう」
泣いていた美鈴。
慌てていた重樹。
でもきちんと帰れたなら、きっとまた明日会える。
そこで香奈はふと疑問を憶えた。
「重樹のこと、お父さん、なんで、知ってるの?」
いや、そもそも自分はどうやって此処に帰ってきたのか?
すると、父がおどけた様に笑う。
「実はその重樹って子が香奈を家まで送ってくれたんだ。彼から事情を聞いたよ」
事情……それは。
香奈は椿の家で聞いた事を思い出す。
まさか、あの、全てを。
「さあ、今は何も考えずに眠りなさい」
酷い頭痛に目を開けていられず、香奈は父の言うとおりに目を閉じた。
あっという間に寝息を立てる娘に、連理は深く息を吐く。
「連理……」
妻の呼びかけに連理は苦笑した。
「さて、どこまで知っている事にしようか?」
香奈と章子達が出会った事は既に知っている。
そして――香奈達が椿を助ける為に調査している事も、知っている。
「でもねぇ、章子ちゃん達の事を知っていると分ればややこしくならない?」
それが『IPSM』やら能力者の事を言っているのだと連理はすぐに分った。
「まあね。神有家の事も話さなくてはならなくなるな」
香奈には、少しだけだが神有家の事を話していると章子から聞かされていた。
そして、椿の避難場所として神有家を使う予定であり、その為に神有家を説得することも。
「けど、話さないわけにはいかないだろう――今となっては」
「……そうね。それに椿ちゃんの命もかかっているし」
椿――今回のターゲットであり、香奈の友達の一人。
「これが全然知らない相手ならねぇ」
連理の笑みに清奈は溜息をついた。
「あんたね……」
「だってさ! せっかく香奈には、能力者とか冥界とかに一切関わらせずに普通の娘として幸せになって欲しかったってのに!!」
能力者の「の」の字も娘には入れなかった。
なのに、今になって一気に知ってしまうなんて。
「ああ、僕の愛しい娘の頭は、いまやパンク寸前となっているに違いない」
「あんた、それ結構娘の事を馬鹿にしてるわよ」
「そんな事はない!」
この天才野郎と清奈はギロリとにらんだが、連理には全くきかなかった。
「くそ! 全く腹立たしい!」
とくに香奈が産まれた頃は酷かった。
冥界の末皇子と、神有家の長姫の間に産まれた娘として、『IPSM』はおろか日本中の名家が娘の能力に興味を持った。
が、結果は無能力者。
何の力も持たない娘に対して、多くの者達は差し障りのない言葉をむけたが、ごく一部の者達は明らかな落胆と失望を見せた。
そして清奈を責め立てたのだ。
『やはり力の弱い母親のせいだろう』
『くそっ! 強い能力者が産まれるチャンスだったのに』
その時の怒りは、もはや筆舌尽くしがたい。
娘が産まれた時に側に居られなかった連理は、その事を後で聞いた。
自分の様な欠陥品の所に産まれてくれた大事な大事な娘。
ろくでもない者達のせいで自分と引き離された清奈が、命がけで産んでくれた子供。
力なんてなくてもいい。
何の力も持たなくていい。
ただ、幸せになってくれるなら。
そうして騒がしい雑音を全て遮断するべく、連理は娘に何も知らせなかった。
まあ、娘に何も言わなかったのはそれだけが理由ではないが。
しかし、その雑音だけでも嫌気がさすには十分だろう。
眠る娘の頭を撫でた。
「連理……」
「本当ならさ、今からでもいいかって思うんだ。記憶を消し、この事件の起きている場所から引っ越して……また普通に暮らす」
清奈は視線を床に落とした。
連理は普通に固執する。
それは、連理が普通ではないからだ。
天才――その名にふさわしく、出来ない事は何一つないとされていた。
容姿端麗、文武両道、地位も身分も持ちあわせ、全てに恵まれた存在。
しかし清奈からすれば、こいつのどこが?と本気で疑問に思う。
何気に子供っぽいし、沸点低いし、我が儘だし。
まあ、何気に生活力があって、良き夫、良き父ではあるが。
というか、良き父を通り越して異常に達している気がする。
「記憶操作はやめて」
娘の為にも。
本人の意思を無視してのそれは、娘が築き上げてきた全てを汚す事になる。
「わかってるよ」
連理がふぅ~と大きく溜息をつく。
「僕が守りたいのは香奈の幸せだからね」
それには、一つも失うわけにはいかない。
ただの一つも。
「椿ちゃんもその一つ」
「あなたね」
「仕方ないよ。僕の中での優先順位は清奈と香奈が一番だもの」
「はいはい、わかりました。じゃあ、私達は全部知ってるって事でいいのね」
「うん。その方が、何かあった時にすぐに助けやすいしね」
知らない事にすれば、助けに入った時に「なんで?」という事態となってややこしくしかねない。
と同時に、知っているという事で娘の不安を和らげてやりたい。
「で、美鈴ちゃん達の方は大丈夫なの?」
「もちろんだよ。ちゃ~んと送ったよ」
危ない所をすんでで助けた。
結界が壊れ、それでも重樹を守ろうとしていた美鈴。
かなり怯えていたが、それでも大丈夫な筈だ。
それにあの二人は、最後まで香奈の事を心配していた。
重樹の方は、それで失態をチャラにしてやったが。
「でも、美鈴ちゃんが無事で良かったわ」
体だけでなく、心も。
普通なら恐怖に壊れてしまってもおかしくない。
「今回の事件についても色々と聞いてたみたいだしね。それも美鈴ちゃんが何とか自分を保っていられた原因の一つだろう」
能力とそれを扱う能力者達。
この世にある不可思議な現象。
心霊、怪奇、サイキック現象。
中には、人ならざる者達によって故意に引き起こされるものもあるという現実。
それが『ASP』。
今回の連続無差別事件もその一つ。
それらを聞いた美鈴。
けれど、それを聞く以前に、娘と共に自分達で辿り着いていた真実。
死者が犯人かもしれない。
だからこそ、美鈴はあれに遭遇しても壊れずに済んだ。
「宣戦布告みたいなものかしら?」
「ああ、それも黒幕からのだ」
邪魔をしたら殺す――そんな、メッセージ的なもの。
下手すれば、重樹はまだしも美鈴は連れていかれたかもしれない。
あの世に。
「許しがたい事だ」
あれさえ余計な事をしなければ、娘もこんな風にはならなかった。
娘が目覚める前に、話していた相手を思い出す。
『魂が疲弊している』
よりにもよって、娘は見てしまっている。
見えるようになってきている。
夢見――。
夢を通して、起きた事を知る。
その、凄惨なる事件を。
けれど、連理にそれを阻むことは出来ない。
封印するにしても、今の状況では難しい。
出来る事は、引き摺られる娘を守るだけだ。
柚緋のように。
「あとは、力の使い方を学ぶ事」
清奈の言葉に連理は頷いた。
それを専門とする者達に、力の使い方を学ばせるしかない。
「夢見家か」
一時は権勢を誇りつつも、能力者の減少と共にその名を廃らせていった夢見家。
それに抗う事なく、普通の人として生きることを願い、望み、そして実行した家。
それゆえに、神有家からも尊敬をもってその名を紡がれる。
とはいえ、能力者が一人も居なくなったわけではない。
まだ数人居る。
そして十年以上前、そこの娘の一人が強い力を発動させた。
「夢見 咲」
力を発動させ、『神の花嫁』である彼女ならば。
「連絡を取りましょうか」
「ああ、頼む」
彼女ならば、娘に力の使い方を教えてくれる。