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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第三十七話 危機

「美鈴?!」

「いや、いや、いやぁぁぁ! 首、首がぁぁぁっ」

 美鈴の叫びに香奈は周囲を見渡す。

 だが、おかしい。

 何もない。

 しかし自分達の前に立つ重樹の緊張、そして美鈴の恐怖が痛いほど伝わる。

 何?

 何が起きているの?

 香奈は美鈴の見ているものを理解出来なかった。

 一方、美鈴は己の見ているものが信じられなかった。

 振り返れば、自分の足を掴む――黒く変色した二本の腕。

 香奈の方を向けば、道路を挟んだ向こうの茂みから自分達を見つめる者達が居る。

「な、なんなのよこれぇ」

 美鈴の泣き声が響く中、重樹は囲まれた事を悟り焦っていた。

 微かに自分達をつける嫌な気配の正体を探る為に、此方に来た。

 だが、その気配は唐突に消えたかと思えば、突然こいつらが現れた。

 さっきの気配はこれかとも思ったが、すぐに経験からなる勘が違うと叫んでいる。

 道路挟む両側の茂みにせわしく視線を彷徨わせて睨み付ける。

 ぼうぼうに茂った両側の茂みから、幾つもの人間の頭が見えた。

 だが、ただの人間ではない。

 完全に死相の現れたそれは、顔のパーツが所々欠損し、血に塗れていた。

 それらは重樹達に向けてケタケタと笑いながら、茂みを此方に向かって移動してくる。




 ザ


 ザザ


 ザザザ


 ザザ   ザ  ザザ

  ザザ   ザザ   ザザ

     ザザ  ザザ  ザザ

 ザザ ザザ  ザザ  ザザ




 その時、また背後で美鈴の悲鳴が響き、重樹は我に返った。

 この状況をどうにか出来るのは自分しかいない。

 自分は『ASP』のプロ。

 そのプロ意識が重樹に失われた冷静さを取り戻させる。

「くそっ! 急急如律令っ」

 懐から取り出した呪符が光り出し、素早く投げつけた。

「ちっ!」

 数匹が断末魔をあげて霧散する。

 しかし、倒せたのはごく一部。

 取り逃がした者達は再び茂みに姿を消す。

 その動き、その素早さ。

 シックスの自分の攻撃を避けた事実に重樹は愕然とした。

 つまり、今自分が相手にしているのは、少なくともレベル5~6かそれ以上の相手だという事だ。

 重樹は『IPSM』基準の撃退可能魔性レベルを思いだしながら素早く判断する。

 後ろから悲鳴が聞こえてきた。

「美鈴、美鈴!」

 香奈達の事を思いだし、ハッと後ろを振り向いた時だ。

 一匹が香奈に向かって飛びかかっているのが見えた。

 だが、香奈はそれに気づかないまま、美鈴を茂みから引きずりだそうと奮闘している。

「おいっ! 逃げろ!」

 そう叫んだ時、香奈がようやくキョトンとした顔で重樹を振り返った。

「はい?」

 と、それが香奈に覆い被さる――。

 重樹はそこで有り得ないものを見た。

 香奈に覆い被さるその瞬間。

 それは何かに弾き飛ばされたように、香奈から弾かれ茂みに突っ込んでいった。

 まるで、全力で何かに殴り飛ばされたように――それこそ、漫画そのものに直線的なフッ飛び方に思わず目を丸くする。

 ドゴォォンと、何か硬いものにぶつかる音が夜の闇に響いた。

「……は?」

「よいしょ、よいしょ――っと!」

 香奈は渾身の力を込め、美鈴を茂みから引きずり出していく。

 そこで重樹は美鈴の体を掴んでいた二本の腕を見た。

 それが獲物を追って伸びる。

「逃げろ!」

「は?」

 香奈は重樹の叫びが理解出来なかった。

 それどころか、美鈴の足から靴が脱げている事に気づき、茂みの中に靴を取りに行く。

 地面を這うように伸びてきた二本の腕を、グシャリと力強く踏みつけて。

 腕が絶叫する様に痛みに暴れるが、それを行った当の本人は全く気づかず靴を拾い重樹と美鈴の元に戻ってきた。

「はい美鈴、靴」

「あ……ああ、あ」

「……お前……一体、何な、んだよ」

 茫然とする重樹と美鈴の表情に香奈は首を傾げた。

 一体どうしたと言うのだろう。

 一人何も理解出来ない香奈は周囲を見渡すが、何の変哲もない茂みが広がっているだけだった。

 変わっている事といえば、街灯の明かりが点かない事だけ。

「どうしたの?」

「どうしたって――」



 ザザ   ザ  ザザ

  ザザ   ザザ   ザザ

     ザザ  ザザ  ザザ

 ザザ ザザ  ザザ  ザザ



「っ!」

 再び茂みの中を移動する音が聞こえ、重樹は香奈と美鈴の腕を掴んだ。

 数が多すぎる。

 しかも自分一人ではなく、お荷物が二人も居る。

 ここは立ち向かうよりも逃げるを選択した方が良い。

「ちょっ! どうし」

 走り出した重樹に引き摺られるようにして香奈と美鈴が走らされる。

 とりあえず人気のある場所に向かえば――。

 幾ら妙な気配を探る為とはいえ、人気の無い場所に来たのが完全に仇になった。

 だが、重樹にもようやく無効の意図が理解出来た。

 この場所には特にこれといった怪談はない事からも、わざと気配を悟らせる事で自分を此処に誘導したのだ。

 罠にはまった自分への激しい怒りと嫌悪に舌打ちする。

 自分一人ならまだ良い。

 しかし今は香奈達という民間人が居る。

 香奈は神有家とはいえ能力の類は使えない今、重樹が一人で何とかするしかない。

「ちくしょう! こんなとこでくたばってたまるかっ!」

 重樹にはやるべき事がある。

 友人の仇を討つという、命をかけてやるべき事が。

 こんな所でくたばる気は毛頭なかった。

 しかしそんな重樹の決意とは裏腹に、空間が歪む気配がした。

「な?!」

 急激に、道が閉鎖されていく感覚に血の気が引いていく。

「う、嘘だろ!」

 道が閉じられていく。

 すなわち、この場所を現実世界から切り離されようとしていた。

 このタイミングで。

 絶対に自然に起きた事ではないが、今はそんな事は言ってられない。

 完全に道が閉じられる前にこの道を抜けなければ、重樹達は二度と現実世界に戻れなくなる。

「くっ!」

 今居る場所は一本道。

 横にそれる道はなく、また両側の茂みにはあの生首共がいる。

 道の出口は後百メートルほど先か。

 だが、道の様子がどんどん変貌していく。

「な、何よこれ!」

「っ――」

 叫ぶ美鈴に重樹は舌打ちした。

 能力者ではない美鈴にも見えるという事は、もうかなり進んでしまっている。

 この空間の異界化が。

 このままでは完全に閉じ込められる。

 出口に行くまで間に合わない。

 一体何が起きたのだ。

 まさかこの生首、いや――あの気配か?!

 突然の事に頭が回らないが、それでも重樹は走った。

 間に合うか分からないが、止まれば確実に死ぬ。

 この異界に巻き込まれ、二度と現実世界には戻れない。

 だが、重樹達の努力を無視するようにそれらが立ち塞がった。

「うわっ!」

 突然グイッと後ろから引っぱられて地面に倒れ込んだ重樹に、美鈴の悲鳴が響いた。

「きゃあぁぁっ!」

「っ!」

 茂みから伸びる手が、重樹の足を掴んでいる。

 どうやら足止めをしようとしているようだ。

「くそ! 離せ!」

 呪符を取り出す。

 だが、その間にも閉じられていく空間に焦り、重樹は上手く力を発動出来なかった。

「くそっ!」

 どうすればいい――。

 既に戻る事は出来ない。

 空間は後ろの方から閉じられていっているから。

 だから、逃げるにはひたすら先に進むしか無い。

 そう――前の出口だけでも開いていれば――。

 重樹はハッとして懐からあるものを取り出した。

「ん? それ、水晶ですか?」

 悲鳴を上げる美鈴を落ち着かせていた香奈が目敏く気づく。

「ああ。これがあれば何とかうわっ!」

 グイッと足を引っぱられ重樹が地面を引き摺られる。

「重樹さんっ」

「くそっ!」

 自分は無理だ。

 重樹は素早く周囲を見渡し、香奈に視線を止めた。

「おい、これ持って走れ!」

「はい?」

「いいから! この道の出口にこの水晶を置け!」

「え、置く?」

「死にたくなかったらとっととやれっ!」

 重樹の切羽詰まった叫びに香奈は弾かれた様に走り出した。

「い、一体何なの?!」

 走れ、走れ、走れ。

 後ろから怒鳴られ追い立てられるように香奈は走り続ける。

 残り八十メートル。

 残り六十メートル。

 重樹は香奈の気配が遠のくのを感じながら、美鈴を抱き寄せ術を放つ。

 だが、相手は思いの外しぶとく、また地面を引き摺られた。

「くそっ!」

 美鈴はもう悲鳴すら上げられないのか、ガタガタと震えるだけだった。

「離せ!」

 重樹は呪符を取り出す。

「急急如律令っ!」

 発動の言葉と共に、青白いドーム状の結界が重樹達を中心に展開する。

 重樹の足にしがみついていた腕が弾かれる。

「これで、なんとか」

「ひぃぃっ!」

「おいっ!」

 腕の中に居た美鈴が胸にしがみついてくる。

 その途端、全身の毛穴が極限まで開き、どっと冷や汗が流れ出すのを重樹は感じた。

 上部から、硬い塊が当たる音が聞こえて来た。



 ゴン



「何の音――」

 それは、手だった。

 一本だけではない、無数の握り拳。

 美鈴や重樹の足を掴んでいたのと同じ、黒く変色したそれは、何度も何度も振り下ろし、窓を叩いた。




 ゴン   ゴン  ゴン

  ゴン   ゴン   ゴン

     ゴン  ゴン  ゴン

 バン バン  バン  バンバンバンバンバンっ!!




 ダァァンと結界が揺れる。

 重樹の瞳に、結界に群がるそれらが飛び込んで来た。


 沢山の手。

 と入れ替わりに張付いていく。


 顔。

 顔。

 顔。



 バンッ!!



「くそっ!」


 重樹は美鈴を抱き込み、その光景を見せないようにした。

 激しく揺れる結界。

 奴等が何をしようとしているのかなんて、考えなくても分かった。

 この結界が壊れれば、終わりだ。

 口から大量の唾液を垂らすそれは、自分達を完全に獲物とみている。

 取り憑いて殺すよりも、食い殺される方が先だろう。

 重樹は何度目かの後悔を覚えた。

 この道を選んだことを――いや、自分の考え無しの行動を。

 民間人を送り届けるという事がなかったとしても、もっと慎重に動けば良かった。

 なのに、気配だけに気を取られ、その気配を最優先して、こんな助けも呼べない場所に入り込んだのは自分の責任だ。

 自分は取り返しのつかない事をした。

 民間人の安全より、自分の都合をとったのだ。

 友人を殺した相手を許せない。

 だから常にアンテナを張り巡らせ、どんな情報も貪欲に嗅ぎ取った。

 だが、それは一人の時にやるべきだったのだ。

 ヘマを踏むどころではない。

 言われた仕事さえ満足にこなせない、最低の能力者。

 勝手に突っ走って自滅するだけではない。

 自分が死ぬならまだしも、民間人を死なせたとしたら……。

『重樹は能力の量は十分よ。でもまだ力の発動は不安定で、感情に引き摺られる所がある。それに迂闊な事をしてヘマをする事も多いし、暫くはサポート役が必要でしょう』

 章子の言葉が蘇る。

 だが、それは章子だけでなく組織の総意である事を重樹は知っていた。

 こんなんだから自分は未熟者と言われるのだ。

 いや、未熟どころの話ではない。

 普通の能力者でなければまず有り得ない事を実行する、状況判断力の低さ。

 本当は香奈に水晶を託す事だってしてはならないというのに。

 能力者どころか、人としてすら失格だ。

 その時、結界が再度激しく揺れる。

「いやぁぁっ」

「しっかり気を持て! でないと奴等は簡単に入り込むっ」

 それは自分の腕の中の少女にとっては難しい事だった。

 普通ならとっくに気が狂っていてもおかしくない状況である。

 以前の仕事の民間人のように、結界から飛び出さない分だけでもマシである。

 そうそう、あの時の民間人と来たら――。

 重樹は蘇る嫌悪感を払う様に頭を激しく振った。

 そんな中、ニタリと、結界に張付いていた顔が笑ったのを見えた。

『近付かないで化け物!!』

 眼前に現れた女が叫ぶ。

「っ!」

 嫌悪の眼差しを向け、重樹を睨み付ける。

『あんたの方がよっぽど化け物じゃない!』

 ああそうだ。

 そう言って、この女は守ろうとした重樹を突き飛ばして逃げた。

 安全だと言った結界から。

 入れずとも、自ら出られる結界から。

 そして女は――。

『あんたのせいよ! あんたのせいでこの子は死んだのよ!』

 自ら結界を出て死んだ女。

 その母親が娘を抱き、重樹を責めた。

 娘の父親は何も言わなかったが、まるで射殺す様な視線を向け睨み付けてきた。

 お前のせいだ。

 お前のせいで死んだ。

 触るな。

 触るな!!

 最初から能力者を厭い、こちらの指示を無視し勝手に窮地に陥ったくせに。

 安全な場所から自分で飛び出し死んだくせに。

 なんで。

 なんで。

『あんたは化け物なのよ』

 重樹の前に赤い服を着た女が立っていた。

 息を呑み、眼を見開き引きつった喉で重樹は悲鳴をあげる。

 ニタリと、女が笑う。

 赤い服。

 赤い服。

 違う、あれは。

『どうしてあんたみたいな化け物が産まれたのよぉぉ!』

 あんたさえ産まれなければ!!

 自分を殴り、蹴り、徹底的に痛めつけた――。

 伸びてきた腕がグッと重樹の首を掴んだ。

 グイっと首に圧迫感を感じた途端、ぐにゃりと視界が歪む。

 見開いた目が、自分の首を絞める二本の黒い腕を捕らえた。

 と、眼前にそれが迫る。

 しまった――。

 心の隙を突かれ、引きずり出された事で、結界に隙が出来たのだ。

 だが、修復する暇もなく、我に返るとほぼ同時に結界の破壊音が聞こえる。

 結界に張付いていた者達が飛びかかってくる。

 食われる――。

 その時、重樹は腕の中の美鈴に気づいた。

 せめて、せめてこいつだけでも。

 それが巻き込んでしまったこいつにしてやれる、最後の事だろう。

 願わくば、閉鎖される前に香奈が出口を確保してくれる事を願う。

 だからそれまで、その間だけでも時間を稼ぐ。

 重樹は自分の身を盾にする事を決めた。

 そんな事をしたって誰も褒めてなんてくれない。

 それどころか、どうしてこんな目に遭わせたと罵るだろう。

 美鈴の家族も同じ筈だ。

 娘を返せ、娘を返せ。

 お前が死ねば良かったと――。

 化け物。

 それが自分の。

 体を締め付けられる圧迫感に重樹はハッとした。

「来ないでえぇっ!」

 美鈴の叫び。

 それ以上に驚いたのは、重樹が美鈴の後ろに居る事だ。

 すなわち、守られているという格好である。

 なんだこれ。

 一体どうなっている。

 だが、ギュッと守るように抱き締められた状態の重樹は、迫るそれらに気づき美鈴を抱え込んだ。

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