第三十六話 責任と義務
警告)後半ホラーっぽいです
午後八時を回った頃、ようやくやるべき事を終えた香奈達は、それぞれ帰宅する事にした。
まだ本調子ではない梓は、祖父母が迎えに来るまで理佳と共に椿の家で待たせて貰い、香奈と美鈴の二人だけで帰宅する。
それに椿の母が起きるまでまだ時間がかるから、椿にとっても友人がいる方が心強いだろう。
章子達も居るとはいえ、彼女達にはやるべき事があるし、まだ椿も警戒している節があるから理佳達の存在は心強いに違いない。
そうしていざ玄関へと向かおうとした時、その声はかかった。
「送ってってやる」
普通男からそう言われたら、多かれ少なかれ胸がときめくだろう。
しかし、ここまで胸がときめかないのはどうしてだ。
それはたぶん、彼がもの凄い仏頂面をしているからに違いない。
『ISPM』の能力者――重樹の顔には、しっかり【不機嫌】の文字が張付いていた。
美形な分、そういう顔をされると周囲に与える影響は大きい。
そんな顔もまた麗しくて良いという者達も居るだろうが、香奈はそんなドMにはなれない。
「重樹、またそんな顔して!」
バコンと章子が重樹の後頭部をスリッパで殴る。
「女の子には優しくでしょうっ! そんなんだから死んだ友人とおホモダチって言われるのよ」
「ちげえよ! あいつとは正真正銘清い仲だっ」
その言い方もどうかと思う。
「タダでさえ、『ISPM』所属の腐女子達の間では、貴方と死んだ友人はそういう仲だって思われているのよ? 同人誌まで出るぐらい」
何やってるんだ、『ISPM』。
命をかけて戦ってるんじゃないのか、『ISPM』。
とりあえず、香奈の中では関わり合いになりたくない団体にランク上げされたが、美鈴は違った。
「なんだか素敵な団体なんですね」
「でしょう? 人手不足だから、今なら簡単な審査で入れるわ。どう?」
「章子! ってか、そこのお前も馬鹿な事を言うな!」
重樹は顔を真っ赤にして美鈴に怒鳴った。
「因みに重樹さんは受け? それとも攻め? 私の考えだと、ツンデレ受けか強気な小犬受けな気がしますけど。死んだ友人は穏やかで包容力のある大人な攻めで」
「凄いわ美鈴さん! まさにその通りよ!」
「違うわ! 勝手に俺を受けにするな!」
「受けでも攻めでもいいから、さっさと帰ろうよ美鈴」
何気に酷い事を言いながら香奈が時計を見ると、美鈴から反論が来る。
「え~? とりあえず重樹さんが受けか攻めかだけ判明してからでも」
どうやら、美鈴はそういう話が好きなようだった。
「章子! 俺やだよこいつら送るの!」
しかも一纏めにされてしまった。
「重樹、協力者の安全を確保するのも私達組織の役目よ。それに、既に彼女達は立派に協力者の仕事をしてくれたわ」
ちらりと章子が後ろに視線を向ければ、心配そうに香奈達を見つめる椿の姿があった。
「う、うぅ……わ、わかったよ! ほらっ! さっさと行くぞ!」
重樹が香奈と美鈴の腕を掴んで玄関の扉を開けると、後ろから椿の声がかかる。
「香奈、美鈴、今日はありがとう」
「うん、またね」
そうして三人で家を出た。
ひんやりとした夜の空気が三人を包む。
時間が時間だから行き交う通行人も殆ど居らず、車が時折行き交うぐらいで後は静寂な夜の空気を震わす虫の輪唱が響いていた。
中学生になれば、クラブ活動等でこのぐらいの時間に帰宅する事もあるかもしれない。
しかし、山中中学はその学校の立地条件からクラブ活動はなく帰宅はかなり早い。
有志達でクラブ活動のまねごとはするが、それも短時間の事でしかも駅まで通学バスで戻ってきた後の事である。
香奈に至っては帰宅部で習い事もしていないし、特にこの時間に彷徨く様な用事もない。
だから、久しぶりに歩く夜道に何処か気分が高揚していた。
「で、最初はどっちの家に行けばいいんだ?」
重樹が隣を歩く香奈達に問いかける。
「美鈴の家でお願いします。私の家はその先なんで」
簡単に場所を告げる。
「了解」
重樹は頷くと、再び視線を前に戻した。
しばらくのんびりと三人で歩いた。
「でもさ、香奈。良かったよね――梓と椿も納得してくれて」
美鈴が夜空を見上げながらポツリと呟いた。
「そうだね」
梓と椿が目を覚ました後、早速二人に自分達が聞いた事を伝えた。
もちろんすぐには信じなかった二人だが、自分達のように章子の能力を見せられれば納得しないわけにもいかず、最後には能力者や能力、組織の事について理解してくれた。
また、今回の事件がその『ASP』である事を説明する中で、椿自身に記憶の中の犯人と香奈の持って来た写真を比べてもらえば、やはり間違いなくあの『秋月 響子』と今回の犯人が同一人物だろうという確証を得た。
だが、犯人が化け物だと確定された事により、椿の怯えは更に酷くなったのも言うまでも無い。
怯えてパニックになりかけた椿を説得するのは骨が折れたが、それでも最終的には納得してくれた。
まあ、それには章子や重樹も加わり懸命に説得してくれた事もあるだろうが、一番は化け物専門に相手をする人達が助けてくれるという心強さからだろう。
化け物に殺されるかもしれない――そう怯えていた所に、その化け物をどうにかしてくれる相手が出て来たのだ。
しかも、不思議な力を持っている。
椿の安心した様な笑みに、香奈は自分が思っていたよりもずっと椿が不安だったのだと気づかされた。
梓の方も、椿の様子と章子達の真摯な対応、そして香奈達の説得に言いたい事はあるだろうが、最終的には理解し納得してくれたのだった。
ただそれでも、章子達が最終的には化け物達を倒す方を選択し、そうなると椿を守りきれない、だからその時には自分達がどうにかするしかないと二人に伝えると、当然のように二人は戸惑ったが。
特に、命のかかっている椿は泣きそうになった。
だが、それでも香奈や美鈴が予想していたようなパニックは起こさず、最後には受け入れてくれた。
何となく腑に落ちなかったので納得した理由を聞いてみれば、答えは実に簡単だった。
『か、香奈達の事、信じてるから』
『椿を守れても、化け物が生きている限りは安全にならない。それなら化け物を倒してもらった方がいいわ』
椿は香奈達を信頼しているという。
それは、自分の為に駆けずり回ってくれる事を知っているからだ。
特に梓達は自分がどれほどパニックになろうとも見捨てずに毎日通ってくれたし、香奈達も自分を助けようと休日も犯人に繋がるものを捜してくれた。
だから、納得したと。
梓の方も、化け物がいる限り椿が無事でいられる確率は低いと考え、それならば、自分達が梓を連れて逃げるから、その分章子達には何が何でも化け物を倒して欲しいという思いで納得したという。
まあ――逃げるとしても、永遠にではなく時間制限があるという事も、二人が納得してくれた大きな理由の一つだったらしい。
但し――今の所、逃げ切れた相手が居たわけではないから、確たる証拠はないのが難点だが。
それでも、このままむざむざ次の被害者になってやる義理はどこにもない。
「明日はよろしくね、私は行けないけど」
香奈が言うと美鈴がポンッと自分の胸を叩いた。
「任せて置いて。だから香奈は神有家の方をよろしく」
その件についても梓達には報せていた。
だから、明日は香奈抜きで美鈴達が椿の家に集まる事になっていた。
「でも――どうせなら『IPSM』の方ももっと人手を出してくれればいいのに。そうしたら椿を守る分の余裕だってあったのにね」
美鈴の呟きに、重樹がむすっとする。
「あのな、『IPSM』に所属していても、仕事を貰える能力者はそんなに多くないんだぞ? なのに事件ばかり多く起きてて、年中人手不足だ。しかも今回の件で貴重な人材を失って更に人手不足が進んでる。増やせるわけないだろ」
「そうなんだ~」
「ったく、人事だと思って」
重樹が忌々しげに呟く。
「因みに、重樹さんの能力って何?」
「は?」
突然の質問にキョトンとした重樹だが、すぐに慌てた様に周囲を見る。
「どうしたの?」
「馬鹿! 能力者の事は秘密だって言っただろ!」
『IPSM』や能力者は古くから存在しているが、決して表舞台には出ず隠された存在である。
はっきりいってこんな外で話していいものではない。
「でも、今は人はいないし」
確かに周囲に人気はなく、車もまばらだ。
「それでもだ!」
「けど気になるし」
章子は雷。
なら、重樹は何だろうか。
ずっとそれが気になっていた。
いわゆる、知的好奇心である。
「じゃあこそっと教えて下さい」
「嫌だよ」
だが、美鈴は諦めなかった。
「でも、私達協力者ですよね? なら、知ってた方が良くないですか?」
「はあ? どういう根拠だよ」
重樹が胡散臭げに美鈴を見た瞬間、小悪魔な笑みとぶつかる。
「だって、協力する人達がどういう人かを知るのって大事じゃないですか」
「……」
「それに、私達も協力するって事は命を預けるって事でもあるし」
「そこまでいくかっ」
「行きますよ。下手したら死にますし」
そういう相手なのだ、今回の相手は。
「なら最初から関わらなければいい」
「むぅ~、冷たいですね。強気小犬受け+ツンデレか」
重樹がヒクヒクと頬をひくつかせるのを香奈は黙って見ていた。
そしてあえて自分は関わらない。
面倒事に首を突っ込みたくないから。
既に椿の事で首を突っ込んでいる身なのを忘れて、しっかりと安全距離を保つ香奈だった。
「どうしても駄目ですか?」
「なんでそんなに知りたいんだ」
「気になるからです。だって今までゲームの中だけでの不思議な力が実際にあるって分かったんですよ? 気にならない方がおかしいです」
ようはそこに尽きる。
すると、重樹は大きく溜息をつき、なにやら呟きだした。
「……だよ」
「は?」
首を傾げた美鈴に重樹は不機嫌な口調で告げた。
「霊者だ」
「何、それ」
「霊視や除霊、退魔の力を扱う能力者で、世間一般の霊能力者、霊媒者を指す」
「へ~、あ、だから今回」
香奈の言葉に重樹は頷いた。
「そうだ。今回の任務に最適なタイプとして連れてきてくれた」
そこで香奈が口を挟んでくる。
「でも、記憶を見るがうんたらかんたらって」
「ああ。霊視を使ったからだ」
「霊視?」
「……サイコメトリーの事だよ。それ以外の能力としては、さっきいった除霊、退魔、結界張りとかも出来る」
「何でも屋みたい」
香奈の感想に重樹がう~んと首を傾げる。
「どうかな? これでも結構出来ない事はあるぞ。それに――俺の力はかなり不安定だから、道具を媒介にしないとならないしな」
と、そこで重樹がこっちの道の方が近いといって裏道に入る。
すると、民家もまばらとなり車の姿も全くなかった。
ただ、小さな道路を挟む道の両脇の香奈の背丈ほどもある茂みが、時折風に吹かれて音を立てる。
「そういえば章子さんは雷だけど、火とか水とかも使える人はいるんですか?」
「だからお前、そういう事はあんまり――」
しかし、あまりにも美鈴が目を輝かせて聞く姿に、重樹は口を閉ざす。
最初に見た時や言動を聞けば、あんまりオカルトと超常現象に興味を持っていない相手だと思った。
だが、一度認めてしまえばとことん知りたくなるタイプらしい。
しばし考えた後、大きく溜息をついた。
「……言っとくが、他言はするなよ」
「うん」
「は~い」
何時の間にか香奈も返事をしており、重樹はガックリと項垂れた。
「炎や水を操れる能力者はいる。章子もそうだけど、そういうのは元素使いと呼ばれる。俺が霊者と呼ばれるように。他にも幾つか能力の種類で呼び方があるんだ」
香奈達の目が更に輝く。
「詳しく説明しろとか止めろよ。時間がかかるから」
「じゃあまた今度教えて下さい」
美鈴の言葉に重樹がガクリと肩を落とした。
「そこまでする義理が何処にある」
「いや、気になるし」
「あのなぁ」
いや、もう何も言うまい――重樹は諦めた。
「でも――能力かぁ」
香奈は美鈴と重樹のやりとりを余所に、章子が発生させた雷を思い出した。
「まるでゲームの世界に飛び込んだみたい」
「確かに」
美鈴も頷く。
本当にゲームのような話だった。
「信じられないか?」
重樹の呟きに、香奈は首を横に振った。
「ううん。信じるだけのものを見せてもらった。でも――ちょっとだけ思ったの」
「……何を?」
「そういうの、私も使えないのかな~って」
こんな自分でも、魔法とかに憧れた時期はあった。
学校でスプーン曲げが流行った事もあった。
でも、所詮はお話で、そういうものは現実には有り得ないと知った。
だから香奈は幽霊ですら信じなくなった。
「……欲しいのか? こういう力が」
スッと視線を厳しくする重樹に香奈はう~んと唸る。
「欲しいっていうか……まあ、憧れはあるけど――」
物を浮かせたり、空を飛んだり。
超能力とか魔法に憧れた。
でも――。
「やっぱり、実際には欲しくないな」
「……」
「そういう力ってさ、恐いもの」
「え?」
「章子さんが言った魔女狩りとかではないけど、何事にも良いことと悪いことがあるように、その力だって良いことばかりじゃないんでしょ? 章子さんが見せてくれたあの雷だって、あれだけなら綺麗だけど、もしあれが何かにあたったら絶対に大変な事になる」
重樹がギョッとした様に目を見開く。
この、少女は。
「ゲームとかなら、魔法を放って綺麗だとか楽しいで済むけど、実際には水とか火とかむやみやたら起こしたら大変そうだし……それに、超能力とかでも物が吹っ飛んだり、人の記憶を読んだり……使い方を間違えたら、本当にまずそうだもの」
香奈は夜空を見上げると、ゆっくりと手を伸ばした。
こうすればすぐに掴めそうでも、決して掴めない星々。
自分にとっての能力とはそういうものなのかもしれない。
「それを考えたら、能力者の人達って本当に大変だよね。ってか、普通の人にないような力を持つ分、きっと普通の人よりももっと大変なんだと思う」
「……」
「だから、私はいらない。あっても、使いこなせなかったら意味ないもの。ほら、車とかだって便利だけど、あれは使い方を間違えれば凶器で、実はドライバーって凶器を持ってウロチョロしているようなものだって聞いた事あるし」
香奈が重樹に笑いかける。
「大きな物を得れば、それだけ義務と責任を負うってお母さんも言ってたしね。普通の人でもそうなんだもの。能力者みたいな人達はもっともっと大きいんでしょう? 私には無理だと思う。なら、最初から無い方が良い」
香奈の言葉に、重樹ばかりか美鈴も黙った。
ざぁぁぁぁと風が吹き、茂みが激しく揺れる。
その時、道を照らしていた街灯がフッと消えた。
「え?」
周囲が一気に暗闇に包まれる。
星明かり以外は民家も殆どなく、灯りになれた目が対応しきれず、ぐんにゃりと視界が揺れた気がした。
その時、香奈はグイっと強く手を引っぱられた。
「重樹さん?」
「……こっちにこい」
「え?」
影になっていて顔がよく見えない。
だが、硬い重樹の口調に、香奈は引っぱられるままに歩き出した。
その時、近くでガサガサと茂みが揺れた。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
横に居た美鈴が消えた――。
と思えば、グイっと足を掴まれた。
地面に倒れた美鈴の指が香奈の足首に食い込む。
「み、美鈴?!」
名を呼び、少し暗闇になれた目で美鈴の状態を確かめた途端、驚いた。
美鈴の膝から下の足が、茂みの中に入り込んでいるのだ。
「美鈴、何――」
その時、美鈴の手が香奈の足から離れた。
美鈴の体が一気に茂みの中へと引きずり込まれていくのを見た瞬間、香奈は美鈴の手を掴んだ。
激しい抵抗が来たが、何とか美鈴の全身が茂みに入り込むのを防いだ。
「そのまま掴んでおけっ!」
「え?」
その次の瞬間、美鈴の絶叫が響いた。