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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第三十四話 経緯

「……私達に依頼が来たのは、丁度二つ目の事件が起きた後だったわ……最初の事件の調査結果から、それが人なるざる者の手だという事が確認され『IPSM』に依頼が来たのよ」

「ってか一つ突っ込んでいいですか?」

 香奈の突っ込みを章子は許可する。

「その依頼をしたのって」

「『IPSM』に関係する警察上層部です」

「その人達って、能力ないんですか?」

「ありますよ」

「……なら、その人達が倒せばいいんじゃ」

 美鈴と理佳がポンッと手を叩く。

 確かに香奈の言うとおりだ。

「そうなんだけど、そう上手く行かないのが組織なのよ。それに、警察上層部の能力者はある意味警察組織と『IPSM』の仲介者的存在だから戦闘には積極的には加わらないのよ。もし何かあって死なれると、またパイプ作りに時間がかかるから」

「……それって、戦う人の方は代わりがいるっていうニュアンスですけど」

「ニュアンスじゃなくて、実際そうなの。って怒った顔しないで。それは最初から承知の上なんだから。それで討伐する相手が依頼書には記載されていたの。『魔物レベル3』って」

「魔物レベル3?」

 なんだそれ?と香奈達は顔を見合わせる。

「『ISPM』では『ASP』の元凶となる対象者を、それぞれの殺傷力、性格気質、種族を三大柱とした総合的評価に基づいて、レベル1~10の十段階に分けているの。依頼書の表記例では、『魔物レベル6』、『悪霊レベル3』、『堕神レベル5』等という記載がされ、レベルは数が大きいほど、対象者の凶悪性が大きくなり、対処するのが難しくなるわ」

 一気にされた説明に、香奈は何度目かのひよこ召喚の準備に入った。

「通常、人間が単独で相手に出来るのは種族問わずレベル4まで。だから、今回の件もそのレベルに対応出来る能力者達が討伐に向かったの」

「ってか、能力者って魔物とかも倒せるんだ」

「RPGだね」

「す、すす、凄いです」

 ゲームだ。

 いや、もうとっくにゲームじみた話だ。

 そこで章子はグッと拳を握りしめる。

「でも……実はその依頼書に間違いがあったのよ」

「え?」

「『魔物レベル3』なんかじゃなかったのよ、相手が」

「何で分かったんですか?」

「だって、そもそも今回投入された能力者の実力なら『魔物レベル3』ぐらいなら十分倒せる筈だったもの」

つまり、倒せる相手を倒せなかったから間違いがあったという事――いや、でも。

「でも、絶対なものってないですけど」

 香奈の鋭い指摘に美鈴と理佳が頷く。

 自分達だって確実に百点を取れるテストに対して、ケアレスミスやらなにやらするのだ。

「確かにそうね。けど、インカムから――ああ、仕事中はインカムという通信機をつけるの。で、そこから聞こえて来た会話は酷く焦っていてね。完全にパニックになっていたわ。その時に聞こえて来たの。『違う』、『依頼書には』って」

 章子はそこで一呼吸置いた。

「その二つの単語から、依頼書に何かあると思われたわ。それに加えて、能力者が返り討ちにあった事、またこれといった証拠品を残さない事から、相手は『魔物レベル3』なんかじゃないって判断されたの」

「人、死んだんですよね?」

 失敗では済まされない話だ。

「その通りよ。今週の火曜日の朝にニュース速報が出たように、『IPSM』に能力者達が殺されたという報告が入って……その中に重樹の友人が居たの」

「……」

「もちろん能力者が死ぬ事はあるわ。こういう仕事をしている限りはね。でも、依頼書に問題がある可能性が出て来た。はっきりいって依頼書は能力者の選抜や仕事の振り分けの際に重要な書類よ。だから、すぐに組織側で調査がされたわ」

 もし今後度々こんな事が起きれば、仕事をしようとする能力者自体が居なくなるから調査はかなり厳しいものとなった。

「調査ですか?」

「ええ。で、依頼書を捜査する上で出向いた現場で、サイコメトリーが行われたところ、目撃者がいたという事が分かったの。目撃者は依頼書の件に直接関わらないけれど、すぐに椿の元に能力者が出向いたわ。今回の件で事件直後に現場に居て生きていられた相手は初めてだから、何か情報が得られる事に期待してね。また依頼書の内容が本当かの確認もかねて」

「内容がって」

「だって犯人を見たかも知れないでしょ?」

「……犯人についてはサイコメトリー出来なかったんですか?」

「出来なかったのよ、これが」

 章子が溜息をついた。

「……って、あの、椿の所に出向いたって言いましたけど、それが今回の」

「いえ、私達は二度目よ。最初は火曜日に行われてるから」

 火曜日――それは椿から初めて話を聞いた日の事だ。

「って、そんな人見なかったんですけど」

「貴方達が帰った後に来たみたいね。じゃなきゃ私達みたいに完全に鉢合わせしてたわ。まあ――今回もそうであって欲しかったんだけどね……で、最初のサイコメトリーでは椿さんの強い恐怖と混乱が邪魔して殆ど読み取る事は出来なかった。唯一分かったのは、犯人の容姿とその存在が悪霊の類だと分かったの」

「……」

「けど、本当の問題はそこからだった。悪霊だとしてもその素性が分からない上に、あまりにも強すぎたの。だって、幾ら悪霊専門ではないとしても、『IPSM』の能力者を一撃で葬るほどの力を持つ相手は中々居ないわ。それに、事件以降は痕跡も残さず、追う事も出来ない。それこそ、何かの力が加わって居所を隠しているとしか思えない」

「何かの力?」

「……で、調査は続けられ、幾つかの事が分かったの。一つは今回の事件が、三十年前の事件と同じという事。もう一つは、三十年前の事件の被害者の中に椿さんの見た犯人と同じ人物が居た事。それがこの秋月 響子。すぐに素性を調べ、その過程で遺品や証拠品が消えていた事が分かり、証拠品の保管庫の火災と関わりがあるのではと予測が立てられたのよ」

「その、秋月っていう人の妹さんは何か知らないんですか?」

 美鈴の提案に章子は哀しげに笑う。

「それが、姉が居たという事は知ってるけれど、それ以外は何も知らなかったの」

「え?」

「しかも姉は事故にあって亡くなったと両親から教えられていたそうよ」

「じ、事故?」

 事故どころか事件。

 それも未解決事件だ。

「私達も不思議だったけど、両親がそうやって教えたのが記憶から読み取れたわ」

「な、なんで……」

「また秋月家の親類も数少なくてね。他に情報を取れる相手はいなかった。それに三十年前の事件だから殆ど情報も残っていないしね」

「……」

「で、さっき、もう一度犯人を確認する為に椿さんに記憶の照合を行ったけれど、やはり同一人物である事が99.999パーセントの確率で確認されたわ」

「……その為に、今回来たんですか?」

「一つの目的はね。もう一つは……」

「もう一つは?」

「犯人を捕らえる為の罠をしかける為よ」

「……罠って」

「椿さんは今回の件では次のターゲットにされている確率が高いわ。だから、待っていれば向こうから来る」

 その言葉に、香奈は嫌な予感を覚えた。

 待っていても?向こうから来る?

「……それって、椿を、囮にするつもりですか?」

「……」

「囮にするんですか?!」

「……だとしたらどうする?」

「どうするって……ほ、他には方法がないんですか?」

「あるならとっくにやってる」

「……」

「でも、もう時間もないの。それに、私達には椿さんを殺しに来る時にしか犯人と接触する方法がない」

「え?」

「彼女が死んだ場所、彼女のお墓と彼女に関係する場所は一通り回った。でも、そこには何の痕跡もないの。捜そうにも見当たらないのよ。だから接触する最後の方法は椿さんの所に来る時だけ」

「け、けど」

「分からない事はまだあるわ。今回の事件の目的よ」

「目的?」

「そう。なんで三十年も経った今、こんな事件を起こしたのかって。復讐するとしても三十年も待つ必要はないわよね?」

「それは……」

「だから、私達は別の存在が彼女に関わっていると判断したの。さっきも説明したよね?『ASP』の事を。人ならざる者が介入する事を」

「……」

「はっきりいって、その人なるざる者の存在は現時点では全く分からないの。言い換えればそれほど厄介な相手という事。だからその影響を受けているだろう彼女も自動的に厄介な相手となるわ」

 厄介な相手……。

 香奈は自分の持つ写真の中の少女を見つめた。

 幸せそうに笑っている姿が、今回の事件とのギャップを濃くする。

「それこそ、今回捕まえられなければもっともっと被害者を出す筈よ」

「……」

「だから、何としても今回捕まえなければならないの。でなければ、死んだ『IPSM』の能力者達だって報われない」

「……どうして、依頼書が間違ってたんですかね?」

「それはまだ調査中よ。でも、すぐには結果は出ないわね。何せ依頼書を書いた相手は現在行方不明になっているの……何か事件に巻き込まれたのかもしれない」

 章子は溜息をついた。

「とにかく、これ以上の犠牲を出さない為にも、椿さんには協力して貰わなければならないの。だって、彼女だけが次のターゲットって分かってるのよ?」

 一度目のサイコメトリーでその可能性が指摘され、二度目のサイコメトリーにて確信した。

 秋月 響子の悪霊は椿に言ったのだ。

 アナタノモトニイクノヲ――と。

 そして次のターゲットであるならば、する事は一つ。

 彼女に張付き、今回の犯人を倒すまでだ。

「でも、椿は」

 あんなに怯えていた。

 あんなに怖がっていた。

「大丈夫。本人に意識はないから」

「え?」

「だから暗示をかけていたのよ」

 暗示?

「私達に協力してくれるように」

 章子の必死な顔に、香奈はそれを口に出すのを躊躇った。

 けれど……。

 心の中にわだかまる思いが飛び出す。

「本人の意思を無視してですか?」

「香奈っ!」

 美鈴が咎める様に腕を掴んでくるが、香奈は章子から目を離さなかった。

「……そういう事になるわね。でも、きちんと説明した所で彼女が協力してくれるとは思わなかったから」

 章子は誤魔化さなかった。

 その態度に好ましさを感じるが、同時に告げられた内容に苛立ちを覚える。

 仕方ないと心の何処かで思う部分があるが、自分の若い部分が酷いと叫ぶ。

「私達のやろうとしている事が非人道的な事ぐらい分かってる。でも、失敗したら椿さんも死んでしまう。だから」

「だから、勝手に暗示をかけて囮にしてもいいんですか?」

「香奈さん……」

「椿は……椿の意思は無視ですか?もしかしたら納得してくれたかもしれないのに?」

「……その可能性は低いわね」

 章子は厳しい声で告げた。

「普通に考えて、自分がそんなわけの分からないものに狙われていると知って冷静でいられる相手は殆どいないわ。既に椿さんは怯えていたもの」

「確かにそうですけど」

「その状態で説得するにはどれだけ時間がかかる? 言ったでしょ? 時間がないって」

「……」

「相手は今まで何人も殺しているの。凶悪な悪霊なの。失敗したら私達が死ぬだけじゃない、椿さんも死ぬし、もっと沢山の人も死ぬかもしれない」

「……」

「戦闘はかなり厳しいものになるわ」

「あの」

「ん?」

「なら、戦って……勝ったら、椿は助かるんですか?」

「もちろんよ。その為に私達はこの任務に望んでいるの」

 決意に満ちた表情の美しさに思わず目を奪われる。

「だから、何としても椿さんには協力してもらいたいの」

 章子の懇願にも似た言葉に、香奈は寝ている椿を見る。

 最後に見た時は怯えて泣きじゃくっていたが、今はすやすやと穏やかな寝顔を浮かべていた。

 椿は今まできちんと眠れていただろうか。

 いや、きっと怯えて眠れなかっただろう。

 毎日椿の元に訪れていた梓達からはまだ何も聞いていなかったが、それぐらいは長い付合いだから分かる。

 椿が恐怖から解放されるなら……。

 死を回避出来るなら――。

 椿の寝顔を見つめながら、香奈は考えた。

 でも……それを選択するのは、自分ではない。

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