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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第三十三話 苛立ち

「三十年前の最後の事件被害者――秋月 響子。当時中学一年生。彼女が今回の無差別連続殺人事件の犯人だと言われてるわ」

 章子は淡々とファイルを読み上げていく。

「秋月 響子……」

 香奈は自分の持つ写真を見る。

 美鈴と理佳も手元を覗き込んできた。

 この被害者はそういう名前だったのか。

 そういえば印刷した情報やHPに載っていた気がするが、容姿しか注目していなかったから殆ど覚えていなかった。

「生前は東京都心の中学に通っていたわ。生前住んでいた場所の住所は東京都の――」

 住所が読み上げられていく。

「両親は半年前に死亡。その後は被害者の妹が家土地、財産を引き継ぎ夫と子供と共に暮しているわ」

「妹さんが居たんですか?」

「ええ。姉が亡くなった七年後に生まれているから、今年で二十三歳ね」

 香奈の質問に章子はページを捲って妹の情報を口にする。

「その人はお姉さんの事を知ってるのかしら?」

 美鈴がポツリと口にした言葉に反応したのは章子だった。

「残念だけど知らないみたいよ、全く」

 全く?

 驚きを露わにする香奈達に章子は溜息をついた。

「この秋月 響子が犯人かも知れないと分かった後、すぐに詳しい情報を調べる為に秋月邸に向かったの。でも、既にご両親は亡くなられていたわ。だから最初は故人の持ち物を捜したんだけど」

「故人の持ち物? ……それって、響子さんの遺品の事ですか?」

「そうよ。えっと――」

「美鈴です。で、こっちが理佳」

 美鈴のハキハキとした紹介に章子が満足げに頷いた。

「ええ、美鈴さんの言うとおりよ」

「あ、ああ、あの、どうして遺品を」

「情報を取る為だよ。サイコメトリーするんだ」

 章子の代わりに重樹が説明する。

「サイコ?」

 首を傾げる香奈に重樹がめんどくさそうに説明する。

「物体に残る人の残留思念を読み取ることだよ。特に事件の時に身につけていたものが望ましいんだけど……」

「だけど?」

「何も残されていなかった」

「へ?」

 あっけにとられる香奈に今度は章子が口を開く。

「まず実家には響子さんに纏わるものは全て無くなっていたの。どうやらご両親が全て処分していたみたい」

「なっ?!」

 死んだ娘の遺品を全て処分したというのか。

「そ、そんな……こと」

「ええ、私達も驚いてる。普通はそういうのって残す事が多いと思うから……心情的にも」

「……」

「あ、あの」

「何? 理佳さん」

「じ、実家に、なくても、その、警察にはないんですか?」

「理佳?」

「ど、ドラマ、ととととかであったよ。しょ、証拠品」

「でもとっくの昔に時効を迎えた事件だよ?」

 香奈の言葉に章子が頭を横に振った。

「時効になると遺留品を含む証拠品は時効送致といって、被疑者不詳又は未検挙ということで検察庁に送致されるの。他には所有者が明らかで変換を望んでいるものについては、所有者等に還付されたりもするのよ」

「ほら、以前に検察へ時効送致するべき捜査書類や証拠品を処分していた事件があっただろ?」

「ありましたっけ?」

「ニュースぐらい見ろよ」

「重樹」

 呆れた顔をする重樹に章子の鋭い声が飛ぶ。

「だ、だけどさ、章子」

「香奈さん達ぐらいの年齢でそこまで知ってる方が凄いわよ」

「あの、じゃあつまり証拠品は検察って所にあるって事ですか?」

 そういえば重樹が言っていた。

 自分達の組織は警察上層部にも繋がりはあると。

 ならば、そこから証拠品を捜せばそのサイコメトリーとかが出来るのではないか。

「ええ、本来ならありますよ」

「……本来なら?」

「そ、それって」

 何かを悟った美鈴が口を手で覆う。

「ないんですよ」

「は?」

「証拠品が一つも残ってません」

「な、なん、え?」

「丁度今回の事件が起きる直前に証拠品が置かれている場所で火事が起きたんです。それで証拠品が全て燃えてしまいました」

「はい?!」

 証拠品が燃えた?!

「もちろん、この情報は検察側によって隠されています。公にしたら一大事ですからね」

「い、いや、公って証拠品が燃えたんでしょ?」

「ええ。でも、既に時効をとっくの昔に過ぎてしまった証拠品だった為、重要性は薄いとして事件の隠されました」

 重要性が薄いという言葉に香奈はカチンと来た。

 例え時効が過ぎようとも、遺族にとっては犯人に繋がる大切なものだ。

「そしてその調査も私達に依頼が来てました」

「は?」

 放火まで担当するのか?能力者達って。

 だが、そこで香奈は気づいた。

 章子達の所属する組織は特殊超常現象というものを解決するのが仕事だという。

 そこに依頼が来ると言う事は……。

「もしかして」

「ええ。人ならざる者が関わっています。でなければ、到底火を点けることなど出来ません。実はその検察の証拠品置き場には能力者の結界が張られていますからね。出来るとすれば同じ能力者か、人なるざる者」

「能力者っていう可能性はないんですか?」

「あるわけないだろ!」

 重樹の怒声に理佳が怯えて美鈴にしがみつく。

「能力者がそんな事するわけないっ!」

「わかんないです。だって人には色々なタイプがいるように、能力者にだって色んな人がいるだろうし」

「能力者の事を今まで知らなかった奴に言われたくない!」

「重樹!」

 章子の怒声に重樹がハッと我に返った。

「全く――ええ、確かに香奈さんの言うとおりな所もあるわ。ただ、人なるざる者の証拠が残っていたの」

「証拠?」

「その結界には特殊な仕掛けがしてあるの。能力者が解いた場合と人なるざる者が解いた場合での解かれ方が違うのよ」

「へ~」

「で、俺達はその火事の一件も今回の件に関わっているとみている――なんだよ、その顔。だってそうだろ? まるで狙ったかのようだろうが」

「狙った……」

「火事の発生時期だよ! その件があった後で間もなく今回の事件が起きている」

「……」

「それに実家に遺品が全く残されていない状態で検察の方にも証拠がなくなるなんて偶然じゃない。特に事件が起きた今はーーくそっ!!」

 ガンッと重樹が壁を殴る。

「くそ、くそ、くそっ! なんでっ!」

「重樹、止めなさい」

「けど、けど!」

「重樹」

 章子の窘めに重樹がグッと唇を噛みしめる。

 だが、終に耐えきれずに部屋から飛び出していった。

「あ」

「良いのよ。少し頭を冷やさせるから……それで、被害者の」

「あの人……何かあったんですか?」

 香奈の質問に章子が言葉を止める。

「なんか、凄くイライラしている感じだったんですけど」

「……気にしなくて」

「私の言い方かな」

「は?」

 香奈はポリポリと頭をかきながら話した。

「私の話し方って良く人を怒らせるって言われるんです。だから」

「それは関係ないよ」

「でも」

「ここに来る前からだから――友人を亡くしたの」

 ギョッとした様子の香奈に章子はハッとするが、口から出た言葉を戻せるわけもない。

 しかし積極的に話していいものでもないだろう。

 暫し迷うが、香奈達の視線に結局は説明する事に決めた。

「今週の火曜日の事件は知ってますか?」

「はい……って、あの」

「そうです。あの事件の被害者が重樹の友人なんですよ。そして――『IPSM』の能力者でもありました」

「能力者が被害者って……」

「シフト的に休日だったのかな」

 香奈と美鈴がアルバイトのシフトを思い出す。

 まだアルバイトは出来ない年齢だが、よく街でシフトがシフトがと耳に入ってきた。

「……そうですね。休暇中ならどんなに良かったか」

 何処か疲弊した様な声音に香奈は章子を見た。

「……そう、任務中だったの」

「任務、中?」

「つまり、事件解決をしようとしていたって事ですか?」

 美鈴の指摘に章子は頷いた。

「そう……その仕事中に亡くなったの」

 香奈は今週の火曜日にテレビで見た事件を思い出す。

 遺体はバラバラで酷い状態だった。

「だから、余計に、ね」

「……でも、大丈夫なんですか?」

「美鈴さん?」

「普通関係者って外されるんじゃないですか?」

 病院でも手術とか、警察でも身内が被害者になった場合等は担当から外される。

 それは、心情的なものにより客観的に仕事が出来なくなるからだ。

「……確かに、普段ならそうね。でも、重樹は……」

「重樹は?」

「どうしてもこの件に加わると」

「でも、正常な判断が出来なくなったら……大変じゃないですか?」

「……うん。でも、正式に任務が下ってしまったから」

 だから、連れて行くしかなかったと章子は告げる。

「理由は分からない。ただ重樹は、今後『IPSM』の心強い戦力になる素質があるから、経験値稼ぎをさせたいという組織の意向もあったのかもしれない」

「経験値稼ぎって」

「後は、友人の死を乗り越えて任務に徹底できるようにという訓練、かな……はっきりいって私達の仕事は失敗すれば死に直結する仕事だからね。こういう事はこれから先沢山あるから」

「……貴方もそうなんですか?」

 香奈の質問に章子は頷いた。

「ふふ、これでも友人も知人も十数人は亡くしてるのよ。だから残酷かも知れないけど、重樹もこれから能力者として仕事をしていくなら、これは乗り越えなきゃならない事なの」

「……」

「だからね、本当は香奈さん達の事も巻き込みたくなかったの。既に能力者も死んでる。関われば貴方方も命の危険性があるから」

「でも、許可してくれましたよね?」

「うん、今更だしね。というか、秋月 響子にまで辿りついているんだから、もうどっぷり関係者でしょう?」

「え~、まあ」

「私もまさかそこまで嗅ぎ付けているとは思わなかったけどね」

何処か呆れた様子の章子に香奈達は顔を見合わせた。

「でも、寧ろ協力者としては心強いよ。今はどんな情報でも欲しいの。それほどうちの組織は切羽詰まってるのよ」

「切羽詰まってる?」

「ええ。うちの組織は世界の中でも最大の能力者組織。そこに仕事を依頼すればほぼ確実とさえ言われている。にも関わらず今回は失敗した――こういう仕事って信頼で成り立っているから、失敗には特に煩いのよ。つまり威信を賭けた再チャレンジ中という事ね」

なんかそう言われると、真剣さが失われていく気がする。

「ってか、失敗理由って……向こうの方が強くて負けちゃったからですか?」

「う~ん……もういっか、言っても。……失敗したのは依頼書の誤った記載のせい。それが原因で、能力者の選択ミスによるものよ。簡単に言えば火事が起きているのに火を消す消防車を呼ばずに救急車を呼んでしまったパターンよ」

 何となく分かった様な分からなかった様な……。

 香奈達は頭の中に救急車と消防車を思い浮かべながら章子を見つめた。

「何故そうなってしまったか……そうね、最初から話さないと行けないわね」

 そう言うと、章子は視線を落とした。


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