第三十二話 殲滅の雷姫
沢山の言葉を聞いた。
『能力』、『能力者』、『IPSM』、『超常現象』、『ASP』その他様々。
聞いた事のない言葉、聞いた事はあるけどテレビの中だけの言葉がわんさか出て来た。
少し前の香奈なら笑い飛ばしはせずとも、どうせ作り話だと思っただろう。
けれど、今香奈達が見ているのは、まぎれもなく真実ーー。
だと。
思う。
「っ!」
香奈は自分の産毛が総毛立つのを感じた。
目の前で行われていく章子の状態変化に、息を呑む。
他の子供達が怯えて泣く中、香奈だけは一人教室の窓から眺めていた。
父と手を繋ぎながら、雨が降り注ぐ中仰ぎ見た空の中に、それはあった。
灰色の曇天の隙間に見える幾つもの青い閃光。
それは、大地を青白く照らしたかと思えば、大きな轟音と共に空を切り裂き地面に降り注ぐ。
雲と地面との間に起きる光と音を伴う大規模な放電現象。
一般には天災と認識されながらも古代では稲を実らせる現象とも謳われ、他国の神々ではその力を持つ神こそが最高神と崇められたーー。
「これが、私の力ですよ」
章子がパチンと指を鳴らせば、体に蛇の様に纏わり付いていた青い光が章子の前に現れる。
バチバチと激しい音を立てる球体は正しく。
「雷」
香奈がその強い電気を纏う球体に魅入られながら呟いた。
「そう、雷です」
章子の笑みに、理佳が驚きの声をあげる。
「こ、ここ、こんな事が、ど、どう、して」
「ふふ。雷の発生の仕方は分かる?」
「雷雲があるから?」
香奈の答えに章子は笑った。
「確かにそう。でも、雷には火山雷と言うものもあるの」
「火山雷?」
「そうよ。けど、そこは割愛するわ。今は雷の発生についてだから」
章子が自分の造り出した雷の球体を見る。
「雷は電位差によって発生する。私はその電位とか、あとは電子を操作する事が出来るの」
「でんい? でんし?」
「雷の発生に関わる要素の一つよ。物理を学んでいれば分かるんだけど……まだよね?」
章子は香奈達の様子を見て苦笑する。
完全に頭の中に疑問符を飛ばしていた。
ただ、理佳だけは少し様子が違う。
「電位……そ、それって、い、位置、エネルギーの事ですか?」
「ビンゴ!」
流石は秀才。
調査書通りだ。
「位置エネルギー?」
香奈は余計に頭が混乱するのが分かった。
「じゃあ、電子は」
「すいません、頭が混乱してきました」
「あら、じゃあ電子の部分はまた今度ね」
章子の言葉に香奈はコクコクと力強く頷いた。
「元素使いの中でも雷使いは珍しいんだ」
重樹と呼ばれた青年が誇らしげに言う。
「それに、章子ほど雷を自在に操れる能力者は『IPSM』には居ないんだ!」
「おかげで通り名は『殲滅の雷姫』ですけどね」
なんだか物騒な通り名だ。
「で、信じてくれた?」
にこりと笑い雷の球体を突く章子の言葉を聞きながら、香奈は球体を見つめる。
「他にはどういう事が出来るの?」
驚いて言葉も出ない少女と、ひたすらワタワタする少女。
たぶん普通の感覚を持つ相手ならば、そういう驚愕する反応が殆どだろう。
後は有り得ないと怒って否定するか、悪ければ罵詈雑言を吐き捨て、それも無理なら畏怖と恐怖を向けてくる。
特に人は普通とは違うものを忌避する傾向が強い。
しかし、香奈はそのどれとも違い、他には何が出来るのかと聞いた。
本人は気づいていないが、目に宿る輝きは純粋な好奇心と尊敬。
「そうね~、簡単に言うと雷関係は何でも。落雷させたり、今のように雷の球体作ったり、電気に影響を及ぼして停電にさせたり、逆に発電させたりとあらかたの事は出来ますよ」
「……自家発電機?」
香奈の表現に重樹はぶっ飛んだ。
『ISPM』の中でも名高いあの『雷姫』を発電機なんて。
いや、それよりも章子を侮辱する事は死に繋がる。
なのにそんな簡単に言うとは、やはり神有家縁の娘だからだろうか。
「重樹、構わないわ。たいして変わらないもの」
「け、けど、章子はエイスだぞ!」
「それでもよ」
「ってか、本当にこの子は神有の娘なのか? それにしては知らなすぎるぞ」
バチンと雷の球体が消滅する。
総毛立っていた産毛が再びペタリと肌にくっついた。
「重樹」
「別に俺はおかしい事は言ってない! だって神有家だぞっ! 『IPSM』の重鎮なんだぞっ! なのに能力の事すら知らないって有り得ないだろっ」
「教えていませんからね」
「何でだよ!」
「その必要がないと判断したんでしょう。それに、母君は既に家を出られているから」
「なら、神有家とは関係ないんじゃ」
重樹の言葉に章子は頭を横に振る。
「ありますよ。親族会議にも出席されてますからね」
「……なんなんだよ! わけわかんないよっ」
「確かに普通はそうですね。でも、その事に関しては外部の者である私達の口出す領分ではないわ」
「……」
また、分からない事を話していると香奈は感じた。
というか、神有、神有、神有と何故こうも母の実家の名が出てくるのか。
しかも、『IPSM』の重鎮って……。
「IPSMは能力者を抱えている団体で……」
つまり、神有家は。
それを言おうとした時、章子はそっと香奈の唇に指を当てた。
「そこまでです」
「章子、さん?」
「神有家の詳しい事に関しては、どうぞ神有家からお聞き下さい」
「……」
「私達が話せるのは、能力と能力者、そして私達の所属する団体の事」
そして、今回の連続無差別殺人事件の依頼を受けている事。
「事件について話したのは、貴女方を協力者として認めた上での事よ」
「協力者?」
「そう。協力者。だって、椿さんの為に駆けずり回っていたんでしょう? 助ける為に。ならば、事件を解決しようとする私達と目的は一緒。椿さんを助ける為に、この事件を解決しようとしている」
「……」
「だから、協力者」
章子の笑みを前に、香奈はなんだか自分達は知らないまま色々な立場に立たされている事を悟った。
「では、事件の事は」
「話せる分だけは話すわ。それも含めて貴方達に話したのよ。逆に言えば協力者に協力を仰ぐ為に能力や私達の所属する団体について話したと言ってもいいわね。そして協力者の記憶はもちろん消さないわ。貴重な助力ですもの」
「え、でも」
確か自分に話してくれたのは神有家の縁者だからで、記憶操作が出来ないのも神有家だからとか言っていーー。
と、そこで香奈はハッとした。
美鈴と理佳。
この二人に向けられて今の理由は告げられたのだ。
神有家以外の者達にも話をする理由。
そうーー香奈ではなく、美鈴と理佳の記憶消去をしない為の、理由。
「……」
そもそも考えてみれば、記憶が消せないのは香奈だけだ。
美鈴と理佳は違う。
幾ら椿を助けたいからといっても、所詮は子供の戯言ととられてもおかしくない。
けれどそれでもこうして話をしてくれて、記憶を消さないでくれるにはそれなりの理由がないとならないだろう。
章子はその理由を協力者としたのだ。
その存在がどれだけ章子の組織に重要なのかは分からないが、記憶を消さないで済むからにはきっとある程度の影響力はあるのだろう。
まあ、確かに事情を知っている民間人が居る方が、秘密裏の組織からすれば動きやすくなるのかもしれないが。
「という事で、事件についての話を進めるわね」
そこには、もはや神有家の「か」の字を呟く隙間もなかった。
「……わかりました」
神有家の事は気になる。
しかし、話せないと言うのならそれ以上聞くべきではないだろう。
既に、美鈴や理佳が事件に関わる事が許されているとか、沢山の譲歩がされている状況である。
それに今は香奈も一杯一杯過ぎてこれ以上情報を得ても整理が出来ない。
と、その時客間の壁掛け時計が午後五時を知らせる音楽を鳴らした。
「あーー」
その音楽に、既に思いの外時間がかかった事を悟る。
それと共に、椿の事を思い出した。
時間が無い。
火曜日の午前二時まで、残り少ない。
そう言っていた筈なのに。
無駄な時間を過ごしたとは思わないが、香奈の中に焦りが生まれる。
まだ自分達は此処に来た目的を何も果たしていないのに。
「は、犯人」
「え?」
「椿に見せなきゃ」
香奈は鞄の中から図書館でコピーしてきた被害者の写真を取り出す。
今回の事件の犯人と怪我の状況が一致していたそれを椿に見せるつもりで持って来た。
「……それは」
章子が香奈の持つ写真を見る。
「そこまで、辿り着かれていたのですか」
「え?」
「流石ですね、香奈さん」
「章子」
重樹が恐る恐る口を開く。
「重樹、あれを」
「え、あ、うん」
重樹が自分の鞄から青いA4ファイルを取り出した。
「それは、何ですか?」
「貴方の持つ被害者の情報が載ってるわ」
「え?!」
茫然とする香奈達に、章子がファイルを開きながら告げた。
「今回の犯人は、その被害者なのよ、たぶん」
香奈達の欲しかった答えは、あっさりともたらされた。