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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第三十一話 『ISPM』

「って、う、嘘だろ! なんでそれがここに」

 愕然とする少年に少女は溜息をついた。

「調査書をきちんと読まなかったの? 書いてあったじゃない」

「え、あ、その」

 少年は美形だ。

 凛々しく精悍な面差しで、どちらかというニヒルでクールっぽい。

 しかし今はその影は今、更に見えなくなっている。

「だから私が足止めに出向いたし、結界だって張らせたでしょう?」

「あ、そ、そうなんだ」

「馬鹿ですね」

 少女は綺麗な顔をして以外に毒舌らしい。

 少年はあっけなく沈没した。

「記憶操作どころか害を与えたが最後、神有家を敵に回すわ。この日本では生きていけないだけではない。あの家からは『ISPM』の上層部に君臨する者達も数多く輩出している。組織から追い出されるわよ」

「っ」

 その言葉に、少年がガタガタと震え出す。

「特にあなたは組織に保護され育てられてきた子供。ホームを失いたくなければ、この少女に手出しは無用よ」

 可哀想なほどに少年が震えている。

「つまり、この少女を家の中に入れて、私が追い返せなかった時点で勝敗は決まってしまったんですよ」

「あの~」

 これ以上黙っていられず、香奈が少女に声をかける。

「何ですか?」

「なんかよく分からないんですけど」

 神有家は確かに自分の母の実家だ。

 母が家出娘と呼ばれている事も知っている。

 けれど、アイエスピーエムとか、上層部とか、結界とか、よく分からない言葉ばかりでわけが分からない。

「ふむ。私としてはこのまま何も聞かずに帰って欲しいんだけど。もちろん、椿さん達には変なことはしないわ。それは私達の目的ではないから」

 椿さん?

「どうして椿の名前を知ってるの?」

「調査したからよ」

「なんで調査する必要があるんですか?」

「……」

「そしてどうして椿達を眠らせたんですか?」

「それが必要だったから。記憶を読み取る為のね」

「……」

 香奈の表情を見て少女がクスリと笑う。

「納得いかない顔ね」

「当たり前です。記憶を読み取るって何ですか。変な装置とか使うんですか?」

「は?! 何を馬鹿なーーい、いや、装置じゃない。記憶を読み取る術を使うんだ」

 少年が口調を改めて説明してきた。

「術?」

「力と言った方が良いか……って、知らないのか? あんた神有家の娘だろ? それに結界破りもしたし」

「娘じゃなくて孫娘です。ってか、なんで神有家の娘なら知ってるんですか」

 しかも結界破り?

 結界って、あのゲームとかに出てくるバリアとかそういうのか?

「知ってるも何も神有家は」

「重樹」

「あ」

「私が説明するから」

 重樹と呼んだ少年を少女が黙らせる。

「まず自己紹介から始めましょう。私の名は章子」

「俺の名は重樹」

「あ、神無 香奈です」

 つられて頭を下げると、章子が優しい笑みを浮かべた。

「宜しく香奈さん。私達は共に『ISPM』に所属する能力者です」

「章子!」

「重樹、今更なのよ、もう」

 章子が戸惑う重樹を見つめた。

 一方、香奈は与えられた言葉に首を傾げていた。

「……能力者?」

「それも知らないのねーーああ、別に馬鹿にしてるわけではありませんよ」

 ムッとした様子の香奈に章子はクスクスと笑う。

 そして美鈴と理佳を見た。

「彼女達はどうしましょうか」

「え?」

「これはあまり大勢の人達には聞かれたくない事なんですよ」

 その言葉に香奈は美鈴達を見る。

 未だに茫然としている二人。

「……それは、椿の事に関係がある事ですか?」

「……まあ、あるでしょう」

 それだけで香奈は決めた。

「では、聞くか聞かないかは二人に任せます」

「どういう事でしょう?」

「あの二人は、私とそこに寝ている梓と一緒に椿の為に一緒に走り回っている友人なんです。だから、椿の事に関係する事なら聞く権利があると私は思います。でも、実際に聞くか聞かないかは本人の意思に任せます」

「そう……って、貴方はやはり聞く方を選ぶのね」

「聞かなくていいなら聞きません。面倒事に首を突っ込みたくないですから。でも、椿に関係する事なら」

 それに不思議な予感があった。

 この人達の話を聞くことで、今まで目に見えなかった新しい道が開けるような……そんな感じだ。

 普通なら、こんな訳の分からない人達には近寄る気も無いのに。

「……わかったわ」

 そう言うと、章子は美鈴達の元に向かい問いかける。

 すると、美鈴と理佳はしばし顔を見合わせた後、恐る恐る頷いた。

「では、説明しましょう」

 梓はまだ意識を失っているから後で伝える事にして、香奈達は章子と向かい合った。

「それで、まずは何から話そうか……」

「じゃあさっきその重樹って人に質問した、『貴方達が誰なのか』、『なんで椿の母に化けて私達を追い返そうとしたのか』、『椿の家に入り込んで何をしようとしていたのか』についてお願いします」

 すらすらと言い切る香奈に章子が苦笑する。

「そうね……まず私達はさっきも話したとおり『ISPM』の者よ。椿さんのお母さんに化けて追い返そうとしたのは、私達のする事の邪魔を排除したかったから。何をしようとしていたのかは、椿さんの記憶を見る為。お母さんの方はその作業の時に邪魔にならないように眠ってもらっただけよ。つまり、私達が用があったのは椿さんだけ……って、どうしたの?」

「いや、なんか凄くすらすら話されるんですね」

 隠して起きたい事をこうも話してしまっていいのか。

「聞きたいと言ったのはそっちですよ」

「でも、あまり話したい事じゃなきゃはぐらかすとかしても当然だし……それに話すとしても、まさかここまで詳しく答えてもらえるとは思わなかったです」

 章子が苦笑した。

「するなら最初にしてます。言ったでしょう? 貴方に家の中に入られて私が追い返せなかった時点で勝敗は決したと。私の変化も見られたし、その状態では家にも帰すに帰せない。かといって記憶操作する事は神有家に喧嘩を売るし、何もせずに帰したら何処で私達の事を話されるか分からない」

「だから、全てを話して」

「私達側に引き込んでしまおうかと。といっても、きちんと理解してもらった上での口止めですよ。理由が分かれば貴方達であれば吹聴はしない筈」

 そこまで信用されてもいいものだろうか。

「不思議ですか。でも、神有の血を引く者であれば多かれ少なかれいつかは私達の組織に関わります。それが早まっただけです」

「……」

 神有家ってそんなに凄い家なのだろうか?

 まあ日本有数の財閥ではあるが。

 しかし、章子という少女の話からすると、財閥とは違う所でなんだかの影響力があるようだ。

 というかなんだか展開が早くない?

 まるで急流に流されていく様な感覚に香奈は瞬きする。

「さて、続きを話しましょう」

「ちょっと質問させて」

「はい?」

「さっき椿の記憶を見るって言ったよね? なんで記憶を見るの? どうやって見るの?」

 すると、章子がう~んと考え込む。

「記憶を見るのは、私達に下された任務に必要だから。椿さんだけが今回犯人を見ているからね」

 その言葉に、香奈の脳裏に一つの単語が浮かびあがった。

「連続無差別殺人事件」

「そうよ」

 章子はあっさりと認めた。

「……もしかして、警察なんですか?」

「違うわ」

「違う?」

「確かに警察上層部からの依頼をされているけれど、私達は警察ではないの。『ISPM』の者よ」

「ってか、さっきから言ってるアイエスピーエムって何なんですか?」

 美鈴がようやく口を開いた。

「……そうね。普通の人は知らないわよね」

 そう言うと、章子はにこりと笑った。

「貴方達は知っているかしら? この世の中には人の手には過ぎたる現象が幾つもある事を。俗に言うサイキック現象やらオカルトとかいう超常現象、それが実在している事を」

「はい?」

 香奈は首を傾げた。

 サイキック現象?オカルト?

 よく聞く言葉だが、それが実在?

 してるわけがないではないか。

 あれは全部作り話ーー。

「作り話じゃないの」

「っ!」

 香奈の心を読んだかのように章子が笑う。

「存在しているの。遙か古代より、異能という力を持つ能力者を始め、幽霊、超能力、妖怪、その他のあらゆる超常現象、あるはずのない超物理的な事象がこの世には存在する」

「……」

 黙ってしまった香奈達に章子は優しく微笑んだ。

「信じられないのも無理はないよね。表向きには科学文明が発達し、そもそも「能力」や「能力者」自体が表向きには隠されてきたから。一般人で知る者達はごく限られた者達だけ……当然、その能力者達の機関だって知らない」

「能力者達の機関?」

 香奈は頭の上に幾つもの疑問符を飛ばした。

「そう。超能力や霊力、不思議な力を持つ者達が所属する最大機関ーーそれが、『国際超常現象機構~International supernatural phenomenon mechanism~』――通称『ISPM』。これは国際機関として各国政府に公認されている正式な組織。但し、知っている人達は少ないけどね」

「何故ですか?」

「能力者達の存在自体が隠されているからよ。でも、能力者達は存在する」

 そこで章子は少し哀しげに笑った。

「確かにテレビや妖しげな宗教団体とかでは、インチキな超能力者や霊能力者が多く出て来るから嘘だと思われがちだけど、本当に力を持っている本物も多いのよーーっていっても、力を持たない人達が殆どだけどね」

「……」

「けど、不思議な力を持っていると知られれば、科学文明が発達したこの時代では迫害される恐れだってあるわ。中世の魔女狩りみたいに……だから、公にしないのよ。そしてそんな能力者達を守る為に組織は存在し、能力者の保護、仕事の斡旋、物資の提供、教育、情報交換なども請け負っているのーーああ、管理もか」

「……つまり、労働組合みたいなものですか?」

「う~ん、それとは違うかな。どちらかといえば、ハローワークの方が近いかも。最大の業務は保護・管理と並んで仕事の斡旋だし」

「仕事の斡旋?」

「そうよ。仕事の斡旋。っていっても、別に普通の仕事ではないわよ。能力者がその能力を活用して行う仕事。つまり、超常現象の解決」

「超常現象……」

 そういえばさっき、妖怪とか言ってた。

「妖怪と戦ったりするんですか?」

「それも仕事の一つよ。他には魔物とか悪霊とか色々なものを相手にするわね」

「げ、ゲーム?」

 それかSF?

 宇宙人とかも出て来ちゃう?

 頭の中でグルグルと色々な情報が回りまくる。

 ひよこがピーチクパーチク鳴く声が聞こえた。

「まあ、言い出せば切りが無いから簡単に言うけど、人の手には終えない事件は全て能力者達の仕事になるの」

「……」

「ただし、正確にはただの超常現象ではなく『ASP』を担当するんだけどね」

「エーエスピー?」

「超常現象の中でも今回のように悪意を持って引き起こされるものよ。特殊超常現象事件の略称ね」

「今回のよう? ……って」

 なんだか理解出来ない事ばかりだが、それだけはしっかりと聞き取り理解した。

 この章子という女性は、あの連続無差別殺人事件が「エーエスピー」とかいうものに含まれると言っているのだ。

 で、エーエスピーは超常現象という人の手には終えないもので、その超常現象には妖怪とか色々含まれていて……。

「って、あの、じゃあ今回の事件は」

「そう。人ならざる者の手が関わってると判断されたの。だからこそ、うちの機関に警察上層部から依頼が来たのよ。そしてその解決の為に私と重樹は此処に居るの」

 あまりの事に香奈は茫然とした。

 だから話がSF的な展開になってるってば。

「よ、よく理解できません」

「でしょうね。突然沢山の事を告げられてるんですもの。それに、今までテレビや漫画の世界だけに存在すると言われていたものが実際に存在すると言われても混乱するわね」

「って、能力者とか能力もよく分からないです」

「分からないって、超能力者とか霊能力者とか身近にいるだろ」

「いません」

 そんなのがそうそう居てたまるか。

 確かに学校ではスプーン曲げが流行ったことがあるが、出来た生徒は一人も居なかった。

「そうね……ではそこも説明します」

 一つ息を吐くと、章子は香奈を見つめなが口を開いた。

「そもそも、この世に生きる者は、量や質に差はあれど誰もが能力という力を持っているとされています。つまり、誰だって能力者というものになれるんです。でも、力は持っているだけでは駄目で、それを使う為の技術とか色々なものが必要となります。そして力を使えるようになる事を覚醒と言うんです」

「覚醒……」

「但し、覚醒には遺伝的要因や環境的要因など様々な要因が複雑に作用しあう必要があります。で、能力には一般的に知られているサイキック能力、霊力、その他物理的になしえない事象を発揮する超常の力があり、これらを総称して「能力」と呼びます」

「能力……」

「能力者とは、この能力を操る力を持つ者を指します。能力者には先天的タイプと後天的タイプがいますが、この部分はまためんどくさくなるのでまたの機会にしましょう」

 そう言うと、章子はちらりと香奈達を見た。

「何か質問は?」

「既にパンクしてます」

「し、しし、信じられないです」

「能力……って」

 香奈だけでなく、美鈴も理佳も信じられない様子だった。

 説明は一通り聞いたが、実際に見たわけではないのだ。

「確かに見ないと信じられない。それは当然ですね。寧ろこの時点ですぐに信じられる方がおかしいですもの」

「しょ、章子」

 戸惑う重樹を制して章子が香奈達を見る。

「では見たら信じられますか? 能力者という存在を。そして『ISPM』という組織の存在を」

「う、うん」

「見たら」

「し、しし、信じ、られるかも」

 寧ろそれらを信じるという事は、椿の件を信じることにも繋がる。

 そうーー椿の見た犯人が、やはり化け物だったと信じる大きな決め手になるだろう。

 だってそういう不思議な力があるのなら、化け物とか霊とかそういうのが居てもおかしくなくなるからだ。

 どう考えても、人とは思えなくなっていた椿の見た犯人。

 それこそ化け物だと認めてしまった方がよほど辻褄が合う。

 その為にも、章子達の話が真実だという裏付けは必要だった。

「では、見せましょうか」

 そう言った章子だが、ふとその笑みに香奈はひっかかった。

「な、何?」

「いえ……普通なら全部嘘だと怒りながら出ていってしまってもおかしくないんですけどね」

「……まあ、確かに。でも、私見ましたし」

「え?」

「貴方が椿のお母さんに化けていたのを」

 見た目は完全に椿の母だったのに、香奈が頭突きした後に居たのは章子だった。

 メイクや被り物をしていたとしても、残っている筈のものがない時点でその可能性は薄い。

 それに頭の何処かで、不思議な何かが起きたのだと声高に叫んでいるのだ。

 もし椿の件がなければ……椿の見た犯人の件がなければ未だに否定し続け、章子の話だってまともに聞かなかった筈だ。

 けれど……少しずつ、少しずつ傾いてきている所に聞いた話を前に、香奈は否定の言葉が思いつかなかった。

 それに、それが本当に真実かどうかは今から分かる。

 「では、証拠を見せましょう」

 能力者を始めとした不可思議な存在が居る、確たる証拠をーー。


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