第三十話 口は災いの元
椿邸の客間で寝かされているのは全部で四人。
この家の主である椿親子に玄関で倒れた梓、そしてーー。
「不法侵入者?」
「違う!」
香奈の呟きに叫んだのは、高校生ぐらいの凛々しく美しい少年だった。
もちろん、彼も不法侵入者の一人だ。
香奈の起こした騒ぎに誘われるようにして現れた彼は、自分の相棒を必死に介抱している。
そんな相棒は、これまた美しい少女。
年の頃は少年と同じぐらいだろう。
そしてこの少女こそが、椿の母に化けて香奈達を家から追いだそうとしていた張本人である。
何を企んでいたのかは知らないが、香奈の頭突きの洗礼を浴びて現在気絶中。
「ってか、なんで家の中に入ってこれるんだよ」
「鍵が開いてたんで」
「鍵は関係ない!」
何が言いたいのかさっぱり分からない。
とにかく少年が暴れる様に叫んでいたので落ち着かせようと香奈は口を開いた。
美鈴と理佳は怯えていて部屋の隅から動こうとしないから仕方が無い。
「おじさん」
「誰がおじさんだ! そして俺の何処がおじさんだっ」
その高校生とは思えない落ち着きっぷりとか、存在感とか色々。
素直にそう言うと、なんだか複雑な表情を浮かべた。
「……いや、それはどうでもいい。それより一般人にバレたなんて分かったら上がなんて言うか……懲罰もんだぞっ」
「上?」
「『ISPM』だよ! ーーあ」
なんだか自分でぼろを出してくれたらしい。
だが、出した単語がよく分からない。
「アイエスピーエム?」
「全部カタカナで言うな。間抜けに聞こえる」
「じゃあ英語なんですか?」
「そう! って、騙されるどころだった! 俺は何も喋らないぞっ」
何を今更と香奈は呆れた。
何か不都合があるのならさっさと仲間を連れて逃げればいいのに、ご丁寧にもこうして客間に布団を強いて寝かせている。
まあ香奈のペースに巻き込まれたと言えばそれまでだが、知られたくない事があるにはあまりにもウッカリ屋だ。
きっと、そのアイエスピーエムという所でもーー。
「下っ端なんだろうね」
「俺はシックスだ!」
「は?」
「っ!!」
また何か余計な事を言ったらしい。
というか此処までペラペラ喋っているのを聞くと、わざととしか思えない。
だが肝心な事は何一つ喋っていないから、もしかしたら出来る相手なのか?
「とりあえず私が知りたい事は『貴方達が誰なのか』、『なんで椿の母に化けて私達を追い返そうとしたのか』、『椿の家に入り込んで何をしようとしていたのか』です」
まだ他にも聞きたい事はあった。
この気絶している少女がどうやって椿の母に化けていたのかとか、さっき聞いたアイエスピーエムとか色々。
しかし全ては教えてくれないだろう。
「俺が素直に喋るとでも思ってるのか?」
当然の台詞に香奈はスッと梓の携帯を取り出した。
「通報します」
「はっ! してみろよ。どうせあいつらには俺らを捕まえる事なんて出来なさい」
「何でですか」
「警察関係者上層部にも『ISPM』の幹部がいるからさーーあ」
「……」
「い、今のはナシだっ!」
「どうせぼろ出しまくってるんだからもう言ってしまえばいいんじゃないですか?」
そして出来ればさっさとお帰り願いたい。
今の時点で叩き出してもいいが、何をしていたか分からなければ再び来ないとも限らない。
見たところ椿や椿の母が眠らされている以外何もされていないが、次も同じとは限らないだろう。
そうーー椿と椿の母は眠らされていた。
香奈達が来るよりも前に、この少年と少女によって。
一体何をする気だったのか。
椿達の身の安全の為にも、このまま少年達を野放しにしてはおけない。
だが警察上層部に彼らの関係者が居るとなると、その権力を笠に着てまた来るかもしれない。
「いいから! とにかくお前達は帰れっ」
「イヤです」
「ならお前達の方こそ不法侵入で警察に連れて行ってもらうからなっ」
「じゃあ貴方達は椿のお母さん達に招かれたんですか?」
「そ、それは、もちろんだ」
「で、眠らせてイヤらしい事をしようと」
「するわけあるかっ!」
「なら、なんで眠らせてあるんですか」
「それはちょっと暗示をーーってなんだその性犯罪者を見るような目付きはっ」
香奈はどん引きの眼差しを少年に向けた。
きっとイヤらしい事をする為にこの少年は椿と椿の母を眠らせたのだ。
二人とも美人だからな。
けど、椿の母はまだしも椿はまだ中学生だ。
つまり、つまり。
「ロリコン」
「ぐわっ!」
凄まじい嫌悪感溢れる視線に少年がよろめいた。
今までに憎悪の視線を受けた事は多々あった。
殺意を向けられた事も多々あった。
しかし今向けられている視線は、まるでゴミでも見る様な嘲りと残念な人を見るような不憫さが入り交じっている。
「ち、違う! 俺はロリコンじゃ」
「なら熟女好みですか?」
まだそっちの方がマシだと思うのは自分だけだろうか。
しかし同意したら何かが終わりそうだった。
「なんで椿達を眠らせたんです? 眠らせて何をしようとしていたんです?」
「っーー」
「しかもこの女の人にばかり応対させて……まさか、その間に証拠の隠滅を」
「違うわ!」
このままでは本気で性犯罪者にされかねない。
少年はどうしてさっさと相棒を連れて逃げなかったのかと、今になって激しく後悔した。
いや、逃げたら逃げたでやはり性犯罪者として通報されていただろう。
こいつなら確実にやる。
少年は確信すると共にぶるりと体を震わせる。
ふと記憶操作という言葉が思い浮かんだ。
そうだ。
記憶操作をしてしまえば自分は性犯罪者ーーではなく、こいつらを追い払える!!
少年は確信し、術式に入り始める。
民間人には使用してはならないが、任務遂行のためには仕方ない。
一刻も早くこの邪魔者達をどうにか。
「やめなさい」
「っ?!」
眠っていたと思った筈の相棒が目を覚ましていた。
「しょ、章子」
「記憶操作はやめておきなさいな」
「っ!」
ゆっくりと起き上がった章子の言葉に少年は目を見開いた。
「な、で、でも俺達の正体が……いや、いつから起きてたんだ?!」
「あなたが記憶操作の為の術式を開始しようとした辺りからよ」
「あ……」
「記憶操作?」
香奈が首を傾げる中、少年が慌てて章子と呼んだ少女に視線を戻した。
「お、おいっ」
「今更焦っても遅いわ。それよりも記憶操作はナシよ。事態が更に悪くなるわ」
「な、なんでだよ」
「神有家を敵に回す気?」
「は? 神有家ってあの八大名家のーーえぇ?!」
「しかもこの少女はあの柚緋の従兄弟。家出姫様の娘よ」
「家出姫様の娘って、せ、清奈姫の娘で、つまりあのーー」
なんだか自分の知らない場所で色々言われているようだ。
香奈はとりあえず黙っておく事にした。