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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第二十九話 理人の憎悪

 広い和室で揺り椅子を動かし微睡んでいた柚緋は、ゆっくりと目を開ける。

 部屋に現れた二つの気配に、何処か暗い光を宿す瞳を向けた。

「お呼びと伺いまして」

「一体何の用だよ」

 理人は微笑み、夕霧はふて腐れた様に目をそらす。

「対照的だな」

 嫋やかな絶世の美貌に似付かわしくない口調に理人は苦笑する。

 自分でさえ時折見誤ってしまう美貌は正しく女のそれ。

 これで男だと言うのだから不思議だ。

 と、柚緋が聞けばお前も同類だと呆れられる事を思っていた理人の目にそれは映り込んだ。

 唇をニイと歪めた途端、漂うゾクリとするほどの濃厚な色香。

 同時に、大和撫子や穢れ無き巫女を思わせる美貌は、造形美こそ何一つ変わっていないにもかかわらず、どんな相手でも一目で堕とす様な魔性のそれへと変わる。

 同じ美貌で此処まで変わるのだろうか。

 しかし、こちらこそが柚緋の本当の姿。

 到底十二歳とは思えない存在感に、理人はニコニコと笑いながら、小さく溜息をつく。

 まあ……十二歳とは思えないのは、自分も夕霧も同じだが。

「夕霧はまた理佳にふられたのか?」

 揶揄する様な口調に夕霧が怒りを露わにする。

「違う!! ふられてないっ!」

「それにしては連れてくる事も出来なかったと聞くが」

「そ、それは美鈴が! あいつは悪魔だっ!」

 男の心をえぐり抜いた幼馴染みを思い出す。

「あ、あ、あんな羞恥プレイを」

「日記を読まれたのか」

「っ?! あ、あれは誰かが美鈴に日記を渡しやがったから」

 金庫の中に入れていたのに誰が。

「あ、それ俺だ」

 ああなるほど。

 柚緋なら……。

「お前が原因かあぁぁぁっ!」

「良かったな。心優しい取り巻き達で」

 あの文才皆無なポエムを間近で聞き、全身に蕁麻疹を出しながらも、必死に耐え抜いた取り巻き達は勇者だと柚緋の手の者達が称えていた。

 因みに手の者達のうち、初めてそれを聞いた新人は泡を吹いて倒れたらしい。

 流石は別名『呪いの書』。

 たぶん三日三晩は悪夢に魘される。

「それで柚緋、どのようなご用件でしょうか?」

「俺を無視するな!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぎ出す夕霧を綺麗に無視し、理人は柚緋に微笑む。

「まさか理人も来るとはな」

 その言葉の意味する真意を理解し、理人は笑った。

 ニタリと、儚くも清楚な白牡丹の如き顔に幽艶な笑みを浮かべる。

「ええ、来ました」

「中々に楽しそうな事をしていたと聞くが」

「お人が悪いーー」

 楽しそうなどころか、腸が煮えくり返った先程の件。

「梓は祝ってくれたらしいな」

 煮えくり返った腸を笑顔で切り裂く柚緋にただ静かに微笑む。

 全てはあの馬鹿女のせいだ。

 何か裏でこそこそしている事は知ってはいた。

 面倒なので放っておいたが、それが裏目に出た。

 だが一番許せなかったのは、あの女がペラペラと梓に話した事だ。

 おかげでよりにもよって一番知られたくない相手に知られてしまった。

 月曜日のパーティーでは先に帰った事で運良く知られずにすんだというのに。

 運の悪さに理人はほぞを噛む。

「どうせすぐにバレただろ」

「この俺がバレる様なヘマをするとでも?」

 婚約発表をされた後、すぐに手をうった。

 梓を社交界のパーティーに近付けず、彼女に情報を吹き込むだろう相手にはそれとなく脅しをかけておいた。

 だが、そんなこちらの努力をあの女はぶち壊してくれた。

 当主の弟をたぶらかし、自分の造った箱庭で女王様面をしていれば良いものを。

 更に権力を握る為に理人を駒にしようとしている。

「無視した報いと言うわけですか」

「だな」

 柚緋も頷いた。

 権力欲と選民意識の塊と言っても良い理人の叔母。

 彼女は理人の父の弟をたぶらかして篠宮家に入った。

 だが、その後も彼女は当主の弟夫人に満足しなかった。

 元々は理人の父が狙いだったのだから。

 しかし父に全く相手にされず、代わりとして父の弟をターゲットに選んだ。

 優秀と言われる父よりも出来の悪い弟の方が操りやすいと考えたのだろう。

 だが弟の妻では当主夫人にはなれず、権力もそれほど得られるわけでもない。

 ならばと自分の夫を当主にしようと一族内、外の男達と関係を持ち、何とか自分の夫を当主にするべく画策し続けた。

 しかし余りに弟が愚鈍な為すぐに計画は暗礁に乗り上げたが。

「だから今度はお前に目を付けた」

 理人はそっと目を閉じる。

 夫を見限り、今度は年若い甥に目を付けた。

 初めてあの女に手を付けられたのは、まだ理人が三歳の頃だ。

 そうしてずっと性的虐待を受け続け、初めて女を覚えさせられたのは小学校に入った直後だ。

 畜生にも劣る行為。

 叔母は、自分の体を覚えさせる事で未来の当主を操ろうとしたのである。

 だが叔母が理人にした非道はそれだけではなく、自分の愛人達に幼い甥を差し出したのだ。

 特に理人は母譲りの美少女とも見紛う美貌の持ち主である。

 そんな美少年を抱けると知った者達が叔母の元に殺到し、理人は毎日の様に男達に弄ばれるようになった。

 時には一人、時には複数で。

 家人が居ない時を見計らって手引きしたり、学校帰りに理人を相手の家に連れて行ったり。

 相手は政治家、経済界の重鎮、名家の関係者と実に様々。

 父にバレたらどうなるのかとも思うが、そこは世間体を盾にでもとろうとしたのだろう。

 浅はか過ぎて涙が出る。

 それに叔母は理人を見誤っていた。

 抵抗出来ない小さな子供だって、時が経てば大きくなる。

 確かに植え付けられた恐怖と洗脳から抵抗すら考えられない者達も居るだろう。

 だが、理人の場合は違う。

 調教されながらも、ふつふつと心に宿した憎悪を膨らましていった。

 男達の玩具にされたのは柚緋や夕霧も同じではあるが、他人に売られた二人とは違い、身内に売られたのは理人だけだ。

 そして身内だからこそ、余計に煩わしくもあった。

「さて、どうしてくれましょうか」

 叔母ははっきり言って馬鹿だ。

 しかし権力に関しては馬鹿みたいに鼻が利く。

 だからこそ、年を経る毎に理人への支配が少しずつ減弱していく事に勘付いたのだろう。

 当然慌てた叔母は、それまで以上に理人と強引に関係を持った。

 けれどそれも上手く行かない事に気づくと、手を変えてきたのだ。

 結婚という手段を利用した。

 もちろん自分が理人と結婚出来れば良いが、流石にそれは許されない。

 下手な女と理人が結婚すれば自分は遠ざけられる。

 その事を叔母は何よりも恐れた。

 自分に権力が無くなる事よりも、数百倍も。

 そうーー叔母は理人を虜にするどころか、逆に自分が理人に執着し手放せなくなっていたのだ。

 知らぬは本人のみだから笑える。

 叔母は最初自分の娘を理人と結婚させようとした。

 だが、叔母の娘は母を嫌い理人側についている。

 だから外から別の傀儡となる花嫁を連れて来る事に決めたのだ。

 それが桜子だと知って笑いが出た。

 あんな女狐をあの叔母が制御出来るはずがない。

 なのに何故選んだのかと思い調べて見れば、一族の選民意識が原因していた。

 叔母としては御しやすい気弱で格下の相手を選びたかったのだろう。

 だがそこで叔母に協力していた篠宮家分家が口を出してきた。

 彼らは格下の娘よりも、自分達の格を上げるために石守家の姫ーーつまり、桜子と理人の縁組みを望んだ。

 もちろん叔母が拒んだのは分かり切っているが、分家も引かなかった筈だ。

 それこそ叔母と決別してでもという覚悟を見せられ、認めるしかなくなったのだろう。

 気位の高い叔母だから当然苛立っただろうし、何より自分が執着している理人を別の女性に奪われると嫉妬した筈だ。

 だが、そこはあの叔母の事だ。

 桜子をお飾りの妻とし、本当に理人が愛しているのは自分だと思い込む事ぐらい朝飯前。

 そればかりか、桜子をいかにして自分の思うがままに操るかの方に考えが即座に移行した筈だ。

 それに自身の選民意識の強さは他者も同じだと思っている叔母だから、そんな格上の花嫁との縁組みに尽力した事で本家に恩を売れると踏んだだろう。

 あの叔母の考えそうなことだ。

「さっさと消してしまえばいいのに」

 柚緋の言葉に理人は首を横に振った。

「それはもう少し後にします」

 ここまで人をコケにしてくれたのだ。

 すぐには消してなんてやらない。

 それに楽しいではないか。

 あの女の首を真綿で絞め、この手で自滅させていくのは。

 それに自分に執着しなりふり構わず動く様は見ていて面白いものがある。

 それに梓の事もある。

 あの叔母は、理人の梓への思いを敏感に嗅ぎ取っては徹底的に幼い少女を攻撃した。

 理人が梓を庇えば余計にヒステリックになって梓を虐待した。

 人様の娘によくそこまで出来ると本気であきれ果てるほど、叔母の梓への仕打ちは酷かった。

 それだけでも許せないのに、今回の事だ。

「徹底的に、苦しめたいと思います」

 それも長くーー。

「恐いな」

「理人を切れされるなんて馬鹿だな」

 柚緋と夕霧の呆れた声に理人はクスクスと笑う。

「まあ……とりあえず、あの馬鹿女よりも先にやる事はありますが」

 梓が言った言葉を思いだし、すっと笑みを消す。

 既に手の者に調査をさせたから、戻る頃には報告書が上がっているだろう。

「で、私のことはもう良いですから、用件を」

「ああ。その前にーー」

 柚緋が言葉を切る。

「柚緋様?」

「……あの馬鹿が」

「馬鹿って……香奈の事か?」

 夕霧の呟きに柚緋が口を開いた。

「そうだ。にしても……」

「何か問題が?」

「大ありだ。章子に頭突きして気絶させた」

「は?」

「頭突き?」

「次のターゲットである鷲崎 椿の家に相棒と共に潜入していた所に香奈達が来たらしい」

「章子って、あの章子だよな」

「『ISPM』の能力者」

「ああ」

「って、あいつが潜入捜査って」

「この程度の事件でですか?」

 確かに面倒な事件ではあるが……。

「『ISPM』の威信がかかってるからな」

 二度目の失敗は許されない。

 だからこそ、章子が選ばれたのだろう。

「話の続きだが、章子達は香奈達を追い返そうとしたものの、結界を突破されてた挙げ句、椿の母に変化していた章子を押しのけて家の中に侵入。捕獲して何とか追い返そうとしたがーー」

「頭突き」

「したのか」

「事故だったらしいが……あの石頭は痛いぞ」

 流石は香奈の頭突き経験者。

 心底同情した眼差しを浮かべる柚緋を、夕霧と理人が不憫そうに見つめたのだった。

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