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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第二十七話 幼馴染みの忠告

警告)虐めに関する表現があります。

  過去にそういう経験がある方、感受性の強い方は閲覧を控えて下さい。

  この警告を無視して読まれての文句は一切受け付けません。

「ひっ! 夕霧さんっ」

「お、お前! 美鈴か?!」

 背後から叫ぶ少年達の声に、ようやく理佳は自分を助けてくれた相手に気付いた。

 目尻をつり上げ、仁王立ちし、手には夕霧を殴ったであろう鞄がある。

「み、美鈴ちゃん」

「遅いから心配になって迎えに来てみたらとんだ事になってるわね――理佳も梓も」

 梓――それを聞いた瞬間、理佳は梓の事を思い出す。

「あ、梓ちゃんっ」

 走り去った梓はどうなったのだろうか。

「梓なら、今は香奈と一緒にいるけど」

 それも凄い正面衝突をしていたが――。

 先程のことだ。

 いつまで経っても戻って来ない梓達に悲鳴をあげたのは香奈のお腹。

 ぐぎゅるるると何時までも鳴り止まない腹の虫に、美鈴の方が先に根を上げた。

 そしてフラフラになった香奈に少しでも早く栄養補給をさせる為に、梓達の元へと向かった。

 だが、ショッピング街に入ろうとした所で、走ってきた梓と香奈が正面衝突したのだ。

 が、そちらに駆け寄ろうすれば、理佳が小学校時代の元同級生達に追いかけ回されているのが見えて、梓の事は香奈に任せて追いかけて来たのだ。

 そして駆け付けてみれば、予想通りの光景がそこにあった。

「しかも、夕霧までいるし」

「くっ……この、暴力女!」

 夕霧が叫んだ瞬間、バンバンと鞄で何度も叩かれる。

「ちょっ! やめろっ」

「理佳、香奈達の所に行ってて。駅に戻ってると思うから」

「え、で、でも」

 美鈴はどうするのかと問おうとしたが、向けられた視線に理佳はぐっと息をのむ。

 そして振り返りざまに、何時のまにか近くに寄ってきていた理佳の鞄を持つ少年から荷物を取り返して走り出した。

「理佳っ」

 夕霧が手を伸ばすが、それをすり抜ける様にして理佳が走り去っていった。

「ま、待てよ野宮!」

「逃げるなっ」

 代わりに少年達が追い掛けようとしたが、進路を阻むように美鈴が立ち塞がった。

 突破しようにも、キツイ視線に射竦められて逆に動きを止めてしまう。

「美鈴……お前」

「いい加減に理佳から離れたら?」

「っ!」

 怒りを露わにする夕霧に、美鈴は溜息をつく。

 こいつとの付合いは、ある意味理佳とこいつの付合いより長い。

 というのも、農家の両親が夕霧の家に新鮮な野菜を提供している事もあり、幼い頃から夕霧の家に出入りしていたからだ。

 いわゆる幼馴染み。

 本来であれば、夕霧の家と美鈴の家では付き合うのも憚れるほどの家格や財力の差があるのだが、夕霧の両親を含めた本家の方達が気さくな性分だった事もあり、普通付き合ってきた。

 夕霧の母と自分の母が学校時代親友だった事も大きいだろう。

 だが、幼い頃から夕霧を見知ってはいるが、他の少女達のようにその麗しい美貌に熱を上げるどころか、小学生レベルの恋愛技術に対する溜息しかない。

「そういう事してるから、逃げられるのよ」

「っ!」

 好きな子の注意を引く為に虐める――その理論を全力で証明しているかの様な夕霧。

 見た目は恐ろしい綺麗なのに、中身は断然にお子様なのだ。

 それに信じられるだろうか。

 大人さえ簡単に翻弄し骨の髄まで利用するこいつが、理佳を一目見た瞬間に恋に落ちた事を。

 しかし結果は……というよりも、色々と問題を勃発させやがった。

「あんたね、幾ら注意を引きたいからって、虐めは許されないでしょう」

 しかもこいつの場合はそれだけではすまない。

 周囲に絶大な人気を誇る相手が誰かを嫌えば、周りも率先してそれに習おうとする。

 理佳への虐めの大半はそれが原因だった。

 憧れている夕霧の為に。

 憧れている夕霧が嫌いなのだから。

 憧れている夕霧が苛めているのなら。

 それを免罪符にして始まった虐めは、程なく自分達の快感の為だけに行われるようになった。

 美鈴も見かねて影で止めさせるように動いたが、それ以上に根深いそれはどれだけ根を取り払ってもしつこく理佳に絡み続ける。

 もう――夕霧が態度を改めたところではどうにもならないぐらいに、状況は深刻化していた。

 だが、だからといって夕霧に非がないわけはなく、寧ろこの状況を作り出した諸悪の根源である。

 反省して理佳への対応改善の為に動く事もせず、ただひたすら自分の為に理佳を追いかけ回す。

 しかもその理由が、理佳が嫌いだからではなく逆だというから大問題である。

 それこそ、時の権力者に寵愛を受けたばかりに悲劇の人生を送り殺された某寵姫的立場に理佳は立たされてしまっている。

 というか好きな子には優しくだろう。

 何度そう言って夕霧をドツいてきたか。

 しかし、よくよく考えればそれすらも止めた方が良いと、今までの経験から美鈴は思うようになっていた。

 そもそも、誰だって美しく秀でた人が居れば近付きたいと思う。

 全員でなくとも、大半はそうだし、美しい人に注目され優しくされたら気分だって良いだろう。

 それどころか、その美しい人を手に入れたいと願う筈だ。

 時の権力者達のように。

 だからこそ、周囲はこぞって手に入れようと激しく争い、少しでもその注意を得ようとする。

 そしてそれと同じぐらい、手に入れた者への嫉妬による憎悪と殺意は激しいものとなる。

 しかもその愛を受け、優しくされている姿を見れば、嫉妬の炎は更に燃え上がり手に入れた相手を焼き尽くすのは間違いない。

 古代では、美しい美姫を巡って幾つもの国が争い滅んだ事例だってあるのだから。

 しかし自ら手に入れたくて戦いに参加するのではなく、一方的に巻き込まれている理佳からすれば、とんだ傍迷惑な状態に過ぎない。

 実際に既に迷惑している。

 虐めでこれだけなのだ。

 もし今からでも夕霧が優しくしたら――考えるだけで恐ろしい。

 きっと理佳は嫉妬された上に殺されてしまう。

 だが、だからと言って虐めは絶対に止めて貰いたい。

 そう――夕霧が理佳に対して出来るのもうただ一つしかないのだ。

 ただ黙って諦めて関わらない事――それだけである。

 実際、中学が違って夕霧と離れた途端に理佳に対する周囲の対応は良くなった。

 もちろん、その虐めに全く関わらない別の学校の生徒ばかりだから完全な比較は出来ないが、理佳にとっては天国とも言える学生生活だろう。

 実際、理佳のオドオドした態度に全くからかったりする事がないわけではないが、それは冗談の部類に入り理佳も何とか自分で対処出来ていた。

 夕霧と離れたから――と、完璧な確証があるわけでもなく、元々虐めてきた者達で試したわけでもないから、全てをそのせいには出来ないが、それでも小学校時代を見ていれば割合は大きいはずだ。

 だから、離れた方が良い。

 なのにそれを言えば、その度に夕霧は言い返すのだ。

『美しければ、欲しくても諦めなければならないのか?! 笑顔で奪われる立場に甘んじなければならないのか?!』

 到底子供と言えない発言に驚くより、その強い瞳に言葉を失う。

 時の傾国の美姫のように、その美しさゆえに権力者達に翻弄され、望まぬ争いを引き起こされて賞品の様に扱われる。

 そんな人生に甘んじろと言うのか――。

 奪われるだけの人生。

 賞品として争われるだけの人生。

 沢山のものを与えられつつも、本当に欲しいものを与えられず後宮で飼い殺しにされた数多の美姫達のように、欲しいものを諦めろと言うのか。

 確かに美鈴がその立場なら、ふざけんなと怒鳴りたい。

 しかしだからといって、理佳への対応は認めていいわけはない。

 かと言って今更優しくするのも駄目だ。

 理佳への嫉妬が強まり虐めを助長させてしまう。

 もしかしたら虐めさえしなければ、別の道があったかも知れない。

 だが、過去は変えられない。

 だから美鈴は、夕霧が理佳に対してしてやれる唯一の解決策を選んで欲しくて口を開いた。

「いい加減諦めたら?」

 別に女の子は理佳だけではない。

 もっと綺麗で可愛くて夕霧の家柄に相応しい令嬢達は沢山いるだろう。

 それこそ、周囲が何も口出しできないほどの完璧な令嬢が。

 ……桜子なんてどうだろうか。

 だが、夕霧の美しい顔がきつくなる。

 向こうに見える少年達も焦る様な表情を浮かべる。

 彼らはただ夕霧に従っているだけの者達だ。

 夕霧と仲が良い――と言うよりは、まるで忠誠を誓った配下のように付き従い、命じられるままに目となり耳となり、手足となって動く。

 そうして、小学校時代は夕霧の命ずるままに理佳を追いかけ回すのにも一役買っていた。

 しかし、彼らが他のいじめっ子達と違うのは、夕霧の命令だからそうしているだけであって、別に理解に対して何の悪感情も抱いていないという点だ。

 夕霧に命じられたから、している。

 一度ボコボコにしてやったが、それでもこりずに理佳を追いかけ回す。

 それに美鈴は知っている。

 彼らは理佳を追いかけ回しているが、他の者達が理佳を追いかけ回すのを許さないという相反する行動を行っている。

 だが、ようは自分達の獲物に他者がちょっかいを出すのが嫌なだけだろう。

 と、ギロリとした鋭い視線を感じて夕霧を見れば、化け物ですら逃げ出すほどの眼差しにげんなりした。

「お前に口出しする権利なんてない」

「夕霧」

「煩い!」

「煩くないでしょうが! 幾ら好きだからって、欲しいからって、何でもしていいわけがないでしょう!」

 美鈴の怒声に、身を竦ませたのは少年達だ。

「いい?! 虐めは一歩間違えれば相手を自殺に追い込むのよ?! それだけじゃない! その人の尊厳もプライドも何もかもを踏みにじる、品性下劣で最低最悪の非道な行為よ! 暴力行為だけじゃない。言葉の暴力だってある。手を出さない見ているだけの虐めもある。別に全てあんたが悪いとは思わない! でも、あんたが原因で始まった事、そしてここまで酷くなった原因の一つとして自分が居る事ぐらいきちんと認識しなさいよ!」

「っ――」

「ただでさえ、虐めてきた子達は虐める事に快感を覚えた厄介集団よ。それが元になって、新たな虐めが発生しないとも限らない」

 もちろん、そこまで面倒は見切れない。

 関われるのは、自分達の目の届く範囲ぐらいなのだから。

 だが、目が届かないから――という言葉で済ますには余りにも事態は深刻だった。

「俺は虐めろなんて言ってない」

「あんたが言わなくても、言ってるも同然なのよ。自分の行動が周囲にもたらす影響を考えれば分かるでしょう?!」

 男女問わず、教師にすら憧れの対象とされているのだ。

 憧れの芸能人のまねごとをするように、夕霧のまねをする者達が出て来ないわけがない。

 全て夕霧が悪いとは言わない。

 結局は虐める事を選択したのは、本人の意思が関係しているからだ。

 強引な強制などもなかった。

 しかし、過去に夕霧の事で周囲が引き起こした騒動を思えば、夕霧に気に入られたくて始めたという事実は、火を見るよりも明らかだ。

 夕霧だけではない。

 理人も、桜子もそうだ。

 この二人は精神的に大人だから、問題が起きても速急に収束に向かっていたが、夕霧の場合は消えかかっている所に油を注がれて大火災に発展した事さえある。

 しかも本人が望んでない、意識してない、知らない場所で起きるから始末が悪かった。

 だが、とにかくそれだけ影響力のある存在なのだという事を理解して欲しい。

 もちろん人なんて完璧な存在ではない。

 美鈴はまだ子供であるが、何となく分かる。

 だから失敗だってするし、過ちだって犯す。

 問題なのは、こっちが何度それを指摘してもこいつが聞き入れない事だ。

 そうして事態をよりややこしくし、理佳はボロボロにされる。

 厄介な相手に好かれた不運というには、あまりにも理佳が哀れだった。

 この状況で理佳を手に入れるには、夕霧は余りにも未熟で問題を抱えすぎている。

 はっきりいって優しくしただけで、アウトだと言ってもいい。

 だから、もし本気で理佳を手に入れるならば、それなりの代償を支払わなければならない。

 それこそ、理佳に対する虐めを根絶させ、この先二度とそんな事は起こさせず、理佳に対しても土下座して謝罪し許しを乞うぐらいしないと余りにもあの子が報われない。

 しかし、こいつはそんな時間のかかる事をするぐらいなら、虐めた相手を廃人にし、理佳を拉致るぐらいするだろう。

 虐めに拉致監禁。

 悪くすればそのまま結婚に直行しかねない程の夕霧の重たい愛は、今の理佳には絶対に受け止めきれない。

 愛し合ってたって重すぎる。

 そしてそのままペチャンと潰れるだろう。

 ならば、今のうちに解放してやるべきなのだ。

「絶対に嫌だね」

 しかしこいつは断固拒否。

 気持ちは分かるが、それなら最初からきちんとすれば良かったのに。

「あ、そう」

 なら、最終手段をとらせて貰おう。

 そうして取り出したのは、一冊の本。

「そ、それはっ」

「夕霧が毎日書き綴っている、理佳に向けた愛の妄想ポエム集」

「ただの日記だ!!」

 ふざけんなといきり立つ夕霧は、その恐ろしいまでの美しさ故に強烈な迫力がある。

 しかし美鈴はノーダメージ。

「ってかそれをどこで手に入れたっ」

「プライバシー保護法により出品者の開示はヒカエサセテイタダキマス」

「なんで最後が片言になるんだよっ! しかも出品者って提供者がいるのかっ」

「それはどうでも良いわ」

 良くないという叫び声も無視し、美鈴は愛らしい顔に笑顔を浮かべた。

「もし理佳への対応を改めないならば、私、このポエムを朗読するわ」

「ちょっ! ま、ええ?!」

「そして羞恥心を刺激されまくって数日間引きこもれば良いのよ」

 そしたら理佳にも手を出せなくて万事オーケー。

 愛らしい顔をして、美鈴はドSだった。

「待ておいぃぃぃっ」

「え~、四月一日――」

 と、美鈴はそこで言葉を止めた。

 まじまじと中身を見る。

 その間、何とかして日記を取り戻そうとする夕霧や少年達を軽くかわしながら、ひたすら中身を見て――。

「何これヤバイわ、内容が重すぎて口に出したら呪われそう」

「なら返せ!」

「理佳にこれ以上手出ししないって言うなら」

「お前に関係ない!」

「朗読パターン、お経ばーじょん」

「ひぃぃぃっ! やめろっ!」

 有名なお寺の住職も驚きの美声で朗々と読み上げる美鈴に夕霧が叫ぶが、お経ばーじょんは止まらない。

 子供ながら数多の大人達を手玉にとって転がしてきた夕霧。

 しかし、この幼馴染みから与えられる羞恥プレイには、五分と経たずにギブアップしたのは言うまでも無かった。

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