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冥姫  作者: 大雪
第一章 忘却の罪
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第二十三話 夢見

「お願いします~」

「はいはい」

 このバスは校長の運転らしい。

 先のバスに乗り遅れた生徒達が次々と乗り込む中、香奈達も挨拶して狭い通路を進んで行く。

 そして空いていた座席を見つけると、前の座席に梓と理佳が、後ろの席に美鈴と香奈が座る。

「では、麓までのドライブをお楽しみ下さい」

 いつもの校長の口上の後、バスが発進した。

「そうだ。お昼はどうしよう」

「美鈴は暢気ね」

「規則正しい生活をしていると言って」

 前の座席に身を乗り出す形となったまま、美鈴は梓の物言いにふくれっ面をする。

「で、でで、でも、梓ちゃん。今日は、きゅ、給食なかったし」

「わかってるわよ。駅に着いたら何か買いましょう」

「了解。だって、香奈――」

 隣に座った香奈を見た美鈴は言葉を止めた。

「どうしたの?」

「香奈寝ちゃってる」

「……」

 そこには、すやすやと眠る香奈の姿があった。


*****


 一瞬呼吸が止まるほど激しい衝撃が全身に走る。

 痛い。

 痛い。

 痛い。

 イタイ。

 イタイ。

 イ タ イ。

 だが、その痛みもほどなく消えた。

 体の感覚がない。

 手も足も消えてしまったようだ。

 一体どうなったのか。

 ああ――。

 近寄ってくる幾つもの足が見えた。

 運動靴、ハイヒール、革の靴……。

 誰かが呟いた。

「……もう駄目だな……」

 駄目?

 駄目ってなんだ?

 いや、その前に自分は何故こんな事になっている?

 思いだそうとするが、頭が回らない。

 目の前に見える足の主に聞こうにも、声が出ない。

 口が動いている感覚もなく、ただ心の中だけで問う。

 何故こうなった?

 どうして?

 どうして?

 誰か教えて。

 自分は誰?

 自分は何をしようとしていた?

「これは絶対に生きてないな」

「当たり前だろ」

 生きてない?

「こんな――バラバラで生きてるわけがない」

 バラバラ?

 その言葉が、脳裏にひっかかる。

 バラバラ。

 バラバラ。

 バラバラ。

 ああ……何かを思い出しそうだ。

 大切な……大切な……。

 まだやるべき事が残っている。

「っ! 逃げろ! 火がっ」

「け、けどこの人はどうするんだっ」

「馬鹿! 既に死んでるんだ! 俺達が逃げるのが先だろっ」

「そうよ! それに他の生存者を先に助けなきゃっ」

 バラバラ。

 バラバラ。

 バラバラ。

 思い出さなくては。

 やるべき事を。

 まだ残っている、自分がしなければならない事を。

 業火がこの身を包み、全てが真っ赤に染まってもなお、考え続けた。

 思い出さなくては。

 思い出さなくては。

 思い――。

 ――テヲカシテアゲヨウカ。

 だ れ。

 聞こえて来た声に反射的に問いかける。

 ――オロカでカワイイ。

 ――オマエノノゾミヲカナエテヤルヨ。

 炎の中に、ねっとりと響く笑い声が聞こえる。

 けれどその笑い声は、酷く心地良かった。

 心の中に沈んでいたそれをゆっくりと呼び覚ます。

 でも何故――助けてくれる?

 ――ゴホウビダヨ。

 ――オマエガイチバン。

 ――シヲモタラシテクレタ。

 し。

 シ。

 シ。

 シ。

 死――?

 紅いヴェールを切り裂く様に伸びてきた黒い手を、じっと見つめる。


 ――サアテヲ。


 その言葉に、なかった筈の手が伸びた。


 コ レ デ モ ッ ト コ ロ セ ル


 ――ソウダ。

 ――ダカライマハネムレ。

 ――ヤツラノメヲノガレルタメニ。

 ――ソノトキガキタラオコシテヤロウ。

 ――トビッキリノブタイヲヨウイシテヤル。

 血に染まった瞳がグルリと動き、傍観者を捕らえる。

 それがニタリと笑ったのを、香奈は見た。

 これは悪いものだ。

 本能が激しい警鐘を鳴らす。

 あれは駄目。

 あれはけっして、近づいてはいけない――モノ。

 ニタリ。

 ニタリ。

 口元から流れ出る血で染まって口元が引き上がる。

 既に機能を停止した筈の筋肉が、歪んだ笑みを形作る。

 あれはとてもキケン。

 既に死んだ事にも気付かず、黒い手の誘いにのった哀れな存在。

 それが、香奈をしっかりと見つめた。

 べろりと唇のめくれた血だらけの口元が。

 ゆっくりと動いていく。

 見てはいけない。

 見ては。

 見ちゃ――。

 禍々しい視線が香奈の動きを封じる中、必死に視線を逸らそうとした。


 カイセンヲキレーー!!


「っ!」

 ドオォォンと、もし雷に打たれたらこんな感じではないかという強い衝撃に香奈の体が弾かれた。

 宙を舞う体。

 めまぐるしく変わる視界。

 それでも、自分を捕らえていた禍々しい鎖が引きちぎられていく感覚に香奈は安堵の息をはいて目を閉じた。

 これは夢。

 夢な筈だ。

 けれど、全身に絡みついた悪意の恐ろしさがそれを否定しようとする。

 夢。

 夢。

 これは夢。

 目覚めなければ。

 早く。

 早く。

 キヲツケロ。

(誰?)

 キヲツケロ。

 ヤツニミツカッタ。

 ヤツハオマエヲ。

 警告する声。

 けれど急速に香奈の意識は閉じられていく。

(気をつける? 見付かった?)

 ただ、とてつもなく嫌な予感がした。

 恐い。

 恐い。

 コワイ。

 その時、またあの視線が香奈を捕らえる。

 すぐ耳元で、生臭い息が感じられ――。

「俺の女に手を出すな」

 囁かれる言葉をかきけす様な鋭い声を最後に、香奈の意識は大きく飛んだ。

「香奈? どうしたの?」

 はっと我に返った時には、そこは見覚えのある通学バスの中だった。

 聞こえて来た声は隣から。

 ゆっくりと横を向いた香奈の目に、心配そうにする美鈴の顔が入った。

「み……すず?」

「大丈夫? 魘されていたみたいだけど」

「……ここ」

「ああ、まだ駅にはついてないわよ」

「あと十分ぐらいかしら」

 前の席から梓が顔を見せた。

 遅れて、理佳も顔を出す。

「凄い冷や汗……」

 美鈴の言葉に肌に触れればベットリと手が濡れた。

 しかし差し出されたハンカチを受け取る気力はなく、代わりに美鈴が顔を拭いてくれる。

「大丈夫? 椿の家に行ける?」

 心配そうな声に、香奈はグッタリとしながらしばし黙り込む。

「香奈?」

 梓達も心配そうに声をかけた時だった。

「……大丈夫」

 何とかそれだけ、答える事が出来た。


*****


 二十畳ほどの広い和室。

 中央にある木製の揺り椅子に座った存在がゆっくりと目を開ける。

 その華奢な身に大輪の花彩る紅い振り袖を纏った存在は、恐ろしい程の美貌だった。

 触れる事すら躊躇わせる白い肌に、腰まで伸びたぬばたまの黒髪。

 けぶる様な睫の下にある大きな黒曜石の瞳には、深遠なる知性の光が灯る。

 シャープな小顔に色づくのは、血のように濡れた唇。

 誰もが女と見紛う優美な美貌は、穢れ無き巫女を思わせる風情を漂わせていた。

 そう――その存在を一目見た者は、本来の性すら忘れて誰もが巫女姫と呟くだろう。

 だが、近付いてくる気配に口元を引き上げた瞬間、巫女の清廉さは消え、恐ろしいまでの魔性の美貌へと変化し、蕩ける様な色香が沸き立った。

「来たのか」

「ええ――」

 姿を現わさず、ただ声だけが部屋に響く。

「力を使われたようですね」

「なに……こんなもの、使ったうちに入るものか」

 テノールの美声が、血の様な紅い唇から紡がれていく。

「それにしても……まさか、香奈が力を発現させるとは……しかも、夢見」

「そう思うか?」

「え?」

 響く声の主に向けて囁く。

「あれは確かに夢見ではあるが、ただの付属だ」

「……」

「本来の夢見に比べれば、断片的にしか垣間見れていないしな……だが、今回のは『死』が関わっている」

「……」

「反応したな。『死』に」

「危険ですね」

「危険だが……それ以上に面倒な事が起きた。――ミツカッタ」

「え?」

「回線を切らせたが、相手側がしぶとくてな」

「それは、どちらで?」

「『香奈』の方だ。もう一つじゃない」

 ホッと息を吐く音が聞こえた。

 しかし、それは最悪の状況ではなかったというだけに過ぎず、危険は迫り続けている。

「それでは今後の方針は」

「後で説明する。まあ――連理叔父も放ってはおかないだろうがな」

 とはいえ、あのフルオープンにはまいった。

 取捨選択出来ないのは分かっていたが、「ヘイカモン!」と両手を広げきったあの状態。

 出来もしない素人のくせして、アンテナだけは巨大なそれに思わずベキベキと破壊してやりたいとさえ思った。

 いっそのこと、テレビのアンテナのように叩き折ってやりたい。

「理人と夕霧を呼べ」

「あのお二人をですか? しかし今は」

「無理なら夕霧だけでもいい。ふっ……あの叔母君とやらは中々にくせ者だからなあ」

 理人が聞けばうんざりするだろう。

「楽しそうですね」

「ああ、楽しいさ。くくっ! とんだ笑い話だ。いや、笑える冗談だ」

 主の言葉に、声は苦笑する。

 あの血筋に煩い者達からすれば、この上ない夢の実現だというのに、この主にとっては冗談にしかすぎない。

「ふふ、理人がな……まあ、自分に降りかかった火種ぐらい自分で振り払えるだろうがな」

 出来れば、女狐が動く前に終わらせて欲しいが。

 あれが動くと、色々と面倒になる。

「行け――」

「御意、柚緋ゆずひ様」

 声の主の気配が消え、再び一人になった中で、柚緋は腕のせ台に肘を突き笑う。

 ゾクリとするほど官能的な笑みだった。

「柚緋か……」

 神有本家当主の孫息子――神有 柚緋。

 それが今の自分の名であり、使える力でもある。

「まあ、せいぜい使わせてもらうさ」

 ぐっと手を握れば、年を追う事に強まる力が滲み出る。

 十二の年、まだ未成熟でこれだ。

 この血肉が内包する潜在能力は、人には過ぎたる力だが、構いやしない。

 まあ――自分でなければとっくの昔に暴走させていただろうが。

「強すぎる力も困りものだな」

 まあ――それが『完未』の宿命でもあるのだが。

 そうして柚緋は静かに瞼を降ろしていった。

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