ミミとナナ
「ナナちゃん、ナナちゃん」
「何?」
「まだダメ?」
「ダメ」
「えー何でよー!もう我慢できないよー!」
「どー見ても半生でしょーが」
「いや、いけるよ……ほら、端っこはちゃんと焼けてるっぽいし……うん、いけるっ!」
「手を出すなっつーの」
おりゃっ!と伸ばした手はナナちゃんの華麗な手さばきで無情にも叩き落とされた。
くっそう、こんないい匂いさせてんのにまだ食べれられないなんて。
拷問だ!悪夢だ!世紀末だ!
「ナナちゃーん、私のお腹と背中がくっついちゃうよー」
「くっつく頃には出来上がるから、詰め込めば元に戻るだろ」
「くっつく前に助けてあげようって優しい心はないのかね、君は」
「半生を食べようとしてるおバカさんを止めてあげてる俺の優しい心にどうして気がつかないのかね、君は」
くるり、とフライパンの中のホットケーキがひっくり返る。
ナナちゃんのフライパン返しの技は相変わらず素晴らしい。
ああ、フライパンの中で宙返りするホットケーキの美しさったら…
「恋しちゃいそうだぜ、マイスイートハニー!」
「…」
「いや、もうすでに私は君の虜だぜ!愛しちゃってるぜ!」
「…」
「私がマイスイートハニーと呼ぶのはホットケーキちゃん、君だけだよ!」
「…」
「だから、ほら、怖がらないで私の元へおいで!!」
「お前はどこの変態だ」
ババーンと腕を広げて決めポーズをとった私に目を向けることなく、一刀両断するナナちゃん。
さすがクールビューティーと呼ばれているだけあるね!
クールさが南極並みだよ!!
「ほら、皿出して」
そんなこんなしている間に、ようやく愛しのホットケーキちゃんが焼けたらしい。
私の全運動神経を駆使して素晴らしい瞬発力で戸棚からお皿を取ってきて、ナナちゃんに差し出す。
うへへ、ようやく君を食べられるんだねホットケーキちゃん!!
「バターもハチミツもたっぷりね!!」
「分かってるよ」
お皿に置かれた愛しのホットケーキちゃんの上にナナちゃんが手際よくバターとハチミツを乗せてくれる。
柔らかそうな生地の上で溶けるバターとキラキラに輝く黄金のハチミツ…!
何て素晴らしい眺めなんだろう!!
国宝級だよこれは!!
「いっただっきまーす!!」
「はいはい、どうぞ」
思いっきり頬張った口の中に広がる極上のハーモニー。
生地はふわっふわで、それに絡むバターとハチミツの美味しさったら…!
ナナちゃんが作るホットケーキは何でこんなに美味しいのかな!!
手順とか私が作るのとあまり変わらないのに不思議だよ!
「美海」
「にゃに?」
モグモグと頬張りながらナナちゃんの方を見ると、長くて綺麗な指で口元を撫でられた。
きょとん、としているとナナちゃんはその指を自分の口へと持っていってぺろりと舐めた。
白い指先を舐める赤い舌。
その姿のものすごい色気に、私は――――
「ハチミツがついてたぞ…って、なんでそんな不機嫌顔なワケ?」
「ナナちゃんはずるい」
「は?」
「何で女の私より美人で色気があるの!?」
「…」
そう、ナナちゃんは男のくせに「綺麗」って言葉がぴったり合う、びっくりするくらいの美人さんだ。
襟足が少し長めの髪はさらさらでホットケーキのような柔らかい茶色。
切れ長だけど大きな瞳は髪の毛よりも少し明るくて濃密な琥珀色。
すらりと高い身長に程よく引き締まった体なんて細いのにしなやかで、まるでモデルのようだ。
外国の血が混じっているというナナちゃんは、色素の薄い日本人離れした外見に気だるげな雰囲気が相まって、ちょっとした仕草にも色気があるというフェロモン系の美人さんなのだ。
「歩くフェロモン男め」
「何そのネーミングセンスの欠片もない詰り方」
「う、うるさい!何で女の私より男のナナちゃんの方がフェロモンあるのさ!!」
「…美海にそのことで詰られるのもう何度め?美海は飽きないの?俺はいい加減、飽きてきたよ」
実はナナちゃんにフェロモンのことで詰るのは今回が初めてじゃない。
一番最初に詰ったのはいつだったか……思い出せないけど、けっこう小さい頃に言ったような気がする。
何て言ったって、ナナちゃんは小さい頃から美人でフェロモンダダ漏れだからだ。
「だって!ナナちゃんのフェロモンが!」
「あーはいはい、そのことについてはもう散々聞いてきたことだから今更言わなくてもいいよ。飽きたって言ったでしょ?」
「むー」
「だいたいさ、これもいつも言ってると思うけど、美海にはフェロモンとか必要ないと思うよ?似合わないし」
「童顔だって言いたいの!?」
「いや、言ってないし。童顔だってことは否定しないけど」
「ちょとお!」
フェロモン系クールビューティなナナちゃんに対して、私は言うなれば童顔系の凡人なのである。
ちなみに私の童顔はこれっぽっちも自慢になんてならないけど、年相応に見られたことがない筋金入りのものだ。
いつもいつも実年齢より年下に思われる……。
「私だって、好きで童顔なんじゃないんだぞ!本当はナナちゃんみたくフェロモン全開のうっふーんな美人さんに生まれたかったんだから!!」
「…男に対しての言葉としては微妙だなそれ」
「え!?何で!?誉めてるのに!!」
「いや、気にするな。美海に男心なんてわかるわけない」
「当たり前だよ!私、女の子だもん!え、何、もしやナナちゃん私のこと男だと思ってたの!?ひどい!」
「…」
「そりゃあさ、ナナちゃんの方が美人だしフェロモンだってあるし料理だって上手いし掃除も洗濯も手際よくやちゃうから密かに『あー、ナナちゃんってばいい嫁になりそうだなぁ…玉の輿とか狙えそう』とか日頃思っちゃったりするけど!『私より女子力あるから嫁のもらい手に困らないだろうな』とも思ってるけど!てか、『私完全に負けてるな…もういっそ男になった方がいいかもな…』って実は思っちゃってるけど!でもでも、私の性別は女なんだぞ!男と思ってたんならそれはあんまりにもひどいよ!!」
「…」
あれ?
何故だかナナちゃんの顔がものすごく呆れてる。
私、変なこと言ったかな?
「…うん、まあ、美海がズレてるのは今に始まったことじゃないよね」
「え?どういうこと?」
「気にしなくていいよ」
「えー?」
何だか納得できなくて自然とむくれ顔になってしまう。
『そういう所が童顔に拍車をかけてるんだよ!』って仲良しのりょうちゃんにもよく言われるけど、もはや癖のようなものだから仕方ないよねって思う。
「…美海はそのままでいいよ」
「むー」
「いつも言ってるでしょ、美海はそのままが可愛いって」
「…可愛くなんてないもん」
「ホットケーキでご機嫌になったかと思ったら、すっかりご機嫌ナナメだね」
クスクスと笑いながら、ナナちゃんが私を自分の膝の上に乗せる。
後ろから抱っこされるようにしてナナちゃんに包まれて、私の機嫌は少し良くなる。
ナナちゃんの腕の中は私にとってどんな場所よりも落ち着ける所だから。
「そのままの可愛い美海が俺は好きなんだ。だから俺のために、そのままの美海でいて?…ね?」
綺麗な低い声が優しく耳を擽る。
大きな掌に頭を撫でられて、気持がいい。
気がつけば私の機嫌はすっかり良くなっていた。
「…ナナちゃんがそう言うならフェロモン系は諦めて、童顔系でいる」
「童顔系って……ククッ」
「私もそのまんまのナナちゃんが大好き!綺麗で優しい自慢の幼馴染だもん!」
「ありがとう」
「えへへ」
ふわりと笑うナナちゃんの笑顔につられて私も笑顔になる。
クールビューティーなナナちゃんが優しく笑う顔が私は大好きだ。
本当に綺麗で見ているだけで幸せになれるから。
「ねえねえ、ナナちゃん」
「何?」
「私、眠くなってきちゃったよ…」
「おやつ食べたからな」
現在の時刻は午後3時過ぎ。
3時になった時に『おやつの時間だ!』と思ってナナちゃんをこの家庭科室まで引っ張ってきてホットケーキを作ってもらったから、ちょうど今はお昼寝の時間でもある。
この家庭科室が日当たりが良くて暖かいのに加えて、お腹も満たされたから眠気が一気に襲ってきたのだ。
「うーん、眠いって思ったらよけいに眠くなった…」
「寝ていいよ」
「置いてかないでね?」
「俺が美海を置いていくわけないだろ」
世界一安心できる腕の中で。
大きな手に背中を撫でられて。
大好きな優しい声に囁かれる。
そうして、私は満ち足りた気持ちで目を閉じた。
* * * * * * * * * * * * * *
「美海?」
「…」
「…寝たか」
顔を覗きこめば気持良さそうに眠るあどけない表情。
安心しきったようなその顔に思わず笑みがこぼれる。
本当に俺の幼馴染は可愛い。
「さて、行くか」
美海の体を抱き上げ、腕に乗せるようにして抱きかかえる。
小さい子を抱き上げる時のような格好だ。
俺が190近い身長をしているのに対して、美海は145しかないのでいつの頃からか自然とこういう抱き方をするようになった。
前に一度だけ美海にせがまれて、いわゆるお姫様だっこというやつをしてやったこともあったけど、どうやら落ち着かなかったらしく、『やっぱりいつもの方がいい!』と言われて以来この抱き方は完全に定着している。
「ナ、ナナ様…!!」
家庭科室から出るべくドアを開けると、そこには何十人もの人間が集まっていた。
男もいるが女の方が人数が多い。
まあ、普通に考えて家庭科室の前にこんなにも人が集まるのはおかしい事だが、俺にとってはいつものことなので気にしない。
「あのさ、フライパンとか出しっぱなしだから片付けといてくれる?」
「は、はいっ!!喜んでっ…!」
誰にともなく目の前の集団にホットケーキを作った後始末を頼めば、手前にいた女が返事をした。
茶色の髪をゆるく巻き、派手な化粧をした女だ。
よく見かける顔だが、名前は知らない。
「ありがとう」
そう言って微笑む。
ほんの少しだけ唇を持ち上げるだけの、美海に向けるような笑顔とは比べ物にならないくらいのものだ。しかし、何故か女は顔を真っ赤にして後ろによろけた。
周りの友達らしき女たちが「大丈夫!?しっかりして!!」などと言っていたが、めんどくさい後片付けも任せることができたので、俺は気にせず美海を抱いたままさっさとその場を離れていく。
ざわざわとざわめき出した目の前の集団のせいで美海が起きてしまわないように。
「…ナ、ナちゃん…」
寝言で俺の名前を呟く可愛い幼馴染。
さあ、どうやってこの『幼馴染』から抜け出そうか?
* * * * * * * * * * *
とある有名な進学校。
偏差値がトップクラスであるにも関わらず、校風がかなり自由なこの学校には「ミミとナナ」という愛称で有名な二人組がいる。
145cmの華奢な体に、ふわふわの柔らかそうな猫っけの長い髪、ちょっとつり目がちの大きな黒い瞳が特徴的な童顔を持つ愛らしい姿のミミこと神谷美海。
190cm近いすらりとした体に、さらさらの茶色の髪、切れ長な琥珀色の瞳を持ったクールビューティーと称されるナナこと海堂七海。
二人は生まれた時からずっと傍で育ってきた幼馴染で、何をするにもどこに行くにも常に一緒。
気まぐれでマイペースな彼らは、その姿や名前からこの進学校では『猫のような二人組』として生徒だけでなく教師たちの間でも有名な存在である。
何故なら二人が一緒にいる姿は何とも絵になり癒されるということで、この学校にいる者たちは総じて二人に甘く『ミミとナナのファンクラブ』なるものまで結成されており、いわばこの学校全体が彼らの見守り隊と化してしまっているからである。
そんな周りをも無意識のうちに虜にしてしまっている、ある意味最強な彼らは今日も今日とて、マイペースに二人で過ごしていく。
ただ最近、ナナちゃんにはミミちゃんに対して何やら思惑があるようです。
連載しているものがなかなか進められなくて浮気しました\(^q^)/
すいません(>_<)
この「ミミとナナ」は自分の好きな要素を詰め込んだ短編です。
余裕があればぜひとも連載にしたいものなんですが…今は無理ですね;
いつか連載で書ければいいなーっと思います!
感想などくださると嬉しいです←