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私は、りんごに願う





「りんごが食いたい」






ものすごく真面目な顔をして何を言うのかと思えば。

りんごが食べたいなんてそんな子供みたいなこと。

無駄に身構えて損をした。






「りんごなら昨日もその前の日も、ついでに言うなら毎日のように食べてるじゃない。今日は頂き物の梨があるんだからそれ食べなさいよ」


「俺はりんごが食いたいんだ。毎日な」






ちょっと、睨まないでよね。

ただでさえ切れ長の目は鋭くて、強面なんだから。

子供がいたら泣くレベルよその顔。






「何と言おうが、今ここにりんごは無いわ。それにこの梨はあなたへの贈り物よ?有難く頂きなさいよ。私だってりんご持ってきてあげたかったけど、今日はいつも行く果物屋さんのりんごが売り切れてたんだからしょうがないじゃない」


「別のとこで買ってくればいいだろ」


「……ここへ来たばかりの私を使いっぱしりにするつもり?」


「しょうがないだろ。俺はここから動けないんだから」






ああ、そんなことを言うなんてずるい。

何も言い返せなくなるじゃないの。

どうでもよさそうに言ってのける鈍感なあんたはそんなことわかってもいないんでしょうけどね。






「……だから、今日ぐらいは食べるのを諦めればいいでしょ」


「俺はりんごが食いたい」


「だから、」


「俺はりんごが食いたい」


「…」


「俺はりんごが食いたい」


「……ああ、もう!わかったわよ!買ってくればいいんでしょ!?買ってくれば!!」


「最初からそう言えばいいんだ」






どんだけ俺様なのよ。

私はあんたの召使じゃないのよ。

ふふん、って得意げに笑うな!

悪役の笑みにしか見えないぞバカヤロー!






「……大変不本意ながらいってきます」


「おう、行って来い」






ムカつきながらも部屋を出て行こうとすると、不意に彼に呼び止められた。

振り返れば、何か言いたそうな顔をした彼。

いつも何でもかんでもはっきりしすぎるくらいズバズバとものを言う彼にしては珍しい表情。






「……何よ?」


「いや……何でもねぇ」


「気持ち悪いわね。言いたいことあるなら言いなさいよ」






そう言っても、彼はやっぱり何も言わなかった。

「何でもねぇって。早く行け」と言いながら、しっしっ、と犬を追い払うかのように私を促す。

その態度にまたちょっとムカつきながらも彼の普段からは考えられないさっきの様子が何だか心に引っかかってしょうがなかった。






――――変なの…






外へ出ると空は青く澄み渡っていてとてもいい天気だった。

空気がいつもより新鮮に感じるのは、きっとさっきまでいた場所のせい。

毎日来ているからもうだいぶ嗅ぎ慣れてしまったけれど、やっぱり外に出るとその独特さを思い知らされる薬品の臭い。

それが充満する病院の中にいたせいだ。






――――それにしても、アイツは本当にりんごが好きね。あんな顔してりんご好きって似合わなさすぎよ。どうかしてる……






彼は昔からりんごが好きだった。

しかも何故だかうさぎ型に剥いたりんごが。

ほんといい大人の男のくせしてそんなのが好物だなんて笑っちゃう。

似合わないったらありゃしない。






――――でも、そんなとこが可愛いなんて思っちゃう私もどうかしてるのよね……






彼は間違っても可愛いなんて顔つきではない。

整っているけど、冷たい印象を与える強面で、態度だって俺様でそっけない。

だけど、だからこそ時折見せる柔らかな表情が驚くほど綺麗で。

さりげなく見せる不器用な優しさがとても可愛くて。






そんな彼を私はとても愛おしいと思う。






――――好きだからしょうがない、かぁ……






病院からやや離れたところにあるスーパーマーケット。

そこに赤々と並ぶりんごを手に取り、苦笑する。

私も厄介な相手に惚れたものだ。






なんせ、彼は俺様でそっけなくて。

病でここ数年寝たきりの男なのだから。






――――早く良くなりなさいよね。






赤い赤いりんご。

そのりんごから連想するのは強面の彼。

本来ならりんごとは結びつかないような、可愛げのない男。

けど、私の中では彼とりんごはワンセット。

切り離せない彼の分身。






――――どうか、彼の病気が治りますように……






お医者様でも神様でもなくて。

いつも私は彼に食べさせるりんごに願う。

どうか彼を助けて、と。






『治る見込みは残念ながらとても低いです。……ない、と言っても過言ではありません』






本当に申し訳なさそうに、私に告げたお医者様。

痛ましいものを見るような、それでいて真っ直ぐなその視線が今言った言葉が嘘なんかじゃないって物語っていて。

ああ、この人にはもう彼の命が救えないんだと自分でも驚くほど冷めた心で思った。






『奇跡でも起きない限り、彼の病状は良くならないでしょう。あとは祈ることだけです』






奇跡を祈る?

誰に?

見えもしない、神様に?






『……わかりました』






諦めたお医者様なんてもうあてにしない。

見えもしない神様になんて祈らない。






だから代わりに私はりんごに願おう。

彼が大好きで毎日のように食べたいと言う、そのりんごに。

奇跡を起こしてくれるなら、彼の分身であるりんごしかないと思うから。

それしか縋るものがないから。






――――さあ、早く帰ろう。あんまりぐずぐずしてるとアイツがまたうるさいからなぁ。






ビニール袋に入れられたりんごを揺らし帰りを急ぐ。

相変わらず空は青くて気持ちがいい。

思い切って彼に私の想いを伝えてみようか。

なんだか今日はいいことが起きそうなくらい、良い天気だから。






――――……え?






少し高揚した気持ちで帰り着いた病室。

そこは騒然としていた。

お医者様とたくさんの看護婦さん達が血相を変えて出入りを繰り返す。

どの人の顔も強張っていた。

高揚した気持ちが一気に冷える。






――――な、に?何が…起きてるの…?






どくどくと脈打つ胸を押さえ、一歩一歩病室の入り口へと近づく。

私に気が付いた看護婦さんが慌てて入ろうとする私を止める。

だけど私はそれを振り切って中に入る。






「…ッ!!」






血の気の無くなった彼。

彼の胸の上に手を置き、心臓マッサージを繰り返すお医者様。

彼の名を呼び声をかけ続ける看護婦さん。






目の前の光景に、私は凍りついた。






――――うそ……!嘘よこんなの!!!






だって、少し前まで彼はいつも通りだった。

いつものようにりんごが食べたいって私を使いっぱしりにして。

いつものようにムカつくくらい俺様な彼は悪役みたいに笑ってたのに。






――――ねえ、冗談でしょこんなの!!!






ようやく動いた足で転ぶように駆け寄って。

また止めようとする看護婦さんを振り払って。

お医者様の声を無視して。

私は彼の胸元を揺さぶった。






「ちょっと!!何してんのよ!!起きなさいよ!!」






ねえ、どうして目を覚まさないの?

りんご買ってきたのよ?

食べたいって私を追い出したのはあんたでしょ?

ほら、ちゃんと目を開けて見なさいよ。

あんたが食べたがってたりんご、今うさぎ型に剥いてあげるから。






「こんな冗談笑えないわよっ…!!」






りんごを剥きながら、あんたに言いたいことたくさんあるのよ。

私、もうこんな曖昧な関係なんて嫌なんだから。

さっきね、決意したの。

もうバレてるかもしれないけど、ちゃんとあんたに伝えようって。






――――私、まだ伝えてないんだから……!






俺様でそっけなくて強面でおまけに病気で寝たきりだけど。

それでも、全部ひっくるめてあんたが好きだって伝えたいの。






「起きなさいって!!ほ、ほらっ!りんごよっ!!あんたが食べたいって言ってた……っ!」






ああ、早くあんたに私の願いを込めたりんごを食べさせなくちゃ。

そうすればきっとすぐに良くなるわ。

そうしたら私の話聞いてくれるでしょ?

だからまたいつもみたいに似合わないりんごを食べなさいよ。

子供みたいに喜んで食べるあんたを、私まだ見ていたいのよ。






「起きろってばあッ!!!」






空は青く澄み渡っていて。

きっといいことがあるって思ってたのに。

どうしてよりにもよって私がいない時にあんたはこんなことになってんのよ。






「――――置いていかないで……っ!」











りんごが床に落ちる鈍い音が響く。











ねえ、お願いよ。

今この時こそ、奇跡を起こして。










「――――助けて…っ!」











私は、りんごに願う。















記念すべき1話目にしてはちょっと暗いですかね(^^;)



この後、果たして奇跡は起こるのか起こらないのか。

皆様のご想像にお任せいたします。

ちなみにこの二人は両思いですが、お互いに気持ちを伝え合っていません。

なので関係だけで見れば恋人未満友達以上といった曖昧なものです。




読んでくださった方、ありがとうございます。









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