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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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十六章



 第十六章 道化師の舞い





 ミムは床に置いた灯りを拾いあげて、外へ通じる戸とは反対側の、どこへつづいているのかもわからない暗闇の方を照らした。

「着いたら話してあげる。暗いから、迷子にならないようについてきて」

「わかった」

 ルーネベリとシュミレットを連れてミムはタスムの奥へ歩きだした。

騒がしい四人がいなくなるだけで、とても寂しくなってしまった。ミムはしばらく無言で道案内をし、ルーネベリとシュミレットはミムが話しだすのをひたすら待っていたので、コツコツと歩く三人の足音だけがタスムに響いていた。

 歩きながらルーネベリは薄明るい灯りの中にいるミムの後頭部を見ながらぼんやりとしはじめていた。ノジムの後頭部の右端にあった記号のような文字のような紺色の刺青がミムにもあった。何の意味があるのだろうかと思い、ミムが話をはじめる前に、ルーネベリがミムに言った。

「頭の刺青は、なんて書いてあるんだ?」

 ミムは少しルーネベリを振り返り、また前を向いてから言った。

「知らない。生まれたお祝いに彫るの」

「ノジムにも同じものがあったな。アザームの人間には皆、その刺青があるのか?」

 ミムは一瞬、間をおいてから後頭部に手をあて文字を隠すようにして言った。

「……どうしてそんなことを聞くの?」

「あぁ、いや、なんとなく聞いただけだ」

「なんとなくなら聞かないで。私はこれ、嫌いなの」

「あぁ、悪かった。俺は些細な事でも聞いてしまう性質なんだ。気にしないでくれ」

「うん……」

 なんだか気になる返答だったが、聞くなと言われたからには引きさがるしかないので、ルーネベリは気まずく赤い頭を掻き。隣を歩いているシュミレットの方を見ると、いつものように笑っているのかと思えば、シュミレットは難しい顔をして首を傾げていた。

ルーネベリが小声で「どうかしたんですか?」と聞くと、シュミレットは右手をあげて言った。

「今は話すことはないよ。――それより、ミム、城の秘密をそろそろ教えてくれないかな?」

 ミムは立ちどまって、二人を振り返った。

「私の隣に立ってばわかる」

「隣?」

 ルーネベリとシュミレットがミムの隣へ足を進めると、ちょうどミムの隣に立つとタスムの床がガタンと揺れた。なんだろうと、足元を見ていると、ミムが壁際に手を伸ばして、なにかを押し上げた。そうすると、足元が揺れて、ガタガタと床ごと上へと浮きあがったのだ。床はどんどん浮上していた。

 よろけそうになったルーネベリは中腰になってミムの肩を掴んで言った。

「どうなっているんだ、浮いているのか?」

「大きな車輪の端に板を取り付けているの。上の階へあがる時のために作った隠し階段。作るのに三年もかかった」

「作っただって?」

「お父様と大工さんと一緒に作った」とミムが言うと、シュミレットがクスリと笑った。

「なるほどね、仕掛けだね」

「うん、そう。城にはこんな仕掛けが沢山あるの。どこに何があるのかを知っているのはお父様と私だけ。これがこの城の秘密。秘密の計画だったの」

「子供たちが城で遊ぶための仕掛けなのか?秘密の計画っていうには大袈裟すぎる気がするが……」

 ルーネベリの問いにミムは首を横に振った。

「私たちのためじゃなくて、アザームの街全体のためだったの。家と城が未完成って話をしたでしょう?お父様は街を観光地にするために、大きな計画を立てていたの。アザームは金が採掘されるけど、金を加工する技術がないから。金が採れなくなったら、貧しくなってしまう。お父様は町全体を綺麗にして、沢山の仕掛けをした城で観光客に遊んでもらおうと考えたの」

「アザームの街を一種の娯楽地にするつもりだったのか?」

「娯楽地っていうのかな。お父様の計画じゃあ、私たち家族はお父様の御屋敷にお母様も一緒に移り住む予定だった。でも、お母様は反対していたの。城から出たくないって、お父様と喧嘩していた。……そんな時に、ベネムが現れた」

 床はガタガタいいながら、カチンッと音を鳴らして止まった。どうやら、上への階に着いたようだ。何階に着いたのかはわからなかったが、ミムが右の方へ移動したので、暗い足元を見ながら二人も右の方へ移った。ミムは壁際でカチカチと糸のような細い線を動かしてから、タスムの暗闇を照らした。

「お母様の部屋にベネムがいると思う。お母様のお部屋まではまだもうすこしタスムの中を歩かないと」

「わかった、連れて行ってくれ」

 ミムは頷いて、シュミレットとルーネベリをタスムの奥へと連れて行った。




 深さ三メートル強はある赤土で濁る水がわずかに流れる城の堀の中をぴしゃぴしゃと小走りするアラとカーン、クワンとパシャル。四人は堀に沿ってずっと進み、城の正面の金の門を左手に見上げながら城から街の方へと難なく抜けた。水音で兵士に気づかれてもおかしくないものだが、ミムの言ったとおりになったので、まずは順調にいっていると皆もが信じて疑わなかった。

 堀の行止まりに着くと、カーンがアラを手伝い、堀の上へとよじのぼった。背の高い屈強な身体の男女が四人もいれば深さ三メートル強の堀をのぼるなど簡単なことだが、さすがに上から敵の攻撃を受ければ困る。アラは堀の近く兵や街の人がいないかどうかを偵察しようとしていたのだ。

 堀の上に少しだけ顔をあげたアラはアザームの街と城を見まわしたが、城の周りには人の姿が影さえもなかったので、下にいる三人に向かって「誰もいない」と言い、そのまま堀の上へ、地面の上へと移動した。堀の中にいるカーンはパシャルとクワンが上へあがるのを手伝い、最後に上からパシャルの手を借りてよじのぼった。  

 アザームの街側に着いた四人は周囲を見まわして、人の姿を探してみたが、街は死んだように静まり返っていた。ミムの家に向かう道中、確かに街には人が溢れかえっていたが、あの大勢の人々が一斉にどこかへ消えてしまったかのように、街の中は今では砂埃しか舞っていなかった。

 パシャルが「何が起こったんだぁ?」と言ったが、後の三人は不思議そうに首を傾げるだけだった。この四人で何を考えてもろくなことにならないとアラが思い、当初の予定通り、パシャルとクワンは子供たちの救出に、アラとカーンはミムの父親の救出に向かうことにした。

 アラは覚えているミムの家がある北の方角をパシャルに教えてやり、そこで二人と別れ、カーンと共にアザームの南にある採掘場へと向かった。




 暗闇のタスムの中をミムの案内で歩いていたルーネベリとシュミレットは、ようやくタスムから城の中へは入る事のできる仕掛けに辿り着いた。その仕掛けというのは、一見すると灯りに照らされたごくごく普通の壁なのだが、手で壁を触ろうとするものなら、向こう側に手が通り過ぎてしまうのだ。

 ミムの手が壁を突き抜けているのを見て、ルーネベリは言った。

「――立体映像?」

「外の国でお父様が買ってきた。城の中から見たら、この壁は物置きの扉になっているの」

 ミムは壁の向こうへ通り抜けた。まるで壁という物体を無視してすり抜けたかのようだが、なにもない映像の上を通り過ぎたに過ぎないのだ。立体映像をこんな風に使う手もあるのだなとルーネベリが立体映像の壁を観察していると、シュミレットが小さな声でルーネベリに言った。

「僕はもしかしたら、また考え違いをしていたのかもしれない」

「えっ、何の話ですか?」

「まだ気づいていないようだね。……もう行こう。ミムに怪しまれるよ」

 シュミレットはすっと立体映像を通り抜けた。シュミレットはルーネベリに何か言いたいことがあるようだったが、はっきりと口にしないのは、まったく確証がないからだろう。賢者様は長く生きているせいか、いつも見る視点が人とは異なっている。この立体映像の前に辿り着くまでの間に何かあったに違いない、しかし、その何かがわからない。見落としていたことはないのだろうか……とルーネベリは考えながら立体映像を通り抜けた。

 城の廊下に着いた三人は、廊下をはさんだ反対側の壁に近づいた。ミムは大きな壁に直接描かれた絵の丸い花のようなものに触れて、力を込めて奥へと押した。どうも城の中にはまた別のタスムがあるようだ。押した絵の左側がぱっと内側に開いた。

「十秒で閉まる。入って」

 三人は急いでタスムの中へと入った。城の中にあるタスムは、外壁のタスムよりずっと狭かった。身体の小さなミムとシュミレットは幅に余裕が随分とあったが、身体の大きいルーネベリの肩はタスムの壁に当たってしまう。両肩を抑えながら進むしかなかった。

 タスムの中を十五歩ほど歩いて、ミムは部屋の中に通じる入り口を見つけ、足元近くにはめ込まれた栓を三本抜いて隠し扉を開いた。

 秘密扉から三人で入ったその部屋は、アザームの女王が身に着ける服と装身具を収納するだけの大きな部屋だったようで、皺にならないように白く美しい艶のあるドレスが壁掛けに一枚一枚掛けられて、めったにお目にかかれないような豪華な宝石類や金の冠がガラスの箱の中に丁重に納まっていた。鞄や靴は見かけなかったが、他にも白い箪笥が幾つも壁際に並んでいたので、まだまだお宝は眠っているのだろう。

 ミムは部屋の隅にある箪笥の隙間に入り込んだ。さすがのシュミレットも箪笥の隙間に入れないので、ルーネベリがせっせと重い箪笥をどかした。箪笥がなくなってみると、なるほど、ミムが入っていった場所にはニメートル四方だけ切り取られたような入り口が壁にあった。ここにも狭いタスムがあるのだ。タスムは迷路のようだ。ミムを見失わないよう、シュミレットとルーネベリがタスムに入り、ミムを追いかけた。




 十五分ほどしてミムの家に辿り着いたパシャルとクワンは、子供たちの家の前に吹き荒む大量の砂埃に遭遇した。砂埃はすぐに消えてしまったのだが、子供たちの家の前に兵士の姿どころか子供の姿も見えないので、パシャルとクワンは子供たちが兵士にどこかへ連れて行かれてしまった後なのだろうかと話し合った。しかし、アザームについて知らないパシャルとクワンは、子供たちを救いだそうにも子供たちがどこへ連れて行かれたかもわからない。クワンがここにいてもなにもできないので城へ戻ろうと言ったので、パシャルもそうするほうがいいと頷き、二人は城へ引き返した。


 アザームの南の採掘場へ向かったアラとカーンといえば、まだ採掘場には辿り着いていなかったが、アザームの街の様子がおかしいことには目に見えて気づいていた。街の中を走っても走っても砂埃が舞っているだけで、人がいないのだ。途中に通った露天街の店々は物騒にも商品が店先に並べ置かれたままほったらかしにされていた。客も人もいないので、盗まれる心配がないだろうが。大切な商売道具を野外に置きっぱなしにしたまま出かけるだろうか。

 皆が気づかない間に、何かが起きたのだ。アラとカーンは走る速度をはやめて、採掘場へとひた走った。




 女王の収納部屋を出て、ミムとシュミレットとルーネベリはタスムを真っすぐに進んだ。タスムの中を進んでいると、タスムから部屋の中を覗ける四角形の鏡が左手の壁に見えていた。鏡がある部屋は女王の広い浴室のようで、床と一体型になった輝く金の浴室が見えていた。浴室を通り過ぎると、また別の菱形の鏡が左手に見えてきた。菱形の鏡に見えた部屋は女王の私的な小部屋のようで、お洒落なピンクのソファー、ピンクの天蓋付きのベッド、ピンクの箪笥の上に山のように縫いぐるみが置かれていた。女王の小部屋も通り過ぎて次に見えた鏡は小さく丸ものが四つ、そして、その下を照らすと、地下通路の入り口と同じぐらいの大きさの扉があった。ここから部屋の中へ入れるようだ。

 ミムは一番背の低い場所にあった鏡を灯りで照らし、ルーネベリとシュミレットに言った。

「あれが私のお母様よ。名前はミュゾラ。ミュゾラ女王よ」

 シュミレットはミムが覗き込んだ鏡から、ルーネベリは一番高い鏡を覗き込んだ。

 鏡を通して見える部屋は今まで見えたどの部屋よりも広かった。もしかしたら、その部屋は王に謁見する部屋なのではないだろうか……。鏡からそう遠くない場所で、赤や青の宝石がついた派手な金の王座の上に座るミュゾラ女王は灰色のみすぼらしい破れたドレスを着て、灰白色の長い髪の鬘に崩れた小さなリボンのような飾りを山ほど飾り付けていた。女王の肌は荒れ、ホクロのような濃い染みが顔中に広がっていた。女王ほどの地位と財力のある者ならば、手入れさえすればそんなことにならなかっただろうが。まったく努力をした痕跡もなかった。

 優美な女性の彫り物が施された金の手鏡の前で女王がにこりと笑うと歯が一本もなかったが、ミュゾラ女王はうっとりと自身の顔を見て酔いしれ、赤い口紅を荒れた唇にひいた。

「ベネムや、ネベムよ。どこにいるの?ベネム」

 鈴が鳴るような高くかわいらしい声で女王は言った。すると、ルーネベリたち三人からは見えていない豪華な金のソファの影からひょうきんな男の声が聞こえた。

「おいらはここだよ、女王殿。果物を食うと三分前に言ったばっかりだろう」

「遠くにいかないでと何度も言っているでしょう」

「遠くなもんか。女王殿の数歩しか離れてない」

「ベネムよ、わたくしの願いはなんでも叶えてくれるのでしょ?」

 まったく女王とベネムの会話はまったく噛み合っていなかったが、ベネムは呆れながらもなんとか返事をしていた。

「女王殿はまだ願いがあるのか。おいらはなんでも願いを叶えてやると言ったからにはまったくその通りにしてやるさ。何が欲しい?何を望むんだ?」

 女王は鏡を床に叩きつけて嬉しそうに笑った。鏡はパリンと割れたが、女王は惜しみもせずに、甘えるような声で早口で言った。

「わたくしにあの話をしてちょうだい。聞きたいのよ。踊りながら話して」

 ベネムはフンと鼻を鳴らして、ソファから立ちあがった。現れたベネムは背の低い小男だった。顔は醜くはなかったが、美しいわけでもなく平凡だった。髪はなく坊主で、小さな胴体に茶色い肌着を着ていた。

 ベネムはぺこりと女王に頭をさげた。女王の願いどおりに踊るつもりらしい。

「女王殿は物好きだね。おいらは嫌いさ。なにもかもがまやかしに思える――」

 小さな足をトトンッと床につけて、ベネムが身軽に舞いあがると手をなめらかに動かした。目の錯覚なのか、ベネムからは金の粒が飛び出て、粒が床の上でくるくるとまわっていた。金の粒がキラキラ光るので綺麗だった。女王は玉座から飛ぶように立ちあがって、金の粒を掴もうと屈み込んだ。

 ベネムは天井高くに腕を広げ、意気揚々と叫んだ。

「『昔々、荒地に一人の旅人がやってきた。長い旅に疲れた旅人は安らぎを願い、荒地の岩で小山をつくり、雨で川をつくり、泥で家を作って住みついた。旅人は荒地をアザームと呼び、名をつくり男となった。男はあれこれつくり終えて一人が寂しくなった。男は泥で人形をつくり、男の命をほんのちょっぴり分け与えた。男に友達ができた。仲良くなった。喧嘩もした。楽しかった。もっと幸せになりたいと男は願い、アザームに街をつくろうと、男は泥人形を百体つくった。百一体の泥人形は男と瓜二つになった。賢く優しい心と醜くあざとい心を持つ人のようになった。アザームの街ができると、男の願いは叶ってしまった。もうほかには願いがない。願いが叶い終わると、男は旅人に戻らなければならない。男は泥人形に願いを聞いた。泥人形は男に願った、金の心臓に――』」

 ルーネベリは息を飲んで、ミムを見た。ミムは「違う」と言わんばかりに首を横に振っていた。

 シュミレットはミムを冷ややかな目で見て言った。

「君は僕らをまんまと騙していたのだね?」

「ベネムは嘘つきよ!信じないで」

「嘘つき?……君の言う『嘘つき』というのは、僕らが思っていたのとはだいぶ違うのだろう。彼に聞けばわかるね」

「待って!」










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