表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
95/179

十五章



 第十五章 ドルヤ建築 





 ルーネベリは皆に言った。

「急いで採掘場に向かおう。捕われたミムのお父さんを助けるんだ」

 シュミレットが片手を軽くあげて言った。

「ミムの父親を解放するだけでは、不十分でしょう。ベネムの行動をよく考えてみればわかるものだよ」

「どういうことですか?」と、ルーネベリ。シュミレットは言った。

「鍵は二つのあるのだよ。一つは捕らえたミムの父親。そして、もう一つは城にきっとあるのだよ」

「城に?」

「子供たちと国民を城から遠ざけたのは、嫌っていたという感情論ではなく、城にベネムにとって大切なものがあると考えた方がよっぽど現実的だね。城には金の心臓があるのではないだろうかと、僕は思っている」

「――金の心臓、ベネムが眠っていたという金塊ですね。金塊がベネムにとって大切なものなら、確かに誰か他人が近づくのを嫌がるかもしれませんが。でも、だったら、金の心臓はベネムにとって何なのでしょう?」

「あくまでも僕の考えだけれど、弱点のようなものなのかもしれないね。ベネム自体は剣でも倒せないというけれど、金の心臓は刺すなり壊すなりをすれば、ベネムを倒せるのではないかな。僕らの心臓と同じようなものだとすれば、ベネムは金の心臓を必死に守るはずだよ。ただし、実際にやってみるまでは何もわからないというこだけは頭に入れておいてもらいたいね」

 椅子に座ったままのシュミレットは本棚の傍に立つミムに向かって言った。

「君の父親はもしや、ベネムの行動をすべての承知のうえだったのではないかな。承知のうえで、君に薬と地下通路について話をしてから、捕まった」

ミムは「知っていた?」と言われ動揺した後、ゆっくり頷いた。

「お父様は知っていたんだ。ベネムの倒し方……。じゃあ、どうして捕まったの?」

 シュミレットは言った。

「君たち、子供の安全を危惧したのだろうね。闇雲に逃げまわっても、ベネムが子供たちを人質にでもして脅されると、君の父親は抵抗できなくなる。捕まる方が得策なのだよ。君の父親は、君同様、とても頭が切れるのだね。咄嗟の判断にしては、とても適格だ」

 ミムは父親を褒められて嬉しかったのだろうが、素直に顔に出せずに唇を噛んではにかんだだけだった。

 ルーネベリは赤い髪を掻いて言った。

「……ということは、ミムのお父さんの救出と金の心臓を奪い取ることをほとんど同時進行しなければならないってことになりませんか?一気に畳みかけなければ、ベネムに反撃されるかもしれません」

「ルーネベリ、君の言う通りだよ。ベネムに時間をなるべく与えない方が、事はうまく進むだろうね」

「それなら、城と採掘場、二手にわかれましょう」とルーネベリが言うと、アラが大きな声で「三手にする」と言った。

「三手?」

 ルーネベリがアラに聞き返すと、アラは腕を組んで言った。

「家に残った子供たちをこのまま捨て置くわけにはいかない。不安な気持ちを抱いたままでは戦えない。パシャルとクワン、戻って子供たちを連れてきてくれ。パシャルは用心棒だ。人を守る術は心得ている。クワン、従ってやってくれ」

 クワンは何も言わずに快く頷いた。なにも不服ではないようだ。

 アラはつづけて言った。

「採掘場には私とカーンが行く。採掘場を兵士が守っているのなら、素早さと剣の腕が物を言うだろう」

 ここでパシャルが口を挟んだ。

「アラ、俺も剣術には自信があるんだけどなぁ」

「お前は守る方が向いている。余計な話はするな。――シュミレット様とルーネベリ、ミムは城に向かってくれ。皆、目的を達成した後、城に集まろう」

 クワンもカーンも、シュミレットもルーネベリも、小さなミムさえも頷いたのだが、パシャルだけは不満そうな顔でアラを見ていた。

 ルーネベリは言った。

「話はまとまったな。さっそく……」

 ミムは首を横に振って言った。

「まだ終わってない。地下通路の入り口は一方通行。私たちの建てた家には戻れない」

「えっ?」

「一度、皆で地下通路を通って城に行かないといけない」

「そうなのか……。しかし、六人でぞろぞろと城に行って、大丈夫なのだろうか。城に行くといっても、そう上手く見つからずに行けるのだろうか」

「待って、本を持ってくる」


 ミムは本棚から父親の本を取りだした。ちょうど上から三段目、右から五番目の本だ。どれがどの本なのか、ミムは記憶しているようだった。手早く本を取りだして、地面に本を開いて置くと、ページを捲りだした。

「アザームの街は二十年前にドルヤ建築っていうお父様が考えだした質素で機能的な建築様式に建てなおされたの」

「ドルヤ建築か。なるほど、一体どういったものなんだ?」

 ミムはページを捲って三十ページを開いて、皆に見せるように本をまわした。大人たちはミムが開いた本の方へ近づき、上から見下ろした。

 ミムの父親ドルヤ・ノスムの本の三十ページ目は、ドルヤ建築の建築構造を非常にわかりやすく図で表したページだった。ちょう真上から見下ろした建物の構図だ。数十ミリの枠がついた四角形だ。部屋は一つしかないようだが、その分、階によって台所や寝室など分けしているという文章が小さく書かれていた。枠のついた四角形の図は二つあり、左の一つは線だけで輪郭が描かれていたが、右の一つは枠の部分だけが黒く塗りつぶされていた。

                          挿絵(By みてみん) 

 ルーネベリはミムに説明を求めた。

 ミムは黒く塗りつぶされた枠の部分を小さな指で差して言った。

「ここは大人が一人だけ通れる空間。タスムっていうの。冬はここに入って、内側の壁の方にだけ布を何重にも巻きつけるの。とっても暖かい。夏は戸をあけて風通しを良くするから、家の中はとっても涼しい」

 黒く塗りつぶされた枠の角をトントンと指先で叩いて、ミムは言った。

「この角は全部、戸が付いている。ここから出入りできる。閉じ込められないように、タスムの内側から鍵を外せる構造になっている」

顎に手をあてたルーネベリは「なるほど」と言い、それから、「地下通路は城に繋がっていると言っていたな。どこに繋がっているんだ?」と聞いてみると、ミムは言った。

「この地下通路は城のタスムに繋がっている。戸から外に出ると、近くに下りられる堀がある。城の周りの堀と同じものだから、ここを通って行けば、城の周りに立っている兵士からは見えない。皆、好きなところに行ける」

「つまりは、壁の裏側に着くということか。だが、タスムというものをベネムも知っているんじゃないか。ベネム側に味方したアザームの人間もいるだろう。タスムについて詳しく話している可能性があるんじゃないか?」

「ベネムは知らない」

「どうしてわかるんだ?」

「城のタスムに何度も行っているけど、気づかれたことない」

「たまたま、気づかれなかったというわけではないのか?ミムは身体が小さいが、身体の大きな大人五人と――まぁ、先生は大丈夫だろうが、七人でぞろぞろとタスムを歩いていれば、足音で気づかれるのではないか」と、尚もルーネベリが聞いてみたが、ミムは否定するばかりだった。

「ベネムは私たち子供が全員、考えられなくなる薬を飲まされていると思っている。アザームの街の人たちは献上品の運搬のためにしか城には来ない。城のタスムが危険だと思われていないから、兵士も戸の近くにいない。私、嘘は言わない」

「いや、ミムを疑っているわけじゃないんだ。しつこく聞いて悪かった。……なるほど、タスムは今のところ安全だということか」

 やや不安が残るような物言いをするルーネベリに、アラが言った。

「兵士がいても、私たちが倒してから目的地に向かう。城までは行動を共にする。心配するな」

 ルーネベリは「頼もしいな」と軽く笑った。内心、ひどくほっとしていたのが、ルーネベリの心情を笑ったのかと思うほど、突然、パシャルが声を立てて笑った。

皆がパシャルを見れば、パシャルは腹に手をあてて言った。

「あの金ピカの変な城、あれは誰が作ったんだぁ?」

 ミムは顔を顰めて、首を横に振った。

「城の外観は未完成。街の家々の外観も未完成。お父様は家が建った後、外観に綺麗な外装をしようとしていたのに、ベネムが金を貼って台無しにした。城の屋根も、ベネムが勝手に作った」

「ベネムって奴は、俺とは気が永久に合わないだろうなぁ」

「俺もだ」と言ったのは、カーンだった。

 話はようやくまとまったので、洞穴を出て地下通路を通って城に向かうことになった。ミムは父親の本を大切そうに本棚に戻し、パシャルとカーンは運動前の準備運動でもするかのように、身体を捻ったり動かしたりしていた。クワンとアラは二人で何か話をしていたが、何を話しているのか聞き取る前に、シュミレットが伸びをしながら椅子から立ちあがってルーネベリに言った。

「――ところで、君、『おおいなる力を下僕に据えよ』。という言葉を覚えているかな?」

「えぇ、そういえば、そんな言葉、この街に来た時に見たような気がします。今回は色々と慌ただしく起こったので、どういう意味なのかをじっくりと考えている暇もなかったですね」

「君たちはそのようだったね。僕は、僕なりに考えてみたよ。おおいなる力はもしかしたら、ミムの父親。下僕というのは、ベネムに心を奪われたミムの母親を指しているのかもしれないね」

「確かに、当てはめて考えてみると、そうかもしれませんね。ミムの両親を引き合わせて、心臓を壊せばすべてが元に戻るのかもしれません。うまくいくと、いいんですが……」

「あくまでも、それは僕らの希望だからね。城に着いたら、君も気をつけなさい。僕らは『精霊』なんてものの実態をよくわかっていないのだから、僕らも心を奪われるということもありうる」

 ルーネベリは笑った。

「少なくとも、俺と先生は大丈夫でしょう。ベネムは誰かを想う心を奪い取るみたいですからね。俺も近頃はめっきりですし、俺が知るかぎりでは、先生も想い人がいるようには思えないです」

 シュミレットはクスリと笑った。

「本当にそうかな?心が空っぽの人なんているだろか。もし、そんな人がいるなら、ただ気づいていないだけの鈍感な人というだけだよ。人の心にはいつも誰かがいるのだよ。心にいるのは愛すべき人だけじゃなく、忘れ去りたい人もいる。心は時に自由がきかないものだよ……」

「――えっ?」

 意味深な言い方をしておきながらも、シュミレットはそれ以上、何か言葉を発するわけでもなく、気ままにぷいと顔を反らして地下通路の入口へ歩いて行ってしまった。残されたルーネベリは呆気にとられた。賢者様が何を言おうとしていたのか、さっぱりわからなかったからだ。

 ルーネベリが考えに耽ろうにも、ミムが「早く」と地下通路の入り口の前で急かしたので、考える時間もなかった。結局、シュミレットの言葉は次第に忘れてしまうのだが、なんだが、妙に大切な言葉だったような気もして、しばらくは頭から消えなかった。




 灯りをパシャルから受け取ったミムを先頭に、アラ、シュミレット、ルーネベリ、カーン、パシャル、クワンの順で地下通路に入ることとなった。

 皆、這いつくばって地下通路を進みだした。

 地下通路に入る前、ミムは城までは大分遠いとだけ言ったが、実際に這ってみるととんでもなく遠かった。洞穴から、城まで距離はおおよそ千二百五十メートル。這って移動のため、三十から四十分――いや、それ以上は要しただろう。地下通路の地面につくたびに両腕はヒリヒリと痛んでいたが、子供のミムが何も言わないのだからと、大人たちは小言さえ我慢して地下通路を進んだ。

 汗をびっしょりかいて息があがってどれほど経ったのか、ミムは「もっと先」と口癖のように繰り返す言う言葉が前方で聞くたびに、「まだ着かないのか……」と落ち込んだ。

 もう一生分は這っただろうと思うほど、長い地下通路を進み。ミムの言葉を何十回も聞いて、やっとのことで地下通路の最終地点、行き止まりに行き着いた。先頭でミムが「着いた」と言ってゆっくりと止まった時には、親切にもアラが大声をあげて「止まる」と宣言したので、今回は事故が起こらなかった。人様の足の裏にぶつかることがなかったので、クワンが特に安堵していた。

 ミムは手に持った灯りで地下通路の天井を照らして、扉を開く仕掛けを探した。最初に地下通路に入った時とは、また違う仕掛けなのだろう。長方形の無数の石を並べ隙間なく接着された天井のどこにも不自然な点はなかったが、ミムだけが記憶している石の在処を、天井を手探りで探しながら見つけた。それは天井の中心からやや左にそれたところにある長方形の石だった。ミムがぐいと長方形の石を持ちあげると、天井がぱっと開いた。城の壁の裏側、タスムに繋がっているので、まったく明るくはなかったが。ミムは中腰になった後、立ちあがると、灯りをタスムの床に置いて、開いた入り口の端を掴んで身軽にひょういと地上へ飛びあがった。その後にアラたち一同がつづいた。

 皆が辿り着いたタスムの中はとても空気が冷たく、地上だというのに、先ほどいた洞穴のようだった。城のタスムの天井は、ミムが床に置いていた灯りでは照らしきれないほど高いところにあった。タスムの奥行と横幅はだいぶ広いらしく、灯りはあまり遠くまで届かなかった。暗闇に囲まれ、皆は灯りの周りに自然と集まっていた。やはり、暗闇を恐れる人の本能は、身体の大きさや丈夫さなどは関係なく、皆平等に逆らえなかった。明るいもの見るだけでも、少し安心する。

 ミムは灯りを拾って、「こっち」と左の方へ歩きだした。タスムに何度も来ているのですっかり道順を覚えているようだ。ミムがすたすたタスムの通路を歩いていくと、大人たちも連れ立ってすたすたと歩いた。

 けれど、歩いてみると、地下通路の入り口とタスムの角まではそれほど離れていないことを知った。たがだが、歩いて三分ほどだった。

 ミムはタスムの戸口の位置をよく知っているので、立ち塞がる壁の右端の床と壁の間に灯り照らした。そこにあったのは、先は丸く黒光りする釣り針のような金具を真横にある小さなへこみに引っかけるだけの簡単なあおり止めだった。ミムは金具を外すと、灯りを足元に置いてから、見えていないタスムの戸の端を手探りして掴むと、ぐっと右から左へ横に滑らせるように開いた。

 急に外の眩しい光を目にして、皆は目を細めたが、すぐにカーンがミムを手伝って、あともう少しだけ大人が通れるだけ戸を開いた。

 タスムの戸口の外は、背の低い金の柵がみえていた。柵の上部には小さな矢尻の形をした妙に尖った飾りがびっしりと並んでいた。侵入者が柵を乗り越えようものなら、飾りが手や足に刺さって、とてもじゃないが、乗り越えられないだろう。

 皆が柵を見ているのに気づいたミムは、小声で言った。

「堀は柵の前にある。行って」

 パシャルが言った。

「城をでた後、どっちの方向にミムの家がある?」

「採掘場は?」とカーンが言った。

 ミムは出口からまっすぐ前方の空を指差してから、右を差した。

「私たちの家はあっち。採掘場はその真反対」

「そんな説明じゃ、わからねぇよ。もっとわかりやすい目印はないのかぁ?」 

首を横に捻ってそう言ったパシャルに、アラは言った。

「方角は覚えた。パシャル、後で教えてやる。もう行くぞ。合流するまでは皆、怪我をするな」

 アラはタスムの入り口から勢いよく走って溝の方へ滑りおりていった。溝の底はそれなりに深いようで、アラの姿はまったく見えなくなった。

「まったくアラは統率するのがうまいな」とルーネベリが戸口に立ったパシャルに話すと、パシャルは「あいつが男じゃないのが不思議だぁ」と言って、堀の方へ走って滑りおりて行ってしまった。

 クワンとカーンは「また後で」と短く別れの言葉を言って、二人の後を追いかけた。

 四人の姿がすっかり見えなくなると、ミムが戸を閉めようとしたので、ルーネベリが手伝った。やや重い、タスムの戸を閉めると、再び暗闇の中にともる小さな灯りに包まれた。

 タスムにはルーネベリとシュミレット、そして、ミムしかいなかったので、まずルーネベリが口を開いて言った。 

「ところで、俺たちはどうやって城の中に侵入するんだ?正面にまわって入るわけにもいかないだろう」

 ミムは言った。

「タスムから城の中に入る方法は沢山ある。城には秘密があるの」

「秘密?」と聞き返したルーネベリ。シュミレットは城の秘密に興味が湧いたようで、楽しそうに「秘密とは何かな?」と言った。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ