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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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十一章



 第十一章 逆転する世界





 巨大な竜巻を前にしても、シュミレットは平然としていた。賢者には「諦める」、「引き返す」という言葉は微塵も浮かばないのだろうか。アラとパシャル、カーン、クワンはシュミレットを見て呆れていた。助手であるルーネベリさえも、まるでシュミレットの意図がわからなかった。いつものことではあるが……。

 ルーネベリはシュミレットに聞いた。

「魔術式が使えるんですか?」

「使えないと思うよ」

 シュミレットは指先を弾いたが、火花も魔術式も何もでてこなかった。ルーネベリは言った。

「じゃあ、なにか、この竜巻の中心へ行く良い策でもあるんですか?」

「なにもないよ」

「……今さっき、どうしようかなと仰いましたよね。何か考えていたんじゃないんですか?」

 シュミレットはクスリと笑い、ルーネベリの腰を叩いた。

「どうしようかなと言ったのはだね、どうやって君を焚きつけようかと思ってね」

「待ってくださいよ、俺が考えるんですか?」

「こういう時こそ、助手の君の出番ではないかな。君、学者だろう」

 ルーネベリは赤い髪を掻きあげた。

「あぁ、なるべく言いたくはなかったんですが、学者っていっても、専門外って言葉もあるんですよ?剛の世界の黒夜を知らないように、気象についてはたいした知識もないですよ」

「それでも君は何かしら良い考えを思いついてくれると、僕は思うのだよ。君は面白い視点を持っているのだから、少し考えてみてはどうかな?」

「あのですね……、あなたね……。いくらなんでも、あの巨大な竜巻ですよ?どうやって行けって言うんですか。不可能だ……」

 ルーネベリは頭を抱えたが、シュミレットは言った。

「今までも魔術が使えなくても、君はどうにかしてきたでしょう。考えてみなさい」

 パシャルがルーネベリの肩を掴んで言った。

「俺たちに出来る事なら、なんでも言ってくれよぉ」

「それじゃあ、一緒に考えてくれるか?」

 困ったのか、パシャルは薄ら笑った。

「俺は身体を動かすのは得意なんだけどなぁ、なにかを真剣に考えたりするのは苦手なんだよなぁ。頭が痛くなっちまう」

 アラやカーンを見ると二人とも頷き、クワンも同調して頷いていた。シュミレットはクスリと笑い、言った。

「魔術が使えないひ弱な僕などなんの役にも立たない。君だけが頼りのようだね」

「先生、あなたはそんなことはないでしょう。俺よりも長く生きているのに……」

「僕の助手である君は、高齢者を働かせるつもりかな?」

 深くため息をついたルーネベリは「もう、わかりましたよ」と言い、アラやカーン、パシャル、クワン、そして、シュミレットを見まわした。この六人で無事、竜巻の中心に行くにはどうしたらいいのか、ルーネベリは考え込んだ。

 大まかだが、竜巻というのは……。上空の冷たい寒気と地上の湿った暖気が衝突して対流活動が活発になることで大気が不安定になり大きく雲が積乱する。さらに、積乱し成長した雲からは冷たい寒気が下降し、地上からは湿った暖かい渦巻き状の上昇気流が複数発生する。この複数の渦巻き状の上昇気流の中で発達したものだけが竜巻となるのだが、目の前にある竜巻の上空には雲らしきものはなかった。竜巻が上空までつづいているだけだ。巨大竜巻ではなく、巨大つむじ風の方が正しいのかもしれない。しかし、そのつむじ風というのも正しいのか、ルーネベリには判断ができなかった。

 そもそもタイトゥームで発生する霧は自然現象によって発生するものではなく、「天主様」という魚のような生物から発せられているものだ。タイトゥームの竜巻の原因は必ずしも寒気と暖気の対流活動によって引き起こされるとは限らないのではないかというのが、ルーネベリの見解だった。

 ルーネベリは巨大竜巻を見た後、五人の手元に目線を落とした。

 シュミレット、アラ、パシャルとカーン、クワンは片手に木製の小さな格子のランプを持っていた。ルーネベリはゼアロスにワンプを渡したので、当然ランプを持っていない。今、六人に五つのランプがあることにある。――ふと、ルーネベリの記憶の中に「光を追い、道を照らせ」という言葉が浮かんだ。

 ルーネベルは顎に手を当て、「道を照らす……。五つのランプ……」と呟くと、パシャルが言った。

「ランプ?」

「あっ、いや……」

 アラが木製の小さな格子のランプを持ちあげ、「欲しいのかぁ?」と言ったので、ルーネベリは首を横に振った。

「……あぁ、いや、ちょっと考え事をしていただけだ」

 シュミレットは「なんでもいいから、話してみなさい」と言ったので、ルーネベリは赤い髪を掻いた。

「いえね、先生。タイトゥームでアラたちと、クワンに会ったのは偶然ではなかったのではないと思いましてね」

「偶然ではなかったと、君はどうしてそう思うのかな?」

「ランプの数ですよ」

 アラとパシャルが「ランプの数?」と聞き返した。ルーネベリは頷いた。

「えぇ、ランプの数。俺たちは必ずこのタイトゥームという村で誰かと出会う必要があったんですよ。当初のクワンのように、一人でいた場合、ゼアロスにランプを渡していたら、ランプは一つも残りませんでした」

 シュミレットは言った。

「そうだね。でも、霧が晴れてからは、ランプがあってもなくても、先に進めたね」

「はい。霧が晴れた今、道を照らすランプの役目は終えましたが。俺たちには五つのランプが残っています。これは、あの竜巻のようなものの中心に行くために残ったランプなのではないですか?」

 シュミレットはクスリと笑った。

「君は興味深いことを言うね。つまり、五つのランプを使って、あの竜巻を通り抜けるつもりなのかな?」

「そうです。使い道のなくなったランプもまた『光を追い、道を照らす』ための道具なのではないかと俺は思うんですよ。なので、ランプをどう使うかを考えるためにも、可能な限りあの竜巻に近づいてみましょう」

 ルーネベリの話に五人は最初驚いたが、シュミレット以外の四人はルーネベリが何をしようとしているのかもさっぱりわからないので、わかった振りをして頷いた。

 六人は慎重に、ゆっくりと竜巻に近づいた。通常ならば、竜巻に近づくだけでも危険な行為だが、竜巻に近づくほどルーネベリは感じていた。巨大な竜巻、あるいは、巨大なつむじ風が発生するのならば、近づくほどに強風が竜巻の周囲に吹き荒んでいるはずだが、いくら竜巻に近づいても強風どころか風一つ吹いていなかった。このことから、ルーネベリは竜巻が普通の竜巻ではないと確信しはじめていた。

 六人は互いの顔を見合わせながら、どんどん巨大竜巻に近づき、台風まで一メートルの距離で立ちどまった。これほど竜巻に近づいて何も起こらないのが不思議なほどだった。半ば緊張の残る中、パシャルだけは気が緩んだのか、こんなことを言った。

「この竜巻、見かけ倒しかもなぁ。手を突っ込んでも平気じゃないかぁ?」

 軽く笑った後、パシャルはふらっと一人だけ竜巻のすぐ傍まで歩いて、ふざけてランプを持つ左手を竜巻の方へそっと伸ばした。手を入れる前に、木製の小さな格子のランプが竜巻に触れた途端、ランプはパンッと耳に響く破壊音を立てて粉々に壊れ風の中に吸い込まれるように消えていってしまった。

 パシャルは驚きのあまり、ランプを失った左手を見ていた。

 血相変えたアラは持っていたランプを地面に投げ捨て、パシャルの首根っこを掴んで後ろへ引きずり倒し、馬乗りになって「馬鹿野郎!」と怒鳴った。

「お前の腕まで吹っ飛んでいたかもしれない!お前は用心棒だろ、腕を失くしてどうやって生きていく。しっかりしろ!」

 息を荒くして怒鳴ったアラに、パシャルは両手で顔を隠して小さな声で「ごめん」と謝った。竜巻の脅威をはじめて感じ、本当に怖かったのだろう、地面に倒されたパシャルは少し震えていた。しかし、それはアラも同じだったようだ。パシャルに怒鳴りながらも、目に涙を浮かべていた。

 二人のことをよくわかっているカーンは冷静に二人に近づいて、アラの肩に左手を置いて、右手を差しだした。アラはカーンの差しだした手を借りて立ちあがり、皆に背を向けて言った。

「パシャル、大人しくしていろ。今度、余計な真似をしたら、私がお前を殺してやる」

 感情が高ぶり泣いているのか、アラは鼻声だった。横たわり、顔を手で覆ったままのパシャルは首だけをこっくりこっくりと頷かせ。クワンはパシャルの傍で膝をつき、「大丈夫ですか?」と優しい言葉をかけた。シュミレットはルーネベリに言った。

「パシャルが無事でよかったよ。しかし、困ったね。ランプがあと四つになってしまったよ」

 ルーネベリはシュミレットの持つランプを見て言った。

「そうですね……。どうしましょうか……」


 ルーネベリは残った四つのランプを地面に置くように皆に言った。

アラは眉を寄せて投げ捨てたランプを拾いに行ったが、パシャルがランプを失ったおかげで、誰も文句は言わずに従ってくれた。

 アラとカーン、クワンとシュミレットは小さな火の灯されたランプを二つずつ縦に並べた。ランプを見下ろしても、何かいい方法など浮かぶわけもなかったが。とりあえず、手に持っていない方が、ランプを失うリスクは回避される。とりあえずは、それだけで一安心だった。

 シュミレットは巨大な竜巻の方を向いて、ルーネベリに言った。

「それで、どうするのかな?竜巻に近づいても問題はないようだけれど、巨大な強風の渦を越えるのは簡単じゃないだろうね」

「えぇ……」

 頷いたルーネベリはリュックから黒い表紙の手帳と銀のペンを取りだして白紙のページを開いた。クワンが「ノート?」と聞いたので、ルーネベリはペンを耳に掛けてから言った。

「まずはあの竜巻の風の流れを調べようかと」

 白紙のページの右側を躊躇なく千切ったルーネベリは、千切った紙を竜巻の方へ放り投げた。紙はクシャクシャッと音を鳴らした後、竜巻の渦巻き状の風に乗って高速で遠ざかっていった。 

パシャルが「何してるんだぁ?」と言うと、アラがパシャルを睨みつけたので、パシャルは押し黙った。

 ルーネベリも黙り込み、心の中で数をかぞえていた。

 紙を竜巻に投げ入れてから三十秒、一分、二分、三分半ほど数えていると、紙はルーネベリが投げ入れたほぼ同じ高さの場所を通り過ぎ、すぐに遠ざかっていった。一周して、二周目に突入しても、ルーネベリは数をかぞえながら、耳に掛けたペンを手に取り手帳にスラスラと楕円の図を五つ描いて、すべての楕円の上に右回りの矢印をいくつも書き加え。五つの楕円の隣には、蔓巻線を描いた。その後、三分半すると、一周目と同じように紙はまたほとんど同じ高さの場所を通過していったので、ルーネベリは手帳にスラスラと一周目と二周目にかかった時間をそれぞれ書いた。それから、三周目、四周目、五周目も同じように数をかぞえ、紙が戻ってくる場所を確かめると、ルーネベリは言った。

「これは竜巻ではないと思います。竜巻の上昇気流であれば、紙は上昇気流にのって空高く舞いあがっていくはずですが、この竜巻の風の流れは一定なんです。同じ高さ、同じ方向へ流れているんです。しかも、一周して戻ってくる時間もほぼ同じ、等速なんです。戻ってくる紙の位置も大きく変わっていないので、交わらない独立した空気の層がいくつも積み重なっている可能性も高いです。竜巻に見えるのはそのせいかもしれません。専門的な機材があれば、もっと詳しくわかるんですが……」


                 挿絵(By みてみん) 


 手帳に書いた図を見せたが、アラもパシャルもカーンも無言だった。かろうじて、クワンが頷いたが、けしてルーネベリの話を理解したとは言い難かった。シュミレットがわかりやすく言った。

「では、君は、あれは竜巻ではなく、強風が同じ場所をぐるぐると流れているだけだというのかな?」

「えぇ、その通りです。パシャルがやったことは、もしかしたら、間違いではなかったのかもしれません。一定方向に吹く強風に物体を近づけると、物体は風圧で破壊されました。数学者ダスカ・テタオの法則では『運動する物体は、一定の速度で連続して流れる流体を突き抜けることができる。ただし、運動する物体の速度が、流体の流速を上回る必要がある』となっています。ランプはある程度の速度が必要だったんですよ」

 シュミレットは頷いた。

「君の考えでは、走って強風を勢いよく突き抜けるというのかな?それは些か危険ではないかな」

「確かに、人の足で風速を越える速度を出すことは難しいですが、ランプが耐えうる最低速度以上で走れば、俺たちも強風を突き抜けることができるのではないでしょうか?この状況では、ランプが要だと思うんですよ。タイトゥームで起こったこれまでの出来事を考えた上での、俺の結論です」

「なるほどね。君がランプを投げ入れるしかないというのなら、僕もそうするしかないと思うよ。誰かにランプを投げ入れてもらおう」

「ありがとうございます。でも、長身で体格のいい俺たちは投げないほうがいいと思います。なるべく筋力がない方が……」

「僕しかいないじゃないか」

シュミレットは軽くため息をついた。

「助手に扱き使われるとはね、僕も落ちたものだよ」

「先生……。そんなことを言っている場合ではないかと」

 渋々頷いたシュミレットはランプを一つ掴んで言った。

「そこそこの力で投げればいいのだろう?僕は運動などしないから、一度でできるとは思わないでもらいたいね」

 シュミレットは俯いたまま強風からニメートルほど離れた場所まで歩き、地面に足で線を引いてから腕を振りあげてランプを投げた。ふわふわと力なく回転するランプは強風にぶつかると、粉々に砕けて消えてしまった。投げる力が弱すぎたのだ。五人はシュミレットを見たが、シュミレットは俯いたままランプを取りに行った。六人の手元に残ったランプはあと三つだ。

 ルーネベリはシュミレットに言った。

「もう少し近づいて投げてはどうでしょう?距離よりも速度が重要ですから」

 首を傾げたシュミレットは強風から一メートルほどの距離で腕を振りあげてランプを投げた。すると、ランプは強風の中を通り越えて行った。途中、ランプは壊れず、強風の向こう側に着地したのだろう。強風越しにランプの小さな丸い灯りがぼんやり見えていた。普通ならばありえないことだが、できてしまったのだからしょうがない。シュミレットは残り二つのランプを強風の中へ投げ入れ、灯りが遠くに三つ見えるようになったので。ルーネベリの説は正しいということになった。もっとも、シュミレットしかはじめから理解していなかったのだが……。

 六人はランプの光の見える強風の向こう側へ走って突き抜けることにした。助走をつけた上で、強風から一メートルの距離から飛び込むのだ。皆、失敗しないだろうかと不安だったが、急にパシャルが張り切りだしたので、笑うことで気が落ち着いた。どのみち、失敗しても、六人皆が同じ道を辿るのだ。開き直るしかなかった。一息ついてから、六人は横に並び、パシャルを先頭に一斉に強風の中へ助走をつけて飛び込んだ。

 ルーネベリは飛び込む瞬間、目を閉じたので、巨大な強風の中がどうなっているかはわからなかったが、一瞬だけ全身に冷たく痛い風を感じて地面に着地した。目を開くと、灰色の錆びた塔が建っていた。

 シュミレットとアラとクワンが地面に落ちていた三つのランプをそれぞれ拾いあげ、六人は塔の中央にある扉のない入り口から中へと入った。

 塔の中は、螺旋階段があるだけだったが、今まで入ったどんな塔よりも汚かった。黄色がかった苔のようなものが壁から階段、手摺りまでびっしりと生えていた。六人は苔に触れないよう、滑らないように足元を見ながら螺旋階段をのぼった。

 塔はそれほど高くはなかった。螺旋階段をのぼりはじめて数分で頂上に着き、天主様の棺というのを探そうと思ったが、探す暇もなく塔の頂上は足元に沈んだ濃い霧の中に黒い巨大な棺が見えていた。ゼアロスが言ったとおり、棺の蓋は少し空いていて、そこから霧が漂い出ていた。

 パシャルが天主様の棺まで歩いて軽々と蓋を閉めると、霧はとまった。やるべきことはすべて終わったと六人が安心しきっていると、突然、周囲が暗くなった。一難去ってまた一難。皆は互いを見合わせて、頭上を見上げた。そうすると、頭上には空はなく、逆さまの大きな街が広がっていた。いつの間に現れたのだろうか。無数の茶色い建物の中、大勢の人々が逆さまの街の中で動きまわっていた。

 六人が口を開けて惚けていると、逆さまの街はどんどんこちらへ近づいてきた。六人は戸惑った。逆さまの街がこちらへ近づくにつれ、賑やかな人々の声が聞こえ、六人の足元がぐらぐらと揺れながら大きく傾きはじめたのだ。

 シュミレットが一人、「世界が逆転する」と呟いた。








 

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