九章
第九章 意図するもの
「その魔術師たちは、時が止まったことと何か関係があるのか」
紫水が言った。
「俺はそう思っています。といっても、手がかりは今のところ何も見つかってはいませんが」
「そうか」と、紫水は顔ごと目線をゆっくりと左へと向けた。
「紫水様」
ミースが声を震わせて言った。
「お目にかかれて光栄です。今回、ザーク・シュミレット様に同行させていただいております。ミース・ラフェル・J・アルトです。こちらは、従兄弟のガーネにございます」
紫水はミースからガーネに目を移し、吹きだした。
「その格好はいかがしたのだ」
「格好といいますと?」
紫水が向ける目線の先を辿り、ミースはようやくガーネの身なりに気がつくと、目を点にしながらガーネを見た。当のガーネは何を言われているのかがわからず、頬を赤く染めて首を傾げた。ルーネベリは呆れていた。
「ミース。今、大事な話をしているところだ。黙っていてくれ」
ミースは反論しようと口を動かそうとした。だが、横に揺さぶられる、乱れたガーネの髪型を見て、どうにか思いとどまった。これ以上、恥はかきたくなかったのだろう。ルーネベリは言った。
「犯人についてはまだわかっていませんが、時の石については、先生が解決するでしょう。今日もまた、時の置き場へ行かれました。時が元に戻るのも時間の問題です」
「そうか、それはよかった。では、もう解決したも同じじゃな」
「いいえ、まだ終わってはいません」
「どういうことだ。解決してはいないのか?」
ルーネベリは頷いた。
「時を止めた原因がわかっても、肝心な、時を止めた目的がまだわかっておりません」
紫水は小難しい顔をして言った。
「何者かがこの世界を混乱させようと企んだのではないのか」
「混乱?なぜそう思いになるのです」
「それ以外に、他に何があるというのだ。現に、皆困っているではないか」
「そうですね、確かに皆さん困ってらっしゃる。紫水様は、第十四世界を混乱させる理由は何だと思いますか?」
ルーネベリは魔道具ライターを親指で擦りながら、「思い当たることを何でも仰ってください」と言った。
「思い当たること……」
紫水は侍女を見た。侍女は何も言わず、紫水を見返していた。なんだろうとルーネベリが侍女を見ると、紫水が首を横に振った。
「特になにも。私には何も思い浮かばない」
「そうですか。では、あなたはどうですか?」
ルーネベリは侍女に言った。侍女は一切の迷いもなく、小さな声で「ございません」と答えた。
「何も心当たりはないのですね」
「はい」
「どうせ、この世界に恨みを持つ愚か者の仕業だろう。時を止めるなどと大袈裟なことをして、皆を困らせ楽しんでおるだけじゃ。よくわからぬが。早よう捕まえ、早ようこの世界を元に戻してくれ」
紫水は早口で言った。
「できるかぎり、そういたします」
ルーネベリがあわてずにそう答えると、紫水は長い指先の皮をめくりながら水面を見下ろした。
水の世界に恨みを持つ者がいるという言葉に、ルーネベリは納得できずにいた。恨みがあるからといって、わざわざ危険を承知の上で時の石に近づき、時を止めるだろうか。身を投げうつ覚悟があったとしても、今回の犯人たちがそこまで愚かだとは思えなかった。
なぜそう思うのか、犯人に繋がる手がかりがはっきりとはしていない分、確証はなかったが。犯人らしき目撃情報は数人の魔術師たちだけ。他はまだ見つかっていない。聞き込みをはじめてまだ二日目だが、手がかりがあまりにもなさすぎる。どこか、手が込みすぎているように思えたのだ。ルーネベリの頭には疑問がひたすら浮んだ。他に企みがあるのではないかと……
「紫水様」
女の声が女帝の弟君を呼んだ。その場にいた全員が振り返った。薄い水色の髪と、裾が地まである青のドレス姿の年若い女が、水
の膜が遮る道を越えて、こちらへ歩いてきた。隣には鋼のように
頑丈な黒の鎧を纏い、黒い髪を持つ男が付き添っていた。軍師、玉
翠だった。紫水は女に近づいた。
「天音、なぜこんなに遠くまで来たのじゃ。なにかあってはどうする」
「なにごともございません」
甘美に微笑んだ天音。紫水は天音の手を優しく握り締めた。
「それならよいが。どうして、私がここにいることを?」
「城の侍女にあなた様がどこにいらっしゃるかお聞きすると、瞳心の神殿といらっしゃると」
天音がルーネベリに目を配らせ、「そちら様方は?」と聞いた。
「賢者シュミレットの助手殿と、連れの者たちだ」
天音は頭を下げた。
「先ほど話した。私の恋人、天音じゃ」
ルーネベリとミースも頭を下げた。天音は言った。
「この世界の時を戻すためにいらしたのですか?」
「はい」
「まぁ、なにか私にできることがあればいつも仰ってくださいな。父、円城も賢者様方のお力になれるならば、何も惜しみはいたしません」
「ありがたいことです」
「皆が住む世界のため。当然のことでございます」
ルーネベリは微笑んだ。次期帝の伴侶に対する点数稼ぎには感じられなかった。天音の眼差しは偽りなく、母にも似た優しさで溢れていた。水の世界を慈しんでいる。この女性ならば、紫水を支え、民を愛す、立派な皇妃になることだろう。
紫水は天音の背後にいる玉翠に気がつき言った。
「玉翠も一緒だったのか」
玉翠はうやうやしく、無言のまま頭を下げた。
「皆まで申さずともよい。秀栄が呼んでおるのだな」
「さようでございます。お早いお帰りをとのことです」
紫水は溜息混じりに頷き、「わかった、城に戻る」と答え。ルーネベリに言った。
「用ができたようじゃ。これにて失礼する。そなたたちはいかがする」
ルーネベリは言った。
「じきに戻ろうと思っています」
「折角、来たのじゃ。遠慮せずに好きなだけいるがいい」
ルーネベリは苦笑いした。
「調査がありますので」
「そうじゃな。瑠菜、後は頼んだ」
「はい」と侍女が頭を下げる中、紫水は天音と共に水の膜の中へ入っていった。時間の無駄だったか。紫水から新しい情報は得られなかった。気にかかることが増えるだけで、謎は深まるばかりだ。
ルーネベリははねた赤い頭を掻き毟り、ふと顔を上げると、紫水たちの後に腰をやや曲げて歩く玉翠が去り際、ミースとガーネの方を見て、わずかに目を見開いた。些細な表情の変化だった。けれど、ルーネベリは見逃さなかった。何やら動揺したような面持ちのまま、ミースたちからさり気なく目を離すと、玉翠は顔を伏せてしまった。その後の顔色は窺え知れなかったが、初対面にしてはおかしな反応だった。背中を追いかけるルーネベリの視線に気づかずに、玉翠は行ってしまった。
紫水たちが去った後、ルーネベリは言った。
「ガーネ、この世界に来たのは本当に昨日がはじめてなのか?」
「えっ?」ガーネが驚いた顔をした。
「従兄弟の私が言うのもなんですが、ガーネははじめてなはずです」
「ガーネは?お前はあるのか」
ミースは頷いた。
「はい。一度、叔母に連れられて」
「叔母か」
ルーネベリは顔を逸らし、考えはじめた。
ミースもガーネも玉翠とは面識がないようだった。もしも、二人の叔母と玉翠に面識があったとしても、ガーネに見せてもらった二人の叔母の映像は、どちらも似ていなかった。面影すらなかったのだ。玉翠が見間違えたという考えはまずないだろう。玉翠が二人の事を叔母から聞いて知っていたとしても、あの反応はどういうことだろうか。どこかしら、玉翠の反応は、二人と関わりを持たないようそしらぬ顔をしたようにも見えた。なにかあるに違いないが、まるで検討がつかなかった。
ルーネベリは言った。
「お前たちの叔母は、この世界で教材を採っているといったが。本当は、もっと別のことをしていたんじゃないだろうか?」
「いいえ、そんなことはありません。私は叔母と一緒に水竜の鱗を採取しに行ったことがあります」
眼鏡のレンズを光らせ、ミースが言った。ルーネベリは、その宿とやらに行けば、なにかしら手がかりがあるかも知れないと思った。
「その時、泊まった宿を覚えているか?」
「はい。うっすらとですが、まだ覚えています」
「そこに連れて行ってくれ。先にお前たちの叔母を所在を確かめる」
首を傾げて「わかりました」と頷いたミース。ルーネベリは侍女に言った。
「悪いが、ウケイまで送り届けてもらえるか?」
「よろこんで、そうさせていただきます」
ルーネベリは今までの出来事を思い出しながら、水の膜の中へ入っていく侍女を追いかけた。――すっと、音もなく水滴がどこかで滴り落ちて水鏡に波紋が広がった。ルーネベリはぞわぞわと胸騒ぎを感じて、立ち止まった。そして、振り返った。紫水がはじめ立っていた場所に、どこから現れたのか、黒いローブ、黒いフードを被る何者かが水面上に立っていた。影のかかる目元。はっきりと確認できない顔に、ルーネベリが目を細めると、光に照らされた口元がしきりに動いてなにやら呟いていた。しかし、ルーネベリには聞き取れない。ただ、同じ言葉を繰り返し言っているようだった。
何をルーネベリに伝えたいのだろうか。その人物は、言葉を囁きながら、ルーネベリに顔を見せるため、フードに手をかけて今にも脱ごうとしていた。隠された顔が、露になろうとしていた。
「パブロさん」
ルーネベリはミースの手を押しのけた。
「あぁ、ちょっと待ってくれ。あの人に話を聞かなければ」
「あの人?」
「そこにいる人だ。ほら、何か言っているだろう」
「どこに人がいるというのですか?」
ミースがルーネベリを疑うような目を向けた。
「どこにって、そこにいるだろう」
ルーネベリが指差すと、幻のように謎の人物は消え去った。水鏡を襲った波紋が消えた時だった。ルーネベリは探した。
「おかしいな。さっき、そこに誰かが立っていた」
「白昼夢でも見たのではありませんか」
軽蔑するようにミースが言った。手の中の魔道具ライターに何の変化もないところを見ると、ミースやガーネが、ルーネベリをわずらわせるため、悪戯に魔術を使ったわけではなさそうだった。疑いすぎるのもほどほどにしなければないなと、ルーネベリは溜息をついて頷いた。
「そうかもしれないな」
「それは夢ではございません」
ルーネベリはびっくりして、侍女を見た。「どういうことだ?」
侍女が頭を下げて言った。
「幸運なことでございます。真実をご覧になったのでしょう」
「真実?」
「さようでございます」
侍女は落ち着いて喋りだした。
「瞳心の神殿は、奇力にもっとも通ずる場所でございます。ですので、この世界にいらっしゃるどなたかがお知りになる真実が、時としてこの水面に滴り、神殿を訪れた者に真実を告げることがあるのです」
「先生は、エレメント世界では時術や魔術は頼りないと言っていたが、奇力は違うのか」
「エレメント世界において、奇力ほど優れた力はございません。素質は、時空や物質に妨げられることがございませんから」
ルーネベリは相槌をうった。
「なるほど。エレメント世界は物質世界。物質世界での時空は、いわゆる物質と密接した状態にある。それを完璧に操作するのは至難の業っていうわけか」
「第十四世界内で空間移動できないのは、冰力でできた竜の道が関係あるのでは?」ミースが言った。
「そうかもしれないな。空間移動は出発地点と着地地点を結び、そこではじめて空間移動できる状態になる。だが、出発地点あるいは、着地地点で時空が冰力によって何らかの干渉受けると、時空が歪み、出発点と着地点が一方通行にはいかなくなる。最悪、入ったはいいが、出口がなくなるということもあるということか。
そうなると、魔術の遠隔操作が難しいのは、対象となる物質がエレメント世界には多すぎるからかなのか……」
「難しい話はよして!」
ガーネが神経質に叫んだ。
「よくわからない話ばっかり。叔母様はいつになったら探してくれるの!」
身体をぶるぶる震わせ、ガーネはかんかんに怒って水の膜の中へと歩いていってしまった。侍女が急いで追いかけた。ルーネベリが肩をすぼめると、「気になさならいでください。いつもの癇癪です」とミースが言った。
都ウケイに戻ると、案内をしてくれた侍女は城に戻り。ガーネは膨らせた頬のまま、ついに口を閉じてしまった。お姫様にご機嫌取りをすべきか、ルーネベリは悩んだが。この際だから、叔母を見つけたほうがいいだろと、ルーネベリはミースに宿に連れて行くように言った。
円状の城を正面から見て東側、瞳心の神殿とは真逆の方角にミースは歩き出した。都では、賢者が来ているという噂が出回ったのか、安心しきった都人がいつもどおりの生活をしていた。民家の脇にある田を耕す都人や、道端で物売る都人たち。中には、音楽を奏で踊っている都人たちもいた。ルーネベリに協力してくれた都人が数人、こちらに手を振った。三人は都の中を彷徨いながらも、しまいには民家が少なくなり、それらしき場所まで行き着いた。
「ここであっているのか?」
「はい、確か東の外れの崖近くだったはずです」
「あ、あの人です」ミースが叫んだ。二階建ての民家の前で、太った都人がせっせと緑の縄を巻いていた。宿屋の主人のようだ。
「あの縄で思い出しました。ここは魔術師がよく泊まる宿だったはずです」とミース。ルーネベリは主人に声をかけることにした。
「すみません」
ルーネベリたちに気づいた都人は縄を手落とした。
「おぉ、こりゃ驚いた。久々の新しい客か」
「いいえ、客ではないんです。今、調査をしているところなんですが……」
「調査?」見るからにがっくりした都人は縄を拾いあげて、近くの木に結びつけた。「なんだ、ぬか喜びしちまった」
「で、なんだ?早く言ってくれ。忙しいんだ」
「お尋ねしますが、この宿に……」ルーネベリは「お前たちの叔母の名は何というんだ?」とミースは耳打ちした。「ルイーネ・J・アルトです」とミース。ルーネベリは「すまん」と素早く謝った。
「ルイーネ・J・アルトという方が泊まってはいませんか?」
「ルイーネ・J・アルト?」
「ちょっくら待ってくれ。今調べる」
宿屋の主人は宿に入り、受付の棚から表紙の白い本を取り出して、指を舐めてページを捲りながら調べだした。ルーネベリはむくれたガーネを半ば担いで、宿の入り口に入ると、備え付けてあった木椅子にガーネを座らせた。宿屋の主人が言った。
「あんたら、人を探しにきたのか?」
「はい」ミースが頷いた。
「そうか、そうか。そりゃ、ご苦労なこった。……しかしなぁ、この一年、予約客が来なくなっちまうわ。宿泊客は金もないのにいつまでも居座るわ、たまったもんじゃない。誰が保障してくれるっていうんだか」
「あった、あった。ルイーネ・J・アルト」
ガーネが立ち上がった。「叔母様は?」
「お嬢ちゃんの叔母なのか」主人は笑った。
「ねぇ、叔母様はここに泊まっているの?」
「あぁ、ここには宿泊していると書いてあるが……」
久々の更新!!
今日という日にのっかってみた。
寒いなー風邪にお気をつけて!!
それでは、また次回お会いしましょうー




