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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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九章



 第九章 光の導き





 ルーネベリは混乱して赤い髪を掻いた。

「えぇと、それはどういうことなんですかね。俺たちは今、どこに……」

 いきなり後ろからパシャルが首元に抱き着いてきた。思わず、「うわっ」とルーネベリは声を漏らしてしまった。

 パシャルは言った。

「ゼアロスを探すだろうなぁ?」

「あぁ、探す。だが、ちょっと待ってくれ。頭が混乱していて」

 シュミレットはクスリと笑った。

「今回だけは、あまり考えすぎない方がいいかもしれないね。いくら考えたところで、考えてもしょうがないと思うだけだよ」

「先生、そんな……」

 情けない顔をしたルーネベリをシュミレットはもう一度笑ってから、手に持ったままのランプを老婆に見せて言った。

「これを僕らに一人ずつ頂けるかな?ゼアロスを探すのに必要になるかもしれない」

「ありがたいね。遠慮せずにいくらでも持って行っておくれ。ゼアロスが帰ってきてくれたら、また作ってくれるからね」

 アラがお辞儀して言った。

「ありがとうございます」

「ありがとうと言いたいのは、わたしのほうだよ。ほれ、あんたもお持ちなさい」

 老婆を木製の小さな格子のランプをアラに渡し、カーンとパシャルにも順に渡し、最後にルーネベリに手渡した。

 ルーネベリはランプを持ちあげて、格子の中で燃えている水を覗き込んだ。よく見てみると、水は小さな透明の器の中にぴったりと納まっていた。

 ルーネベリは老婆に言った。

「お婆さん、この水、どうして燃えているんですか?それに水だと、持ち運ぶときに零れたり、不便では……」

 老婆は笑った。

「古水は零れやしないよ。水の化石だからね。器に入れとけば逆さまにしても零れないし、火をつければずっと燃えつづけてくれるんだよ」

「……はぁ、そうですか。水の化石ですか……」

 ルーネベリはランプを下ろした。

 分析してみなければわからないが、水の化石が塩の砂とよく似た性質を持っているのかもしれないとルーネベリは思った。

 多少の文化の違いはあるかもしれないが。老婆の住居を見る限り、生活面においては十三世界の人々とそう大きくは変らない。老婆の話に理解できかねるところは多々あるが、わからないことは、十三世界に存在する物事に置き換えて考えれば、理解できなくもないだろう。そう思うと、冷静になることができた。

 ルーネベリはランプをテーブルに置いて、リュックから手帳を取り出し、ぺらぺら捲って白紙のページを開いた。そして、手帳にひっかけていたペンで水の化石についてメモをとった後、老婆に言った。

「ところで、天主様というのは誰ですか?」

「霧の村の守り神様さ」

「守り神?」

「外の霧は全部、天主様の身体からでてくるんだよ。天主様のお身体は汚い空気を取り込んで、綺麗な霧にするんだ」

「それはすごいですね。汚い空気を濾過しているんですね。……確か、天主様は棺の中にいると仰ってましたよね。守り神が棺の中にいるということは、死んでいるということですか?」

 老婆は笑った。

「天主様は死にやしないよ。棺の中で長い間、死んだように眠っておられるんだ。天主様の眠りがとっても深いからお守番は墓守なんてタイトゥームでは呼ぶときがあるけどね。わたしが小さかった頃は、天主様は霧の空を泳いでいらしたよ。七色に輝いて、それはもう立派なもんでね、今でもよく覚えておるよ」

「霧の空を泳ぐ?」

「天主様は空魚だからね。小さいけどね、これはゼアロスが彫ってくれたものだよ。本物はもっともっと大きかったよ。この家よりも大きかった」

 老婆は木彫りの薄い羽が三つ生えた魚を手に持って、ルーネベリに見せた。

 どう見ても目が丸く胴体の長いただの魚にしか見えないが、胸鰭の羽は左右共に扇形で、背鰭は三日月型をしていた。木目なので、どんな色をしているかまではわからないが、老婆の言う通り七色に輝いて空を泳いでいたら、奇妙だが、非常に興味深かったことだろう。こんなちっぽけな羽で本当に空を飛べるならば……の話だが。

 詳しく老婆に質問する前に、「ゼアロスを探しに行こう」と、アラとパシャルが共にランプを持って老婆の家から出て行ってしまったので、それ以上話は聞けなかった。ルーネベリはやむなくゼアロスの捜索をするために、手帳をリュックにしまい、ランプを持ってシュミレットとカーンと老婆の岩の家を出た。


 老婆の家の前に立つと、外は先ほどと同じように濃い霧に覆われたままだった。

 この霧が天主様の身体から濾過されて出てくる清浄な霧だということがわかると、霧に対する見方は多少かわる。植物ではなく生物による濾過を理の世界で研究する学者も数は少ないが存在している。彼らにとって、タイトゥームの天主様は大いなる研究対象として敬われることだろう。だが、残念ながら、この場には、誰一人として学者としての発見を喜び合える友はいなかった。 

 ため息をつきながらルーネベリは霧を見渡した。原点に戻って考えると、やはりこうも霧ばかりではタイトゥームという村の景色が見えず、「タイトゥームが一体どこにある村なのか?」という問いに対する答えは、何一つ導きだせそうになかった。

 霧にうんざりしはじめていると、霧の中に人影をちらほらと見つけて、ルーネベリは驚愕した。

 老婆が岩家から出てくると、霧の中に浮かぶ数は尚一層増えていた。人影は皆、ルーネベリたちと同じようにランプを持っているようだ。点々と明かりが霧の中で見えている。どうも、それは向こうにも見えているようだ。聞き取れなかったが、数人が呟いた声が聞こえた。

 ルーネベリが驚いたまま、ランプを持つ人影を見ていると、少しまた霧が晴れて、こちらへ歩いてきた男の姿がくっきりと見えてきた。赤い髪に優しそうな赤い目、深緑の衣の半袖から見える褐色の肌。ネックレスかどうかわからないが、茶色い革紐が首元に少し見えていた。腰に短剣を四つ鞘に納めた黒いリュックを背負った男は、ルーネベリと変らない長身の剛の世界出身の者だろう。

 男はルーネベリと同じように目を大きく見開いたまま、言った。

「人が見える……」

 ルーネベリは男にお辞儀した。

「これはどうも」

「あぁ、どうも」

 男もお辞儀したので、ルーネベリは遠慮なく話しかけた。

「あの、今までどこにいたんですか?」

「老婆の家の中にました」

「えっ、家の中?」

 男は後方にある老婆の岩の家を指差して言った。

「その家です。あなたはどちらに?」

「俺たちもあの家の中に、さっきまで……」

 話をしていて、ぞっとした。男もそれは同じだったようで、動揺したように「あなたも、あの家に?」と聞いてきた。ルーネベリは気まずく頷いた。

 男もルーネベリもその後、なんと話しかけていいのかわからなかった。老婆のあの狭い家には、このような男の姿はなかった。男の方でも、ルーネベリの姿を見ていないので、この会話には激しい矛盾が生まれる。ルーネベリも男も、互いに嘘をついているのだろうかと疑ってはみたが、互いの持つランプを見て、首を傾げるしかなかった。ルーネベリの持つランプも、男の持つランプも同じ木製の小さな格子のランプだった。老婆に家にあったものだ。家に侵入して盗んだのか、それとも、老婆から貰ったのかわからないが。とにかく、二人とも、老婆に会ったはずだが。出会った時から、老婆とずっと一緒にいた。その間、一度も、互いに会っていない。双子でもないかぎり、同じ人物に同時に会うことなど不可能だ……。

 ルーネベリは赤い髪を掻いて、とりあえずは言った。

「まぁ、不思議なこともあるもんですね……。俺はルーネベリです」

「クワンです。人と話ができて嬉しいです。こちらに来てからずっと一人でした」

「えっ、誰にも会っていなかったんですか?」

「人影や囁くような人の声が聞こえいたとはいえ、この霧でしょう。人と出会えないのも試練のうちかと思っていました」

 クワンが胸元に手を当ててお辞儀したので、ルーネベリも慌てて同じようにお辞儀した。

 クワンは言った。

「あなたもお一人でしょうか?」

「いいえ、俺は……」

「どうかしたのかい?」

 不意にシュミレットがルーネベリの後ろから顔をだした。

 クワンはシュミレットを見ても驚いていた。小さな賢者はクワンの目にも子供のように映ったのだろうかとルーネベリが考えていると、クワンはルーネベリとシュミレットに意外なことを言った。

「……賢者?あなたは賢者だ」

 シュミレットにしては珍しくぽかんとしていたが、気を取り直したようにクスリと笑った。

「君、僕のことを知っているのだね?」

 クワンはルーネベリを見て言った。

「賢者の傍にいるということは、あなたはあの『ルーネベリさん』?こんなところで巡り会うとは、神の思し召しでしょうか。ダネリスから少々、話を伺っています。黒いフードを深く被り。紫のアクセサリーがついた片眼鏡の愉快な賢者と、酒の飲める賢い赤髪の大男と。話に聞いていた通りの風貌で驚きました」

 シュミレットは途端に顔を顰めた。

「アミュレットだよ。そんなおかしなことを言うダネリスは、ダネリス・バルローの他に考えられないよ。君は彼とどういう関係なのかな?」

「クワンといいます。ダネリスの仲間です」

 ルーネベリは言った。

「というと、クワンさんは新世界主義の……」

 クワンは頷いた。

「ダネリスを慕って集まった気の良い連中です。仲間は私を含め、五人いますが。ほとんど、キートリーという男とダネリスの三人で生活しています」

「キートリーですか。懐かしいですね。今、二人はどうしているんですか?」

 クワンはルーネベリに言った。

「キートリーはダネリスが昨年見つけた宝箱の研究をしています。私には難しくてわかりませんが、二人とも楽しそうです。二人はもう一人の仲間と一緒に催しを見に来てくれていると言っていました。後で会えるかもしれません」

「へぇ、そうだったんですか」とルーネベリが暢気に頷いていると、後方からアラがやってきてルーネベリの耳を抓った。パシャルが怪力というだけあって、とても痛かった。

「いたた……!」

「おい、何をぺちゃくちゃ話している。お前も一緒にこれからどうするか考えろ」

「わかった、わかったから、離してくれ」

 アラはクワンに気づいて、乱暴にルーネベリの耳から手を離した。ルーネベリの耳は真っ赤に腫れあがったが、アラはおかまいなしに、クワンを睨みつけて言った。

「お前は誰だ?ここでなにをしている」

 クワンが何か言う前に、シュミレットが言った。

「彼はクワン。僕の知人の友人なのだよ。彼も同行することになったから、そのつもりでいてくれるかな?」

 アラはじっくりとクワンを見ていたが、シュミレットを見て頷いた。

「わかりました。これからどうやってゼアロスを探すか考えているところなので、一緒に考えてくれませんか?」

「もちろんだよ」

 アラは「お願いします」と言って、なぜかルーネベリの腕を引っ掴んで強引にパシャルたちの元へ連れて行った。たった数歩の距離を引きずられ、ルーネベリは慌てたが、女ではあるが武道家であるアラの腕力にはまるで勝てそうになかった。

シュミレットはこっそりクワンに言った。

「彼らは僕のことを賢者だと知らないからね、僕のことはレヨー・ギルバルドと呼びなさい。面倒ごとは嫌いなのだよ」

 クワンは思いの外、快く「はい」と頷いた。


 ルーネベリはパシャルとカーンにクワンを紹介した。パシャルはクワンを歓迎し、カーンはただ笑っていた。用心棒というのは、こんなものなのだろうか。出会ったばかりなのに、もうパシャルはクワンの肩に腕をまわして、「あんた、なかなかいい男だなぁ」と馴れ馴れしく話していた。武道家であるアラよりも警戒心がない。アラが怒鳴るはずだ。

 アラがパシャルの頭を叩いた。

「余計な話をするな。どうやってこの霧の中でゼアロスを探すのか、お前も真面目に考えろ」

クワンから離れたパシャルは首元を描いた。

「そんなこと言われたってなぁ……。霧の中で歩きまわったら迷うって言ったのはアラだろう。歩きまわらずに探すなんてできるのかぁ?」

 アラはパシャルをきっと睨みつけたので、パシャルは咄嗟に身構えた。カーンは言った。

「婆さんにゼアロスがどっちに行ったか、聞くか」

 ルーネベリは「そうだな」と頷いた。

 六人になった一向は、数歩先の岩の家の前にいるゼアロスの祖母に話を聞きに戻った。依然、霧の中に人影があったが、姿は見えなかった。

パシャルが老婆に言った。

「――婆さん、ゼアロスはどっちの方角に行ったんだ?」

「あっちだよ」

 老婆は霧の方をまっすぐに指差した。六人は後ろを振り返った。老婆の家を出てまっすぐに進んだというのだろう。

 カーンは言った。

「他に手掛かりはないのか?」

「そうだねぇ、天主様の塔に行く途中に三つ頭の岩があることぐらいかね」

「三つ頭の岩?」

「大きな岩だから、すぐにわかるよ」

 パシャルは右手を挙げて言った。

「そっか、わかったぁ。婆さん、行ってくる」

 パシャルとカーンはランプを持って霧の中へ歩いて行こうとしたが、アラが叫んだ。

「馬鹿が!もう少し、よく考えろ」

「……なんだぁ?」

 パシャルとカーンは振り返ると、アラが老婆に言った。

「お婆さん、天主様の塔には光がありますか?」

「光?」

「『光を追い、道を照らせ』。ゼアロスを探しに行くとしても、光を追いかけながら進まなければならないんです」

 パシャルはとんとんと自身のこめかみを軽く叩いて、「光のことなんか忘れていたなぁ」と呟いた。

 老婆は言った。

「天主様の塔には松明も、なにもないからね。光がないと、ゼアロスを探してもらえないのかねぇ」

 シュミレットは言った。

「少しいいかな?僕らの持っているランプを、ゼアロスが進んだ方向へ投げればいいのではないかと思うのだけれどね」

「えっ?」とルーネベリ、シュミレットは霧の中に見える人影の方を指差した。

「彼ら、ランプを投げているようだよ」

 一同が人影の方を見てみると、光が宙を舞って遠へ飛んでいるように見えた。誰が考えたのかはわからないが、人影から次々と光が飛んでいた。ルーネベリはランプを持ったまま腕を組んで言った。

「まぁ、確かに。ランプを投げて、ランプが落ちた場所に向かって歩けば光を追うことになりますね」

「なんだぁ、ランプを投げればいいのか。簡単じゃねぇか」と、笑ったパシャル。シュミレットは言った。

「六人も投げる必要はないだろうからね。誰か一人だけランプを投げればいいのだよ」

「じゃあ、俺が投げる」

 一歩皆より前に出てカーンがそう言った。アラは言った。

「カーン、あんまり遠くに投げるなよ。見える程度に、軽く投げろ」

「わかってる」

 カーンは大きく息を吐いてから左腕をぐるりとまわして、勢いづけてランプを真っすぐ空に向かって投げた。カーンのランプは回転しながら、遠くへ弧を描きながら飛んでいった。










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