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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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四章



 第四章 宝物保管庫にて





 奇術師賢者アフラ・エントローからの手紙が届いてから、シュミレットはどんなに仕事が忙しくても、毎朝のようにアルケバルティアノ城に出向いていた。

 シュミレットの話では統治女王の体調は落ち着いたそうだが、新たに三大賢者が話し合わなければならない案件が出来たという。賢者同士がどんな話をしているのか、極秘事項らしく内容までは教えてもらえなかったが、シュミレットは度々、時術師賢者クロウィン・ユノウに対する不満を呟いていた。酷い時には、ユノウと口論したのか、むっと顔を顰めたままアパートに帰ってきて、ルーネベリに八つ当たりすることもあった。

 シュミレットの不満の大半はユノウの自惚れが過ぎるというものだった。話の全容が見えないので、シュミレットの不満を理解しようもなかったが。賢者ユノウを思い浮かべると、確かに賢者ユノウは自惚れ屋なのかもしれないとルーネベリは思っていた。

 ルーネベリがアルケバルティアノ城で行われる大舞踏会に行くたび、ユノウを見かけていた。賢者ユノウは肩まで明るい茶色の髪を伸ばした中年の男で、ふさふさとした太い眉毛と、艶のある顔はとても若々しかった。時術師賢者の正装、目立つ真っ白な襟付きコードとズボンを着ていて。いつも取り巻きを従えて会場に現れては、ちょっとした騒ぎが起こるが、ユノウは優越感に満ちた顔をしていた。

 賢者に会えたことに歓喜する人々の中、大舞踏会に紛れ込んだ記者たちが解決した犯罪事件の数々について質問をすると、ユノウは言葉巧みに話しはじめる。まるで壮大な物語を語るかのようなユノウの話に人々は聞き入り、時には笑い、時には悲しんだ。「能弁ユノウ」と呼ばれるだけのことはある。賢者クロウィン・ユノウは注目され、祭りあげられることを好む。シュミレットと対照的な賢者だ。

正反対の性格をしているシュミレットとユノウがぶつかるのは、仕方がないが、しかし、やはりなぜ二人がぶつかっているのかはわからなかった。統治女王が倒れたという一報が、二人がぶつかる原因をつくったのだろうか。

 助手は女王に謁見することができないので、統治女王がどんな人物かは知らないが。高齢のシュミレットが仕えていることや、倒れたという話から、ルーネベリは統治女王が壮年の女王だと勘違いしていた。だが、シュミレットの話では女王はまだ若い娘だそうだ……。結局のところ、賢者たちが何を話し合っているのかをシュミレットに聞けないので、数日の間、ルーネベリは一人で悶々としていた。 

 アルケバルティアノ城から昼には帰ってきて、苛々したままのシュミレットとアパートで依頼書をこなしていくうちに、時は過ぎていった。

 八月中旬、夜の空に見えるはずのない大きな赤い球体が見えはじめた。本来通るはずの軌道を大きく反れて、第六世界は急速に、白と黒、銀の球体とは真逆の方向、十三世界の軌道の真下へ向かって遠ざかっていた。

 第三世界では、第六世界が夜に現れた日から「緋剣祭り」と呼ばれる祭りが夜通し行われていた。男たちは七分丈のジャケットとズボンスタイルという流行服ボルディのモデルとなった寸足らずの赤い衣装を纏い、女たちは黒く長い鬘をかぶり、赤い丈の長い衣装を着て薄いベールで鼻から下を隠す。こうして赤く着飾った者たちは皆、お手製の装飾した模造剣を持って第三世界中の街道を練り歩くのだ。

 百年に一度行われる天秤の剣を祝う行事らしく、古くから第三世界で行われてきた。魔術師たちが夜空に動くカラフルな光の造形を描き、各世界から集まった露天商がアルケバルティアノ城の周りに店をだしていた。どこからか聞こえてくる陽気な音楽、剣を手に楽しく踊る人々。子供たちは疲れ果てるまで走りまわり、大人たちは人と出会うたびに飲み物を手に乾杯した。第三世界は祝いの色一色になっていた。

 世間が祭りで賑わうなか、些細ないざこざは多々起っていた。時術師は羽目を外した人々の取り締まりに忙しく、奇術師は喧嘩で怪我をした人々の世話に追われるようになった。指示しなければならない立場にある賢者たちは集まる時間がなくなってしまったので、三大賢者の話し合いを保留にすることにした。

 アルケバルティアノ城に行かなくてよくなった途端に機嫌がよくなったシュミレットは、内心、緋剣祭りに行きたがっていたルーネベリを気前よく送り出した。

 ルーネベリは仕事そっちのけで、一週間近く遊び惚けていた。


 ある朝、まだ部屋で寝ていたルーネベリをシュミレットが部屋の扉を叩いて起こした。何か用事でもあるのかと思い、部屋からのろのろとルーネベリが出てくると、シュミレットはマントを着て玄関口に立っていた。腹をごしごしと掻いたルーネベリは目を細めて言った。

「こんな朝っぱらから、どこへ行かれるんですか?」

 シュミレットは言った。

「アルケバルティアノ城ですよ」

「また、エントロー様やユノウ様と話し合いですか?」

 シュミレットが不機嫌になることが気がかりでルーネベリが聞くと、シュミレットは「いいえ」と答えた。

「アルケバルティアノ城にある宝物保管庫に行くのだよ。よければ、君も行かないかなと思って起こしたのだけれど、迷惑なら留守番していてもかまわないよ」

「……いや、先生が行くならどこへでもご一緒しますよ。でも、どうして宝物保管庫に行くんですか?」

「第六世界へ行く前に準備をするためだよ」

「えっ、第六世界へ行く準備ってなにを……」

「君、毎夜遊び過ぎて忘れているようだけれど。天秤の剣のことは覚えているかな?」

 ルーネベリは額を抑え考えてから言った。

「今日は……」

「今日は九月数六だね。第六世界へ行くのは三日後、九月数九。天秤の剣が公開される日だよ。こないだ僕は言ったと思うけれど」

「……すみません、すっかり忘れていました」

「君の自由な時間は好きにしてくれてもかまわないけれど、一応、行事も仕事なのだから、しっかりしてくれないと困るよ。ところで、君はアルケバルティアノ城に来るのかな、来ないのかな?」

 情けなく思いながら赤い髪を掻きむしったルーネベリは言った。

「行きます。でも、ちょっと待ってください。今起きたところですから、顔ぐらい洗わせてください。あと、何か食べるものも持参したいです」

「宝物保管庫は飲食禁止だよ。君が朝食を食べ終わるまで少しだけ待ってあげるよ。僕は本を読んでいるから、出かける用意ができたら声をかけてくれるかな」

 寛容な言葉をかけたが、シュミレットはただ単に待ち時間に本を読みたかっただけだった。実は、ルーネベリが起きる五分前に代行社から購入した本が時術式で送られてきていた。本の題は【自信家の鼻を折る四つの方法】。白い花のレリーフの椅子の隣、一本足のテーブルに茶色い小包が未開封のまま置かれていた。未だ、賢者ユノウに対して腹の虫が治まらないシュミレットは、早く本が読みたくてたまらなかったのだ。

そうとは知らないルーネベリは、賢者を待たせてはいけないと思い、急いで洗面所に向かった。

 顔を洗い、あちこちにはねた赤い髪を水で押さえつけてから洗面所から出てきたルーネベリはキッチンに行き、ポットを科学道具のコンロの上に置いて湯を沸かしながら、シンクの隣の丸い台の側面に一つしかないボタンを押した。丸い台ぴったりの小さな時術式が二つ浮かび、光の柱が現れた。ルーネベリは自室に一度戻り、メモ用紙とペンをキッチンへ持ってきた。

 キッチン台でルーネベリはメモに文字を書いた。メモにはルーネベリが食べたい物――トルズウェルズと書いた。トルズウェルズという食べ物は、穀物メルの実を叩いて細かくてしてから水と塩で練り上げて発酵させてこんがり焼いた平たい「トルズ」に肉と野菜を挟む「ウェルズ」したものだった。第三世界発祥のこの料理は、朝食の定番だった。

 ルーネベリはトルズウェルズの上に、後から「朝一番屋」と店の名前をかいた。ルーネベリは朝一番屋の常連だった。メモを丸い台の上に置くと、光の柱が消えるのと同じくしてメモも消えた。代行社に送られたのだ。数分後、時術式によって薄い紙で巻かれた熱々のトルズウェルズが届いた。ルーネベリはキッチンの棚から缶を取りだした。缶の中には布袋が入っており、その中には、チオの種子を粉末にしたものが入っていた。スプーンでチオの粉末をひと掬いしてからコップに入れた。そして、沸いた湯でチオの粉末を溶かすと、「種挽茶」という薄茶色の飲み物ができあがる。香りは少なく、甘味とほのかな酸味があるので、トルズウェルズにはぴったりの飲み物なのだ。

 ルーネベリは熱々のトルズウェルズを冷ましながら食べ、淹れたての種挽茶をゆっくり飲んだ。そのせいか、朝食に十五分もかかってしまった。洗面所で歯を磨いた後、自室に戻り、革のジャケットを着込んでリュックを背負い、身支度を終えたルーネベリは、白い花のレリーフの椅子に座って本を読んでいるシュミレットに準備ができたことを知らせた。

 シュミレットは本を閉じて、微笑みを浮かべていた。

「どうしたんですか?」

「なにもないよ。ただね、ユノウをやり込める方法を見つけたのだよ。今度会ったときには言い返してやろうと思ってね」

 ルーネベリは心底呆れた。

「……あなたね、外ではそんなことを言わないでくださいよ。過ぎたことをいつまでも根に持っていたら恰好がつかないじゃありませんか」

「僕は恰好なんて気にしないよ」

「気にしてください。一応、賢者様なんですから」

 シュミレットはフンと鼻を鳴らして、本を一本足のテーブルに置いた。

「賢者だって我慢ならないことはあるものだよ。特に同じ賢者を名乗る者に対してはね。彼は僕よりも二百歳以上も年下なのに、何でもかんでも知った気でいるのだよ。態度も横柄、教えを乞うつもりもない。先代の時術師はどうして彼なんかを……」

 ルーネベリは苦笑った。

「まぁ、まぁ、先生。思い出すとまた腹が立つでしょう。ユノウ様のことは忘れて、俺と一緒にアルケバルティアノ城へ行きましょう。宝物保管庫で何かするんでしょう?」

「――そうだったね。忘れるところだったよ。ちょっとした思いつきがあってね。試してみたいのだよ」

「思いつき?」

「では、行こうか。アルケバルティアノ城へ」

 シュミレットは指先をくるりと振るって、シュミレットとルーネベリの足元にそれぞれ時術式を発動させた。




 シュミレットの時術式で空間移動した先は、なにもない素色の壁と沢山の窓のついた壁に挟まれた広い廊下だった。光の柱と時術式が消えると、ルーネベリは窓から外を見てみた。すると、窓からはアルケバルティアノ城の城下町が眺望できた。

 北西区にある物品街や、北東区にある市場街。小さい沢山の赤い衣装の人々が行き交い、音は聞こえないが賑やかそうだった。時々、花火があがっていた。市場街の中心には翼を持つ女性の像が立っていて、像の周りに一際人が集まっていた。赤い衣装を着ていないところを見ると、きっと、第三世界にやってきた観光客だろう。あの像には色々と逸話があり、リゼルを見たものが作った像だと言う者もいる。翼を持つ女性像は意味深にも片手を天にあげ、もう片方で球体を抱えている。今日では、翼を持つ女性像は第三世界の観光名所の一つになっていた。

 市場街の奥には、背の高い建物群が立っていた。アパート街だ。ここからは見えないが、シュミレットのアパートもそこにあった。

 ルーネベリは言った。

「町を見るとここが北だとわかるんですが、どの建物に俺たちはいるんですか?」

 シュミレットは「女王の塔だよ」と言って、なにもない壁に向かって歩いて行った。

 アルケバルティアノ城は円柱状の大きな執務室群の上に幾つかの建物があった。執務室群の中心の真上、天へと真っすぐに伸びる女王の塔。女王の塔の中部から執務室群に東西南北へくだる四つの曲線状の空間移動室。女王の塔をはさむような左右二つの錐体状の大舞踏会会場。大舞踏会会場の上にはそれぞれ一つずつ塔があり、右の塔は「時術師の塔」、左の塔は「魔術師の塔」だった。時術師の塔と魔術師の塔は、女王の塔よりも低いが、空間移動室よりも高く、四方へくだる空間移動室の間に建っていた。

 シュミレットは言った。

「この階は誰も立ち入らない階でね。迷い込んだ観光客もなにもないと思って引き返す場所なのだよ。見た通り、なにもないからね」

 ルーネベリは頷いて、廊下を左右見渡した。長く広い廊下があるだけ、窓から光が差し込んでくるだけだった。寂しい廊下だ。絵さえ壁に飾っていなかった。

「本当になにもないですね。でも、ここに来たってことは、ここには宝物保管庫があるってことですよね」

 すっと手を壁にあてたシュミレットはルーネベリを振り返った。

「そうだよ。君が今まさに見ているこの壁一面が宝物保管庫の入り口になるのだよ」

 ルーネベリは壁をまじまじと見て言った。

「このなにもない壁一面が入り口ですか?鍵穴も取手もないんですね」

「鍵穴は部屋の中にあるのだよ。宝物保管庫は入り方さえ知っていれば、壁のどこからでも入れる。けれど、入り方を知らない者は壁のどの部分を壊しても中に入れない。偉人たちが作った素晴らしい扉だね。現代の技術では直すのがやっとのようだけれど」

「……まぁ、要するに入り方が肝心ってことなんですね」

「そういうことになるね」

「入り方を知っているのは、先生の他にもいるんですか?」

「もちろん。三大賢者と、賢者の主席助手は知っているね。ただし、主席助手といっても、必ず賢者を継承すると確定している者でなければいけないのだよ」

「ということは、今、入り方を知っている人は……」

「僕とエントローとユノウ、そして、エントローの主席助手のゴヴィナ・バダージュだね」

「……アルケバルティアノでたった四人しか知らないのに、俺なんかがご一緒してもいいんですか?俺は別に賢者になるわけでもないのに」

 シュミレットはクスリと笑った。

「心配はいらないよ。宝物保管庫への入り方を知る者は必ずメダルを持っているからね」

 マントの首元にシュミレットは手を突っ込み、服の一番下に隠されていた黒い紐を引き、紐に結ばれた大きな金色のメダルを取りだした。ちらりと見たシュミレットの持つ大きな金色のメダルには紋章が刻まれていた。薄く波打つ円の中に組み合わさった横の楕円と縦の楕円、二つの楕円が交わる中心に黒い点があり。この九年間ではじめて見るものだったが、どこかで見た覚えがある紋章だった。


 

                     挿絵(By みてみん)



 ルーネベリがもっとメダルを見ようと手を伸ばしたとき、シュミレットは気づかずに金色のメダルを持ちあげて壁にかざして、壁へ向かって歩きだした。

 賢者がメダルをかざしたまま一人で壁の中へすっと入って行こうとしたので、ルーネベリは呼びとめた。

「えっ、先生!待ってくださいよ」

 シュミレットは振り返り、クスリと笑った。

「――おっと、失礼。僕のマントを掴んでついておいで」

 ルーネベリは腰を屈め、シュミレットの黒いマントの端を掴んだ。シュミレットはルーネベリが掴んでいるのを確認すると、再び、壁の中へと歩いて行った。

 壁の中を通るのは実に奇妙な感覚だった。なんせ、目の前に立ち塞がる壁に頭から突っ込む形になるのだ。ルーネベリは思わず目を閉じて通ってみると、壁を通るのにかかったのはたったの数秒。シュミレットのクスリ笑いを聞いて、ルーネベリが目を開くと、二人は天井と壁の境目も、なにもない真っ白な空間に立っていた。

 バランスを崩してよろめいたルーネベリは言った。

「ここが宝物保管庫ですか?」

「そうだよ」

「俺はてっきり、宝物が棚に並んで保管されているのかと……」

 シュミレットは言った。

「残念だったね。宝物保管庫はアルケバルティアノでもとりわけ不思議な部屋でね。どういうわけかメダルの所有者にしか宝物は見えないのだよ。すべての術式が一切使えない部屋なのに力が働いている。剛の世界の天秤の剣とよく似ているのだよ。あの世界にはウェルテルが存在しないと言われているのに、剣は百年ごとに目覚める」

「……あの、先生は結局、何をするためにここに?」

「ここは第五世界と環境が似ているからね、実験するのだよ」

「実験?」

「僕はね、数年前の、聖なる魔術式をヒントに面白いものを作ったのだよ。うまくいったら、君の分も作ってあげるよ」

 シュミレットは楽しそうにマントの下の黒い鞄を開いて、ガラスの球体を取りだした。










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