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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部三巻「聖なる魔術式」
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十七章



 第十七章 知るはずのない研究





 ルーネベリはスヴファベッツに聞いた。

「その茶葉は一体誰から贈られてくるんだ?」

 スヴファベッツは困ったように首を横に振った。

「送り主が誰なのか、私にはわかりません。ただ、亡き先代と縁のある方だというので贈物を頂いているだけです。先代を偲んで贈物を送ってくださる方は今でも沢山いらっしゃいますから」

「なるほど、先代と縁のある人物か」

 スヴファベッツは頷いた。

「届けてくださる方は毎回違うのですが、毎年、綺麗なピンク色の包装紙で丁寧に包んでくださっているので、私は同じ方がずっと贈ってくださっているのだと思っています。

 包の中には他に、茶葉の効能について書かれたカードが入っているのですが。カードにも送り主の名前がなくて。届けてくださった方も送り主についてはご存知ないので。私がお礼をしたいと言っても。受け取ってもらえないのです。

 きっと、名乗れないご事情があるのでしょう。詮索するべきではないと思い、何も言わずにありがたく頂いておりましたが……」

 スヴファベッツは苦笑い。「お値段を知ってしまった以上、お断りにしなければなりません」と、頑なに断ると言いつづけたので、キッチンの方で女性がフンと鼻息を吐いた。ルーネベリは言った。

「カードに書かれていたという、茶の効能はどういったものがあるんだ?」

「黄金の茶葉は、滋養強壮の効果のある茶葉だと書かれていました」

「滋養強壮のお茶か」

「今思えば、高価なお茶なのに私ときたら身体にいいからと、ごくごくと惜しむことなく飲んでいました。もったいないことをしました」

 残念そうにスヴファベッツがそう言うのを聞いて、ルーネベリは目を細め、首をゆっくりと傾げていった。スヴファベッツの言葉に疑問を抱いたのではなく、ルーネベリの頭の中にオーギュレイの研究室を思い浮び。何かがおかしいと感じたのだ。

 爪先立ちしていたバルローは言った。

「オーギュレイとは関係なさそうだな」

「いや、どうだろうか。オーギュレイさんの研究室でお茶を淹れたのは俺だった。あの時、確か……」

 ルーネベリは言葉をとめ、キッチンの方へ向かって叫んだ。

「すみませんが、茶葉に詳しい方。その瓶にはどれぐらいの量の茶葉が入っているかわかりますか?」

「二十五グラムと書いてありますよ」と、すぐに返事が返ってきたので、「ありがとうございます」と ルーネベリは軽く頭をさげた。

「何だ?」

 バルローが聞くと、ルーネベリはバルローに言った。

「二十五グラム。一人分の茶葉の分量がニ・五から三グラムと考えると。二十五グラムで約八杯から二十杯分のお茶を飲むことができることになる。オーギュレイさんの研究室でお茶を淹れた時、俺はお茶を七人分淹れたんだ。二十五グラムのうち約十七・五から二十一グラムほど使ったとすると、約四グラムから七・五グラムほどしか残らない計算になるが。研究室の茶葉はそれよりもずっと多く残っていた。……となると、百グラム以上はじめから持っていなければ、あれほどの分量は残らないことになる」

 バルローは顔を顰めた。

「ぶつぶつと、何を言っているんだ?」

「つまりだ。家を買えるほどの高価な茶葉を大量に持っていたということは、かなりの資金が必要だということだ」

「そうだろうな。でも、家っていっても、高いものから安いものまで沢山あるだろう」

 バルローがそう言った後、スヴファベッツの家の扉が突如開いた。新たな訪問者が訪ねてきたようだ。開いた扉から見える家の前には先ほどよりも人が多くなっていた。子供だけでなく、大勢の大人たちが顔を顰めて、ぎゅうぎゅう詰めのスヴファベッツの室内を見ていた。ここでのんびり話をしているどころじゃないようだ。

 ルーネベリは「外に出よう」とバルローに言い、スヴファベッツに別れの挨拶をした。

 スヴファベッツは「またお会いしましょう。お酒を見つけておいたので、いつでも来てください」と言った。ルーネベリは軽く手をあげて、開いたままの扉からバルローと共に外へ出て行った。


 子供や大人たちの間を縫うように歩き、スヴファベッツの家から空間移動装置のある小屋へ向かって歩きながらルーネベリはバルローに言った。

「さっきの話なんだが。スヴファベッツの家で茶葉を見つけた女性が言っていただろう。ユクスの黄金の茶葉は裕福な人間しか飲めないお茶だと思っていたと」

 バルローは「あぁ」と頷いた。ルーネベリは言った。

「オーギュレイさんが裕福で、高価な茶葉を買うことができたとしても。高価な茶葉を研究室の簡易キッチンの棚に無造作に置いているだろうか。特別な時に飲むために、自宅に置いているならわかるが。誰が触るかもわからない研究室に置きっぱなしにしていた。おまけに、俺があの茶葉を使ってお茶を淹れた時も、オーギュレイさんは何も言わなかったんだ」

「オーギュレイが太っ腹だっただけじゃないのか?」

「いいや、違う。オーギュレイさんはスヴファベッツと同じだ。オーギュレイさんはあの茶葉が高価なものだとは知らなかったんだ」

 バルローは立ちどまり、先をいくルーネベリの背中に言った。

「知らなかったって?」

 ルーネベリも立ちどまりに、振り返った。

「思い出してくれ。オーギュレイさんの研究室にはじめて入った時、机の上には飲みかけのカップが散乱していたんだ。最後まで飲みきるまえに新しい飲み物を淹れてしまう。オーギュレイさんにはそういった癖があったのかもしれない」

「家が買えるほどの、最高級の茶の飲み残しか。贅沢だな」

「茶葉の価値を知っている人間なら、なかなかしないことだろう。それに、カップのことだが……。講演の日の晩から今日にかけて、オーギュレイさんがお茶を何回も飲んでいる暇はなかったはずだ。あの研究室でお茶を飲んでいたのは、講演日より前のことだろう」

「じゃあ、講演日よりも前からあの茶葉は研究室にあったってことか。だったら、やっぱり自分で買ってきたんじゃないか。安売りの時にでも買い溜めにしていたから、残してもいいと思ったのかもしれない」

「価値のある最高級の茶葉が安売りしていると思うか?」

「粗悪品扱いになったものだったら、時々安く売っているぞ」

「確かに茶葉の形が悪かったり、通常よりもやや品質が落ちものが安く売っているときもあるが。俺がオーギュレイさんの研究室で見た茶葉は何ひとつ悪くはなかった。古くもなかった。それに、もし安売りして手に入りやすくなっていたなら、スヴファベッツの家にいた女性は手に入らなかったことを嘆いたりしなかっただろう」

「安売りにしていると、知らなかっただけなんじゃないか」

 ルーネベリは首を横に振った。

「だいたい、茶葉にこだわりがあるのなら、お茶の淹れ方にたいしてもこだわりがあるはずだ。だが、たいして上手もない俺が淹れたお茶をオーギュレイさんは文句も言わずに飲んでいた。高級な茶葉ほど淹れ方で味がおおきく左右される。あの人は飲み物にこだわっていなかった証拠だ」

 ルーネベリに言葉にバルローは納得いかないのか、腕組みして唸った。「どうしたんだ?」ルーネベリが聞くと、バルローは言った。

「茶葉が貰い物だったとしても。一体、誰からそんな高い物を貰ったんだ。スヴファベッツに贈ったのと同じ人間から貰ったっていうのか?」

「それはわからないが。滋養強壮の効能のある茶葉を大量に贈ったのなら、講演日よりもずっと前からオーギュレイさんが体調を崩すことを知っていた人物。つまり――」

「オーギュレイの記憶を消した奴か」

 ルーネベリは頷いた。

「残念なことだが、オーギュレイさんは講演日よりもずっと前から何かを計画をしていたんだろう。ハロッタ・トーレイが理の世界に何か遺したという事も、なにか関わりがあるのかもしれない。スヴファベッツを訪ねてよかった。少し核心に近づけた気がする」

 ルーネベリが黙って歩きだしたので、バルローも歩きはじめた。

「これから、どこに向かうんだ?」

「バリオーズさんの家だ。聞き忘れていたことがある。急ぐぞ」




 空間移動装置で、住宅街へ向かったルーネベリとバルローは、バリオーズの家へ向かった。

 家の前でチャイムを鳴らすと、バリオーズ夫人が出てきた。夫人はルーネベリが訪ねてきた理由を聞かず、にっこりとルーネベリとバルローを出迎えると、すぐに夫のいる部屋に通してくれた。さぞ、夫を心配しているのだろうと思っていたルーネベリは、これはどういうことなのだろうと首を傾げた。夫人の後をついていくと、廊下の奥から笑い声が聞こえてきた。

 ルーネベリは夫人に聞いた。

「来客中ですか?」

「えぇ、そうですの。あなたもよくご存知の方ですよ」

「どうぞ」と、夫人がリビングへ案内すると。そこには赤いソファに座って談笑するバリオーズとデュー・ドランスの姿があった。

 二人はリビングに入ってきたルーネベリとバルローに気づくと、「ちょうどいいところに来た」と言い、笑顔のまま席を勧めた。

 訳もわからず、とりあえずは勧められるがまま二人はさっそく椅子に座ったが。バルローは聞かずにいられずに、バリオーズに言った。

「ご機嫌のようだな。もしかして、疑いでも晴れたのか?」

 バリオーズはにっこり笑い、大きく頷いた。

「そうなんですよ。閉会式前でお忙しいというのに、デューが私に朗報を届けにきてくれたんです」

「朗報?」と、ルーネベリ。バリオーズは言った。

「例のオーギュレイさんの術式製造機を調べたところ、機械の内部にある回路がいくつか焼け焦げていたことがわかったのです。

 監査の方が仰るには、術式をつくる以前から故障はあった可能性が高いそうなので。オーギュレイさんの魔術式が消えたのも、製造過程で不備があったと結論づけるおつもりなのだとか。機械に一度も近づいてもいない私がこの件に関わっていないことが正式に証明されたのも同然です。もう疑われる謂れもなくなったんです」

「それはよかったな!」

 バルローは肘掛けをぽんと叩いて喜んだが、ルーネベリの方は黙って顎を擦った。バリオーズは立ちあがり、バルローの手を握りに行った。よほど疑いが晴れて嬉しかったのだろう、目に涙をためていた。

「ありがとうございます。あなたにも、ルーネベリくんにも、ここにはいないギルバルドさんにも。なんとお礼を申し上げたらいいのか。あなた方だけです。私を信じてくださった方々は」

 デューは背もたれに凭れかかり、言った。

「私もまた、君のことを疑ったりはしていなかったよ。ただ、皆が皆、あの時は混乱してまともな判断がつかなかった。広い心で許してもらいたい。決定的な結果がでたんだ。もう誰も文句は言いまい。

 昨晩はあまりにも忙しくて、君に配慮が足らなかった。落ち込んでいるだろうと思い、結果を聞いたその足でバリオーズくんの元を訪ねたが。閉会式の最後の調整をしているさなか、抜け出してきたのでね。そろそろ戻らなくては、後でクーにどやされてしまう」

「わざわざ、ありがとうございます。デュー」

 デューは頷き、バリオーズに優しく囁くように言った。

「バリオーズくん、君がこの件とかかわりがないことがわかって、私は本当に安心している。君には話したいことがあるのだが、今は時間がない。改めて話の場をもうけさせてもらうよ」

 肘掛けに手置き、デューは軽く腰をあげた。大研究発表会の講演会場へ戻ろうとしていた。

「ちょっと待ってください」

 そう言ったのはルーネベリだった。デューは腰を浮かしたまま、「何か?」と言った。

「まだ、話は終わっていないんです。どうか、もうしばらくここにとどまって、バリオーズさんの話を聞いてから会場へ戻ってください。そうでなければ、もしかしたら、大変なことになるかもしれません」

「……それは、どういうことかね?」

 ルーネベリはキッチンの方で静かにこちらを伺う夫人の方を見た。

「奥さんも、こちらへ来てください。そこではよく話が聞こえず、不安でしょう」

 突如、声をかけられた夫人は戸惑い、夫を見た。夫は「いいよ、来なさい」と手招きした。バリオーズ夫人は手をぎゅっと握り、リビングの方へやってきて夫の隣へ腰かけた。

 今から何がはじまるのかわからないデューは様子を見ようと、浮かしていた腰をおろし、ルーネベリに言った。

「聞き忘れていた事とは、なんのことかな。今、聞く必要があるのかね?」

「えぇ、あります。聞き忘れていたというのは、バリオーズさんの研究です。――バリオーズさん、一度も俺は聞いていないはずです。あなたは一体何について研究をしていたんですか?」

「私の研究内容についてですか?」

「そうです。具体的に教えてください」

 バリオーズは隣に座る夫人の手を握った。夫人は握られた手が汗ばんでいるのを感じ、不安げに夫を見上げた。


「……ルーネベリくん、君は『奇力のルート』というのを聞いたことはありますか?」

「奇力のルート?」

「第七世界の管理者エルアは、コーチェンという毛むくじゃら生き物を飼っています。コーチェンは不思議な生き物で、『奇力のルート』を渡り、傍にいる者たちに精神的な神秘状態を引き起こす。恍惚的感情を共鳴させる力があるのだとか。そのことから、エルアの営む大劇場で演劇を見た者たちは、演劇に感情移入しやすくなり。感動も一際大きくなるというのです。

 私は、コーチェンが渡る奇力のルートいうのは、夢便りや奇術師が他人の奇力に辿り着くために通る道と同じだと考えました。人と人は何かで繋がっている。いつも同じ場所にいるわけではないのに、繋がることができる。個々を隔てているのは空気だけ。奇力のルートというものは、空気中に含まれる物質の一つなのではないかいう考えに至りました」

「では、あなたは『奇力のルート』を探す研究されていたんですね。空気中に含まれる物質なら、あなたが失くしたと仰っていたレンズなら見られたかもしれない。なるほど、そういった理由であのレンズをお持ちだったんですね」

 バリオーズは頷き、言った。

「ウェルテルを認識した機械も本来は奇力のルートとなる物質を探すものでした。とても広域まで感知させるために努力はしたんですが、機械が圧力に耐えきれず。壊れてしまった」

「そうですか。しかし、そのお話はおかしいとは思いませんか。あなたはウェルテルを認識できるような機械を作ったわけではないのに、認識した。つまり……」

 デューは右手をあげ、ルーネベリの言葉を遮った。

「わかった。君の言わんとしていることはわかった。その件に関しては白状しよう。皆は知らないが、第二室の室長の権限でウェルテルを認識できるように、あらかじめ特定の数値を設定することを義務付けた。これは認めよう。だが、バリオーズくんの機械の破損とはなんら関係はない」

「わかっています。デュー、あなたもまた純粋な気持ちからウェルテルを発見したいと思われていた。そうでしょう?」

「そうだとも。偶然にでも見つかればいいと考えていた」

 デューは落ち着くために手を組んだ。

「……室長になる前、私もまた学者だった。学者だった頃、ウェルテルを研究している同期がいたのだが。研究費と研究内容の問題で、途中で断念せざるを得なかった。その後、彼は病で亡くなってしまったが。私は彼が研究をつづけていたら、必ずウェルテルを発見すると確信していた。だからこそ、第二室の学者の誰かがウェルテルを研究の副産物としてでも発見してくれることを願っていた」

「バリオーズさんはあなたの願いに答えた唯一の人物だったのですね。だから、大研究発表会で壊れた機械を展示までして……」

「君の考えている通りだ。落ち着いた頃、バリオーズくんに話をするつもりだった。ウェルテルを発見したと知った時、すでにオーギュレイ氏の講演が決まっていた。彼の研究は今回の目玉だった。バリオーズくんの発見が埋もれてしまうことを恐れた私は、発表は後回しにして、壊れてはいたが機械だけでも展示すべきだと判断した。後日、正式な発見として論文を書き、発表することを勧めるつもりだった」

「そうだったんですか。あなたがオーギュレイさんにウェルテルについて話したのですか?」

「いや。オーギュレイ氏にはウェルテルを発見したことは言っていないはずだ。大研究発表会の準備で忙しかった私に話す暇などなかった。そんな事を聞く理由は何かね?」

 バリオーズは酷く驚いた。

「デューが話したのではなかったんですか。それじゃあ、オーギュレイさんは一体誰から話を聞いて私を訪ねてきたんでしょうか……」









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