表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部一巻「針の止まった世界」
5/179

五章 時の置き場



  第五章 時の置き場





 のんびりと歩いていると見える水の世界の空は青々としていて、雲が流れている風景など、とてもじゃないが時が止まっているのようにはルーネベリには思えなかった。きっと、この世界に住んでいたら、夜が来ないだけの昼と白夜が繰り返しているんだと思い違いをしてもおかしくないほど、ごくごく平凡な情景だ。渡された資料を読んだが、今でもこの世界の時が本当に止まっているのかと疑ってしまいそうだった。力というのは恐ろしいほど自然に不可解な出来事を巻き起こす。やはり、畑違いの案件に首を突っ込むのは少し気が引けるなと、ルーネベリは内心そう呟いていた。

 ルーネベリはすぐ近くの町はまできていた。隣は追いついたガーネも一緒だ。今から賢者様のためにこつこつと情報収集に行かなければならないというのに、腕にぶらさがって離れないガーネ。なにかしら話があるんじゃないかと踏んだルーネベリは、それとなく、

「どうして、俺についてきたんだ?」と聞いた。ガーネはにんまりとした。

「何だ?言いたいことがあるなら、はっきりと――」

「叔母様に会いたいの」

「叔母様?」

「そう、叔母様よ。シュミレット様はお仕事で忙しいでしょう?でも、ルーネベリさんなら、きっと叔母様に会わせてくれると思ったの」

 ガーネは紅のローブの下からペンダントを手繰り寄せて、ルーネベリに見せた。何の装飾もされていない、平らの金のペンダントトップから立体記録が出てきた。長身のミースの腰とガーネの肩を抱く老女の映像だ。これも一種の魔道具だろう。ルーネベリは「この人が叔母さんか。あまり似ていないな」と、言った。

「そうかな。ミースにはよく似ているって言われるけど」

 ルーネベリは肩を竦めた。

「そういえば、行方不明だと言っていたが。お前の叔母は、この世界に一体何の用で来ていたんだ?」

「さぁ、知らないわ。学校の教材でも取りに来ていたのかな」

「教材を取りに?」

 ガーネは頷いた。

「叔母様、第五世界の魔術学校の先生なの。水竜の鱗は魔術薬を作るときに使うから。だから、そうじゃないかなと思って」

 遠くの六角の柱から吹き出る滝を見ながら、ルーネベリは言った。

「水竜か。俺は動物には詳しくないから、その水竜とやらがどこにいるのかさっぱり検討がつかないが。せいぜいいてもあの辺りだろう」

「滝に?」

「……そんな所に叔母様がいるのかしら」と首を傾げた。

 ルーネベリは言った。

「いや、そうじゃない。滝の近くに水竜がいるんじゃないかと言っているんだ」

「叔母様は?」

「お前の叔母はだな、おそらく滝に近い宿にでもいるんじゃないか。水の世界には陸地が極端に少ない。水都ウケイ以外の陸地へ行くには、滝の流れ出る六角柱の狭間にある道を用いるらしいが、その道は普通の人間が行き来きできるような場所じゃない。魔術師とはいえ、お前の叔母でも難しいはずだ」

 ガーネは頷いた。

「そうなのね。滝の近くの宿ね。そこなら、いるかもしれないけど……」

「お前の叔母はこの世界に知り合いでもいるのか?」

「わからないわ。だけど……いないと思う」と、ふいにガーネは何か思い出したように上を向いて、それからまた地面に目線を落とした。思い当たることでもあるのだろうか。ルーネベリは大きすぎる身を屈め、どうしたのかと声をかけようとした。すると、城から戻ってきたルーネベリとガーネを見つけたウケイの都人たちが駆け寄ってくるのが目に入った。「どうなったんだ?」と、たちまち野次馬のような人だかりができたのだ。ルーネベリは自身の強面になるべく柔らかい表情を浮かべた。

 都人が言った。

「さっき桂林様も城から出てきたけど、どうしたんだい?」

「今から調査するところです」とルーネべリ。

都の若い娘が「今から調査するなんて、遅すぎるわ!」と罵り。長帽子を被った都人が、「この世界の科学者だって、その原因がわらないと言っているんだぞ」と叫んだ。

 不可解な事が起こっても、なにもわからず耐えるしかない都人たちの苛々がルーネベリにも伝わってきた。彼らは心底、不安を訴えていたのだ。

「ご心配なく。いつも通りの生活をしていてください。そのうち、この世界の時も動き出しますから」

 ルーネベリはさも自信があるといった風に、わざとそう言った。都人たちは「信じられない」と騒いだ。彼らを安心させるにはあまりにも暢気すぎる言葉だったかもしれないが、あくまでもルーネベリはこの先近い未来の事実を言ったまでだ。

「世界の時が止まるなんていう不思議な現象が起こって、さぞ驚かれたことでしょう。ですが、一つの世界の時を一定時間止めたからといっても、球体が爆発して消滅するわけではありません。第三、統治世界の球体がすべての球体軌道の支点なので、第三世界がある限り、何の心配もありません。

 ――まぁ、時が止まった代償は少なからずあるでしょうが。俺の専門外ですが、第十一世界の時術師にさえ来てもらえば、一週間もせずに代償を補えるはずです」

 とくにかく問題ないと、ルーネベリはなるべくやさしく説明をしたつもりだったが、ウケイの人々にはルーネベリの話が小難しく聞こえていたようで、「そんな事を言われてもなぁ」と、都人たちは眉間に皺を寄せて首を捻っていた。

 エレメント世界の人々は竜族といって、元は竜だった種族の一種が長い年月の末に人間へと化した者たちだ。見た目は人間そのものだが、古来より竜と共にエレメント世界に住み、真理を研究し理解する勉学や力を扱う術式よりも、生まれた世界との共存生活を何より重んじていた。生まれた世界の外、闇に浮かぶ十二の球体の成り立ちなど興味がなく、知ろうとしたことすらなかったのだろう。ルーネベリは文化の違いを思い知らせられた。第七理の世界では知ろうとしない事はそれだけでも罪なのだから……。

「とにかく、問題はないんです。お願いですから、普段の生活に戻ってください。僕も調べなければいけないので」


「あんた達、もしかして第三世界の女王の使いか?」

 都人に紛れて、ずっと疑うようにルーネベリとガーネを上から下までジロジロと見ていた老人が、突然そう叫んだ。わざわざ誰も来ないような異常世界にやってきて問題の解決に導くような人物は他に思い当たらないと、老人は言った。都人たちはわずかな希望を見つけたかのように叫んだ。

「もしや、賢者様がここにいらっしゃるのか?」

 若い男が胸を押さえ、叫んだ。

「あの、賢者様が!」

「時術師、能弁ユノウ」

「奇術師、沈着エントロー」

「魔術師、鬼才シュミレット」

「どのお方だ?」

「どのお方が来てくださっても、俺たちは安泰だ」

 長帽子をかぶった都人の肩を、ふくよかな町の女が叩いた。

「やだねぇ。あんた、知らないのかい?そんなの、誰がお越しになるかなんて、はじめから決まっているじゃないかい」

「一体、どのお方だ?」

「魔術師、鬼才シュミレット様に決まっているだろう」と、女は言った。ルーネベリは内心こっくり頷く。

「ユノウ様はあらゆるものに秩序を与えるお方。エントロー様はすべての者を導くお方。シュミレット様は万物の答えを探すお方。有名な話だよ」

「じゃあ、シュミレット様はどこにいらっしゃるんだ?」

 都人たちはシュミレットの姿を探すが。当然、ここにシュミレットがいるわけもなく。もし、この場にいても、魔術で跡形もなく姿をくらますにちがいないかった。

「さぁね。賢者様なんてお目にかかったことないからな」

「きっと、あのつんとした少年じゃないかい」

 ミースのことだ。背後にいた賢者様には気づかなかったのか、都人たちは「賢者様は背が妙に高いのだな」と見当違いな事に関心を寄せていた。

「しかし、賢者様がいるならもう悩む必要もないか」

二、三人の都人はルーネべリの言葉でなく、賢者様の名前に安心して欠伸をつきながら店に戻って行った。よくあることだ。賢者の名前は安心を促す、いい薬でもあるのだ。残った都人たちの気持ちが落ち着いたせいか、親切に「あんた、調べるといっていたな。この世界について聞きたいことはないか?何だって協力するよ」と言った。こういう時は下手に断っては、損をするだけだ。嫌な顔して返すのは、調査を放棄したも同然。ルーネベリは言った。

「それじゃあ、お言葉に甘えて。覚えていることでいいです。異変に気づいた日のことを教えてください」

 ルーネベリはガーネの耳元でぼそっと、「ガーネ。悪いが、この世界の問題が解決するまで、お前の叔母さん探しは待ってくれないだろうか」と言った。

静かだったガーネが嬉しそうに頷いた。

「うん、わかった」




 円形の城から北の隅まで歩いてきた女帝桂林は、地面などありはしない滝が流れ落ちる底の方へと、侍女を連れて足を進めた。桂林の後につづいたミースはたまらず、何度もシュミレットに目を配らせたが、シュミレットは無言のまま何か考え事でもしているのか、半ば上の空で足だけを動かしていた。そのうち、桂林は空中に足を踏み出そうとしていた。ミースは慌てて叫ぼうと口を開けたが、シュミレットが間を入れず、小声で囁いた。

「大丈夫。君の目に見えてはいないけど、道はつづいているよ。この先は竜の道なんだ」

 宙に浮いているかのように見えた桂林はまちがいなく道を歩いていた。竜と竜族の目にしか見えない隠された道だ。この道が見えない者はけして十四世界を巡り渡り、陸のある隣町へいくことさえできなかった。女帝桂林は落ちる滝の間を歩きつづけ、一つの、滝の目の前で立ち止まった。

「ここでよい」

 侍女の手を離し、桂林は言った。

「シュミレット、そなたの連れの者もわらわの後に」

 桂林は手を滝の奥へと突っ込み、何かを引っ張り取ると、滝の音が止まった。ウケイの町を取り囲むすべての柱に光が走った。それと同時に、シュミレットとミースは桂林とともに別空間に立っていた。

「ここはどこですか?」

ミースが叫んだ。

「先ほどまでそなたたちがおった、城の真下。柱の中じゃ」

 薄暗い中、ゴボゴボという水音だけが聞こえていた。

 目が徐々に慣れると、そこには連なることを忘れた柱と同じ金属で作られた板がでたらめに浮いていた。あまりにも足場が不確かで、ミースは転びそうになったが、シュミレットがミースの腕を強く掴んだ。

「しっかり立って。ミース、どんなことがあっても、桂林様と僕の前には出てはいけないし。遅れてもいけない」

真剣な面持ちでそう言ったシュミレットに、ミースは「はい」と不思議そうに頷いた。

「ここは、本来僕らが入れない球の内部に通じる場所なんだ。僕らの常識などまるで通じない」

 桂林が歩くと、浮遊していた板が並びはじめ、やや傾いた階段となった。素早く階段を下る桂林にシュミレット。ミースは必死に追いかけた。階段はミースの足が離れたとたんにばらけてゆく。シュミレットが言ったとおりだ。振り返ったミースは恐怖に駆られた。 そんな思いをしながら、階段を何度も何度も下りつづけ、底まで辿り着く頃にはミースのローブは汗だくだった。けれど、桂林もシュミレットも涼しげな顔をしていて、とてもじゃないが疲れたとも言えない状況だった。休む間もなく、「桂林様」とシュミレットが言った。

「わかっておる。開けよ」

 頭上でばらけた板の階段が螺旋階段のように連なり、一気に潰れ。やがてすっかり円となり、桂林の行く手に立ち構えた。丸い入り口のようだ。

「ここは竜の巣がある場所じゃ。巣に近づくでない」

 衣を地面に滑るように歩く桂林。シュミレットは少しミースに笑いかけてから歩きだした。この世のものとは思えない獣の鳴き声が入り口の中から聞こえてくる。ミースはたじろいだものの、遅れを取れないとシュミレットにつづいた。

 翼を羽ばたかせ、藁の巣の間を通り抜ける桂林に水竜が声をかけるように鳴いた。桂林は時折、近づいてくる水竜の鼻を撫でては、道を通してくれるようにと言った。ミースははじめて見る水竜に普段の冷静さを失い、呆然としていた。恐ろしく尖った牙も、青い鱗も煌き。視覚も聴覚も奪われていたのだ。シュミレットはミースを引っ張り連れながら、巣の中にいる竜を見つめた。巣の中にいる水竜は卵を抱えている。もうすぐ卵が孵るはずなのだが、世界の時が止まってしまったせいで、いつまで経っても子供が卵から出てこないのだ。何度も卵を舐めては、母竜は悲しそうに鳴いていた。

 桂林は竜の巣の狭い間を通り、竜の巣がほとんどなくなったころ、小さな穴の入り口で立ち止まった。この穴には竜も近づきたがろうとはしない様子だった。威圧的な空気が中から吹いていた。

 シュミレットは肩からぶら下げた鞄から第三世界の魔道具屋ハロッタ・トーレイで購入した半透明の四角形の箱を取り出した。

「少しさがって」

 シュミレットは四角形の箱を床に置いた。箱の蓋が瞬時に開き、数秒とかからず、ジュワッという音と共にその場の空気が澄んでいった。シュミレットが購入したのは、あらゆる記憶を呼び起こす、固形にした過去再現の時術だった。

 時術は空中にある力を術式によって操作する。一部の例外を除き、時術師が扱う分野だ。時術のなかでも過去再現は、難度の高い術式で。しかも、術式を固形にしているのだから、科学反応させるかのように、固形から気体へと変化させなければ術式は発動しない。これは対象物を操ることのできる魔力がなければできない。魔力を持つ魔術師は、己の魔力を上手に操り、尚且つ、時術のような別格の術式さえ、魔道具を用いることで使用できるようになる。けれど、なにからなにまで、魔術師見習いのミースにとっては難しすぎることだらけだった。一つでも操作を間違えると、術師自身の安全の保障はない。それなのに、そんな恐ろしい術式さえ、シュミレットはいともたやすく操作してしまうのだから、ミースは深く感動していた。

 シュミレットは言った。

「桂林様、このまま術式を丸一晩置いておきます。時術といっても、この場に起こったすべての出来事を写し取るだけ。竜たちにも何の被害もありませんから、ご安心を」

「そうか、あいわかった。……術式とは便利なものじゃな」

「もうしばらくご辛抱ください。人が容易には立ち入れない場所で原因を探るには、こうするのが一番手っ取り早いのです。時を止めた正体が映っているかもしれませんし、管理者でない者がここを通ったのならば、術式を使う他ありません。痕跡は必ず残っているはずです」

「よくわからぬが、一晩待つのも、一週間待つのも同じことじゃ。わらわは気など揉んではおらぬ。その術式さえうまく働けば、時が止まった原因がわかるのだろう?」

 シュミレットは頷いた。

「恐らくですが。可能性は高いでしょう」

「それならよい。時が止まった原因さえわかれば、解決する方法もすぐに見つかるじゃろう。今のわらわたちには、そなたらがついておる。なにも恐れることはない」

 身を翻した桂林を見て、ミースは穴を見ながら慌てて言った。

「シュミレット様、時の置き場をご覧にならないのですか?」

 シュミレットの代わりに、桂林が答えた。

「この先を行った所に、時の置き場があるのじゃが……。この先は、三大賢者でない者が立ち入るのは許されざること。潔く、引き返そうぞ」

 ミースは穴の奥を覗き込みたい意欲にかられた。シュミレットがミースのローブを引っ張った。

「あまりあの穴に近づかない方がいい。この先に行けば、最悪の場合、一瞬にして灰と化すかもしれない。時の置き場は、君が考えているほど、いい場所ではないんだ」

「どういうことですか?」

「それは君が立派な魔術師になってから知るといい」

 ミースは身震いした。時の置き場というものは一体、どういう所なのだろうか?

 桂林は先々と、出口へ向かって歩いていった。シュミレットも行ってしまう。ミースは探求の機会を失ってしまうとわかりつつも、穴を一見してから、出口へと急いだ。










< 物語の用語補足 >


・三大賢者 … 第三世界統治女王に仕える三人の賢者

・魔道具 … 魔術師によってつくられる魔術道具



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ