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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部三巻「聖なる魔術式」
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六章



 第六章 研究発表





 翌日の七月数九、その日もシュミレットとルーネベリは大研究発表会の行われているドームで一日を過ごした。

 会場ですれ違った多くの学者たちと軽い挨拶をかわし、物理学などの最新の研究結果などの講演を聞き。昼食を取った後、日替わりでかわる展示品を観てまわった。そして、その日の夕方、ドームも販売スペースにシュミレットを連れて行ったルーネベリは、黄緑色の小さく丸いボタンのような発光ブローチを購入し、シュミレットに贈った。

 喜んだシュミレットはさっそくプレゼントされた発光ブローチをマントの胸元に飾り。ブローチに触れては、光をつけて一人遊んでいた。夜になると、ますます発光ブローチは活躍した。夕食を食べに会場の外に出るときには、道を照らすのに光が必要だろうと言って、わざわざルーネベリを少し後ろで歩かせたほどだった。賢者は発光ブローチをよっぽど気に入ったようだった。夜がふけてから宿に戻った後も、何度もブローチを触り、研究公演の独自の解釈をくどくど語るルーネベリの話も半分ほどしか耳に入っていなかった。ルーネベリは例のごとく、話の途中で疲れ果てて眠ってしまい。しばらくしてからブローチに興味が尽きたシュミレットは、ソファに丁寧に折りたたんだ黒のマント上にちょこんと発光ブローチを置き、就寝した。

 七月数十の早朝、珍しく先に目を覚ましたのはルーネベリだった。ルーネベリは大きな伸びをしてから洗顔し、黒いパンツと革ジャケット、ブーツまでしっかりはいて身支度をすませると、ベッドで眠るシュミレットを起すことにした。

 驚いたことに、シュミレットはベッドの中だというのに片眼鏡をつけたままだった。取り忘れたのだろうかと思いながら肩を揺すると、シュミレットはすぐに黄金の目を開いた。身体を起こしたシュミレットは小さく欠伸をして言った。

「君、起きる時間はもう少し後だったはずだよ。早すぎるのではないかな」

「えぇ、そうなんですが。今日はベッケル・オーギュレイの公演の日なので、早めに行かなければいい場所が取れませんから。そろそろ起きて頂かないと」

「ベッケル・オーギュレイ?……あぁ、思い出したよ。そういうことは昨日のうちに言っておいてくれないかい。僕は起こされるのが苦手なのだよ」

「すみません、昨晩は話の途中で寝てしまったようで。言おうにも、言えなかったんです」

 ルーネベリは苦笑いして謝った。シュミレットは溜息をついて、顔を両手で覆って言った。

「君らしいといえば君らしいけれどね……。用意をするから、君は先に朝食を食べに行きなさい。僕も後からいくから」

「わかりました。向うでお待ちしています」

 お詫びのつもりで軽く頭をさげたルーネベリは朝食を食べるために部屋を出て行った。

ルーネベリが部屋を出た後しばらくしてから、ベッドの上にいたシュミレットは顔から手を離し、その手で左の目にかけたままの片眼鏡に触れた。慎重に片眼鏡の縁をなぞり、五粒の紫のアミュレットに一つ一つにまで触れ、きちんと左目にかかっているのを確かめると安心したように溜息をついた。気づけば、少し掌が湿っていた。汗の滲んだ掌を冷やかに見下ろしたシュミレットは、掌を寝間着で拭い、ベッドから立ちあがり身支度をはじめた。

 




 

 早い朝食の後、すぐにドームにシュミレットとルーネベリは向かったが、大研究発表会会場へ向かう道の途中からすでに多くの人々が集まっていた。 ルーネベリは彼らを見て言った。

「見てください、記者たちです。もう集まっていますよ」

大通りには長蛇の列がなし、ボルディという衣服を纏った多くの記者たちが白い四角いカードを手にし、あちこちで叫んでいた。講演会場での取材席取りが前もって行われていたのだろう。記者たちは方角と数字をあてはめて「西の四の三だ」や「南の五の四」などと叫んでいた。

 大通りには他にも、黒い学者を着た人々が数十人といて、記者たちの叫び声を聞くと、「こちらへ並んでください」と上手に誘導していた。

 シュミレットは言った。

「あの黒い服を着た彼らは研究室付きの監査じゃないのかな?」

「えぇ、そうですよ」

「監査が行列の案内までやっているのかい」

「そうみたいですね。彼らは会場を取り仕切るデュー・ドランスの手伝いでしょう。大方、デューの頼みを断れなかったんじゃないですか。監査がわざわざ表に出てくるといったら、研究や研究費に何問題がある時だけですからね」

「思ったよりも、デューは人使いが荒いのだね」

 シュミレットはそれ以上、監査については触れず、長蛇の列を見てうんざりしたように言った。

「それにしても、これほど人が集まるとは思わなかったよ。いつ会場に入れるのだろう。裏口か何かないのかい?」

「ありませんよ。申し訳ないですが、並んでもらうしかありません」

「こんなことなら本の二冊でも持ってくればよかったよ。僕はあまり列に並ぶということをしたことがないのだよ」

 随分と退屈しそうだと言ったシュミレットをルーネベリは気遣い、行列に並んでいる間中、あれこれと理の世界での思い出話を言って聞かせた。目を閉じて黙って話を聞いていたシュミレットは、時折、ルーネベリの話に相槌をうった。そうこうしている間に、時はどんどん過ぎてゆき。一時間ほど経ってから、ようやくシュミレットとルーネベリはドームの入口に辿り着いた。

 大研究発表会会場の周辺には様々な飲食店の屋台がでており、何万という人々がドームを取り囲んでいた。そのほとんどは会場での取材席取りに失敗した記者たちや、好奇心で集まってきた観光客で。記者たちは同業者からどうにか席を買い取れないかと、しきりに行列で並ぶ記者たちに向かって売ってくれとせがんでいた。ドーム周辺は半ばお祭り騒ぎとなっていた。

やっとのことで会場入りできたのは、それから三十分ほどしてからのことだった。さすがに話しっぱなしだったルーネベリも気疲れし。何人か知人の学者たちが遠くからルーネベリに手を振っていたが、まったく気づかなかったほどだった。

 会場内は思った通り混雑していたが、黒い学者服を着た監査たちが笛を持ち出し、紐のついた金色のポールをたてて通り道を整備していたおかげで、講演会場まではすんなりと進むことができた。三日間通った会場は昨晩のうちに様変わりしていた。一千万というおびただしい数の白い椅子が高い扇状の雛壇に並び、手前には大きな白いステージが建てられていた。各席から離れたステージに程近い左側と右側の僅かなスペースには透明な雛壇席が設置され、席を勝ち取った記者たちが悠々と座っていた。

 ルーネベリはシュミレットを下から五十五列目にある中央席に連れて行った。取材に訪れた記者たちや観光客と違い、ルーネベリは学者であったため、思ったよりもいい席に座ることができたのだ。ちょうど客席の中央、ステージを一望できる席に座るなり、シュミレットは言った。

「どこを見ても会場の中ならはっきりと見渡せる特等席だね。君と一緒にいると、僕まで得をするようです」

「そんなことありませんよ。理の世界の人口は千四百万人ほどなのですが、今日のような特別な講演はこちらに来なくとも自宅で講演の映像を見られるので、人口の半数以下は自宅にいるんですよ。昨日、俺が話していた学者の方々も自宅でご覧になると仰っていましたからね。講演に来る学者が少ない分、席のほうは取りやすく出来ているんです」  

「なるほどね。でもね、君の話ぶりだとわざわざ会場にまで来る学者は相当な変わり者だと言っているように聞こえるよ」

「変わり者?」 

ルーネベリは笑って頷いた。

「えぇ、そうかもしれません。会場に来ているのは、学者の中でも特に変わり者ばかりでしょう。そういった意味ではこないだお会いしたルウエル・バリオーズさんも俺と同類というわけです」

シュミレットはクスリと笑った。

「彼もまた、君同様、興味をそそられる人物だったね。彼もこの講演を聞き来ると言っていたけれど、君は彼の姿を見たかい?」

「今のところまだ来ていらっしゃらないようですね。お忙しいのか、お姿を見ていないだけなのかはわかりませんが。バリオーズさんなら俺たちを見かけたらきっと声をかけてくださるでしょう。見なかったふりなどしませんよ」

「そうだね」

 シュミレットは頷いて、どんどん人の埋まっていく客席を眺めた。会場に設置された椅子という椅子に観客が座り、ドームの外とさほど変わらないほど、ざわざわと騒がしさが増していた。

 しばらくしてから、ステージ上に白い学者服を男が五人やってきた。五人はステージに台車で一台の小さな機械を運び入れ、沢山の丸くて柔らかい球の入った籠をステージの床に置いた。それから、学者たちは球を天井に向かって一つ一つ投げた。

 果てしなく高い天井へと舞いあがった球はくるくると回転しながら、次第に光を発しはじめた。光を放った球は天井へ向かう途中まで飛んでいくと、そこからちょうどいい居場所を探して宙を自由自在に動きはじめた。球はステージをてらすための照明器具なのだ。球が動くほどステージ上は明るくなり、客席側の照明が少し暗くなった。もう間もなく、公演がはじまるのだろう。

 ルーネベリは茶色い革張りの手帳を開き、ペンまで持ってじっとステージを見ていた。シュミレットとルーネベリの両隣の客席に、見知らぬ女性と男性が腰かけ。それぞれ、隣に座るお同伴者に向かってヒソヒソと話をしていた。

「こういう場ってはじめてなの。途中で眠くなったらどうしよう」

「講演が終わったら、昨日行ったレストランにまた行こう。君と飲んだあのおいしい凛酒をもう一度味わいたいんだ」

 聞きたくなくとも、両隣から世間話が嫌でも耳に飛び込んでくるものだから、シュミレットはフードを深く被り聞こえない振りをしていた。




 そうこうしている間に、客席の照明が完全に落とされた。機械は運び去られ。ステージだけ白く光るように球に照らされた。両隣で椅子に座りなおす物音や、息を飲む音が聞こえていた。いよいよだ!

照明の届かないステージの左脇に三人の人影が見えていた。二人は中央にたつ人物の方を向いて、なにやらごそごそとしているようだった。そして、一瞬のうちにキーンという機械音が会場に広がった。機械音はすぐに止まったが、ステージ上に巨大な黒い物体が現れた。

 はじめ、なんだろうかと頭を傾けた観客たちは物体が天井までつづいているとことに気づいて、見上げると、その得体の知れない物体が白い服を着た男の巨人だということがわかり。客席からどっと悲鳴があがった。

「やいやい!もっと小さく、小さくだ」

 どこからか巨人の声が会場をこだますると、巨人の足はみるみる小さくなり、人の形がわかるほど小さくなっていった。けれど、小さくなったといっても、その姿はやはり巨人には変わりなく。白い学者服を着た、灰色の目をもつ丸坊主の中年の男だということがわかる程度に縮まっただけだった。巨大な男はステージにでかでかと佇んでいた。

 巨人の正体を知り、「なんだ、科学道具か」と誰かがほっとして一言つぶやくと、客席は「驚いた」の、「何事かと思った」などと一層騒がしくなったが、巨人はまるで観客の反応を気にするわけでもなく、声高々に言った。

「お集まりの皆さま、工学者ベッケル・オーギュレイ氏の特別講演にようこそお越しくださいました。今回、司会進行をさせていただく私めは、第二研究所の室長デュー・ドランスです。こちらの赤く短いリボン、『デュー』の勲章が目印です」

 自慢するかのように、デュー・ドランスは白い上着の左胸につけた、二つの短いリボンが交差したブローチを指差した。ブローチの中央の丸い透明な容器には液体が入っており、四方に飛び出た赤いリボンの真ん中と真ん中、端という端は鎖で繋がれ、さながら風車の羽のようにも見えなくはなかった。

 デューは指をおろすと、クイッと顔をあげて言った。

「さて、会場のお越しの皆様はこれから奇跡と呼ぶに相応しい、オーギュレイ氏の講演をお聞きして頂くのですが。三つだけ、ご注意していただくことがあります。まず、一つですが、講演中の私語を極力謹んでくださいますようお願いします。大勢の方がこられていますので、小声でも束になると相当な音量になってしまいます。オーギュレイ氏の話を聞きのがしたということにならないよ、ご配慮お願いします。二つめは、講演妨害行為などは他の方のご迷惑になりますので……」

 講演中の注意事項を丁寧に述べゆくデューを見て、シュミレットは溜息をついて言った。

「前置きが随分と長いね。肝心のベッケル・オーギュレイという工学者の姿もどこにも見当たらない。これほど長い間待たなければならないのなら、宿で講演を聞きたかったよ」

「まぁ、先生。そう仰らずに。これからですよ」

 苦笑いして、助手は賢者を宥めた。デューは三つといいながらも、ながながと講演を聞く際の注意事項をいい終わると、最後に観客に大袈裟なお礼を言った。

「今世紀最大の奇跡をご覧になるため、わざわざ講演会場まで足をお運びくださり、大変ありがとうございます。それでは、お待ちかね。ベッケル・オーギュレイ氏の登場です。皆さま、拍手を!」

 巨人デューはぱっと姿を消した。そして、デューの代わりに白髪の老人の巨体が現れた。なんの変哲もない黒い杖をつく老人の巨人は、デューと同じ白い学者服を纏い、伏せ目がちの黒い瞳をステージの左側へと向けていた。

「デュー。面倒な説明、ありがとう」

 右手をひらひらさせ、しゃがれた声で老人が言うと、客席から拍手の嵐が巻き起った。観客の中には感動のあまり立ちあって拍手している者たちもいた。

「ありがとう、ありがとう」と、ベッケル・オーギュレイが言うと、観客席から熱狂的な拍手が自然とやんでいった。オーギュレイは静かになった観客席に向かって、深々と腰を曲げ、頭を下げた。

「さまざまな世界から理の世界の講演会にお越しくださり、心から感謝します。今回の研究は物理学者ジロルド・カティエンの協力の元、最後まで成しえることができた。デューの言いようにまさに奇跡の研究でした。幸運な研究の成果をお見せできるのは私だけでなく、この場にいない彼のおかげでもあるのです。彼のために、もう一度、盛大な拍手をお願いします」

 オーギュレイが顔をあげると、観客たちはオーギュレイの願いに応えるよう強い拍手をした。オーギュレイは微笑み、何度も「ありがとう」と言い、一分ほど観客の拍手がつづいた。その後、老人は杖を床に二度ほどついて、拍手を遮ると、口を開いた。

「ありがとう、拍手はカティエンにも十分に届いたことでしょう。そろそろ公演をはじめたいと思います。まず最初に、私はこれから科学技術を結集しても不可能だと思われてきた、ある物を皆さまにお見せします」

 ステージの脇から黒い艶のある布をかぶせた背の高い台車をころころと押して、白い服を着た若い学者が歩いてきた。こちらの学者の方は巨人ではなく、通常の大きさだった。学者はステージ中央に台車を置くと、ぺこりと観客にお辞儀し、台車にかぶさった黒い布を取り払った。

 ステージ上に現れた物を見て、観客席からざわめきが聞こえてきた。

 オーギュレイは言った。

「論よりも証拠と言いましょう。これこそが、私の研究でつくりあげた研究結果。今世紀最大の奇跡と言えましょう」

 デューの巨人を見たときよりも、観客たちの動揺はひどく。ざわざわざわと、会場に雑音が響いていた。取材席に座っていた一人の記者が叫んだ。

「ベッケル・オーギュレイ氏、どこが奇跡ですか。それは魔術式じゃないか。魔術式ならありふれているものだ」 

 記者が言った通り、台車の上には円柱のガラスの箱が置かれ、中には虹色に光輝く魔術式がふわふわと浮いていた。記者の言葉で会場はまた騒がしくなったが、オーギュレイは嬉しそうに笑っていた。

「ありふれている?ほほう、その考え方こそ、私が皆さまに求めていた答え。盲点というもの」

 両腕で杖をつき、胸を張ったオーギュレイは言った。

「ここは理の世界。魔術式は魔術師でなければ、扱えない?そんな常識はもう過去のこと。工学者の私はこの手で作りあげました。当然、私は生まれてこの方魔力など一度もこの身体に持たず、術式などつくりだしたこともありません。けれど、私は作りあげたのです。このしがない老人学者が魔術式をこの世に作り出したのです。

 ただご理解頂きたい。皆さまがご覧になっているこの魔術式は普通の魔術式ではない。これは自立型魔術式。自己回復する、半永久的に消えない魔術式なのです」

 ステージ上に立っていた学者がステージ脇へ下がった。ちらりと、その様子を見たオーギュレイは片腕を広げた。

「さぁ、そんな窮屈な座席からお立ちになってステージまでお越しください。私の魔術式がただの魔術式ではないことを、その目でじっくりとご確認ください」









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