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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部二巻「楽園の使者」
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十九章

 


 第十九章 命の共鳴





 素足が冷たい夜の街道を歩いてゆく。長い背にかかる髪が揺れ、男の手に囲まれた花から花びらが一枚剥がれ落ちる。ひらりひらりと、青い花びらが落ちてゆく。男を追っていたタニラ・シュベルは落ちる花びらを手にしようと走ったが、道に花びらが辿り着くと、花びらは強い青の光りを放って道の底へと消えていった。タニラは硬いレンガを叩いた。

 男は花びらが消え去ろうとも、ただ、花を持ったまま歩きつづけた。






 時術式の中心に描かれた「鍵」を意とする時語が、ザッコの血の涙を吸って、姿を変えてゆく。内側へと折り曲がった線が少しずつたちあがる。頭上の時術も、同じように変化を見せていた。時語は空白を埋めるように細長い円になり、やがて緩やかな波を描きながら丸い円となって、術式の真ん中に浮かんでいた。

 単純な時術式に、見たこともない円が現れた。

 デムは太い腕を伸ばして、術式を止めようとした。けれど、デムがいくら術式を操作しようとしても、術式の変化はとめられない。もう、この術式は、所有者の手から離れてしまったのだ。デムは腕を下ろして、動かなくなった時術式を見て、「中」にいるザッコに目を移した。

 眼を閉じ、静かに座り込んだザッコの胸には、誰もなにもしていないというのに、内なる眼が浮かんでいた。内なる眼は青く光りながら、上下に光の帯を放っている。

「覚醒したのか」

 淡々と呟きはしたが、イモアもサンジェルもいないというのに、予期せぬことが起こってしまった。デムは別の術式を発動させようとしたが、デムの作りだす術式はすぐに弾けて消えしまう。

「周辺の時力を取り込んでいる。術式は使えない」

 デムは動きつづける術式を見た。

 伸びる光の帯が頭上と足元の術式に達していた。波打つ、二つの円が光の柱の中に、青の柱を作る。そうすると、青の柱が水のようにザッコの身体を浮上させて、柱の中に立たせた。傍で見ていたデムには、時術式と内なる眼が、まるで「中」にいるザッコの身体を包み込んでいるように見えていた。

 青の柱の中で、ザッコは目を開いた。赤く充血していたはず目の腫れが、急速に青の柱の中で癒されてゆく。そして、とろんとした目が、くっきりと開かれてゆく。ピンク色がかっていた虹彩が白と化し、奥から別の色が染みでてきた。光沢のある金色の、別人のような瞳がデムを見つめていた。

「ミドール……」

 ザッコは青の柱の中からデムの方を見ていた。デムは胸を見下ろし、触り探るが、そこには何も浮かんでいなかった。ザッコが見ていたのはデムではないのだ。後ろを振り返ると、後ろの方に腐ったギルビィ・ベーグの身体が横たわっていた。

デムは顔を元に戻した。ザッコは手を胸の内なる眼に置き、青の柱から足をだして、光の柱から出てきた。

 時術式からザッコがでてくると、術式は消えたが、波打つ円が、ザッコの頭上と足元にとどまり、動くたびに付いてくる。ザッコはそのまま、デムの横を素通りして、ギルビィ・ベーグの元まで歩き。ギルビィの目の前で、片膝をつき、優しく朽ち落ちそうな身体を抱きかかえた。とても軽い身体だった。生まれたばかりの赤ん坊よりも、ずっと軽いのかもしれない。

 指先で、ギルビィ・ベーグの頬に触れた。冷たい石のベッドから離れ、放っておかれた身体の腐敗はさらに進んでいた。胸から飛び出た心臓が、被さった寝巻きと共に弱々しく動いていた。生きてはいるが、その生に終わりを感じる。

 ザッコはギルビィ・ベーグに言った。

「一緒に行こう、あの人が待っている」

 波打ち円が青い光で二人を包んで、屋上から姿を消けした。




 ふらふらになっても、媒体相手に戦いつづけるサンジェルを空から見下ろしていたシュミレットは、そろそろ頃合いだろうと思い。持っていた銅の槍を魔術式で粒子化させて空に散らせ、魔術式を六つ起動させた。

 金の槍を振りまわすサンジェルが最後の力を振り絞って走り出した途端、空から長い銅のパイプが六本、サンジェルの身体を挟んで、斜かいに地面に突き刺さった。

 なんの変哲もない六本の銅のパイプが、わき腹、首元、手足、羽の付け根から先までを縫うように、絶妙な位置で交差していた。半ば宙吊りに、パイプに生け捕りにされたサンジェルは、どうにか銅パイプから逃れようとしたが、疲れきったサンジェルにはパイプを揺さぶる程度の腕力しか残っていなかった。サンジェルは罵りの言葉を吐いた。斜かいに刺さった六本のパイプの下に、大きな魔術式が現れ、パイプとサンジェルごと空中に浮かび、空へと飛んだ。そうして、病棟群よりも、さらに高い場所に行き着くと、魔術式は自然にとまった。

 サンジェルは狂ったように叫んだ。

「他にも魔術師がいたのか。卑怯者、姿を見せろ!」

 言われるまでもなく、魔術式の上に隠れていたシュミレットが、術式の光とともにその姿を現した。術式から放たれた七色の、光のベールの中、黒く綺麗なマントを纏う賢者を見て、サンジェルはあきからに動揺していた。

「ザーク・シュミレット!」

 あれほど打ちのめしたというのに、無傷だとは一体どういうことなのだろうと、サンジェル。シュミレットは、クスリと笑った。

「驚くことなんて、なにもありませんよ。君はただ、僕の媒体相手にずっと遊んでいたのだから」

「媒体?」

「何度、君が僕の媒体を倒そうとも、僕自身を倒さなければ意味がないのだよ。君の方が疲れてしまうだけで、僕の方は少し魔力を使っただけ。ほら、綺麗なものでしょう」

 そう言って、マントから白い腕を出したシュミレット。つるんとした肌には、小さな掠り傷さえなかった。まったくの無傷だ。

 サンジェルは騙されたと思い、かっとなった。

「この卑怯者、ここから出せ!正々堂々と、戦え」

 銅パイプをしきりに軋ませて、サンジェルはもがいた。呆れたように、腕を組んだシュミレットは言った。

「君が翼人なら、その銅のパイプから出ることなんて簡単なことだとは思わないかい。そう、君が僕たちの知っている翼人なら、そこから僕を殺すことたって難しいことじゃない。でも、君はそこから出ることも、僕を殺すこともできない」

「なにを言う……」

「美しい翼を持つ姿は同じでも、君にはそんな力はないのだよ。望んでも、君はけしてリゼルにはなれない。まして、翼人にもなりきれていない。なのに、どうしてそこまでして、自らを偽りつづけるのか。僕にはわからないよ」

 サンジェルは七色の光に照らされた、フード下の賢者の瞳を見て、内心怯えた。間違いなく、知られている。この賢者はサンジェルが何者か知っているのだ。サンジェルは息を乱した。

 シュミレットは言った。

「十三世界のとある世界の、とある村には、自らの存在を戒めつづける厳格な者たちがいる」

サンジェルは目を見開き、顔を反らした。

「彼らはその身体に流れる血を嫌い、子が生まれてくるとすぐに羽を切り落とす。そして、二度と羽が生えてこないように、魔術式を背に刻み、力さえも封じて生涯を平凡な人間として生きる。そうして、彼らは五千年前からずっと、誰にも存在を知られないように、ひっそりと閉ざされた村に暮らしている」

「言うな、それ以上は言うな……」

 聞きたくないと頑なに拒み、俯いたサンジェルにシュミレットは言った。

「彼らは白の翼人と黒の翼人の間に生まれた、混色翼と呼ばれた者たちだった。翼人がこの十三世界にいたずっと以前から、存在はした者たちだったのだけれどね。混血の者の大半は、遺伝子構造の不安定さから、異常に乏しい力しか持たず。両親のどちらでもない容姿が、彼らの存在意義に影を落としていた。翼人にも十三世界の人々にも、混色翼の者は翼人だとは見なされず。存在すら誰にも認めてもらえなかったのだよ。

リゼルの覚醒後、地上から翼人が去ると、彼らは解放されるかのように、羽を削ぎ、自らの力を捨て、十三世界の人間として生きようとしていた。質素ながらも、誰よりも人々と同じであることを望み、努力して生きていた。君の、左右の虹彩の違いは、混色翼から生まれた子供が持つ特徴。紛れもなく彼らと同胞だというのに、君の行いが、彼らの立場を危うくするかもしれない。そう考えなかったわけではないはずです」

 銅のパイプに捕らわれたまま、サンジェルは言った。

「同胞の立場?ばかばかしい」

 失笑しながらサンジェルは顔をあげた。

「皆、自分のために生きて、自分のために死ぬのよ。同胞だろうと、なんだろうと、他人のことなんて考えたくもないわ」

「随分と、捻くれた考えだね」

「捻くれているのは、誰のせいよ。私のしたことと、同胞は関係ないわ。それでも、責めるのなら、いつも通り、あなたたちの都合のいいようにすればいいじゃない。焼くなり煮るなり、追い出すなりね……」

 シュミレットはため息をついた。「君の身になにがあったのか、僕にはわからないけどね。僕としては、彼らの立場を危うくはしたくない。ユノウと話し合って、内密に君を裁いてもらうとするよ」

「裁く?」

「僕は君を捕らえた。後は、アルケバルティアノ城に連れて行って、ユノウとエントローに君を任せるつもりさ」

「まだ、私は捕まる気なんてないわよ」

「その状態の君に、何ができるのだい?」

 サンジェルは唇を舐め、淫らに笑った。一見、追い詰められ、最後の足掻きをしているように見えるが、サンジェルの見せる小さな余裕と、目に見えない物質がシュミレットを冷静にさせた。空中にいくつか、魔力でつくられた透明な魔術式が浮かんでいる。もちろん、それはシュミレットのものではない。 シュミレットは言った。

「まいったね、この僕が、君の存在に気づかないとでも思っているのかい。それとも、気づいて欲しくて、そんなことをしているのかな」

 予想だにしていなかった言葉に、サンジェルはビクリとした。まさか気づいているとは思わなかったのだ。傍から乾いた笑い声が聞こえてきた。

「ハハッ。ハハハ……」

 銅のパイプに捕らわれたサンジェルの目の前で、空気が歪みだした。その歪は水のように自由自在にくねりながら、人の形をなし、みるみると立体的になって、黒く色づいた。ローブ姿の、緑の目を持ったイモアがシュミレットの時術式の上に立っていた。






「マシェット、私たちを閉じ込めてどうするつもり?」

 時術式の中で、メリア・キアーズは怒っていた。発動した術式の外は、すでにシュミレットの病室ではなくなっており、外はなにもない真っ暗な闇が永遠と広がっているだけだった。どこに行き着くのか、そもそも行き着けるのかさえ、わからなかった。

 しかし、頼りの時術師はいつまで経っても、何を言わなかった。ひたすら、立ったまま、暗闇をじっと見ていだけなのだ。なんの理由も聞かされず、わけのわからない場所に連れてこられて、メリアは黙っていられなかった。

「えぇ、いいですとも。そんなに私たちに説明したくないなら、しなくても結構です。でも、この三人は私が責任を持って連れ帰りますからね。何をされても、文句は言わせませんわ」

「そうです、マシェットさん」ビニエは言った。「僕も我慢の限界です。奇術師が治療しかできないと思っているなら、大間違いだ。すぐに元の場所に帰らせてもらう」

 熱をあげる二人にルーネベリは近づき、肩に手を置いた。

「まぁ、待ってください。なんの考えもなく、俺たちをこの場所へ連れてきたわけではないでしょう」

「ルーネベリさん、なにを根拠にそんなことを仰るのですか?」

「見てください」ルーネベリは外の真っ暗闇を指差した。

「別の時代にいったとしても、なにもない暗闇というのは、かえって、おかしいとは思いませんか?空にいても、星の光か雲が見えるはずです。闇にいてもそうです。ですが、ここはなにもない」

「本当ですね、術式以外の光が見えません。ここはどこなんでしょう」

 ブリオは、時術式や光の柱越しに外を眺めた。

「あまり外に近づかないでください。ここは、時術師が関知しない秘境。外に出た瞬間、時の流れに飲み込まれて、二度と戻っては来られません」

 やっと、口を開いたと思うと、マシェットは恐ろしい事を言った。ブリオは身震いして、さっと術式の真ん中に戻った。

「マシェットさん」

「すみません、お時間を取りました。どうしても、確かめる時間が必要で……もう間もなくです、もうじき安定の時を迎えます」

「安定の時?」

「我々の生きる時間は常に、分岐しては収束し、収束しては分岐を繰り返しています。無数の川が海に流れるのと同じようなことです。そして、時が分岐した状態にあるとき、そこには、いくつかの異なるパターンの平行時間が存在するのですが。時が収束するとき、安定の時を迎えると、平行時間は一つに絞られ、他の時間は消滅するのです」

「平行時間?それじゃあ、他の時間にも、他の僕たちがいるのですか」と、ブリオ。

「いいえ。存在するのは、実質一人だけです。記憶を持たないだけで、すべての平行時間は、一人の人間の奇力によって繋がり。安定の時を迎えると、過去という一本のルートに絞られるのです」

 ルーネベリは言った。

「今、そのことを説明するのは、何か意図があってのことですね?」

「はい、もちろんです。あの詩が、安定の時の訪れを知らせてくれなければ、タニラ・シュベルの行動は理解できませんでした」

「詩は、読む前に壊したじゃないですか」不満たっぷりにそう言ったビニエに、マシェットは言った。

「悪いことをしたとは思っています。しかし、あの詩は未完成。詩の一端では、意味を成さないのです」

「マシェットさん。もしかして、あの詩を知っているのですか?」

「ミドールの詩なら、知っていて当然です。我々、時術師はこの詩とミドールの末裔を守るため、常に気を配っていました。元を辿れば、詩の一端が、魔術師の手に渡たらなければ、ミドールの迫害は起こらなかったのです」

「時術師がミドールの詩を……」

「安定の時が近いです。先に、行くべき場所へ急ぎましょう」

 マシェットは時術式を光らせた。


 


 波打つ二つの円が、ザッコとギルビィ・ベーグを広場へと運び、内なる眼とともに消え去った。広場の後方には、癒しの塔が見え、周囲には廃墟のように無残な姿と化した病棟郡が建っていた。地面には、何人もの人々が倒れている。タニラ・シュベルによって絶命させられた人々だ。

 静かにザッコは広場の中央まで歩き、跪いて抱きかかえていたギルビィ・ベーグの身体を床に寝かせた。ギルビィの身体が地面に触れた。その直後、レンガを破りって、地の底から無数の植物の芽が突き出てきた。白いオーラを纏うその植物は空へと芽を伸ばしつづけ、やがて、蕾をつけた。

 ザッコは金色の瞳に微笑を浮かべ、眠るギルビィ・ベーグを見つめながら、温かい手で冷たい頬を撫でた。ザッコとギルビィを取り囲む、広場一面に蕾をつけた植物が、ゆっくりと花を開かせる。青い青い花びらが、今、目覚めたかのように、隠されたその姿を見せる。

 

 青い花びらが二枚、三枚と散っていく。男を追って歩くタニラ・シュベルはどんどんと、男との距離が離れていくのを感じ、早歩きしはじめた。直進し、左へ曲がり、右へ曲がり。男が先へ進んでゆくたびに、手に持った花びらが散ってゆく。

 タニラはそれを見るほど、恐ろしく思った。花が散るのはとめられず。拾い集めることもできず、ただ、消えていくのを見ていることしかできない。あまりにも無力だ。

 イモアの力によって身体に魔力を移植したが、なんの意味もない。奇力を操るという潜在能力に気づいても、なんの意味もない。散る花を嘆きながら、タニラは前を行く男が、病棟の角を右へ曲がったのと同じく、角を曲がった。暗闇に支配された街道、男の行った先に、ざっと横に広がる青の光が現れた。一面、溢れるほどの青い花々が咲いていた。










梅雨の季節到来ですね。

今月はジメジメしながら、最終話まで突っ走ります!




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