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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部二巻「楽園の使者」
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十五章


 第十五章 許されざる心





「ザッコ!」

 東南エリアの自宅に戻ってきたニエルヌ・ズゥーユが呼びかけた名は、虚しく部屋に消えていった。部屋を探しても、誰もいないのだ。

管理者ズゥーユは、乱れたシーツの、ものけの殻になったベッドに腰掛けた。

ズゥーユは頭を抱え、床のマットをじっと見ながら、一体、ザッコはどこへ行ったのだろうと困り果てていた。

 ザッコの病室にも行ってみたが、姿はなかった。奇術師を通して、地下の様子を聞いてみたが、誰もザッコを見た者はいない。少なくとも、地下に避難していないのだ。他にも思い当たる場所へといくつか寄ってはみたが、検討もつかなかった。……と、ズゥーユは、最近のザッコの変化を思い出した。

 ザッコは急に灼熱の銀の球体に興味を持ちだし、シュミレットの助手で、学者であるルーネベリ・パブロに勉強をみてもらっている。

「シュミレット様のお部屋」

 ルーネベリたちはもう、ザッコに落ち合っているかもしれない。それなら、まだ安心だが、確認のためにも治癒者の長メリア・キアーズに連絡をとるべきだろうと思い立ち、ズゥーユは座ったまま顔をあげ、キャビネットの方を見た途端、偶然にも、ズゥーユはベッドの脇に置かれたキャビネットの下に、紙が落ちていることに気がついた。

 ベッドから立ったズゥーユはキャビネットに近づき、落ちていた紙を拾いあげた。




 時術式が現れ、光の柱の中からザッコを抱えたデムがでてきた。ザッコは抱えられたまま、喚いていた。痛む目が開けられずとも、別の場所に連れ去られたことだけはわかっていた。

「誰だ!離せ、この野郎!」

 流れてきた雲から時折、霧となって癒しの塔の屋上を通り過ぎていった。乾燥した肌に冷たい水滴を感じながら、デムはザッコを床に置くと、時術式を起動させて、その中にザッコを閉じ込めた。術式内の時は、現実世界と些細な誤差で流れていた。

デムがザッコとは正反対の方を向くと、待ちかまえていたサンジェルが、白い翼をだして腕を組んでいた。

 サンジェルは不機嫌に言った。

「遅いわ、デム。時間がかかりすぎよ」

「そういうことは、イモアに言ってくれ。俺は指示に従っただけだ」

 光の柱を内側から叩き、中でなにやら叫んでいるだろうザッコを見て、サンジェルはフンと言った。そして、片手に握っていた紫色のピアスを、デムに見せた。

 ピアスから立体映像が飛びだした。

 タニラ・シュベルの耳から見える映像が、空中に映し出された。

暗がりに岩のような物や煙が見えたかと思うと、すぐにぴかりと光り、慌ただしく風景が変わってゆく。逃げまわるタニラの様子が、とてもよくわかる映像だった。

 サンジェルは言った。

「賢者が思っていたよりも早く来たのよ。タニラじゃあ、当然、賢者に勝てないわ。捕まる前に助けないと」

「賢者がもう来たのか」

「そうなの。まるで、最初からいたみたい」

 賢者とすでにギルビィ・ベーグの部屋で出会っているとは知らず、サンジェルはぼやいた。「どんな男なのかしら……。イモアよりも、強いといいわね。すぐに終わってしまうのはつまらないもの」

 デムは言った。

「ベーグはどこだ?」

「そこにいるわよ」

 サンジェルの傍に横たわるギルビィ・ベーグを見て、デムは鼻を押さえた。

「臭いがすると思っていたら、そいつか。まだ生きているのか?」

「知らないわよ。まだ、生きているんじゃないの」

「確かめていないのか」

「そんな気持ちの悪い身体、見たくもないわ。本当は一緒にもいたくないのよ。タニラには嘘をついたけど、私は感染の進行を食い止め方法なんて知らないもの。石のベッドから引き離したから、死んだかもしれない。だけど、どっちでも一緒でしょう。その女の役目は、十分、果たしているじゃない」

「あくまでも餌か」

「じゃなきゃ、今更、他になんの使いようがあるのよ。生きているのか死んでいるのか、もうずっとわからないんでしょう。――私たちを仲間だと信じ込んだ馬鹿な女。銀の球体に行けると、本当に思っていたのかしら。灼力に感染すれば、皆死ぬだけよ。今更、助かろうと望むのは、愚かというものよ」

 声を沈ませたサンジェルは言った。

「タニラを死なせる前に、行ってくるわ。イモアには、ドレスが汚れた分だけ弁償してもらわなくちゃね」

 最後に時術式に閉じ込められたザッコを振り返り、「そいつ、逃がさないでよ」と言って、サンジェルは屋上の端へと歩いて行った。

 デムは、人命よりも服を気にかけるサンジェルの冷淡さを嘲笑い、見送った。

 白い翼を目一杯反らせ、目下に広がる治癒の世界の病棟群を眺めながら、サンジェルは歩き、行き着いた屋上の端から飛び降りた。塔から落ちながら、サンジェルの身体は前屈みになり、白い羽根たち向かい風を受けてやや上昇しながらも、うまく風にのって急降下していった。






 ルーネベリは赤い髪を掻き毟った。

「ザッコが連れ去られた?」

 一生懸命、シュミレットの病室で一体何があったのか説明するブリオ・ボンテに、ルーネベリは瞬きをして額を擦った。

「紙に書いたインスラットがいきなり空に浮かんで分裂した?なんだ、その、とらえどころのない話は」

「ここにいる全員が見たわ。でも、もしかしたら、あれは何らかの罠だったのかもしれない。そんな気がするの……。だけど、ザッコを連れ出して、どうするつもりなのかしら。人質にでもするつもりなのかしら」

 メリア・キアーズは言った。

「パブロさん、さっきの男は魔術師はイモアというの。ギルビィ・ベーグは彼を知っているのよ。きっと、あの男はタニラ・シュベルにも何かしたんだわ」

 ルーネベリはメリアの顔を見て、目を見開いた。

「イモア?今、イモアと言いましたか」

「えぇ。でも、あら、パブロさん、イモアをご存知ですの?」

「知っているといえば、知っています。しかし、あれが、イモアだとはまったく……」

 首を横に振りながら、黒いローブと印象的な緑色の目をルーネベリは思い出していた。

容姿は若く、それほど年のいっているようには見えなかったが、イモアはセロナエル・J・アルトが師事していた魔術師だ。相当、年がいっているに違いない。それに、一年前、セロナエルの姉ルイーネ・J・アルトは、イモアは新世界主義だと言っていた。今回の件も、新世界主義の仕業なのだろうか。デルナ・コーベンなど、キュデル一派の仕業なのだろうか。

 わずかにできた沈黙に、いよいよ、話す時期がきたと、覚悟を決めたミグディーンが前に進み出て、小さな声でメリアに話した内容をルーネベリに語りだした。

 ミグディーンの恥ずべきギルビィへの嫉妬心から、タニラ・シュベルに奇力干渉という術を勧めたこと、そして、ギルビィ・ベーグが秘密裏に借りていた部屋。謎の仲間たち。意識を失う前に告げた、イモアの名前――。己の罪を嘆きながら、ありのままの事実を述べたミグディーンに、頷きながらルーネベリは言った。

「あなたの話の通りなら、ギルビィ・ベーグは新世界主義だ。間違いない。秘密裏に借りられていた部屋に入るのを目撃されたのは、おそらく彼女の仲間で、イモアもその一人なんでしょう」

「新世界主義だなんて、まぁ」

「しかし、見事に繋げたものですよ。まるで目的は、はじめからシュベルだったようにも思える」

「パブロさん、どういうことなの。あなたもイモアがシュベルに何かをしたと考えているの?」

 ルーネベリは頷いた。

「お話を聞いて、あらゆる事柄がメリアさんの考えの正しさを示しているんです。ギルビィ・ベーグとイモアの繋がり、精神を病んだタニラ・シュベルの無差別な殺人、イモアによるザッコの誘拐。これらが一連して引き起こされたのは、あきらかに計画のうちにあったとしか思えません。俺は、イモアはなんらかの目的のためにギルビィ・ベーグを灼力に感染させたと考えています」

 メリアも、ブリオも、ミグディーンも不安げにルーネベリを見ていた。ルーネベリは床から立ちあがり、言った。

「灼力に感染し、治癒の世界に運ばれたのはギルビィ・ベーグ、たった一人だけですね?」

 ミグディーンは「そうです」と答えた。

「新世界主義が、手の施しようがない仲間を捨てることはよくあることだそうです。ですが、見捨てた仲間の、それも恋人に近づくというのは、彼が必要だったと見るしかありません。イモアには、タニラ・シュベルという人物が必要だったんです。ギルビィ・べーグは恐らく、捨て駒に過ぎなかったのかもしれません」

「なんて酷い人たちなの」

 メリアはひどく顔を顰めた。

「しかしですね、ここで重要なのは、ギルビィ・ベーグの話ではないんです。重要なのはタニラ・シュベルが奇力干渉をどこまで知っていたということです」

ルーネベリは皮ジャケットの胸ポケットから、折りたたまれ皺のついた書類と、端の焼き焦げたインスラットの文字を取りだした。

「ミグディーンさん、この依頼書は、あなたが紛れ込ませたものですね?」

 書類を見せたルーネベリに、ミグディーンは動揺しながらも深く頷いた。「……はい。私がしました」

「やはり、そうですか」

「タニラがギルビィ・ベーグの病室から姿を消して、私は不安だったんです」

「先生、賢者ザーク・シュミレットがこの世界にいるとどうやってお知りになったんですか?」

 ミグディーンはメリアにちらっとだけ目を向けて「偶然です」と言った。

「タニラが姿を消してから、私はキアーズ長になにもかも打ち明けて、相談しようと思ったんです。そして、どこかへ向かわれるキアーズ長の姿を見つけ、後を追いかけたんです。そしたら、キアーズ長は、レヨー・ギルバルトという患者さんの病室に向かわれて、庭で二人の会話を聞いてしまったんです」

「そうですか。そのとき、先生のことを知ったのですね。でも、どうして、先生に直接、相談しに行かなかったのですか?わざわざ、俺の持っていた書類に紛れ込ませるよりも、話は手っ取り早く済んだのではありませんか」

「……すべて、パブロさんの仰るとおりですが。書類を渡すこと自体、私には勇気のいることでした。この書類は、本来、あってはならないものなのです。私の醜い恋心は、最後まで正常な判断を鈍らせました」

 両手を握り、ミグディーンは涙ぐんだ。

「あの書類を書いたのは、私ではなくタニラ・シュベルです。タニラは私が教えた手筈に従い、奇術師に扮して奇力干渉の依頼書を書き、書類を治癒の世界の管理者ズゥーユ様にお渡しし。いずれは、賢者アフラ・エントロー様の元に渡るはずでした。

けれど、私はタニラの書いた依頼書を預かるといいながらも、依頼書を管理者に渡す気はさらさらありませんでした。灼力感染患者の奇力干渉は、奇術師にとって命にかかわる問題で、私は端から依頼が受理されないと知っていたからです」

 メリアはミグディーンに、同情の眼差しを向けていた。ミグディーンはぐっと涙を堪え、言った。

「タニラは賢者エントロー様からの返事をひたすら待っていました。でも、いつまで経ってもこない返事に、そのうち、タニラは返事を待つことを諦め、ギルビィ・ベーグの傍から離れなくなりました。絶望の末、彼女の死に怯え。次第に、精神を病んでいったのです。私は書類を書くとき、灼力感染した患者が辿る経過も教えました。でも、どうしても、最後については言えませんでした」

「第四期についですね」

「はい。タニラが心の病にかかる前に、ギルビィ・ベーグはすでに第四期に至っていました。彼が、第四期に至った感染患者のことを知れば、もう正気には戻らないのではないかと不安でした。だから、タニラが病室から姿を消したとき、私の予想が的中したと思ったんです。絶望したタニラが自棄になり……だけど、あんなことをするなんて」

 ルーネベリは書類を見下ろして、言った。

「でたらめな日付を書いたのは、先生に気づいてもらいたかったからですか?」

「賢者様なら、すぐにお気づきになると思いました。そして、ただの悪戯だとは思わず、書いた人物をお探しになるだろうと」

 眉をつりあげ、ルーネベリは笑った。「先生は確かに、気づかれました。ですが、気になったのは俺のほうですけどね。とにかく、話はわかりました。ドゥワンさん、あなたの告白で、一歩前進できましたよ。とても大事な一歩です」

 

 ルーネベリはブリオを見て、「頼んでいたことはできているか?」と聞いた。ブリオは「はい」と頷いて、机の上に置いていたノートを掴んで、ルーネベリに手渡した。ノートを受け取ると、ルーネベリはメリア・キアーズに言った。

「キアーズさん、ザッコの居場所を追跡できませんか?」

「ごめんなさい。イモアが去った後、何度か追跡してみたのだけど、跡形もなく消えていたわ。イモアは奇術が使えるようなのよ。それも、並の奇術師以上にね」

「そうですか、それなら仕方がありません。キアーズさん、今度はジェタノ・ビニエを探してください」

「ビニエを?」

「そうです。彼には聞きたいこといくつかがあるんです。探せますか?」

「任せてちょうだい」

 メリアはにっこり微笑んでから、目を閉じて、意識を奇力の領域に沈ませた。

 ルーネベリはそれを見てから、ノートに目を落とし、ブリオの書き込んだ、ブラノ・デュッシの書いた「幾夜の幻」の要約を見落としがないよう丁寧に読んでいた。この物語には何か、今回の事件に関連することがあるのではないだろうかと、ルーネベリは考えていた。

ノートを読み耽るルーネベリの傍で、ブリオもミグディーン・ドゥワンも落ち着かない素振りで、次なる指示を待っていた。二人の視線に気づいたルーネベリはノートから目線をあげて、ミグディーンに向かって言った。

「ミグディーン・ドゥワンさん、あなたは他の人たちと一緒に地下に避難してください」

「えっ?」驚いたのはブリオの方だった。ミグディーンはブリオの顔を見て、それから、ルーネベリの顔を見た。

「これは私が招いたことです。最後まで……」

「ドゥワンさん。ご自分を責めるのは、あまりよくありませんよ」

 ミグディーンに微笑み、ルーネベリは言った。

「これからは俺たちに任せて、あなたは治癒者として、地下で治癒の世界の人々に尽くしてください。そうすることが、今のあなたにとって、一番いいことです。タニラ・シュベルのことは、すべて先生に任せるんです」

 不安げな顔をして、ミグディーンは口を開こうとした。だが、隣に立っていたブリオが、うんうんと頷いて、無言で、ルーネベリに従ったほうがいいと言っていた。

 ブリオもルーネベリも、口に出しては言わないが、ミグディーンを気遣っているのだ。他にすることもなく、ただ罪の意識に苛まれているミグディーンをタニラ・シュベルから遠ざけ、そして、今後、タニラの身に下される裁きを見なくてもすむように。

 二人の気遣いにひどく胸が痛んだ。激しく押し寄せる気持ちを抑え、気遣いを受け入れ、ミグディーンは、「よろしく、お願いします」とだけ言って部屋を出て行った。

 シュミレットの病室には、ルーネベリとメリアとボンテが残されていた。メリアは手こずっているのか、なかなか無意識の領域から戻ってこず、沈黙を通していた。ブリオは、ルーネベリが読むノートを見ては、先ほどザッコの言っていた言葉を、ルーネベリに言おうか、言うまいか、思い悩んでいた。戯言だと叱られるのだろうかと思いながら……。

 数分ほどしてから、はじめに言葉を発したのはメリア・キアーズだった。

「ビニエったら、もう」

「どうしました、キアーズ長?」











さてさて、最終にだんだんと近づいております。

次回、十六章!

今月中の更新予定です。





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